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Another
小一時間前に起きた魅惑の踊り子事件。羞恥の為にその場に留まることができず、逃れてきた女は小高い丘で膝を抱えていた。
一面青々とした草原に覆われた大地。薄桃色の小さな花々が所々に群生している。
女は疲れきった表情で深いため息を身体の底から吐き出した。
ようやく踊り子の色目の効果が切れたこと。ここまで全力で無我夢中に走ってきたこともあり疲労困憊であった。
正直、踊り子のジョブは使えないと女は思っていた節がある。
勿論良い面はある。他のジョブでは不可の状態異常防止のリボンを装備できるのは心強い。女性陣はわかるが、バッツはあの衣装でどこに結ぶのかは謎のまま。
欠点は力と防御は他のジョブよりも劣る。当たり前と言えば当たり前だが、前線で戦うのは厳しいと思われる。ジョブマスターの称号を持つ青年はまた別格かもしれないが。
何よりもあの色目。あれには抗えないものがあった。
先ほどの出来事を思い出すだけでまた胸がドキドキしてくる。女はセルフ混乱に陥りそうな頭を横へ振った。
一筋の風が草原を駆け抜けていった。波打つ緑を目で追いかけていく。こんな景色は液晶画面の向こう側でしか見たことがない。眺めているだけで清々しい。おかげで気持ちもだいぶ落ち着くことができた。
そろそろ戻った方がいい。だいぶ遠くまで来た気もする。帰りが遅くなると仲間に心配をかけてしまう。
「こんな場所に居たら恰好の的だぞ」
不意に聞こえた声。その青年は風のように姿を現した。青年の背中でひらひらと風にマントが遊ぶ。
風に乗って現れた青年を見ながら「ここはコスモスの加護があるから」と女は言った。この言葉は先刻、それこそ事件が起きる前にこの青年が言ったものだ。
「ふーん」
しかし、当人は素知らぬ返事しかしない。その上、青年の恰好が全体的に妙であった。
銀色に輝く頭髪、普段の服装を反転させたような色彩を身に纏っていた。
姿形はよく知った青年に似ているのだが、違和感を覚える。服装だけならともかく、髪の色素が抜けたような状態。女の頭に知識として残っていたある状態異常が思い浮かんだ。
「ねえ、大丈夫?……オールドにかかっているみたいだけど」
青年の髪に手を伸ばし、後頭部にそっと触れる。その銀髪は年齢を感じさせない輝きがある。太陽の光をきらきらと反射させていた。
状態異常ではない。青年と目が合ったその時、異変に気が付いた。瞳の色が赤みがかった琥珀だということに。透き通るような白い肌にそれはよく映えていた。その瞳が弓なりにすっと細められる。
青年は女の顎を捉え、覆い被せるように唇を塞いだ。女が抵抗しようにも男が腕を腰に絡みつけているので、逃げ道を絶たれている。
求めるような深い口吻。何度か胸を叩かれた為、青年はそれを聞き入れて名残惜しそうに口吻を止めた。
笑みを浮かべる青年は指先で女の輪郭をなぞっていく。
「警戒心ゼロ。不用意に近付いてきたら喰っちまうぞ」
「……貴方、誰なの」
「見たまんまだぜ?」
「うそ。私の知ってる彼じゃない」
容姿共に声色は間違いなくバッツ・クラウザーのもの。
ただ、言動に覚えがない。よく似た偽者としか思えなかった。
「俺の何を知ってるって?この存在が何かも知らないくせに」
その言い方に怒りは含まれていない。どこか諦めのような自嘲。
「……そうね、うん、知らない。だから、貴方のこと教えて」
褐色の瞳が僅かに揺らいだ。予想外の答え、そして疑問。戸惑いの色が一瞬だが青年の瞳に見えた。
動揺を悟られないように、はぐらかすように女の手を掴み、愛おしく手の掌に唇を寄せる。
「光ある処には影ができる。妬み、恨み、憎しみ、痛み…それらが闇となり形成される。その影が俺だとしたら?」
青年は妖美に笑う。この仕草が今の姿と似つかわしい。女は魔女にでも惑わされている錯覚すら感じた。
「表立つには不必要な存在。それが俺の正体だ」
英雄を必要とした世界は光ばかりを賞賛した。
影は決して見せてはいけないと無言の圧力をかけられる。
自分は押し込まれた存在だと青年は言う。表舞台に立つ光の戦士には不必要だと。
「仲間を失った責任、罪悪感に押し潰されてしまいそうなの?後悔、しているの」
「してない」
「うそ。……誰だって影は持ってる、私だって。それがいけないことだなんて私は思わない。消せない罪や辛い過去、持っていて当たり前よ。それで悩むのも当然。総てを背負って戦ってきたそれが貴方にとっては大きな影になってしまったのね」
その影が貴方。女の両手が青年の頬を包む。
女が屈託のない笑みを見せると、困惑の色が青年の瞳に映し出された。
「弱みがあってこそ、人。だから、全部まとめて私は貴方のことが好き。だって、私ずっと昔から…バッツのこと好きだったんだもの」
今も尚、その気持ちは揺らがないと女は恥じるように呟いた。
大粒の涙が褐色の瞳からぱたりと落ちる。それは本人の意思を伴わずにはらはらと落ち続けた。銀色の柔らかな髪を一度撫で、涙を流し続ける青年を包むように抱きしめる。縋りつくように頭を寄せてくる様子は大きな猫が甘えてるよう。何でもない、と強がりを見せる。
「なんでもないのに涙は出ないわ。…前にそう言ってくれたの貴方だった」
返事はなかった。ただ、その代わりに両腕で強く抱き返してくる。
辛い思いばかりをしてきた。最初に母を病で亡くし、次いで父を亡くした。独り身で彷徨う当ての無い旅路。父の戦友が戦死していく中、仲間を失った。それでも弱音を吐かなかったのは、周囲を護らなければいけないという強い責任感。涙を見せる暇などなかった。
「大きなもの背負ってたもの。気負ってたんじゃない?」
「ああ」
「自分以外女の子だったから、しっかり引っ張っていかなきゃって」
「あいつら、王族だったし。護らなきゃいけないって、思ってた」
「……レナのこと、好きじゃなかったの」
「どうだろうな。でも、今は」
最愛の孫を残し、他界した暁の戦士ガラフ。彼が離脱してからは女性に囲まれながらの旅となっていた。男だとばかり思っていた仲間が実は女で、海賊の頭ではあるが第一王女だったと。そんなハーレム状態の中でも、誰とも恋愛関係にならなかった。女はそれが不思議でならなかったが、その理由が少しだけわかったような気がした。
顔を上げた男の長い睫毛が震えている。髪と同じ星屑色が涙に濡れて一層艶めいて見えた。琥珀の瞳が柔らかく微笑んでいた。いつも見ているあの顔だと女の口元も自然と緩む。
「キリカを護りたい。一緒に居たい、失いたくない存在なんだ…だから、俺の傍に居て」
男の腕に収まるように女は抱き着いた。目を瞑ると少し足早に刻む心臓の音が聞こえてきた。確かに生命がそこに息づいている。髪を撫でる手つき、心地よい温かさにゆっくりと睡魔が訪れてきた。
「…私、バッツに護られてばかりな気がする」
「こっちもだ。あいつは気付いてないだろうけど、俺もキリカに護られてる」
サンキュー。男がそう呟いたのを最後にキリカの意識は深い眠りに落ちていった。
*
「キリカどこまで逃げてったんだ?ったくバッツが余計なことすっから」
「陣営から出ていなければいいが。……ジタン、どうした」
踊り子から逃げるように駆けていったキリカを二人が探しに来ていた。丘の草原へと続く道を探し、全体を見渡せる場所まで出てきた時だ。金髪の少年は前方に人影を見つけて立ち止まる。そこに寝転がっている女性と男性が見えたのだ。しかし、それはあり得ない話だと頭を横に振る。異変を察した少年に青年は怖い顔をして尋ねた。
「いや、…なあ、スコール。あれってキリカとバッツ、だよな?」
二人が居る方向を示しながら青年の返事を伺う。だが、彼は眉間に皺を寄せて表情を変えずにこう答えた。
「何を言っているんだ。バッツなら水浴びをしてから来ると言っていただろう。…噂をすれば、だ」
歩いてきた道を振り返り、そこを駆けてくる仲間の姿。茶髪の青年が大きく手を振って「おーい」と叫んでいた。それを見た少年が目を見開き、ばっと振り返る。草原に寝転がっているのは女性一人だけ。確かにそこにもう一人いた。目を腕でごしごしとこすり、もう一度目を開いて見る。女性しかいない。
「大丈夫か」
「あ、ああ…うん。そうだよな、バッツが二人居るとかないよな」
「あんなのが二人もいたら煩くて敵わない。それに、彼女も気が休まらないんじゃないか」
「確かに。おーいバッツー!早く来いよ!」
両手を拡声器変わりに叫び、青年が到着するのを待つ。二人に追いついた青年は息を弾ませて額の汗を拭った。この位置からは女の姿が見えないせいか、見つかったのかと顔を交互に見る。
「ああ、あそこで寝てる」
「まったく…無防備だ。敵襲があったらどうするんだ」
「神経すり減らしたんじゃないのか。誰かさんのせいで」
「いや、だからあれは無意識で」
全ては女性を惑わした青年のせいだと二人は言う。荷物整理中に衣装を見つけ、袖を通してみたら身体が勝手に踊りだしていたと弁解をする。女性が逃げ出した後に汗を洗い流し、普段の服に着替えていた。原因となった衣装は班長によって厳重に保管されることになった。
突如、青年が「あっ」と声を上げた。その視線の先には体を起こしていた女性がいた。
いつの間に眠っていたのか。ぼんやりとした頭で記憶の前後を思い返す。草原に一人でいたら、対照的な色彩を纏う青年と出逢った。そこまで思い出した所で、女性の視界にその顔が映り込む。目前に現れたものだから驚いて肩を一度弾ませたが、いつもの姿にほっとする。それはそうと、さっきのは夢だったのだろうか。
「キリカ、ごめんな。悪気があってやったわけじゃないんだ」
「ううん。もういいわ。……踊り子見れたの貴重だったし」
本音は語尾をすぼめる。またいつか見てみたいとも考えていた。青年は女性に手を差し伸べ、草原の大地に立ち上がらせる。
風が、さわさわと通り抜けていく様が見えた。刹那、青年に重なるように銀髪の彼が幻影と現れ、消えた。その表情は穏やかに笑いかけてきたように思えた。茶髪の青年がどうしたんだと不思議そうに首を傾げる。耳元でピアスがしゃらんと揺れた。
身長差がある青年に追いつこうと踵を持ち上げて、彼の頬に触れるだけのキスをした。数秒の出来事にされた本人と周囲が動きを止める。間を置いて動き出した青年は顔を瞬時に赤らめて慌て出す。
「ほー。見せつけてくれるねえ…羨ましいぜーバッツ」
「……まだ惑わされているのか?」
にやにやと意地の悪い笑みを携えた少年。その横で前頭葉を押さえて首を振っていた男はどちらにせよ、他でやってくれと溜息をついた。
小一時間前に起きた魅惑の踊り子事件。羞恥の為にその場に留まることができず、逃れてきた女は小高い丘で膝を抱えていた。
一面青々とした草原に覆われた大地。薄桃色の小さな花々が所々に群生している。
女は疲れきった表情で深いため息を身体の底から吐き出した。
ようやく踊り子の色目の効果が切れたこと。ここまで全力で無我夢中に走ってきたこともあり疲労困憊であった。
正直、踊り子のジョブは使えないと女は思っていた節がある。
勿論良い面はある。他のジョブでは不可の状態異常防止のリボンを装備できるのは心強い。女性陣はわかるが、バッツはあの衣装でどこに結ぶのかは謎のまま。
欠点は力と防御は他のジョブよりも劣る。当たり前と言えば当たり前だが、前線で戦うのは厳しいと思われる。ジョブマスターの称号を持つ青年はまた別格かもしれないが。
何よりもあの色目。あれには抗えないものがあった。
先ほどの出来事を思い出すだけでまた胸がドキドキしてくる。女はセルフ混乱に陥りそうな頭を横へ振った。
一筋の風が草原を駆け抜けていった。波打つ緑を目で追いかけていく。こんな景色は液晶画面の向こう側でしか見たことがない。眺めているだけで清々しい。おかげで気持ちもだいぶ落ち着くことができた。
そろそろ戻った方がいい。だいぶ遠くまで来た気もする。帰りが遅くなると仲間に心配をかけてしまう。
「こんな場所に居たら恰好の的だぞ」
不意に聞こえた声。その青年は風のように姿を現した。青年の背中でひらひらと風にマントが遊ぶ。
風に乗って現れた青年を見ながら「ここはコスモスの加護があるから」と女は言った。この言葉は先刻、それこそ事件が起きる前にこの青年が言ったものだ。
「ふーん」
しかし、当人は素知らぬ返事しかしない。その上、青年の恰好が全体的に妙であった。
銀色に輝く頭髪、普段の服装を反転させたような色彩を身に纏っていた。
姿形はよく知った青年に似ているのだが、違和感を覚える。服装だけならともかく、髪の色素が抜けたような状態。女の頭に知識として残っていたある状態異常が思い浮かんだ。
「ねえ、大丈夫?……オールドにかかっているみたいだけど」
青年の髪に手を伸ばし、後頭部にそっと触れる。その銀髪は年齢を感じさせない輝きがある。太陽の光をきらきらと反射させていた。
状態異常ではない。青年と目が合ったその時、異変に気が付いた。瞳の色が赤みがかった琥珀だということに。透き通るような白い肌にそれはよく映えていた。その瞳が弓なりにすっと細められる。
青年は女の顎を捉え、覆い被せるように唇を塞いだ。女が抵抗しようにも男が腕を腰に絡みつけているので、逃げ道を絶たれている。
求めるような深い口吻。何度か胸を叩かれた為、青年はそれを聞き入れて名残惜しそうに口吻を止めた。
笑みを浮かべる青年は指先で女の輪郭をなぞっていく。
「警戒心ゼロ。不用意に近付いてきたら喰っちまうぞ」
「……貴方、誰なの」
「見たまんまだぜ?」
「うそ。私の知ってる彼じゃない」
容姿共に声色は間違いなくバッツ・クラウザーのもの。
ただ、言動に覚えがない。よく似た偽者としか思えなかった。
「俺の何を知ってるって?この存在が何かも知らないくせに」
その言い方に怒りは含まれていない。どこか諦めのような自嘲。
「……そうね、うん、知らない。だから、貴方のこと教えて」
褐色の瞳が僅かに揺らいだ。予想外の答え、そして疑問。戸惑いの色が一瞬だが青年の瞳に見えた。
動揺を悟られないように、はぐらかすように女の手を掴み、愛おしく手の掌に唇を寄せる。
「光ある処には影ができる。妬み、恨み、憎しみ、痛み…それらが闇となり形成される。その影が俺だとしたら?」
青年は妖美に笑う。この仕草が今の姿と似つかわしい。女は魔女にでも惑わされている錯覚すら感じた。
「表立つには不必要な存在。それが俺の正体だ」
英雄を必要とした世界は光ばかりを賞賛した。
影は決して見せてはいけないと無言の圧力をかけられる。
自分は押し込まれた存在だと青年は言う。表舞台に立つ光の戦士には不必要だと。
「仲間を失った責任、罪悪感に押し潰されてしまいそうなの?後悔、しているの」
「してない」
「うそ。……誰だって影は持ってる、私だって。それがいけないことだなんて私は思わない。消せない罪や辛い過去、持っていて当たり前よ。それで悩むのも当然。総てを背負って戦ってきたそれが貴方にとっては大きな影になってしまったのね」
その影が貴方。女の両手が青年の頬を包む。
女が屈託のない笑みを見せると、困惑の色が青年の瞳に映し出された。
「弱みがあってこそ、人。だから、全部まとめて私は貴方のことが好き。だって、私ずっと昔から…バッツのこと好きだったんだもの」
今も尚、その気持ちは揺らがないと女は恥じるように呟いた。
大粒の涙が褐色の瞳からぱたりと落ちる。それは本人の意思を伴わずにはらはらと落ち続けた。銀色の柔らかな髪を一度撫で、涙を流し続ける青年を包むように抱きしめる。縋りつくように頭を寄せてくる様子は大きな猫が甘えてるよう。何でもない、と強がりを見せる。
「なんでもないのに涙は出ないわ。…前にそう言ってくれたの貴方だった」
返事はなかった。ただ、その代わりに両腕で強く抱き返してくる。
辛い思いばかりをしてきた。最初に母を病で亡くし、次いで父を亡くした。独り身で彷徨う当ての無い旅路。父の戦友が戦死していく中、仲間を失った。それでも弱音を吐かなかったのは、周囲を護らなければいけないという強い責任感。涙を見せる暇などなかった。
「大きなもの背負ってたもの。気負ってたんじゃない?」
「ああ」
「自分以外女の子だったから、しっかり引っ張っていかなきゃって」
「あいつら、王族だったし。護らなきゃいけないって、思ってた」
「……レナのこと、好きじゃなかったの」
「どうだろうな。でも、今は」
最愛の孫を残し、他界した暁の戦士ガラフ。彼が離脱してからは女性に囲まれながらの旅となっていた。男だとばかり思っていた仲間が実は女で、海賊の頭ではあるが第一王女だったと。そんなハーレム状態の中でも、誰とも恋愛関係にならなかった。女はそれが不思議でならなかったが、その理由が少しだけわかったような気がした。
顔を上げた男の長い睫毛が震えている。髪と同じ星屑色が涙に濡れて一層艶めいて見えた。琥珀の瞳が柔らかく微笑んでいた。いつも見ているあの顔だと女の口元も自然と緩む。
「キリカを護りたい。一緒に居たい、失いたくない存在なんだ…だから、俺の傍に居て」
男の腕に収まるように女は抱き着いた。目を瞑ると少し足早に刻む心臓の音が聞こえてきた。確かに生命がそこに息づいている。髪を撫でる手つき、心地よい温かさにゆっくりと睡魔が訪れてきた。
「…私、バッツに護られてばかりな気がする」
「こっちもだ。あいつは気付いてないだろうけど、俺もキリカに護られてる」
サンキュー。男がそう呟いたのを最後にキリカの意識は深い眠りに落ちていった。
*
「キリカどこまで逃げてったんだ?ったくバッツが余計なことすっから」
「陣営から出ていなければいいが。……ジタン、どうした」
踊り子から逃げるように駆けていったキリカを二人が探しに来ていた。丘の草原へと続く道を探し、全体を見渡せる場所まで出てきた時だ。金髪の少年は前方に人影を見つけて立ち止まる。そこに寝転がっている女性と男性が見えたのだ。しかし、それはあり得ない話だと頭を横に振る。異変を察した少年に青年は怖い顔をして尋ねた。
「いや、…なあ、スコール。あれってキリカとバッツ、だよな?」
二人が居る方向を示しながら青年の返事を伺う。だが、彼は眉間に皺を寄せて表情を変えずにこう答えた。
「何を言っているんだ。バッツなら水浴びをしてから来ると言っていただろう。…噂をすれば、だ」
歩いてきた道を振り返り、そこを駆けてくる仲間の姿。茶髪の青年が大きく手を振って「おーい」と叫んでいた。それを見た少年が目を見開き、ばっと振り返る。草原に寝転がっているのは女性一人だけ。確かにそこにもう一人いた。目を腕でごしごしとこすり、もう一度目を開いて見る。女性しかいない。
「大丈夫か」
「あ、ああ…うん。そうだよな、バッツが二人居るとかないよな」
「あんなのが二人もいたら煩くて敵わない。それに、彼女も気が休まらないんじゃないか」
「確かに。おーいバッツー!早く来いよ!」
両手を拡声器変わりに叫び、青年が到着するのを待つ。二人に追いついた青年は息を弾ませて額の汗を拭った。この位置からは女の姿が見えないせいか、見つかったのかと顔を交互に見る。
「ああ、あそこで寝てる」
「まったく…無防備だ。敵襲があったらどうするんだ」
「神経すり減らしたんじゃないのか。誰かさんのせいで」
「いや、だからあれは無意識で」
全ては女性を惑わした青年のせいだと二人は言う。荷物整理中に衣装を見つけ、袖を通してみたら身体が勝手に踊りだしていたと弁解をする。女性が逃げ出した後に汗を洗い流し、普段の服に着替えていた。原因となった衣装は班長によって厳重に保管されることになった。
突如、青年が「あっ」と声を上げた。その視線の先には体を起こしていた女性がいた。
いつの間に眠っていたのか。ぼんやりとした頭で記憶の前後を思い返す。草原に一人でいたら、対照的な色彩を纏う青年と出逢った。そこまで思い出した所で、女性の視界にその顔が映り込む。目前に現れたものだから驚いて肩を一度弾ませたが、いつもの姿にほっとする。それはそうと、さっきのは夢だったのだろうか。
「キリカ、ごめんな。悪気があってやったわけじゃないんだ」
「ううん。もういいわ。……踊り子見れたの貴重だったし」
本音は語尾をすぼめる。またいつか見てみたいとも考えていた。青年は女性に手を差し伸べ、草原の大地に立ち上がらせる。
風が、さわさわと通り抜けていく様が見えた。刹那、青年に重なるように銀髪の彼が幻影と現れ、消えた。その表情は穏やかに笑いかけてきたように思えた。茶髪の青年がどうしたんだと不思議そうに首を傾げる。耳元でピアスがしゃらんと揺れた。
身長差がある青年に追いつこうと踵を持ち上げて、彼の頬に触れるだけのキスをした。数秒の出来事にされた本人と周囲が動きを止める。間を置いて動き出した青年は顔を瞬時に赤らめて慌て出す。
「ほー。見せつけてくれるねえ…羨ましいぜーバッツ」
「……まだ惑わされているのか?」
にやにやと意地の悪い笑みを携えた少年。その横で前頭葉を押さえて首を振っていた男はどちらにせよ、他でやってくれと溜息をついた。