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After the story.
砂漠の西に位置したムーアの村にはこんな噂が流れていた。
村の外れに住む若い女性についてだ。
戦死した夫の帰りを待つ妻がいる。
帰らぬ人を永遠と待ち続けているのだとある人は言う。
生き別れとなった弟を待ち続けている健気な姉がいる。
生きているのか、死んでいるのかさえわからないのだと。
また、ある人はこう言っていた。
将来を誓い合った最愛の恋人が旅に出たきり帰ってこない。
行方知らずの男を待つ女性がいると。
どれも微妙に当て嵌まるようで、そうでない。
噂とは本当に尾ひれ背びれがつくものだ。まるで伝言ゲームのように。
その境遇に立たされているのは、他の誰でもない私自身なのだけど。
左手には銀色に輝くリングが今もある。
十三回目の戦いが終わった。
長い、長い戦いにようやく終止符が打たれたのだ。
神々に呼び出された戦士達は元居た世界へ帰っていった。
当然、私も自分の世界に帰るつもりだった。彼の告白を聞くまでは。
それまでは互いに引き裂かれる運命だと、それを受け入れようと思っていた。
だって、暮らす世界が違うんだもの。結ばれない運命、とでも言えば悲劇らしく聞こえるかしら。
一緒に帰ろう。彼が差し伸べた手を私は掴んだ。
迷いはその笑顔にすっかり消されてしまう。私も彼と一緒に居たかったから。
けれど、運命とは実に残酷なものだった。
彼の世界に足を踏み入れた時、私は広い草原に佇んでいた。
知らない場所にひとりぼっち。彼とはぐれてしまった事も相まって不安に負けてしまいそうだった。
私の頬を優しい風が撫でていくのに気がつくまで私は泣きじゃくっていた。
風が、吹いていた。この世界には風が吹いていた。
クリスタルが取り戻された後だと気づいたのはこの村に辿り着いてから。
水、火、土、そして風が全て元に戻った。光の四戦士の活躍によって平和を取り戻した。
それはとても喜ばしいことだった。けど、私の脳裏に一抹の不安が過ぎる。
彼と離れた時、次元の歪が一瞬だけど見えた。向こう側に何もない、真っ暗な空間。もしかしたら。
ああ、でも勘違いかもしれない。きっと彼はこの世界に帰ってきている。きっと。
村はずれの空き家に住み始めてもう何ヶ月も経つ頃だった。
この村に訪れていた旅人。その顔を見てすぐに彼の仲間だと気づいた。
彼のことを尋ねると「自分たちも探している」そう返ってきた。
ああ、やっぱり。まだ、彼は無に取り残されているんだ。独りで彷徨っているんだ。
その日の夜、私は一通の手紙をしたためた。
もし彼が無の世界に居るとしたら、いつかは帰ってくる。
それがいつかはわからないけど、その時は仲間達に迎えられている。
私はそこに居合わせることはできない。彼が私のことを忘れていたら、そう思うと怖くてとても会うことはできない。
それでも色々伝えたくて、思いを綴った手紙を彼の仲間に託した。
「きっと、帰ってくるから」
暗い顔をした彼女たちをそう元気づけて、見送った。
あれから半年が経つ。
いい加減この土地での暮らしも慣れた。これも、彼のあの言葉を覚えていたおかげ。
窓を開けると風が部屋に入り込んできた。
大空に羽ばたいていく二羽の鳥。
今日は天気も良いし、ピクニックでもしようかしら。それとも、荷造りを進めようか。
そろそろこの村を出て行こうかと考えていた。
幾月待とうとも待ち人来ず。村にはあらぬ噂も立っているし。
誰かさんの真似事で世界を見て回ろうかとも考えている。
一人は寂しいから、野生のチョコボにでも出逢うといいんだけど。
もう、帰ってこないんじゃないかな。
私のことはきっと忘れてしまって、また旅を続けているんじゃないかな。
暗い考えが渦巻くその度に涙が滲む。涙はとうに枯れ果てたと思っていたのに。
風が悪戯に私の髪を躍らせていく。
肩にかかった髪を手で払う。もう、この髪も切ってしまおうか。
摘み上げた毛先を指にくるくると巻きつける。それはするりと指から逃げていった。
『きれいな髪なのに、勿体ないだろ』
伸びすぎて邪魔だから切ろうかな。
何となく口にした言葉だったのに彼は真剣にそう言ってきた。
彼がそう言ってくれた。それだけで髪を伸ばしている私も私だ。
私は窓を開けたまま、部屋の荷物を纏める作業に取りかかる。
お気に入りの本一冊だけを選ぶのに何時間もかかっていた。旅に出るなら身軽なほうが良いから。
*
明日にはこの村を発つことを酒場の主人に話をした。
すると主人は酷く残念そうに私の話を聞いていた。周囲に偶然居た人たちも私がこの村を離れることを惜しんでいた。
私にとってもこの村には大変お世話になったから、正直言うと寂しい。
今夜お別れパーティーを開くからと突然の誘いに私は二つ返事をした。
日が暮れていくと家々にぽつり、ぽつりとランプの灯りがともる。
酒場のホールには花飾りがあちこちに飾られていた。
持ち寄った手料理や果物がカウンターの上から溢れそうなぐらいある。
酒場に集まったのは殆どが村の人たち。たまたま旅の途中で居合わせた旅人が何人か。さっきも砂まみれのローブを深々と被ってきた男がカウンターの端に座っていた。主人の話に寄ればムーア砂漠を超えてきたという。
私はピアノ伴奏に合わせて歌を披露した。
板張りの小さな舞台。ここで何度も歌わせてもらった。初めて歌った時のことを思い出して、涙ぐみそうになる。
戦地に赴いた恋人の帰りを待つ哀愁の唄。最後のワンフレーズを歌い終えた私はスカートの裾を持ち上げて観客にお辞儀をした。湧き上がる拍手、飛び交う口笛。
涙ぐみながら「キリカちゃんが居なくなると寂しいよ」と鼻をすする若奥さんにもらい泣きしそうになる。
「ほんと、歌姫の声が聴けなくなるのが残念だよ」
「褒め過ぎよ。私よりも上手い人は沢山いるんだから」
「それでも、あたしたちにとっちゃキリカちゃんの歌が一番さね」
舞台から降りる時にもあちこちから声をかけられて、カウンター席に落ち着くまで少し時間がかかった。
私が席に着いたとほぼ同時にアコーディオンの軽やかな音が鳴り出す。
狭い酒場の中で男女が組になり踊るワルツ。私は相手も居ないし、ダンスは苦手。楽しそうに踊る人たちを眺めていた。
それにしても偶然訪れた旅人達が少しかわいそうに思える。ゆっくり、静かに過ごしたい人だっているだろう。
私はカウンターの端を盗み見た。砂漠を越えて来たという人はまだフードを被っている。そのせいで男か女かもわからない。
不意にその人がカウンターから立ち上がった。もしや視線に気づかれたのだろうか。それだと気まずい。素知らぬふりをしてカウンター内へ目をやるも、その人はブーツの音を響かせてこちらへ近づいてくる。
あたかも今、あなたに気付きましたよという体でその人を見上げた。取り払われたフードから現れたのは、懐かしい顔。私は目を疑った。夢を見ているのだろうか。
琥珀色の優しい目が笑っていた。
「美しい声を持つ歌姫、俺と一曲踊っていただけますか?」
差し伸べられた手と顔をただ茫然と私は見つめていた。緩んだ涙腺からぱたりぱたりと涙が落ちていく。スカートに染みができようと構わない。涙がとめどなく溢れていた。
その手を取らずに私は体ごと目の前の愛しい人にぶつかりにいく。胸に飛び込んできた私をそっと包むように抱きしめてくれた。
「……ばかっ、バカバカバカ!どこ行ってたのよ!わたし、…わたし、心配で心配で」
「ごめん。迎えに来るの遅くなっちまったな」
砂埃にまざる懐かしい匂い。ああ、本当に帰ってきたんだ。
名前を呼ばれた私は彼の腕の中から顔を見上げる。さっきまで笑っていた瞳は僅かに潤んでいた。
「ただいま」
いつの間にか酒場の注目を集めていた私たちに拍手が向けられていた。
酒場の主人は大げさにわんわんと泣き喚いた後「今日は俺の奢りだ!みんな祝い酒だ!」とグラスを天井に掲げた。
砂漠の西に位置したムーアの村にはこんな噂が流れていた。
村の外れに住む若い女性についてだ。
戦死した夫の帰りを待つ妻がいる。
帰らぬ人を永遠と待ち続けているのだとある人は言う。
生き別れとなった弟を待ち続けている健気な姉がいる。
生きているのか、死んでいるのかさえわからないのだと。
また、ある人はこう言っていた。
将来を誓い合った最愛の恋人が旅に出たきり帰ってこない。
行方知らずの男を待つ女性がいると。
どれも微妙に当て嵌まるようで、そうでない。
噂とは本当に尾ひれ背びれがつくものだ。まるで伝言ゲームのように。
その境遇に立たされているのは、他の誰でもない私自身なのだけど。
左手には銀色に輝くリングが今もある。
十三回目の戦いが終わった。
長い、長い戦いにようやく終止符が打たれたのだ。
神々に呼び出された戦士達は元居た世界へ帰っていった。
当然、私も自分の世界に帰るつもりだった。彼の告白を聞くまでは。
それまでは互いに引き裂かれる運命だと、それを受け入れようと思っていた。
だって、暮らす世界が違うんだもの。結ばれない運命、とでも言えば悲劇らしく聞こえるかしら。
一緒に帰ろう。彼が差し伸べた手を私は掴んだ。
迷いはその笑顔にすっかり消されてしまう。私も彼と一緒に居たかったから。
けれど、運命とは実に残酷なものだった。
彼の世界に足を踏み入れた時、私は広い草原に佇んでいた。
知らない場所にひとりぼっち。彼とはぐれてしまった事も相まって不安に負けてしまいそうだった。
私の頬を優しい風が撫でていくのに気がつくまで私は泣きじゃくっていた。
風が、吹いていた。この世界には風が吹いていた。
クリスタルが取り戻された後だと気づいたのはこの村に辿り着いてから。
水、火、土、そして風が全て元に戻った。光の四戦士の活躍によって平和を取り戻した。
それはとても喜ばしいことだった。けど、私の脳裏に一抹の不安が過ぎる。
彼と離れた時、次元の歪が一瞬だけど見えた。向こう側に何もない、真っ暗な空間。もしかしたら。
ああ、でも勘違いかもしれない。きっと彼はこの世界に帰ってきている。きっと。
村はずれの空き家に住み始めてもう何ヶ月も経つ頃だった。
この村に訪れていた旅人。その顔を見てすぐに彼の仲間だと気づいた。
彼のことを尋ねると「自分たちも探している」そう返ってきた。
ああ、やっぱり。まだ、彼は無に取り残されているんだ。独りで彷徨っているんだ。
その日の夜、私は一通の手紙をしたためた。
もし彼が無の世界に居るとしたら、いつかは帰ってくる。
それがいつかはわからないけど、その時は仲間達に迎えられている。
私はそこに居合わせることはできない。彼が私のことを忘れていたら、そう思うと怖くてとても会うことはできない。
それでも色々伝えたくて、思いを綴った手紙を彼の仲間に託した。
「きっと、帰ってくるから」
暗い顔をした彼女たちをそう元気づけて、見送った。
あれから半年が経つ。
いい加減この土地での暮らしも慣れた。これも、彼のあの言葉を覚えていたおかげ。
窓を開けると風が部屋に入り込んできた。
大空に羽ばたいていく二羽の鳥。
今日は天気も良いし、ピクニックでもしようかしら。それとも、荷造りを進めようか。
そろそろこの村を出て行こうかと考えていた。
幾月待とうとも待ち人来ず。村にはあらぬ噂も立っているし。
誰かさんの真似事で世界を見て回ろうかとも考えている。
一人は寂しいから、野生のチョコボにでも出逢うといいんだけど。
もう、帰ってこないんじゃないかな。
私のことはきっと忘れてしまって、また旅を続けているんじゃないかな。
暗い考えが渦巻くその度に涙が滲む。涙はとうに枯れ果てたと思っていたのに。
風が悪戯に私の髪を躍らせていく。
肩にかかった髪を手で払う。もう、この髪も切ってしまおうか。
摘み上げた毛先を指にくるくると巻きつける。それはするりと指から逃げていった。
『きれいな髪なのに、勿体ないだろ』
伸びすぎて邪魔だから切ろうかな。
何となく口にした言葉だったのに彼は真剣にそう言ってきた。
彼がそう言ってくれた。それだけで髪を伸ばしている私も私だ。
私は窓を開けたまま、部屋の荷物を纏める作業に取りかかる。
お気に入りの本一冊だけを選ぶのに何時間もかかっていた。旅に出るなら身軽なほうが良いから。
*
明日にはこの村を発つことを酒場の主人に話をした。
すると主人は酷く残念そうに私の話を聞いていた。周囲に偶然居た人たちも私がこの村を離れることを惜しんでいた。
私にとってもこの村には大変お世話になったから、正直言うと寂しい。
今夜お別れパーティーを開くからと突然の誘いに私は二つ返事をした。
日が暮れていくと家々にぽつり、ぽつりとランプの灯りがともる。
酒場のホールには花飾りがあちこちに飾られていた。
持ち寄った手料理や果物がカウンターの上から溢れそうなぐらいある。
酒場に集まったのは殆どが村の人たち。たまたま旅の途中で居合わせた旅人が何人か。さっきも砂まみれのローブを深々と被ってきた男がカウンターの端に座っていた。主人の話に寄ればムーア砂漠を超えてきたという。
私はピアノ伴奏に合わせて歌を披露した。
板張りの小さな舞台。ここで何度も歌わせてもらった。初めて歌った時のことを思い出して、涙ぐみそうになる。
戦地に赴いた恋人の帰りを待つ哀愁の唄。最後のワンフレーズを歌い終えた私はスカートの裾を持ち上げて観客にお辞儀をした。湧き上がる拍手、飛び交う口笛。
涙ぐみながら「キリカちゃんが居なくなると寂しいよ」と鼻をすする若奥さんにもらい泣きしそうになる。
「ほんと、歌姫の声が聴けなくなるのが残念だよ」
「褒め過ぎよ。私よりも上手い人は沢山いるんだから」
「それでも、あたしたちにとっちゃキリカちゃんの歌が一番さね」
舞台から降りる時にもあちこちから声をかけられて、カウンター席に落ち着くまで少し時間がかかった。
私が席に着いたとほぼ同時にアコーディオンの軽やかな音が鳴り出す。
狭い酒場の中で男女が組になり踊るワルツ。私は相手も居ないし、ダンスは苦手。楽しそうに踊る人たちを眺めていた。
それにしても偶然訪れた旅人達が少しかわいそうに思える。ゆっくり、静かに過ごしたい人だっているだろう。
私はカウンターの端を盗み見た。砂漠を越えて来たという人はまだフードを被っている。そのせいで男か女かもわからない。
不意にその人がカウンターから立ち上がった。もしや視線に気づかれたのだろうか。それだと気まずい。素知らぬふりをしてカウンター内へ目をやるも、その人はブーツの音を響かせてこちらへ近づいてくる。
あたかも今、あなたに気付きましたよという体でその人を見上げた。取り払われたフードから現れたのは、懐かしい顔。私は目を疑った。夢を見ているのだろうか。
琥珀色の優しい目が笑っていた。
「美しい声を持つ歌姫、俺と一曲踊っていただけますか?」
差し伸べられた手と顔をただ茫然と私は見つめていた。緩んだ涙腺からぱたりぱたりと涙が落ちていく。スカートに染みができようと構わない。涙がとめどなく溢れていた。
その手を取らずに私は体ごと目の前の愛しい人にぶつかりにいく。胸に飛び込んできた私をそっと包むように抱きしめてくれた。
「……ばかっ、バカバカバカ!どこ行ってたのよ!わたし、…わたし、心配で心配で」
「ごめん。迎えに来るの遅くなっちまったな」
砂埃にまざる懐かしい匂い。ああ、本当に帰ってきたんだ。
名前を呼ばれた私は彼の腕の中から顔を見上げる。さっきまで笑っていた瞳は僅かに潤んでいた。
「ただいま」
いつの間にか酒場の注目を集めていた私たちに拍手が向けられていた。
酒場の主人は大げさにわんわんと泣き喚いた後「今日は俺の奢りだ!みんな祝い酒だ!」とグラスを天井に掲げた。