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全てを知る者 後編
薄暗い道が続いていた。
月明りがこんなに頼もしいと感じたことは今までにない。
荷物どころかランプも持たずに飛び出してきた。考えなしもいいところだった。ただ、私は此処にいちゃいけないと思ったから。気持ちが先走って、気が付けば一人知らない道を歩いていた。
私は彼らの事を知りすぎている。彼らが失くしている記憶、元々知らない事情までも私は知っている。思えば危険な綱渡りだった。こうなることも予測していたはずだ。なのに、私は居続けた。彼らの優しさに甘えてしまったんだ。
元々嘘をつくのは得意じゃない。だから、きっとどこかでボロが出てしまったんだと思う。怪しまれて当然。
どうして私はこの世界に来てしまったんだろう。あの店に立ち寄らなければ、彼と会う事は回避できたのに。疑惑の目を向けられた時、胸が張り裂けそうだった。好きな人に疑われるのがこんなにも辛いなんて。
どのぐらい歩いただろうか。どこへ続いている道か知らない、方角もわからない。このまま歩き続けていればいつか元の世界に帰れるかも、そんな淡い期待だけが今の私の原動力だった。
昼間は陽気に包まれていたのに、夜との気温差が激しい。身体が冷えてきた。感覚が鈍くなった両手に息を吹きかけてこすり合わせた。
「おやおや。夜中に女性が一人で出歩くなんて感心しないね」
私しか居ないはずの暗闇から声がした。私の背後に音もなく一人の男が現れていた。お互いに手を伸ばせば触れられる距離。彼は近づこうともせず、この微妙な距離を保っていた。
奇抜な恰好は夜目でも目立つし、何よりも露出が多くて目のやり場に困る。彼の癖のある銀髪が羽飾りと共に揺れた。
「そう睨まないでくれたまえ。僕は偶然君を見かけたから声をかけたんだ。君をどうこうするつもりは無いよ」
ただ、と続けた言葉に私は耳を塞ぎたい思いだった。今一番聞きたくない、辛い言葉。
「いつも一緒にいる君のボディガードの姿が見当たらないから、どうしたのかと思ってね」
「彼は、ボディガードじゃないわ」
「そう。まあ、どちらでも僕には関係の無いことだけど」
彼らの元を離れてきたとは言えなかった。それを話したところで、どうにかなるものではないけど。この彼とも面識は殆どないから、下手な事を言ってはいけない。そんな気がしていた。
私が黙っていると彼がじっとこちらを見つめてきた。心の中を見透かされそうな鋭い瞳。
「君にこの争いの世界は似合わないね。自分の世界に帰りたいんだろう」
まるで全て知っているような言い方に寒気がした。何も喋っていないのに、何も知らないはずなのに。
「戦士達の記憶を司る者、とでも呼べば聞こえはいいね。いい加減君自身、嘘をつき通すのも疲れただろう?」
「……どうして、それを」
私の反応を見て確信を得たのか、クジャは口元に不敵な笑みを浮かべていた。
はったりなんかじゃない。この男は私がどういう場所から来たのか知っている。
「僕はこのくだらない戦争を早く終わらせたい。そうすれば元の世界に帰れる、他の奴らもね。僕の所に来れば君を早く元の世界に帰してあげることができるよ。どうだい、悪い話じゃないだろう」
元の世界に帰れる。私が今一番望んでいること。このまま此処に居続ける必要はもうない。慣れ親しんだ私の生活に戻ることができる。それならクジャについていった方がいいかもしれない。
私は躊躇いがちな一歩を踏み出した。
その時、急に空気が凍り付くような冷気を感じた。それが瞬く間に凝縮されて、大きな氷のつぶてが形成される。氷の刃と化したそれはクジャ目掛けて降り注いだ。彼が軽く飛び退くと、そこに深々と氷塊が突き刺さった。
不意をついた攻撃を仕掛けた人物が私の後ろにいるのか、そちらをすっと睨み付ける。
「全く失礼な人だね、人が話している途中で。部外者は邪魔しないでくれるかい」
すぐ傍で聞きなれた金属の擦れる音。クジャを前にした彼が細身の剣を構えていた。どうしてここがわかったんだろう。私は何も言わずに飛び出してきたというのに。
「俺は部外者じゃない」
「そう怖い顔で睨まないでくれ。別に彼女を取って喰おうだなんて考えていないよ。…邪魔も入ったことだし、僕はこれで退散するとしよう」
地面を軽く蹴り上げたクジャはくるりと身を翻して、消えた。彼の姿が消えると、バッツが手にしていた剣もすっと消えた。
昼間以降、彼とはまともに口を聞いていない。なんて話しかけようか迷う矢先に私は彼の腕に強く抱きしめられた。
「ごめん」
苦しそうに囁かれた言葉。胸がぐっと締め付けられた。彼が謝る必要なんてこれっぽっちも無いのに。悪いのはずっと黙って、秘密にしていた私の方だ。貴方は悪くない。私は首を静かに振る。
「話もろくに聞かないで、疑ったりして……ほんと、ごめん」
「私が悪いの。ずっと、ずっと言えなくて。黙ってて、ごめんなさい」
最初に話しておけば良かった。そうしたら未来は少し変わっていたかもしれない。
瞬きを繰り返す度に涙がとめどなく溢れていった。頭を優しく撫でてくれる手が温かくて心地良い。
「……こんなこと言う資格無いかもしれないけどさ。俺は、キリカを信じたい」
だから話を聞かせてほしい。どんな事実も受け入れる覚悟はあるから。
その言葉に、態度に私はどれだけ救われただろうか。どうしてこんなにも貴方は優しいの。
私は彼の背に腕を回して抱き着いた。全てを話そう、彼なら私の話を信じてくれる。そう願いながらこの温もりにしばらく甘えていた。
薄暗い道が続いていた。
月明りがこんなに頼もしいと感じたことは今までにない。
荷物どころかランプも持たずに飛び出してきた。考えなしもいいところだった。ただ、私は此処にいちゃいけないと思ったから。気持ちが先走って、気が付けば一人知らない道を歩いていた。
私は彼らの事を知りすぎている。彼らが失くしている記憶、元々知らない事情までも私は知っている。思えば危険な綱渡りだった。こうなることも予測していたはずだ。なのに、私は居続けた。彼らの優しさに甘えてしまったんだ。
元々嘘をつくのは得意じゃない。だから、きっとどこかでボロが出てしまったんだと思う。怪しまれて当然。
どうして私はこの世界に来てしまったんだろう。あの店に立ち寄らなければ、彼と会う事は回避できたのに。疑惑の目を向けられた時、胸が張り裂けそうだった。好きな人に疑われるのがこんなにも辛いなんて。
どのぐらい歩いただろうか。どこへ続いている道か知らない、方角もわからない。このまま歩き続けていればいつか元の世界に帰れるかも、そんな淡い期待だけが今の私の原動力だった。
昼間は陽気に包まれていたのに、夜との気温差が激しい。身体が冷えてきた。感覚が鈍くなった両手に息を吹きかけてこすり合わせた。
「おやおや。夜中に女性が一人で出歩くなんて感心しないね」
私しか居ないはずの暗闇から声がした。私の背後に音もなく一人の男が現れていた。お互いに手を伸ばせば触れられる距離。彼は近づこうともせず、この微妙な距離を保っていた。
奇抜な恰好は夜目でも目立つし、何よりも露出が多くて目のやり場に困る。彼の癖のある銀髪が羽飾りと共に揺れた。
「そう睨まないでくれたまえ。僕は偶然君を見かけたから声をかけたんだ。君をどうこうするつもりは無いよ」
ただ、と続けた言葉に私は耳を塞ぎたい思いだった。今一番聞きたくない、辛い言葉。
「いつも一緒にいる君のボディガードの姿が見当たらないから、どうしたのかと思ってね」
「彼は、ボディガードじゃないわ」
「そう。まあ、どちらでも僕には関係の無いことだけど」
彼らの元を離れてきたとは言えなかった。それを話したところで、どうにかなるものではないけど。この彼とも面識は殆どないから、下手な事を言ってはいけない。そんな気がしていた。
私が黙っていると彼がじっとこちらを見つめてきた。心の中を見透かされそうな鋭い瞳。
「君にこの争いの世界は似合わないね。自分の世界に帰りたいんだろう」
まるで全て知っているような言い方に寒気がした。何も喋っていないのに、何も知らないはずなのに。
「戦士達の記憶を司る者、とでも呼べば聞こえはいいね。いい加減君自身、嘘をつき通すのも疲れただろう?」
「……どうして、それを」
私の反応を見て確信を得たのか、クジャは口元に不敵な笑みを浮かべていた。
はったりなんかじゃない。この男は私がどういう場所から来たのか知っている。
「僕はこのくだらない戦争を早く終わらせたい。そうすれば元の世界に帰れる、他の奴らもね。僕の所に来れば君を早く元の世界に帰してあげることができるよ。どうだい、悪い話じゃないだろう」
元の世界に帰れる。私が今一番望んでいること。このまま此処に居続ける必要はもうない。慣れ親しんだ私の生活に戻ることができる。それならクジャについていった方がいいかもしれない。
私は躊躇いがちな一歩を踏み出した。
その時、急に空気が凍り付くような冷気を感じた。それが瞬く間に凝縮されて、大きな氷のつぶてが形成される。氷の刃と化したそれはクジャ目掛けて降り注いだ。彼が軽く飛び退くと、そこに深々と氷塊が突き刺さった。
不意をついた攻撃を仕掛けた人物が私の後ろにいるのか、そちらをすっと睨み付ける。
「全く失礼な人だね、人が話している途中で。部外者は邪魔しないでくれるかい」
すぐ傍で聞きなれた金属の擦れる音。クジャを前にした彼が細身の剣を構えていた。どうしてここがわかったんだろう。私は何も言わずに飛び出してきたというのに。
「俺は部外者じゃない」
「そう怖い顔で睨まないでくれ。別に彼女を取って喰おうだなんて考えていないよ。…邪魔も入ったことだし、僕はこれで退散するとしよう」
地面を軽く蹴り上げたクジャはくるりと身を翻して、消えた。彼の姿が消えると、バッツが手にしていた剣もすっと消えた。
昼間以降、彼とはまともに口を聞いていない。なんて話しかけようか迷う矢先に私は彼の腕に強く抱きしめられた。
「ごめん」
苦しそうに囁かれた言葉。胸がぐっと締め付けられた。彼が謝る必要なんてこれっぽっちも無いのに。悪いのはずっと黙って、秘密にしていた私の方だ。貴方は悪くない。私は首を静かに振る。
「話もろくに聞かないで、疑ったりして……ほんと、ごめん」
「私が悪いの。ずっと、ずっと言えなくて。黙ってて、ごめんなさい」
最初に話しておけば良かった。そうしたら未来は少し変わっていたかもしれない。
瞬きを繰り返す度に涙がとめどなく溢れていった。頭を優しく撫でてくれる手が温かくて心地良い。
「……こんなこと言う資格無いかもしれないけどさ。俺は、キリカを信じたい」
だから話を聞かせてほしい。どんな事実も受け入れる覚悟はあるから。
その言葉に、態度に私はどれだけ救われただろうか。どうしてこんなにも貴方は優しいの。
私は彼の背に腕を回して抱き着いた。全てを話そう、彼なら私の話を信じてくれる。そう願いながらこの温もりにしばらく甘えていた。