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全てを知る者 前編
流れが緩やかな川から調理用のボウルを引き上げる。ガラスの器が四つ、その中には鮮やかなオレンジ色のかぼちゃプリン。表面の弾力は充分、これで中まで固まっていれば大成功だ。
「おお、美味そう。カボチャからプリンの発想なんて思いつくのキリカぐらいだよ」
「味もよければいいんだけどね。ホントは煮つけ作ろうと思ってたんだけど…思いの外細かくなっちゃったから」
カボチャ丸ごと一個を手に入れたので、晩のおかずにしようと考えていた。だが、硬いカボチャの皮に全く刃が立たなかった。これをバッツに頼んだ結果、カボチャは無残な姿に。これでは調理に使えないとは言いづらく、考えた末にプリンとスープになら使えると思いついたのだ。
「食ってもいい?」
「どうぞ」
木のスプーンを受け取ったジタンはプリンをすくいあげ、口の中へ頬張る。程よい甘みが美味しかったようで、彼の尻尾がカギ型に曲がる。猫が嬉しい時の仕草と同じだ。味、固さ共に満足のようだ。
「美味い!料理やお菓子作りが上手な女の子っていいよな~」
「ありがとう。毎日私がご飯作ろうか?」
「いや、それだと悪いよ。ごちそーさん。…んで、俺達が居ない間に何があったんだ?」
かぼちゃプリンを平らげたジタンは僅かな時間に起きたであろう事件について尋ねた。スコールと共に宝探しから帰還した際、仲間のラグナが二人と一緒にいた。しかもキリカが泣いていて、ラグナはワケのわからない事を言い、しまいにはスコールが冷ややかに睨む。
一部始終を見ていなかったので何が起きたのかさっぱりであった。ただわかるのはラグナと何か問題があって、バッツの機嫌が悪くなったということ。それをキリカに伝えると口をへの字にしてうーんと唸る。
「何かって言われても…私が勝手に泣いただけだし」
キリカはラグナのことを知っていた。彼の奥さんや息子、義理の娘のことも。彼らの物語を知る故に、涙なしではいられなかったのだ。
彼に羨望の眼差しを向けたのは、大統領に会えたという一種のミーハーな気持ち。それがバッツの機嫌を損ねた理由だとは気づきもしない。
「バッツのやつ拗ねてるんだよ。さっきスコールに新技の手合わせ頼むって」
手合わせと言えば響きはいいが、つまるところ八つ当たりだ。自分に声をかけてこなかったのをラッキーと思いつつも、スコールが大怪我をしないようジタンは祈った。
「ラグナに何かされたとか?」
「何も。少し会話した程度」
「ふーん。じゃあ、つまりあれだな。嫉妬」
「嫉妬?!たかが数分の会話で?」
つい大声を張り上げたキリカは菓子作りに使用した菜箸を落としそうになる。残り三つのかぼちゃプリンは小さなバスケットにスプーンと一緒に入れた。埃が被らないよう、その上にチェックの布を被せる。
調理器具を片づけながら「まさかあ」と冗談めいて笑っていた。
「男は嫉妬深い生き物だぜ?何がどこで琴線に触れるかは人それぞれだし、気をつけなよ」
「う、うん。…意外だなあ。自由奔放が代名詞のバッツが嫉妬だなんて」
風のように気まぐれに渡り歩く旅烏。快活な笑みと明るい性格ゆえに人を妬むというイメージが沸きにくい。
あいつの機嫌を直せるのはキリカだけだ。ジタンがそう言うので、キリカは二人の試合が終わるのを待つことにした。
*
スコールとの手合わせを終えたバッツは川のほとりに来ていた。引き分けとなった勝負だが、それ以上に胸の中がもやに被われてすっきりしない。
サークレットと両耳のピアスを外し、手の甲を覆うグローブを脱ぎ捨てる。その時に指に巻かれた包帯が取れてしまった。
掌で川の水を掬い上げてばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
波打つ水面が静かになるとそこにバッツの顔を映し出した。
険しい顔をしている。これではスコールのようだと溜息をもらした。直後に脇から白いタオルが差し出される。
「お疲れ様」
「ん……さんきゅ」
受け取ったふかふかのタオルを顔にしばらく当て、水滴の重みで垂れてきた前髪を掻き上げた。
「その髪型なんだか新鮮。昼間にバッツに手伝ってもらったプリン、上手くできたみたい」
小ぶりのバスケットを両手で持ち上げて見せる。さっきまで泣き喚いていたのがウソのようでにこにこと笑っていた。
タオルを首にかけてバスケットから渡されたガラスの器と木のスプーンを受け取る。
お手製のそれは甘すぎない、優しい味がした。
「お、美味い」
「バッツが手伝ってくれたおかげよ。夕飯はかぼちゃスープ作ろうと思ってるの」
「へえ、楽しみにしてるよ」
キリカから見たバッツの様子は特におかしい所はないように思えた。不機嫌な様子もないし、話しかければ普通に応えてくれる。少々疲れているようにも見えるが、試合のせいだろうと思っていた。妬みなどジタンの思い過ごしだろうと。
ふとバスケットの中を覗くと、人数分入れたはずのスプーンが一つ足りないことに気が付く。取ってくるついでにスコールに声をかけてくると伝えようとした時であった。
いつになく真面目な表情のバッツに呼び止められる。
「…なんで俺達のこと、詳しいんだ」
その一言が何らかの魔力を持っていたようで、時を止めてしまったようだった。
嘘はいつか必ずばれるものだ。それを承知の上で黙っていた。それが、こんな形で暴かれてしまうとは思ってもいない。
呆然と立ち尽くすキリカの瞳は揺れていた。
「おかしいと思ってたんだ。時々変なこと言うし…まるで俺達を、俺達の世界を傍で見ていたかのような」
最初こそうっかり口にしてしまわないよう注意を払っていた。相手が不思議そうな顔をすれば作り話をでっちあげてその場を凌いできた。だが、それも彼らと共に過ごすうちに気が緩んでしまったのかもしれない。気が付かないうちに核心を得る発言を聞かれてしまったのか。
だからと言って、今更事実を話して信じてもらえるか定かではない。
それがさらに誤解招いたようで、疑いをかけられていた。
「俺だって疑いたくはないけど。最近あいつらの手口も巧妙になってきてるし……なあ、何か言ってくれよ。キリカ」
顔の前に伸ばされたバッツの手を無意識に振り払った。刹那、バッツの目が僅かに見開いた。苦痛に満ちたキリカの表情がひどく痛々しい。小さな声でごめんと呟いた。
「きっと、言っても信じてもらえないよ。……少し一人にさせて」
呼び止める間もなかった。足が地面に縫い付けられたように動かすことができず、追うこともできない。伏せられた顔に濡れた前髪が垂れてくる。乾いていないそれはまだ冷たかった。
*
パチパチと薪が爆ぜる音。焚火を囲みながら夕食の時間を過ごす三人の口数は少なかった。雰囲気の悪い晩餐を明るくしようとジタンが話を盛り上げようとするも、上手くいかない。普段なら乗ってくるバッツの口が重たかった。スコールは通常運転なので気にはしないのだが。この空気の悪い原因は明らかであった。
夕飯もそこそこにキリカが先ほど席を外した。体調が優れないと言い、早々にテントへ戻っていった。昼間に作ったプリンも余っているから誰か食べるといいとも言った。具合が悪化しそうなら声をかけてくれと彼女を気遣い、今に至る。
ぽつんと隅に置かれたバスケット。その中にガラスの器が一つ。それを摘み上げ、片手で肘をついたまま見上げる。
「これ、キリカのだよな。作ってたの人数分だったし」
「ああ、そうだな」
自分はもう食べたとスコールが頷いた。つまり、これを余っていると表現するのは適切ではないということだ。食欲が無いから要らない、それを彼女らしい控えめな言い方をしたのだ。
大袈裟な溜息が聞こえた。プリンを元に戻したジタンはバッツを睨む。さっきから黙りがちな彼が彼女に何かしたのだろうと思っていた。
「バッツ。お前、何かしたんだろ」
「……なんで俺だって決めつけるんだ」
「様子がおかしいのが二人。俺も原因はあんたとしか思えない」
「その通り。目合わせようともしないしよ、気まずくなる程ケンカしたのか?」
「別に。ケンカしたわけじゃない」
不貞腐れる様はまるで叱られた子どもだ。キリカの様子を見るからに、怒っているのはバッツの方だ。向こうが悪いとしても、妥協して謝れば丸く収まりそうなものだが。ムキになっているのでそれも難しそうだ。
「じゃあなんでキリカがあんなに元気ないんだよ」
「それは」
「なんだよ」
中々喋ろうとしないバッツにジタンは痺れを切らす。棘のある口調で彼を問い詰めていた。
琥珀色の瞳が反らされる。その目は焚火の火を見つめた。
「なあ、ジタンとスコールはおかしいと思ったことないのか。……キリカは俺達の知らないことを知っている。まるで、ずっと傍で見ていたみたいに俺達のこと、知ってるんだ」
その発言に二人ははっと息を呑んだ。思い当たる節はそれぞれ。初めて顔を合わせた時、妙な発言をする彼女のことを思い出した。それに、戦いを強いられたこの世界に一人だけ特殊な存在として居る。それでも疑わなかったのは彼女の誠実さと仲間の一言だった。誰よりも彼女を信頼していたはずの男が疑いをかけている。
確かに、最近は敵側の攻撃が激しくなってきている。あらゆる手段も用いている。だからと言って、今さら仲間を疑うなど、あり得ない。
碧青の瞳に炎がちらちらと揺れた。
「……つまり、お前はキリカが敵側の刺客だって言いたいのか」
怒りを極力抑えた低い声。ここまで感情を露わにしたジタンを見るのは久しい。顔の前で手を組み、スコールは口を挟まずに成り行きを見守っていた。
言葉にしてしまえば本当にそうなりそうだった。だから、あえてあの時口にせずにいた。間違いだと気のせいだと思いたかった。だが、昼間の件で疑惑が膨れ上がってしまった。初対面のはずなのに、相手を同情するような言動。今までにも何度か同じような場面を見ていた。
「お前、それ本気で思ってんのか」
黙ったまま反論もしないバッツの胸倉を掴み上げる。流石に不味いとスコールがそれを制した。このままでは喧嘩どころか仲間割れになる可能性がある。
「キリカが敵なわけないだろ!お前が一番わかってるはずだ!」
戦い方も自分を守る方法も知らない。澄ましているようで、実は感情が豊かでコロコロ表情が変わる。好きな相手の事で悩む姿もとても演技とは思えない。
「俺だって疑いたくない!けど、……」
胸倉を掴む力が緩む。言葉を濁らせたバッツがあまりにも優柔不断なものだから、これ以上言っても埒が明かないとジタンは踵を返した。見回りをしてくると言って夜の闇に姿を消した。
ひとまず喧騒に終止符が打たれた。短い溜息をついたスコールは焚火の向こうを見る。膝を抱えたバッツの姿が痛々しい。
自分の意見は全く口にしなかった。ここでどちらに味方しようと場の争いは避けられなかったはずだ。バッツの言う事にも一理ある。だが、それ以上にキリカを信じたい気持ちの方が強い。
自分は間違っているのだろうか。空を仰いだ先に満月が煌々と輝いていた。
*
テントを張った周囲一帯をぐるりと回ってきたジタンは二人の居る場所に戻らず、先にキリカのテントの方へ向かった。まだ時間はそう遅くはないが、本当に体調が悪いならばもう寝ているかもしれない。声量を絞った声でテントの布越しに話しかける。
「キリカ。起きてるか」
返事がなかった。やはりもう寝ているのかと思いながら、そっと入口を覗く。そこで眠っている姿があれば一安心だったが、テントの中はもぬけの殻。がばっと入口の布をめくるが、やはりどこにも彼女の姿はなかった。荷物は置き去りにされている。
ジタンの顔から血の気がさっと引いていく。すぐに焚火を囲んでいる二人の元へ叫んだ。
「キリカがいない」
呼びかけに応じた二人は急いで彼女のテントに集まった。ジタンの言う通り、キリカは姿を消していた。いつの間にここから離れたのか。確かにテントに入ったのを見届けたとジタンは話す。もしや二人が言い争っている間に出ていったんじゃないか。的確なスコールの意見に二人は言葉を詰まらせていた。
「散歩とは考えにくい。辺りが危険なことも十分わかっているはずだ。…昼間の話が原因なら、疑われた事に耐えきれずに飛び出した可能性も高い」
「…くそっ。俺がもう少し気遣ってやれば」
隅に置かれた彼女のバッグ。その上に一対の青いイヤリングがあった。彼女は荷物も、何もかもすべて置いていってしまった。
イヤリングを拾い上げたバッツはそれを握りしめた。
「……おい、どこに行く気だ」
テントから出たバッツは自分のマントを身に着け、身支度を整えていた。聞くだけ無駄だとわかっていたが、あえてスコールは問う。
「決まってんだろ。探しに行くんだ。……キリカが居なくなったのは俺のせいだ」
こんな形で別れるのは嫌だった。それに、まだ彼女の話をきちんと聞いていない。
「探すって…一人で行く気かよ。こんなに暗いんだ、闇雲に探したって見つかるわけが」
「それでも!放っておけるわけないだろ!」
「バッツ」
どんな引き留めも無視をして行こうとするバッツの背をスコールが呼び止めた。立ち止まった彼に言葉を続けてかける。
「俺達も手分けして探す。一時間後にはこのポイントで落ち合おう。もし見つからなければ作戦を改めて立てる」
「誰も探しに行かないなんて言ってないだろ?俺は川の方を見てくる」
無茶すんなよ。そう言い残してジタンは足早に駆けて行った。その顔と声には怒りの色はすっかり見えなかった。
「俺は向こうを探す」
「スコール。……サンキュー」
ガンブレードを肩に担いだスコールは顔だけを振り向かせた。多くは語らないその背が暗闇に向かって走っていく。
ざわついていた気を静め、目を閉じる。
流れる風を感じ取ったバッツは暗闇に向かっていった。
流れが緩やかな川から調理用のボウルを引き上げる。ガラスの器が四つ、その中には鮮やかなオレンジ色のかぼちゃプリン。表面の弾力は充分、これで中まで固まっていれば大成功だ。
「おお、美味そう。カボチャからプリンの発想なんて思いつくのキリカぐらいだよ」
「味もよければいいんだけどね。ホントは煮つけ作ろうと思ってたんだけど…思いの外細かくなっちゃったから」
カボチャ丸ごと一個を手に入れたので、晩のおかずにしようと考えていた。だが、硬いカボチャの皮に全く刃が立たなかった。これをバッツに頼んだ結果、カボチャは無残な姿に。これでは調理に使えないとは言いづらく、考えた末にプリンとスープになら使えると思いついたのだ。
「食ってもいい?」
「どうぞ」
木のスプーンを受け取ったジタンはプリンをすくいあげ、口の中へ頬張る。程よい甘みが美味しかったようで、彼の尻尾がカギ型に曲がる。猫が嬉しい時の仕草と同じだ。味、固さ共に満足のようだ。
「美味い!料理やお菓子作りが上手な女の子っていいよな~」
「ありがとう。毎日私がご飯作ろうか?」
「いや、それだと悪いよ。ごちそーさん。…んで、俺達が居ない間に何があったんだ?」
かぼちゃプリンを平らげたジタンは僅かな時間に起きたであろう事件について尋ねた。スコールと共に宝探しから帰還した際、仲間のラグナが二人と一緒にいた。しかもキリカが泣いていて、ラグナはワケのわからない事を言い、しまいにはスコールが冷ややかに睨む。
一部始終を見ていなかったので何が起きたのかさっぱりであった。ただわかるのはラグナと何か問題があって、バッツの機嫌が悪くなったということ。それをキリカに伝えると口をへの字にしてうーんと唸る。
「何かって言われても…私が勝手に泣いただけだし」
キリカはラグナのことを知っていた。彼の奥さんや息子、義理の娘のことも。彼らの物語を知る故に、涙なしではいられなかったのだ。
彼に羨望の眼差しを向けたのは、大統領に会えたという一種のミーハーな気持ち。それがバッツの機嫌を損ねた理由だとは気づきもしない。
「バッツのやつ拗ねてるんだよ。さっきスコールに新技の手合わせ頼むって」
手合わせと言えば響きはいいが、つまるところ八つ当たりだ。自分に声をかけてこなかったのをラッキーと思いつつも、スコールが大怪我をしないようジタンは祈った。
「ラグナに何かされたとか?」
「何も。少し会話した程度」
「ふーん。じゃあ、つまりあれだな。嫉妬」
「嫉妬?!たかが数分の会話で?」
つい大声を張り上げたキリカは菓子作りに使用した菜箸を落としそうになる。残り三つのかぼちゃプリンは小さなバスケットにスプーンと一緒に入れた。埃が被らないよう、その上にチェックの布を被せる。
調理器具を片づけながら「まさかあ」と冗談めいて笑っていた。
「男は嫉妬深い生き物だぜ?何がどこで琴線に触れるかは人それぞれだし、気をつけなよ」
「う、うん。…意外だなあ。自由奔放が代名詞のバッツが嫉妬だなんて」
風のように気まぐれに渡り歩く旅烏。快活な笑みと明るい性格ゆえに人を妬むというイメージが沸きにくい。
あいつの機嫌を直せるのはキリカだけだ。ジタンがそう言うので、キリカは二人の試合が終わるのを待つことにした。
*
スコールとの手合わせを終えたバッツは川のほとりに来ていた。引き分けとなった勝負だが、それ以上に胸の中がもやに被われてすっきりしない。
サークレットと両耳のピアスを外し、手の甲を覆うグローブを脱ぎ捨てる。その時に指に巻かれた包帯が取れてしまった。
掌で川の水を掬い上げてばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
波打つ水面が静かになるとそこにバッツの顔を映し出した。
険しい顔をしている。これではスコールのようだと溜息をもらした。直後に脇から白いタオルが差し出される。
「お疲れ様」
「ん……さんきゅ」
受け取ったふかふかのタオルを顔にしばらく当て、水滴の重みで垂れてきた前髪を掻き上げた。
「その髪型なんだか新鮮。昼間にバッツに手伝ってもらったプリン、上手くできたみたい」
小ぶりのバスケットを両手で持ち上げて見せる。さっきまで泣き喚いていたのがウソのようでにこにこと笑っていた。
タオルを首にかけてバスケットから渡されたガラスの器と木のスプーンを受け取る。
お手製のそれは甘すぎない、優しい味がした。
「お、美味い」
「バッツが手伝ってくれたおかげよ。夕飯はかぼちゃスープ作ろうと思ってるの」
「へえ、楽しみにしてるよ」
キリカから見たバッツの様子は特におかしい所はないように思えた。不機嫌な様子もないし、話しかければ普通に応えてくれる。少々疲れているようにも見えるが、試合のせいだろうと思っていた。妬みなどジタンの思い過ごしだろうと。
ふとバスケットの中を覗くと、人数分入れたはずのスプーンが一つ足りないことに気が付く。取ってくるついでにスコールに声をかけてくると伝えようとした時であった。
いつになく真面目な表情のバッツに呼び止められる。
「…なんで俺達のこと、詳しいんだ」
その一言が何らかの魔力を持っていたようで、時を止めてしまったようだった。
嘘はいつか必ずばれるものだ。それを承知の上で黙っていた。それが、こんな形で暴かれてしまうとは思ってもいない。
呆然と立ち尽くすキリカの瞳は揺れていた。
「おかしいと思ってたんだ。時々変なこと言うし…まるで俺達を、俺達の世界を傍で見ていたかのような」
最初こそうっかり口にしてしまわないよう注意を払っていた。相手が不思議そうな顔をすれば作り話をでっちあげてその場を凌いできた。だが、それも彼らと共に過ごすうちに気が緩んでしまったのかもしれない。気が付かないうちに核心を得る発言を聞かれてしまったのか。
だからと言って、今更事実を話して信じてもらえるか定かではない。
それがさらに誤解招いたようで、疑いをかけられていた。
「俺だって疑いたくはないけど。最近あいつらの手口も巧妙になってきてるし……なあ、何か言ってくれよ。キリカ」
顔の前に伸ばされたバッツの手を無意識に振り払った。刹那、バッツの目が僅かに見開いた。苦痛に満ちたキリカの表情がひどく痛々しい。小さな声でごめんと呟いた。
「きっと、言っても信じてもらえないよ。……少し一人にさせて」
呼び止める間もなかった。足が地面に縫い付けられたように動かすことができず、追うこともできない。伏せられた顔に濡れた前髪が垂れてくる。乾いていないそれはまだ冷たかった。
*
パチパチと薪が爆ぜる音。焚火を囲みながら夕食の時間を過ごす三人の口数は少なかった。雰囲気の悪い晩餐を明るくしようとジタンが話を盛り上げようとするも、上手くいかない。普段なら乗ってくるバッツの口が重たかった。スコールは通常運転なので気にはしないのだが。この空気の悪い原因は明らかであった。
夕飯もそこそこにキリカが先ほど席を外した。体調が優れないと言い、早々にテントへ戻っていった。昼間に作ったプリンも余っているから誰か食べるといいとも言った。具合が悪化しそうなら声をかけてくれと彼女を気遣い、今に至る。
ぽつんと隅に置かれたバスケット。その中にガラスの器が一つ。それを摘み上げ、片手で肘をついたまま見上げる。
「これ、キリカのだよな。作ってたの人数分だったし」
「ああ、そうだな」
自分はもう食べたとスコールが頷いた。つまり、これを余っていると表現するのは適切ではないということだ。食欲が無いから要らない、それを彼女らしい控えめな言い方をしたのだ。
大袈裟な溜息が聞こえた。プリンを元に戻したジタンはバッツを睨む。さっきから黙りがちな彼が彼女に何かしたのだろうと思っていた。
「バッツ。お前、何かしたんだろ」
「……なんで俺だって決めつけるんだ」
「様子がおかしいのが二人。俺も原因はあんたとしか思えない」
「その通り。目合わせようともしないしよ、気まずくなる程ケンカしたのか?」
「別に。ケンカしたわけじゃない」
不貞腐れる様はまるで叱られた子どもだ。キリカの様子を見るからに、怒っているのはバッツの方だ。向こうが悪いとしても、妥協して謝れば丸く収まりそうなものだが。ムキになっているのでそれも難しそうだ。
「じゃあなんでキリカがあんなに元気ないんだよ」
「それは」
「なんだよ」
中々喋ろうとしないバッツにジタンは痺れを切らす。棘のある口調で彼を問い詰めていた。
琥珀色の瞳が反らされる。その目は焚火の火を見つめた。
「なあ、ジタンとスコールはおかしいと思ったことないのか。……キリカは俺達の知らないことを知っている。まるで、ずっと傍で見ていたみたいに俺達のこと、知ってるんだ」
その発言に二人ははっと息を呑んだ。思い当たる節はそれぞれ。初めて顔を合わせた時、妙な発言をする彼女のことを思い出した。それに、戦いを強いられたこの世界に一人だけ特殊な存在として居る。それでも疑わなかったのは彼女の誠実さと仲間の一言だった。誰よりも彼女を信頼していたはずの男が疑いをかけている。
確かに、最近は敵側の攻撃が激しくなってきている。あらゆる手段も用いている。だからと言って、今さら仲間を疑うなど、あり得ない。
碧青の瞳に炎がちらちらと揺れた。
「……つまり、お前はキリカが敵側の刺客だって言いたいのか」
怒りを極力抑えた低い声。ここまで感情を露わにしたジタンを見るのは久しい。顔の前で手を組み、スコールは口を挟まずに成り行きを見守っていた。
言葉にしてしまえば本当にそうなりそうだった。だから、あえてあの時口にせずにいた。間違いだと気のせいだと思いたかった。だが、昼間の件で疑惑が膨れ上がってしまった。初対面のはずなのに、相手を同情するような言動。今までにも何度か同じような場面を見ていた。
「お前、それ本気で思ってんのか」
黙ったまま反論もしないバッツの胸倉を掴み上げる。流石に不味いとスコールがそれを制した。このままでは喧嘩どころか仲間割れになる可能性がある。
「キリカが敵なわけないだろ!お前が一番わかってるはずだ!」
戦い方も自分を守る方法も知らない。澄ましているようで、実は感情が豊かでコロコロ表情が変わる。好きな相手の事で悩む姿もとても演技とは思えない。
「俺だって疑いたくない!けど、……」
胸倉を掴む力が緩む。言葉を濁らせたバッツがあまりにも優柔不断なものだから、これ以上言っても埒が明かないとジタンは踵を返した。見回りをしてくると言って夜の闇に姿を消した。
ひとまず喧騒に終止符が打たれた。短い溜息をついたスコールは焚火の向こうを見る。膝を抱えたバッツの姿が痛々しい。
自分の意見は全く口にしなかった。ここでどちらに味方しようと場の争いは避けられなかったはずだ。バッツの言う事にも一理ある。だが、それ以上にキリカを信じたい気持ちの方が強い。
自分は間違っているのだろうか。空を仰いだ先に満月が煌々と輝いていた。
*
テントを張った周囲一帯をぐるりと回ってきたジタンは二人の居る場所に戻らず、先にキリカのテントの方へ向かった。まだ時間はそう遅くはないが、本当に体調が悪いならばもう寝ているかもしれない。声量を絞った声でテントの布越しに話しかける。
「キリカ。起きてるか」
返事がなかった。やはりもう寝ているのかと思いながら、そっと入口を覗く。そこで眠っている姿があれば一安心だったが、テントの中はもぬけの殻。がばっと入口の布をめくるが、やはりどこにも彼女の姿はなかった。荷物は置き去りにされている。
ジタンの顔から血の気がさっと引いていく。すぐに焚火を囲んでいる二人の元へ叫んだ。
「キリカがいない」
呼びかけに応じた二人は急いで彼女のテントに集まった。ジタンの言う通り、キリカは姿を消していた。いつの間にここから離れたのか。確かにテントに入ったのを見届けたとジタンは話す。もしや二人が言い争っている間に出ていったんじゃないか。的確なスコールの意見に二人は言葉を詰まらせていた。
「散歩とは考えにくい。辺りが危険なことも十分わかっているはずだ。…昼間の話が原因なら、疑われた事に耐えきれずに飛び出した可能性も高い」
「…くそっ。俺がもう少し気遣ってやれば」
隅に置かれた彼女のバッグ。その上に一対の青いイヤリングがあった。彼女は荷物も、何もかもすべて置いていってしまった。
イヤリングを拾い上げたバッツはそれを握りしめた。
「……おい、どこに行く気だ」
テントから出たバッツは自分のマントを身に着け、身支度を整えていた。聞くだけ無駄だとわかっていたが、あえてスコールは問う。
「決まってんだろ。探しに行くんだ。……キリカが居なくなったのは俺のせいだ」
こんな形で別れるのは嫌だった。それに、まだ彼女の話をきちんと聞いていない。
「探すって…一人で行く気かよ。こんなに暗いんだ、闇雲に探したって見つかるわけが」
「それでも!放っておけるわけないだろ!」
「バッツ」
どんな引き留めも無視をして行こうとするバッツの背をスコールが呼び止めた。立ち止まった彼に言葉を続けてかける。
「俺達も手分けして探す。一時間後にはこのポイントで落ち合おう。もし見つからなければ作戦を改めて立てる」
「誰も探しに行かないなんて言ってないだろ?俺は川の方を見てくる」
無茶すんなよ。そう言い残してジタンは足早に駆けて行った。その顔と声には怒りの色はすっかり見えなかった。
「俺は向こうを探す」
「スコール。……サンキュー」
ガンブレードを肩に担いだスコールは顔だけを振り向かせた。多くは語らないその背が暗闇に向かって走っていく。
ざわついていた気を静め、目を閉じる。
流れる風を感じ取ったバッツは暗闇に向かっていった。