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記憶を預かる者
キリカを連れてキャンプ地まで戻ると、他の二人は既に戻ってきていた。俺達の揃った顔を見て何か言いたそうにもしていたけど、あまりにも彼女がしょんぼりとして項垂れていたから、怒る気も無かったようだ。詳しい話は明日聞くという事で纏まり、そこで解散。俺は眠れそうにもないから自ら見張りを買って出た。
俺は何も考えられず、ただ焚火が爆ぜる様子を眺めていた。本当は彼女の傍に寄り添っていたい。疑いの目を向けてしまった手前、気まずかった。でも、彼女の話は真剣に受け止めたい。こっちからあれこれ聞き出すよりも、話したくなった時の方がいいに決まってる。大丈夫、俺はそれまで待てる。
冷たい夜風だった。こんなに冷たくて暗い夜道を歩かせていたんだ。そう思うと胸が痛む。俺を責めようとしない彼女の優しさが余計に。それに比べて自分というやつは。
「バッツ」
小さな声が俺を呼んだ。キリカが居たことに声をかけられるまで気付かなかった。これじゃあ見張りの意味、無いな。気配を読むのもどこかに忘れてしまっている。
先ほどテントに戻ったはずの彼女が薄い毛布を羽織って、そこに立っていた。
「眠れなくて。……隣いい?」
断る理由なんて無い。一人分座れるだけのスペースを空けて隣をポンポンと叩いた。並んで座った俺達の間に拳一つ分の隙間。それを埋めたくて、寒いから毛布に入れてと頼んでみた。毛布の片端を自分の背に回して、二人で包まって寄り添う。触れた布越しでもわかる冷えた肌。このまま凍り付いてしまうんじゃないか。ふとよぎった不安を拭いたくて、体を温めるように抱き寄せた。
何となく会話を始めるきっかけが掴めず、二人とも黙って火を見つめていた。沈黙がこんなに重く感じられるのは何時ぶりだろう。
キリカの方から会話の糸口を見出そうとしていたから、それを逃さないように応えた。
「バッツには先に話しておこうと思って。上手く話せるかわからないけど、聞いてくれる?……ありがとう」
穏やかでいて静かな口調。薄く開かれた唇がやがて語り始めた。
「私は貴方達の事を知ってた。というよりも、思い出したって感じね。…バッツに会って、スコールやジタンの顔も見たらそういえばって。私の世界では貴方達がそれぞれの物語に存在しているの」
「物語…俺達が」
「にわかには信じられないわよね。……私の世界の事、話すから。本当のことを。嘘つき呼ばわりされても構わない、ただ、話しておきたいの」
このまま別れる事になるのは嫌だから。彼女は寂しそうに呟いた。
その言葉の意味を捉えた胸の奥深くに針が刺さったように痛む。
「人生は誰のものでもない。この物語の主役は自分しかいない。……偶々、バッツが主役の物語が私の世界に存在した」
「なんかそう言われるとエライ人にでもなった気分だ」
「……だとしたら、エライ人ばかり此処に集まっちゃったのね」
あ、今笑った。俺、その表情が好きなんだ。
今日はキリカの笑顔あまり見ていないような気がした。
「スコールやジタン、ラグナさんやセシルもみんなそれぞれの世界の主役。私の世界にみんなの物語が記されていた。それに私は触れていたの。さっき、思い出したって言ったでしょ?私が貴方達の世界を見たのは結構前だったから。特にバッツの事はずっと昔に」
ああ、それで。初恋の相手に似てるって、あの時そういう意味で言ってたのか。やっと繋がった。
「……そんなに前に?」
「うん。私が五つくらいで物心つく頃、貴方に出逢った。と言っても一方的な片思いだったけど。それでも貴方に夢中になってた。年を重ねてもそれは変わらない、想いは増すばかり。でも、気がついたら私は貴方よりも年上になっていた」
「俺はキリカの方が年下に思えるけど、な」
「そう?ありがとう。……貴方の故郷がリックスで、両親もそこで眠ってる。幼馴染みも居て、一人は貴方の帰りをずっと待ってる。高い所が苦手な理由は屋根から落ちそうになったからよね。旅に出た理由も知っているし、仲間のことも」
モヤのかかっていた視界が急に開けた。差し込んだ一筋の光が色褪せた記憶に彩りを取り戻す。ついこの間の出来事のはずが、酷く懐かしい。じいさんの名前も思い出した。今頃みんなどうしているんだろう。
俺が元の世界の記憶が無いって言ったらキリカは泣き出した。その理由がわかった。俺の代わりに仲間や故郷を想ってくれたんだってこと。
「キリカは優しいな」
「え?」
「だってさ、前にいきなり泣き出したことあっただろ。あれ、俺の為に泣いてくれたんだろ?…サンキュー」
俺を捉えていた目がふいっと下を向いた。耳が赤いのは焚火のせいか、それとも。
なんで俺、キリカのことを疑っていたんだろうな。人を騙せるような器用な性格じゃないし、こんなにも俺の事考えてくれてるのに。
「な、キリカ。……俺、信じるよ。まだ思い出せないことはいっぱいあるけどさ、俺の記憶はキリカに預けとく!」
彼女の表情がまた変わった。まん丸に見開いた両目に笑っている俺の顔が映る。あれ、そんなに意外だったかな。
「信じてくれるの」
「俺だけじゃなくてあいつらも同じ事言うと思うぜ。自分の記憶を共有できるなんてそう滅多に経験できないしな。それに、古代図書館には魔物が憑りついた本だってあった。俺たちの事が記された物が何処かにあっても変じゃないさ」
「思い出したの?」
「少しな。故郷のこともなんとなく」
リックスに帰ったら墓参りに行かないと。ボコとココは元気かな。雛が孵るのを心待ちにしてるんだ。ギザールの野菜を調達できる場所は確かあの森に。
記憶の糸を手繰ると次々と姿を現してくる。あれやこれやと考えているうちに楽しくなってきた。
「バッツ」
「ん?」
「バッツはやっぱり、リックスに帰った方がいいよ。そこで、幼馴染の女の子が待ってるから」
キリカの声に呼ばれたように、学者志望の幼馴染と村に居続ける幼馴染の姿が頭にちらついた。小さいころに一緒に遊んでいたあいつらの顔が。
『昔は無邪気だったよ……そんなおれも今は学者の卵』
『バッツ!帰ってきたのね!私、ずっと待って……ねえ、旅が終わったら私の話を聞いてくれる?』
頭の隅で再生される二人の幼馴染の声。友人である事には変わりない。それでも友情以上の特別な感情を抱くことはなかった。
ふと、肩に触れていた熱が消え、夜風にさらされる。毛布からするりと抜け出したキリカは俺の前に立って、悲しげに、笑ってみせた。
「私の話、信じてくれてありがとう。嬉しかった。明日、二人にも話すね。……おやすみなさい」
「待って」
気づけば俺は彼女の腕を掴んでいた。今引き留めないと、取り返しのつかないことになる。そう直感が告げていた。
立ち上がった俺の肩から毛布が滑り落ちた。
「どこにも行かないよな。……さっきの言い方だと、置いて行かれるような気がした」
「バッツ。貴方には帰る場所もあるし待ってくれてる人だっている。ジタンやスコールもそう、戦いが終わったら皆の所に帰らなきゃ」
ジタンは死闘の末に離れ離れになった王女の元へ向かう。スコールは大事な人との約束を忘れないよう胸に留めていた。
二人は大切な人の事を覚えているのに、どうして俺は覚えていない。忘れているだけなのか、それとも元々そんな人いなかったのか。いや、この際どっちだって構わない。
「遊び半分でキリカに声をかけたわけじゃない。俺は本気だよ」
一番大切で、愛しくて、守りたい人。俺にとってかけがえのない存在。
親父は別世界でお袋と出会って結ばれたんだ。だったら俺たちだってありだと思わないか。
細い腕を掴んでいた力を緩め、彼女の右手を両手で挟み込むように包んだ。もう既にキリカの目は潤んでいた。
「俺の傍に居てほしい」
「私でいいの」
「キリカがいい。…その物語の主役が俺なら、好きな人ぐらい俺が決めたっていいだろ?」
キリカの黒瞳から大粒の涙が雫となってぽたぽたと落ちていく。左手で目元を拭おうとしたから、その目が腫れてしまわないように腕の中に閉じ込める。肩を震わせて泣く彼女の頭を優しく撫ぜる。本当は泣かせたくない。笑いながら俺と一緒にいてほしい。
これからもずっと二人で居られるように願いを込めた。
「愛してる」
キリカを連れてキャンプ地まで戻ると、他の二人は既に戻ってきていた。俺達の揃った顔を見て何か言いたそうにもしていたけど、あまりにも彼女がしょんぼりとして項垂れていたから、怒る気も無かったようだ。詳しい話は明日聞くという事で纏まり、そこで解散。俺は眠れそうにもないから自ら見張りを買って出た。
俺は何も考えられず、ただ焚火が爆ぜる様子を眺めていた。本当は彼女の傍に寄り添っていたい。疑いの目を向けてしまった手前、気まずかった。でも、彼女の話は真剣に受け止めたい。こっちからあれこれ聞き出すよりも、話したくなった時の方がいいに決まってる。大丈夫、俺はそれまで待てる。
冷たい夜風だった。こんなに冷たくて暗い夜道を歩かせていたんだ。そう思うと胸が痛む。俺を責めようとしない彼女の優しさが余計に。それに比べて自分というやつは。
「バッツ」
小さな声が俺を呼んだ。キリカが居たことに声をかけられるまで気付かなかった。これじゃあ見張りの意味、無いな。気配を読むのもどこかに忘れてしまっている。
先ほどテントに戻ったはずの彼女が薄い毛布を羽織って、そこに立っていた。
「眠れなくて。……隣いい?」
断る理由なんて無い。一人分座れるだけのスペースを空けて隣をポンポンと叩いた。並んで座った俺達の間に拳一つ分の隙間。それを埋めたくて、寒いから毛布に入れてと頼んでみた。毛布の片端を自分の背に回して、二人で包まって寄り添う。触れた布越しでもわかる冷えた肌。このまま凍り付いてしまうんじゃないか。ふとよぎった不安を拭いたくて、体を温めるように抱き寄せた。
何となく会話を始めるきっかけが掴めず、二人とも黙って火を見つめていた。沈黙がこんなに重く感じられるのは何時ぶりだろう。
キリカの方から会話の糸口を見出そうとしていたから、それを逃さないように応えた。
「バッツには先に話しておこうと思って。上手く話せるかわからないけど、聞いてくれる?……ありがとう」
穏やかでいて静かな口調。薄く開かれた唇がやがて語り始めた。
「私は貴方達の事を知ってた。というよりも、思い出したって感じね。…バッツに会って、スコールやジタンの顔も見たらそういえばって。私の世界では貴方達がそれぞれの物語に存在しているの」
「物語…俺達が」
「にわかには信じられないわよね。……私の世界の事、話すから。本当のことを。嘘つき呼ばわりされても構わない、ただ、話しておきたいの」
このまま別れる事になるのは嫌だから。彼女は寂しそうに呟いた。
その言葉の意味を捉えた胸の奥深くに針が刺さったように痛む。
「人生は誰のものでもない。この物語の主役は自分しかいない。……偶々、バッツが主役の物語が私の世界に存在した」
「なんかそう言われるとエライ人にでもなった気分だ」
「……だとしたら、エライ人ばかり此処に集まっちゃったのね」
あ、今笑った。俺、その表情が好きなんだ。
今日はキリカの笑顔あまり見ていないような気がした。
「スコールやジタン、ラグナさんやセシルもみんなそれぞれの世界の主役。私の世界にみんなの物語が記されていた。それに私は触れていたの。さっき、思い出したって言ったでしょ?私が貴方達の世界を見たのは結構前だったから。特にバッツの事はずっと昔に」
ああ、それで。初恋の相手に似てるって、あの時そういう意味で言ってたのか。やっと繋がった。
「……そんなに前に?」
「うん。私が五つくらいで物心つく頃、貴方に出逢った。と言っても一方的な片思いだったけど。それでも貴方に夢中になってた。年を重ねてもそれは変わらない、想いは増すばかり。でも、気がついたら私は貴方よりも年上になっていた」
「俺はキリカの方が年下に思えるけど、な」
「そう?ありがとう。……貴方の故郷がリックスで、両親もそこで眠ってる。幼馴染みも居て、一人は貴方の帰りをずっと待ってる。高い所が苦手な理由は屋根から落ちそうになったからよね。旅に出た理由も知っているし、仲間のことも」
モヤのかかっていた視界が急に開けた。差し込んだ一筋の光が色褪せた記憶に彩りを取り戻す。ついこの間の出来事のはずが、酷く懐かしい。じいさんの名前も思い出した。今頃みんなどうしているんだろう。
俺が元の世界の記憶が無いって言ったらキリカは泣き出した。その理由がわかった。俺の代わりに仲間や故郷を想ってくれたんだってこと。
「キリカは優しいな」
「え?」
「だってさ、前にいきなり泣き出したことあっただろ。あれ、俺の為に泣いてくれたんだろ?…サンキュー」
俺を捉えていた目がふいっと下を向いた。耳が赤いのは焚火のせいか、それとも。
なんで俺、キリカのことを疑っていたんだろうな。人を騙せるような器用な性格じゃないし、こんなにも俺の事考えてくれてるのに。
「な、キリカ。……俺、信じるよ。まだ思い出せないことはいっぱいあるけどさ、俺の記憶はキリカに預けとく!」
彼女の表情がまた変わった。まん丸に見開いた両目に笑っている俺の顔が映る。あれ、そんなに意外だったかな。
「信じてくれるの」
「俺だけじゃなくてあいつらも同じ事言うと思うぜ。自分の記憶を共有できるなんてそう滅多に経験できないしな。それに、古代図書館には魔物が憑りついた本だってあった。俺たちの事が記された物が何処かにあっても変じゃないさ」
「思い出したの?」
「少しな。故郷のこともなんとなく」
リックスに帰ったら墓参りに行かないと。ボコとココは元気かな。雛が孵るのを心待ちにしてるんだ。ギザールの野菜を調達できる場所は確かあの森に。
記憶の糸を手繰ると次々と姿を現してくる。あれやこれやと考えているうちに楽しくなってきた。
「バッツ」
「ん?」
「バッツはやっぱり、リックスに帰った方がいいよ。そこで、幼馴染の女の子が待ってるから」
キリカの声に呼ばれたように、学者志望の幼馴染と村に居続ける幼馴染の姿が頭にちらついた。小さいころに一緒に遊んでいたあいつらの顔が。
『昔は無邪気だったよ……そんなおれも今は学者の卵』
『バッツ!帰ってきたのね!私、ずっと待って……ねえ、旅が終わったら私の話を聞いてくれる?』
頭の隅で再生される二人の幼馴染の声。友人である事には変わりない。それでも友情以上の特別な感情を抱くことはなかった。
ふと、肩に触れていた熱が消え、夜風にさらされる。毛布からするりと抜け出したキリカは俺の前に立って、悲しげに、笑ってみせた。
「私の話、信じてくれてありがとう。嬉しかった。明日、二人にも話すね。……おやすみなさい」
「待って」
気づけば俺は彼女の腕を掴んでいた。今引き留めないと、取り返しのつかないことになる。そう直感が告げていた。
立ち上がった俺の肩から毛布が滑り落ちた。
「どこにも行かないよな。……さっきの言い方だと、置いて行かれるような気がした」
「バッツ。貴方には帰る場所もあるし待ってくれてる人だっている。ジタンやスコールもそう、戦いが終わったら皆の所に帰らなきゃ」
ジタンは死闘の末に離れ離れになった王女の元へ向かう。スコールは大事な人との約束を忘れないよう胸に留めていた。
二人は大切な人の事を覚えているのに、どうして俺は覚えていない。忘れているだけなのか、それとも元々そんな人いなかったのか。いや、この際どっちだって構わない。
「遊び半分でキリカに声をかけたわけじゃない。俺は本気だよ」
一番大切で、愛しくて、守りたい人。俺にとってかけがえのない存在。
親父は別世界でお袋と出会って結ばれたんだ。だったら俺たちだってありだと思わないか。
細い腕を掴んでいた力を緩め、彼女の右手を両手で挟み込むように包んだ。もう既にキリカの目は潤んでいた。
「俺の傍に居てほしい」
「私でいいの」
「キリカがいい。…その物語の主役が俺なら、好きな人ぐらい俺が決めたっていいだろ?」
キリカの黒瞳から大粒の涙が雫となってぽたぽたと落ちていく。左手で目元を拭おうとしたから、その目が腫れてしまわないように腕の中に閉じ込める。肩を震わせて泣く彼女の頭を優しく撫ぜる。本当は泣かせたくない。笑いながら俺と一緒にいてほしい。
これからもずっと二人で居られるように願いを込めた。
「愛してる」