PAPUWA
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ガンマ団にて
本当に良かったのか。
霧華は飛空艦から島が見えなくなるまでずっとガラス越しの景色を見ていた。
あの島での暮らしは居心地が良いと感じていたはずだ。
いくらアオイの為とは言え、無理やり連れてきたようで気が引けた。
私たち二人だけの家族だから。一緒にいたい。
コタローくんとシンタローさんを見ていたらそう感じたんです。
気にかけていたのはそれだけじゃない。
親しくしていたあの男。あちらさんはどっからどう見ても好意を抱いていた。
二人の間に芽生え始めていた感情は確かにあった。結局最後まで想いを告げるような場面はなかったが。
あんたもあいつを好きだったんじゃないのか。
そう聞けなかった俺は狡いだろうか。
*
ガンマ団本部に着いて早々にキンタローが「彼女の部屋が用意できていないそうだ」とインカムの通話を終えて言ってきた。いや、あり得ないだろそれ。
「空いてる部屋あんだろーが。少し片づけてベッド置きゃ充分使えんだろ」
「ああ。そんな部屋もあったな。お前がコタロー行方不明時に八つ当たりで壊さなければそんな部屋もあった」
御尤もな正論に俺は言い返すことができない。あの時は完全に頭にキテたから形振り構わず眼魔砲ぶっ放してたからな。親父がちょこまか逃げ回るから悪いんだよ。
「お前たち親子喧嘩のせいで修理が間に合っていない」
「繰り返し言わんでいい。で、どーすんだよ。アオイは寮で相部屋だろ」
「ああ、それなら心配は要らん。彼女の部屋が用意出来るまでお前の部屋に居てもらうことになった」
「は?」
今のは聞き間違いか。それとも何かの冗談か。部屋が無いからってなんで俺と同じ部屋になるんだ。
「ちょっと待て。いくら何でもそれはマズイだろ。あいつがいいって言う訳が」
「彼女の許可ならもう取ってある」
「早っ!」
一体いつの間にその話をしたんだ。いやそれよりも、だ。初対面で最悪な印象を与えたであろう相手といきなり同棲染みた環境に「はい、いいですよ」と言うワケがねえ。それともたった半日足らずで信用を得たのか。ありえねえだろ。
一人悶々と考えていた俺にキンタローからある一式を渡された。俺の両腕が抱えたものは毛布と枕、寝間着とハミガキセット。どうみてもお泊まりセットだ。
「今日からしばらく執務室で缶詰になってもらう。決裁処理も滞っていたから丁度良かったな」
「……そーゆーことかよ」
1ミリでも期待した俺が浅はかだった。まあ、この方が互いに気を遣わなくていいかもしれない。
重い足取りで自室とは逆方向の執務室へ向かった。
*
「ここが貴女の仮の部屋です。大変申し訳ないのだが、部屋が用意できるまでここを使ってもらいたい」
キンタローに案内された部屋は大きなガラス張りの窓から外の景色が一望できる。革張りのソファに落ちついた色調のローテーブル。キャビネットやベッド、絨毯など全て調和が取れていた。これだけで格式の高い部屋だとわかる上に、キンタローからの設備の説明に萎縮することとなる。
「鍵はカードキーでオートロック。窓ガラスは防弾強化ガラス、火災報知器にガス探知器とスプリンクラーも完備。対面キッチンとダイニング、ウォッシャブルトイレットとシャワー付きジャグジー風呂、ベッドはキングサイズで低反発マットレス。内線電話もある」
「……ここはどこのスイートルームですか。シンタローさんの部屋、本当にしばらく借りてしまって良いんですか?」
「構わない。シンタローにもさっき説明した。それと、これはアオイから預かってきたものだ」
無骨な手に抱かれた一匹のテディベア。キンタローと比べるとかなり小さく見える。毛並みがふさふさとしたテディベアの首には青いサテンのリボンがきゅっと結ばれていた。見覚えのあるテディベアを彼から受け取り、左耳に目を留める。上手く毛に隠れているが直した痕跡があった。
「このテディベア……もしかして」
「アオイが大切にしているテディベアだ。名前はテディと言ったか。姉が寂しくないようにと渡してくれと頼まれた」
「テディ。久しぶりね」
ぎゅっと抱きしめたテディベアは経年の変化が著しくない。新品同様の毛並み、綿の減り具合も殆どない。
「シンタローがマメに手入れをしている。毛足の長いぬいぐるみは手入れが大事だと」
「そ、そうなんですか」
「因みにテディの洋服もフォーマルからカジュアルまで取り揃えている。シンタローの手製だ」
「ガンマ団の総帥って器用なんですね」
強面の男が縫いぐるみのケアをしたり、服を作ったりする姿がチグハグすぎて笑いを誘う。
ずっと大事にされ、愛情を注がれてきたんだよとテディベアの無機質なアイが物語っているようだと霧華はふわふわの毛並みを優しく撫でた。
ずっとあの子を見守ってくれていた。傍に居てくれた。
ありがとう。
*
「あー……終わんねえ。ったくなんで書類がこんなに溜まってんだよっ」
分厚い辞典三冊分相当の書類の山。それがまだ机の上に一つ、二つ、三つ乗っている。数時間前までこの倍はあった。それを半分に減らすとはさすが俺。けど、いい加減文字を見るのにうんざりしてくる。ペンも決裁印も投げ捨てたくなってきた。
僅かに空いた机のスペースに頭をごんっと打ち付ける。このまま居眠りと決め込もうか。
「お前が留守にしていた間に持ち込まれたんだろう。面と向かって提出できないような報告書を」
「……全部再提出にしてやろうか」
「やめておけ。それを処理するのは結局総帥であるお前だ」
「わーってるよ。……にしてもだ、休憩挟まねえと効率悪いな」
突っ伏していた顔を上げて頬杖をつく。ちら、ちらとキンタローに視線をわざとらしく送る。決裁処理が終わった書類を部署ごとに仕分けしているキンタローが手を止め、表情を変えずに恐ろしいことを言った。
「一時間ぐらい休憩を取った方がいい。ペースが40%程落ちている。このままでは一週間かかるぞ」
「勘弁してくれ。一週間も篭ってたらノイローゼになっちまう」
「散歩がてらに彼女を案内してきたらどうだ。知らない所に連れてこられて不安になっているかもしれん」
「……犬猫じゃねーんだぞ」
その言い方だと攫ってきたみたいだろ。俺はただ、あいつの意思を尊重してやっただけだ。帰った方がいいとか残ったらどうだとか一切口出ししていない。だから、望んでここに居ると信じている。
執務室を一度離れた俺は凝り固まった首や肩を解しながら自室へ向かう。同じフロアにあるから道程はそう遠くない。途中、廊下ですれ違った団員に「御苦労さん」と声をかけてやる。
廊下のつきあたりにある部屋の前に立ち、壁にある端末へカードをかざす。認識を完了したドアが横へスライドした。自分の部屋に入るのも久しぶりというのも何か虚しい。夕日が差し込む時間帯で壁が橙色に染まっていた。
人の気配はするがあまりにも静かだ。ソファを見て、その理由がすぐにわかった。
ソファの上で霧華が丸くなって眠っている。細い腕にテディベアを抱いて。このテディベア、アオイのだよな。あいつも来たのか。
狸寝入りなんてこともなく、近づいても起きる様子はない。すやすやと眠っていた。
長い睫毛が伏せられた横顔、少し日焼けした肌、髪が肩のラインに沿って流れている。なんというか、その、寝顔が反則的に可愛すぎる。
緩む頬と口元を思わず手で覆う。写真で見るよりもずっと可愛いと思っていたケド。あ、そうだ。
俺は徐に携帯を取り出して、カメラを起動させてフォーカスを合わせた。アオイのテディも入るようにシャッターを切る。うん、いい感じに撮れたな。
霧華が僅かに身じろいだ。毛布を手繰りよせる感覚でテディをぎゅっと胸に抱き直していた。
俺、何しに来たんだっけ。ああ、うっかり目的を忘れるところだった。ま、いーか。起こすのも可哀想だしな。それにもうちょっとこの寝顔見てたいし。
なんか久々に癒されてる感じがする。
本当に良かったのか。
霧華は飛空艦から島が見えなくなるまでずっとガラス越しの景色を見ていた。
あの島での暮らしは居心地が良いと感じていたはずだ。
いくらアオイの為とは言え、無理やり連れてきたようで気が引けた。
私たち二人だけの家族だから。一緒にいたい。
コタローくんとシンタローさんを見ていたらそう感じたんです。
気にかけていたのはそれだけじゃない。
親しくしていたあの男。あちらさんはどっからどう見ても好意を抱いていた。
二人の間に芽生え始めていた感情は確かにあった。結局最後まで想いを告げるような場面はなかったが。
あんたもあいつを好きだったんじゃないのか。
そう聞けなかった俺は狡いだろうか。
*
ガンマ団本部に着いて早々にキンタローが「彼女の部屋が用意できていないそうだ」とインカムの通話を終えて言ってきた。いや、あり得ないだろそれ。
「空いてる部屋あんだろーが。少し片づけてベッド置きゃ充分使えんだろ」
「ああ。そんな部屋もあったな。お前がコタロー行方不明時に八つ当たりで壊さなければそんな部屋もあった」
御尤もな正論に俺は言い返すことができない。あの時は完全に頭にキテたから形振り構わず眼魔砲ぶっ放してたからな。親父がちょこまか逃げ回るから悪いんだよ。
「お前たち親子喧嘩のせいで修理が間に合っていない」
「繰り返し言わんでいい。で、どーすんだよ。アオイは寮で相部屋だろ」
「ああ、それなら心配は要らん。彼女の部屋が用意出来るまでお前の部屋に居てもらうことになった」
「は?」
今のは聞き間違いか。それとも何かの冗談か。部屋が無いからってなんで俺と同じ部屋になるんだ。
「ちょっと待て。いくら何でもそれはマズイだろ。あいつがいいって言う訳が」
「彼女の許可ならもう取ってある」
「早っ!」
一体いつの間にその話をしたんだ。いやそれよりも、だ。初対面で最悪な印象を与えたであろう相手といきなり同棲染みた環境に「はい、いいですよ」と言うワケがねえ。それともたった半日足らずで信用を得たのか。ありえねえだろ。
一人悶々と考えていた俺にキンタローからある一式を渡された。俺の両腕が抱えたものは毛布と枕、寝間着とハミガキセット。どうみてもお泊まりセットだ。
「今日からしばらく執務室で缶詰になってもらう。決裁処理も滞っていたから丁度良かったな」
「……そーゆーことかよ」
1ミリでも期待した俺が浅はかだった。まあ、この方が互いに気を遣わなくていいかもしれない。
重い足取りで自室とは逆方向の執務室へ向かった。
*
「ここが貴女の仮の部屋です。大変申し訳ないのだが、部屋が用意できるまでここを使ってもらいたい」
キンタローに案内された部屋は大きなガラス張りの窓から外の景色が一望できる。革張りのソファに落ちついた色調のローテーブル。キャビネットやベッド、絨毯など全て調和が取れていた。これだけで格式の高い部屋だとわかる上に、キンタローからの設備の説明に萎縮することとなる。
「鍵はカードキーでオートロック。窓ガラスは防弾強化ガラス、火災報知器にガス探知器とスプリンクラーも完備。対面キッチンとダイニング、ウォッシャブルトイレットとシャワー付きジャグジー風呂、ベッドはキングサイズで低反発マットレス。内線電話もある」
「……ここはどこのスイートルームですか。シンタローさんの部屋、本当にしばらく借りてしまって良いんですか?」
「構わない。シンタローにもさっき説明した。それと、これはアオイから預かってきたものだ」
無骨な手に抱かれた一匹のテディベア。キンタローと比べるとかなり小さく見える。毛並みがふさふさとしたテディベアの首には青いサテンのリボンがきゅっと結ばれていた。見覚えのあるテディベアを彼から受け取り、左耳に目を留める。上手く毛に隠れているが直した痕跡があった。
「このテディベア……もしかして」
「アオイが大切にしているテディベアだ。名前はテディと言ったか。姉が寂しくないようにと渡してくれと頼まれた」
「テディ。久しぶりね」
ぎゅっと抱きしめたテディベアは経年の変化が著しくない。新品同様の毛並み、綿の減り具合も殆どない。
「シンタローがマメに手入れをしている。毛足の長いぬいぐるみは手入れが大事だと」
「そ、そうなんですか」
「因みにテディの洋服もフォーマルからカジュアルまで取り揃えている。シンタローの手製だ」
「ガンマ団の総帥って器用なんですね」
強面の男が縫いぐるみのケアをしたり、服を作ったりする姿がチグハグすぎて笑いを誘う。
ずっと大事にされ、愛情を注がれてきたんだよとテディベアの無機質なアイが物語っているようだと霧華はふわふわの毛並みを優しく撫でた。
ずっとあの子を見守ってくれていた。傍に居てくれた。
ありがとう。
*
「あー……終わんねえ。ったくなんで書類がこんなに溜まってんだよっ」
分厚い辞典三冊分相当の書類の山。それがまだ机の上に一つ、二つ、三つ乗っている。数時間前までこの倍はあった。それを半分に減らすとはさすが俺。けど、いい加減文字を見るのにうんざりしてくる。ペンも決裁印も投げ捨てたくなってきた。
僅かに空いた机のスペースに頭をごんっと打ち付ける。このまま居眠りと決め込もうか。
「お前が留守にしていた間に持ち込まれたんだろう。面と向かって提出できないような報告書を」
「……全部再提出にしてやろうか」
「やめておけ。それを処理するのは結局総帥であるお前だ」
「わーってるよ。……にしてもだ、休憩挟まねえと効率悪いな」
突っ伏していた顔を上げて頬杖をつく。ちら、ちらとキンタローに視線をわざとらしく送る。決裁処理が終わった書類を部署ごとに仕分けしているキンタローが手を止め、表情を変えずに恐ろしいことを言った。
「一時間ぐらい休憩を取った方がいい。ペースが40%程落ちている。このままでは一週間かかるぞ」
「勘弁してくれ。一週間も篭ってたらノイローゼになっちまう」
「散歩がてらに彼女を案内してきたらどうだ。知らない所に連れてこられて不安になっているかもしれん」
「……犬猫じゃねーんだぞ」
その言い方だと攫ってきたみたいだろ。俺はただ、あいつの意思を尊重してやっただけだ。帰った方がいいとか残ったらどうだとか一切口出ししていない。だから、望んでここに居ると信じている。
執務室を一度離れた俺は凝り固まった首や肩を解しながら自室へ向かう。同じフロアにあるから道程はそう遠くない。途中、廊下ですれ違った団員に「御苦労さん」と声をかけてやる。
廊下のつきあたりにある部屋の前に立ち、壁にある端末へカードをかざす。認識を完了したドアが横へスライドした。自分の部屋に入るのも久しぶりというのも何か虚しい。夕日が差し込む時間帯で壁が橙色に染まっていた。
人の気配はするがあまりにも静かだ。ソファを見て、その理由がすぐにわかった。
ソファの上で霧華が丸くなって眠っている。細い腕にテディベアを抱いて。このテディベア、アオイのだよな。あいつも来たのか。
狸寝入りなんてこともなく、近づいても起きる様子はない。すやすやと眠っていた。
長い睫毛が伏せられた横顔、少し日焼けした肌、髪が肩のラインに沿って流れている。なんというか、その、寝顔が反則的に可愛すぎる。
緩む頬と口元を思わず手で覆う。写真で見るよりもずっと可愛いと思っていたケド。あ、そうだ。
俺は徐に携帯を取り出して、カメラを起動させてフォーカスを合わせた。アオイのテディも入るようにシャッターを切る。うん、いい感じに撮れたな。
霧華が僅かに身じろいだ。毛布を手繰りよせる感覚でテディをぎゅっと胸に抱き直していた。
俺、何しに来たんだっけ。ああ、うっかり目的を忘れるところだった。ま、いーか。起こすのも可哀想だしな。それにもうちょっとこの寝顔見てたいし。
なんか久々に癒されてる感じがする。