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Second contact.
「お客さん。少し飲みすぎじゃないですか」
バーテンダーが声を掛けた先にはカウンターに突っ伏した女性の姿。自らの両腕を枕にして頭を乗せている。それに応えたのは生返事だけ。帰る素振りも水を頼む様子も見られない。
グラスを一つ磨き上げたバーテンダーは棚にそれを並べた。グラスが一列に整頓されている様は美しい。
バーテンダーの若い男はこのバーに就いて間もないにも関わらず、実に機転の利く人物であった。仕事の内容はすぐに覚え、接客対応も好印象。男の作るカクテルも評判が良い。文句なしの働きぶりにマスターも上機嫌だ。
「あれま。キリカちゃん潰れちゃった?」
「みたいですね」
「会社で嫌なことでもあったかねえ。それか失恋か。ここ連日来てたし」
「詳しい理由は聞いてないっすけどね。ぼーっとしながら飲んでましたから」
彼女、あまり話さない方ですし。男がそう言うとマスターはカラカラと笑った。
「上の空、か。まあいい。お前もう上がっていいからキリカちゃんタクシーに乗せてやってくれ」
「ういっす。お先失礼しまーす」
*
キリカは体がゆらゆらと揺れている状態に目を覚ました。幼い頃に母親におぶられた懐かしい感覚。背中から伝わる温もりはあの時と同じだが、その背は大きく逞しい。
肩にかかる長い髪が煩わしく、手で払い避ける。一つに束ねられた髪が揺れに合わせて動いていた。
「お、気づいた。記憶飛んでない?ついさっきまでカウンターで飲んでたの覚えてるか」
すぐ耳元に届いた若い男の声。聞き覚えがある声だとぼんやりした頭でキリカは聞いていた。
今日は残業疲れでふらふらとバーに立ち寄った。オススメのオリジナルカクテルが気に入り、何杯も飲んでしまった。明日は休みだから別に良いだろうと、ついだ。
結果、酔いつぶれて千鳥足。それでバーテンダーの男に背負われているというわけだ。
酔いの回る思考でここまで記憶を繋ぎ止めたのは我ながら感心する。自慢ではないが、今まで酒に関わることで記憶を飛ばしたことはない。
「ヤケ酒ってのはあまりオススメできないな。まあ、それだけ辛いことがあったんだろうけどさ」
「…ヤケ酒じゃないわ。お兄さんの作るカクテルが美味しいから飲みすぎたの」
「俺のせいだって?それならバーテンダー冥利に尽きるなー」
男はカラカラと笑った。
ふとキリカは自分を背負っている若い男の顔を思い浮かべた。
茶髪、両耳にピアス。その容姿からはチャラチャラしたイメージが強い。だが、見た目とは裏腹に快活な性格に人懐っこい笑顔。マスターの信頼も得て、女性客から人気を集めていた。キリカもその内の一人。
しかしだ。この男の顔、どこかで見覚えがあるのだ。友人、知人、はたまた有名人と思い返してみても思い出す顔はなかった。
ただ、ずっとずっと昔の記憶に一つだけ該当する人物がいた。
「あれ、静かだけど寝ちゃった?」
「……思い出した」
「ん?」
「お兄さん、初恋の人に似てる」
口にしてから自分は何を言ってるんだろうとキリカは目を瞑った。
それもそうだ。初恋と言ったのは一つ下の次元に住む人。しかも自分が五つの時。
女の子の初恋は早いと世間は言うが、相手は次元違い。
その相手と似てると言われた方は気分を害するのではないか。そう心配もしていたが、男は思いの外嬉々としていた。
「へえ。そいつはさぞかしカッコイイ奴なんだな」
うん。そうだよ。かっこよかった。
わたし、だいすきだったんだから。
声に出したはずの言葉は空を舞い、曖昧な存在になっていた。音の信号はブラックホールにでも吸い込まれるように消えていった。
それと同時に睡魔に襲われたキリカは体が落ちないように男の首にきゅっとしがみついた。
*
キリカが次に目を開けた時、その瞳に映ったのは金髪の少年だった。彼を見たキリカはどこか妙な感情を抱く。
少年はパッと明るい表情を浮かべ、周囲の仲間に呼びかける。彼の背後でゆらりと尾のようなものが見えた気がしたのは錯覚か。
「おーい!レディが目を覚ましたぞー!」
頭が石でも詰まったように重い。だるい身体を上半身だけ起こして、まだ焦点が合わない瞳にぼんやりと人影を映す。
耳障りな金属音が遠く聞こえた。
全体的に黒い衣服を身にまとった男が膝をつき、キリカの具合を尋ねていた。
「身体の具合はどうだ。痛む所はないか」
「…だい、じょうぶです。あの、あなた方は?…いたっ」
「ったく…あいつはレディの扱い方がてんでわかってないな。レディを運んできた時に地面にそのまま落としやがって」
「え」
反射的にキリカは自分の後頭部を押さえた。まさか頭の痛みは打ち付けたものか。その不安を振り払うように額に傷のある男が首を静かに横へ振った。
「心配するな。頭からは落ちていない」
「そ、うですか。よかった」
「ま、落ちたと言っても滑り落ちる感じだったし。ところであいつまだ戦ってんのか?」
戦い。日常生活ではほぼ聞かないフレーズにキリカは耳を疑う。
ところでこの二人、少々風変わりな装いをしている。さっきの金髪の少年の尻尾は見間違いではなかった。
「戻ってきたようだ」
物静かな口調の男が顔を向こう側へとやった。その方角から先程話題に上がったもう一人の人間、茶髪の若い男が小走りで駆けてくる。良いことでもあったかの様ににんまり笑いながら。
「楽勝、楽勝!」
「その割に手こずってたんじゃねーの」
「相手がすばしっこかったんだよ」
「こちらへ戻ってきて早々大変だったな」
「ああ。熱烈大歓迎ってのも相手が敵だとあまり嬉しくないしな」
三人のやり取りに重い空気は感じられず、それなりに人間関係も良さそうに映った。
それはさておき。頭で冷静にそう考えられているが、言動は伴わなかった。最後にやってきた男は見覚えがある。あの店のバーテンダーだ。いや、それ以前にこの人物たちを自分は良く知っていた。
キリカは真ん中のバーテンダーを指差し、口から漏れた彼の名前は細く震えていた。
「ば…ば、…ばっ」
「ば?」
「ばっ、バハムートが!」
咄嗟に言い換えたフレーズと共に天を示す。彼らは目を見開き一斉に空を仰いだ。彼らの形相からして余程脅威なのだろう。
だが、空に異常は一つも見られず、しんと静まりかえっていた。
「ご、ごめんなさい…見間違い、だったみたい」
「なんだよ、びっくりさせるなよ。ガチで闘わなきゃなんないかと思ったぜ」
「俺達にかかれば怖くねえけどなー」
ほっと安堵の表情が宿る。竜の出で立ちをした召喚獣が街を破壊し尽くすなんてご遠慮願いたい。
額に傷のある男は青ざめた顔のキリカと茶髪の男を見比べる。眉間には立皺が寄っていた。
「ところで、彼女に事の次第を説明しなくていいのか」
「あ。忘れてた。……俺の事、覚えてる?」
地面に未だ座り込むキリカの前に男はしゃがみ込む。
男からの問い掛けにキリカはこくこくと頷いてみせた。肯定の意を受け取った男に笑顔が零れる。
やはり見間違いではない。この男はバーに居た人物で、遠い昔に恋をしたゲームのキャラクターだった。
「じゃあ話が早い。俺はバッツ、よろしく」
「お客さん。少し飲みすぎじゃないですか」
バーテンダーが声を掛けた先にはカウンターに突っ伏した女性の姿。自らの両腕を枕にして頭を乗せている。それに応えたのは生返事だけ。帰る素振りも水を頼む様子も見られない。
グラスを一つ磨き上げたバーテンダーは棚にそれを並べた。グラスが一列に整頓されている様は美しい。
バーテンダーの若い男はこのバーに就いて間もないにも関わらず、実に機転の利く人物であった。仕事の内容はすぐに覚え、接客対応も好印象。男の作るカクテルも評判が良い。文句なしの働きぶりにマスターも上機嫌だ。
「あれま。キリカちゃん潰れちゃった?」
「みたいですね」
「会社で嫌なことでもあったかねえ。それか失恋か。ここ連日来てたし」
「詳しい理由は聞いてないっすけどね。ぼーっとしながら飲んでましたから」
彼女、あまり話さない方ですし。男がそう言うとマスターはカラカラと笑った。
「上の空、か。まあいい。お前もう上がっていいからキリカちゃんタクシーに乗せてやってくれ」
「ういっす。お先失礼しまーす」
*
キリカは体がゆらゆらと揺れている状態に目を覚ました。幼い頃に母親におぶられた懐かしい感覚。背中から伝わる温もりはあの時と同じだが、その背は大きく逞しい。
肩にかかる長い髪が煩わしく、手で払い避ける。一つに束ねられた髪が揺れに合わせて動いていた。
「お、気づいた。記憶飛んでない?ついさっきまでカウンターで飲んでたの覚えてるか」
すぐ耳元に届いた若い男の声。聞き覚えがある声だとぼんやりした頭でキリカは聞いていた。
今日は残業疲れでふらふらとバーに立ち寄った。オススメのオリジナルカクテルが気に入り、何杯も飲んでしまった。明日は休みだから別に良いだろうと、ついだ。
結果、酔いつぶれて千鳥足。それでバーテンダーの男に背負われているというわけだ。
酔いの回る思考でここまで記憶を繋ぎ止めたのは我ながら感心する。自慢ではないが、今まで酒に関わることで記憶を飛ばしたことはない。
「ヤケ酒ってのはあまりオススメできないな。まあ、それだけ辛いことがあったんだろうけどさ」
「…ヤケ酒じゃないわ。お兄さんの作るカクテルが美味しいから飲みすぎたの」
「俺のせいだって?それならバーテンダー冥利に尽きるなー」
男はカラカラと笑った。
ふとキリカは自分を背負っている若い男の顔を思い浮かべた。
茶髪、両耳にピアス。その容姿からはチャラチャラしたイメージが強い。だが、見た目とは裏腹に快活な性格に人懐っこい笑顔。マスターの信頼も得て、女性客から人気を集めていた。キリカもその内の一人。
しかしだ。この男の顔、どこかで見覚えがあるのだ。友人、知人、はたまた有名人と思い返してみても思い出す顔はなかった。
ただ、ずっとずっと昔の記憶に一つだけ該当する人物がいた。
「あれ、静かだけど寝ちゃった?」
「……思い出した」
「ん?」
「お兄さん、初恋の人に似てる」
口にしてから自分は何を言ってるんだろうとキリカは目を瞑った。
それもそうだ。初恋と言ったのは一つ下の次元に住む人。しかも自分が五つの時。
女の子の初恋は早いと世間は言うが、相手は次元違い。
その相手と似てると言われた方は気分を害するのではないか。そう心配もしていたが、男は思いの外嬉々としていた。
「へえ。そいつはさぞかしカッコイイ奴なんだな」
うん。そうだよ。かっこよかった。
わたし、だいすきだったんだから。
声に出したはずの言葉は空を舞い、曖昧な存在になっていた。音の信号はブラックホールにでも吸い込まれるように消えていった。
それと同時に睡魔に襲われたキリカは体が落ちないように男の首にきゅっとしがみついた。
*
キリカが次に目を開けた時、その瞳に映ったのは金髪の少年だった。彼を見たキリカはどこか妙な感情を抱く。
少年はパッと明るい表情を浮かべ、周囲の仲間に呼びかける。彼の背後でゆらりと尾のようなものが見えた気がしたのは錯覚か。
「おーい!レディが目を覚ましたぞー!」
頭が石でも詰まったように重い。だるい身体を上半身だけ起こして、まだ焦点が合わない瞳にぼんやりと人影を映す。
耳障りな金属音が遠く聞こえた。
全体的に黒い衣服を身にまとった男が膝をつき、キリカの具合を尋ねていた。
「身体の具合はどうだ。痛む所はないか」
「…だい、じょうぶです。あの、あなた方は?…いたっ」
「ったく…あいつはレディの扱い方がてんでわかってないな。レディを運んできた時に地面にそのまま落としやがって」
「え」
反射的にキリカは自分の後頭部を押さえた。まさか頭の痛みは打ち付けたものか。その不安を振り払うように額に傷のある男が首を静かに横へ振った。
「心配するな。頭からは落ちていない」
「そ、うですか。よかった」
「ま、落ちたと言っても滑り落ちる感じだったし。ところであいつまだ戦ってんのか?」
戦い。日常生活ではほぼ聞かないフレーズにキリカは耳を疑う。
ところでこの二人、少々風変わりな装いをしている。さっきの金髪の少年の尻尾は見間違いではなかった。
「戻ってきたようだ」
物静かな口調の男が顔を向こう側へとやった。その方角から先程話題に上がったもう一人の人間、茶髪の若い男が小走りで駆けてくる。良いことでもあったかの様ににんまり笑いながら。
「楽勝、楽勝!」
「その割に手こずってたんじゃねーの」
「相手がすばしっこかったんだよ」
「こちらへ戻ってきて早々大変だったな」
「ああ。熱烈大歓迎ってのも相手が敵だとあまり嬉しくないしな」
三人のやり取りに重い空気は感じられず、それなりに人間関係も良さそうに映った。
それはさておき。頭で冷静にそう考えられているが、言動は伴わなかった。最後にやってきた男は見覚えがある。あの店のバーテンダーだ。いや、それ以前にこの人物たちを自分は良く知っていた。
キリカは真ん中のバーテンダーを指差し、口から漏れた彼の名前は細く震えていた。
「ば…ば、…ばっ」
「ば?」
「ばっ、バハムートが!」
咄嗟に言い換えたフレーズと共に天を示す。彼らは目を見開き一斉に空を仰いだ。彼らの形相からして余程脅威なのだろう。
だが、空に異常は一つも見られず、しんと静まりかえっていた。
「ご、ごめんなさい…見間違い、だったみたい」
「なんだよ、びっくりさせるなよ。ガチで闘わなきゃなんないかと思ったぜ」
「俺達にかかれば怖くねえけどなー」
ほっと安堵の表情が宿る。竜の出で立ちをした召喚獣が街を破壊し尽くすなんてご遠慮願いたい。
額に傷のある男は青ざめた顔のキリカと茶髪の男を見比べる。眉間には立皺が寄っていた。
「ところで、彼女に事の次第を説明しなくていいのか」
「あ。忘れてた。……俺の事、覚えてる?」
地面に未だ座り込むキリカの前に男はしゃがみ込む。
男からの問い掛けにキリカはこくこくと頷いてみせた。肯定の意を受け取った男に笑顔が零れる。
やはり見間違いではない。この男はバーに居た人物で、遠い昔に恋をしたゲームのキャラクターだった。
「じゃあ話が早い。俺はバッツ、よろしく」