鬼灯の冷徹
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非日常?いいえ、日常です。
「とりあえず駅前にあるカフェに行きませんか」
こんな所で立ち話もなんですから、と鬼灯さんに連れてこられたのは駅前にある珈琲専門のカフェ。
持ち帰りもできる、よく私も利用している場所だ。
空いている時間帯にぶつかったのか、席に余裕があった。
鬼灯さんは慣れた様子で別メニューから季節限定の珈琲を頼んでいた。
注文までに一切の迷いはない。
「慣れてますね」と尋ねれば「現世のどこにでもありますからね。よく利用してます」と返ってくる。
ということは、ちょくちょく来ているってこと。地獄からわざわざ。
私はというと、ちょうと季節限定のものを前々から飲みたかったので同じものを頼んだ。
窓際の二人がけの席に仲良く向かい合って座る。
傍からみたらそう見えるのかもしれない。だが、当の本人たちは無言で珈琲を飲んでいた。
はっきり言って気まずい雰囲気である。
あまりにも無言に堪えられなくなり、何気ない話を私から振ってみた。
「……鬼灯さんはどうしてこちらに?」
「貴女に一日働いた分のお給料をお渡しに来たんです」
「もしかして、一週間前の?」
「ええ、一週間前の」
律儀すぎる。もしかして鬼って日本人の血が流れているんじゃないだろうか。
一週間前、私が夢だと思っていたあの出来事がいよいよもって現実味を増していた。
たった一日、場を借りて働いただけなのにそのお給料を私に来たなんて。
まあ、それはいいとして。どうして私の家がわかったんだろう。
話の流れからして、あれは明らかに私の家を探しているようだった。
「どうして私の家がわかったんですか」
「臨時雇用契約書に記入したのを覚えていないんですか。あの住所を元に浄玻璃鏡で大体の場所を探して来ました」
「じょう、はり?」
「あっ。それよりも貴女、アパート名を省略したでしょう。個人情報うんぬんはわかりますが、こうして尋ねてくる人の身にもなってみなさい。宅配業者の新人だって困りますよ」
「す、すみません」
「あそこで運良く会わなければ近所のお宅を一軒一軒ピンポンダッシュして確かめるところでした」
近所迷惑にも程がある。
この人(鬼)なら本当にやりかねないと私は直感的にそう思った。
あの時、鬼灯さんを偶然にも発見して本当によかった。
そうじゃなきゃ下手すれば警察沙汰だもの。
すっと私の前に真新しい封筒が差し出された。
これはどこからどう見ても金一封。
「それはさておき。こちらが働いていただいた分のお給料です。その節はありがとうございました」
「い、いえ。こちらこそお手数おかけしまして……この封筒、随分厚みがあるように見えるのは気のせいでしょうか」
たった一日、八時間にも満たない労働に対しては厚みが不自然だ。
ちらっと封筒の中身を覗いてみた。諭吉ばかりが顔を揃えていた。
「記録課は仕事がきついですからね。それ相応のお給料が出るんです」
「えええっ、いいんですか?!わ、私なんかがこんなに貰っちゃって」
「これは貴女の実力に応じた報酬です。もっと自分の能力に自信をお持ちになってはいかがですか」
「……ありがとうございます」
「ああ、あと担当の者が『是非また手伝いに来てほしい』と」
「辞退させていただきます」
思わず真顔で答えてしまった。
いくら謙遜してもあそこの仕事は楽とは言えなかったもの。
右腕が腱鞘炎になりそうなぐらい文字を書いたの何年ぶりだったか。
また来てくれ、なんて冗談じみたことを言われても正直困るというもの。
「冗談です」
鬼灯さんはずずっと珈琲をすすった。
目、眉、口元すら一つも変化がない。
ゆえに冗談なのか本気なのかこちとら判断がつかない。
「どうやらようやく私や地獄の存在を認めたようですね」
「それは、その……疑ってすみませんでした」
私は夢だと思っていた。
逆に鬼灯さんは夢の出来事じゃない、現実に存在して起きていることだと私に言った。
でも、どうしても信じられなかった。
「いえ、お気になさらずに。私も貴女が実際に存在していてすっきりしました」
「……あ。あの後寝れたんですか?」
「はい、おかげ様で」
「それはよかった。……でも、なんで私地獄に行けたんでしょうか。今、私生きてますよね」
イメージでは地獄に落ちるということは、死んでしまったということ。
私が今見ているものが夢じゃなければ、私は生きている。
つまり、ええと、なんだか考えれば考えるほど混乱してきた。
「寝ている間に心臓発作でも起こしていたのでは」
「まさかそんな」
でも、ありえないとは言い切れない。
自分では健康体でいるつもり。まあ、最近身体の不調が続いてはいるけれど。
眩暈や立ちくらみ、疲れやすいなどなど。
そういえばあの日、目が覚めた時に汗をびっしょりかいていて心臓がやけにばくばくしていた。
そんなまさかとは思うけど。
「一度循環器内科を受診されてはどうですか」
「そうします。まだ人生謳歌したいので」
左胸に手を当て、鼓動を確かめながら私は頷いた。
たった二十数年しか生きていないのだから、まだまだ謳歌したい。
鬼灯さんは意外と喋る人だった。
感情が表に出ない人だから、無口だと思っていたけどそうでもない。
最初の会話がすんなりといけば、話題は次々と浮かんでくる。
地獄からよく来るのか、何の為に来ているのか。地獄があるなら、天国もあるのか。
この珈琲カフェのオススメは、なんて実にくだらない質問まで思いつく。
私はこの日を境にして興味を持ち始めていた。
地獄の存在や鬼灯さんのことに。
時間の経過に伴って客足が増えてきた。
紙コップの中身がお互い空になった頃、「そろそろ出ましょうか」と鬼灯さんに声をかけられる。
「はい。鬼灯さんはこのまま帰るんですか?」
「いえ、少しこの辺りを視察しようと思います」
「あ、それじゃあ案内しましょうか?この辺りなら詳しいので」
無言で私をみてくる鬼灯さん。
表情一つ変わらないから、嫌なのか違うのかわからない。
出過ぎたことを言ってしまったか。
たった一度会っただけだし、仕方ないか。
でもお世話になった恩は返したい。
「あんた、一度受けた恩は全力で返してるよね」と、友人に呆れ顔をされながら言われたことがある。
「この辺はえっと…図書館とボーリング場、あと映画館に…動物園と水族館も近いです」
「行きましょう」
即答。
僅かに鬼灯さんの表情が動いた気がした。
思いもしない反応に私の方が戸惑ってしまう。
「ど、どこにですか?」
「動物園です。あと時間があれば水族館にも行きたい」
もしやこの人動物好き。
偏見かもしれないけど鬼、だよね。今は帽子で器用に耳と角を隠してるけど。
あっ、そういえば某アニメオタクだった気もする。
それなら可愛いもの好きなのも納得。
「行きますよ、葉月さん」
いつの間にかテーブルの上が片付けられていて、鬼灯さんが店を出ていく。
私の予知夢は大体数ヵ月後や何年か後に起きるんだけど、こればかりはたった一週間で現実となった。
いや、そもそも夢じゃなかったんだ。夢ではない?
ああ、またわけがわからなくなってきた。
とりあえず今は鬼灯さんを追いかけなければ。
動物園までの最短距離を思い浮かべながら私は店を出た。
「とりあえず駅前にあるカフェに行きませんか」
こんな所で立ち話もなんですから、と鬼灯さんに連れてこられたのは駅前にある珈琲専門のカフェ。
持ち帰りもできる、よく私も利用している場所だ。
空いている時間帯にぶつかったのか、席に余裕があった。
鬼灯さんは慣れた様子で別メニューから季節限定の珈琲を頼んでいた。
注文までに一切の迷いはない。
「慣れてますね」と尋ねれば「現世のどこにでもありますからね。よく利用してます」と返ってくる。
ということは、ちょくちょく来ているってこと。地獄からわざわざ。
私はというと、ちょうと季節限定のものを前々から飲みたかったので同じものを頼んだ。
窓際の二人がけの席に仲良く向かい合って座る。
傍からみたらそう見えるのかもしれない。だが、当の本人たちは無言で珈琲を飲んでいた。
はっきり言って気まずい雰囲気である。
あまりにも無言に堪えられなくなり、何気ない話を私から振ってみた。
「……鬼灯さんはどうしてこちらに?」
「貴女に一日働いた分のお給料をお渡しに来たんです」
「もしかして、一週間前の?」
「ええ、一週間前の」
律儀すぎる。もしかして鬼って日本人の血が流れているんじゃないだろうか。
一週間前、私が夢だと思っていたあの出来事がいよいよもって現実味を増していた。
たった一日、場を借りて働いただけなのにそのお給料を私に来たなんて。
まあ、それはいいとして。どうして私の家がわかったんだろう。
話の流れからして、あれは明らかに私の家を探しているようだった。
「どうして私の家がわかったんですか」
「臨時雇用契約書に記入したのを覚えていないんですか。あの住所を元に浄玻璃鏡で大体の場所を探して来ました」
「じょう、はり?」
「あっ。それよりも貴女、アパート名を省略したでしょう。個人情報うんぬんはわかりますが、こうして尋ねてくる人の身にもなってみなさい。宅配業者の新人だって困りますよ」
「す、すみません」
「あそこで運良く会わなければ近所のお宅を一軒一軒ピンポンダッシュして確かめるところでした」
近所迷惑にも程がある。
この人(鬼)なら本当にやりかねないと私は直感的にそう思った。
あの時、鬼灯さんを偶然にも発見して本当によかった。
そうじゃなきゃ下手すれば警察沙汰だもの。
すっと私の前に真新しい封筒が差し出された。
これはどこからどう見ても金一封。
「それはさておき。こちらが働いていただいた分のお給料です。その節はありがとうございました」
「い、いえ。こちらこそお手数おかけしまして……この封筒、随分厚みがあるように見えるのは気のせいでしょうか」
たった一日、八時間にも満たない労働に対しては厚みが不自然だ。
ちらっと封筒の中身を覗いてみた。諭吉ばかりが顔を揃えていた。
「記録課は仕事がきついですからね。それ相応のお給料が出るんです」
「えええっ、いいんですか?!わ、私なんかがこんなに貰っちゃって」
「これは貴女の実力に応じた報酬です。もっと自分の能力に自信をお持ちになってはいかがですか」
「……ありがとうございます」
「ああ、あと担当の者が『是非また手伝いに来てほしい』と」
「辞退させていただきます」
思わず真顔で答えてしまった。
いくら謙遜してもあそこの仕事は楽とは言えなかったもの。
右腕が腱鞘炎になりそうなぐらい文字を書いたの何年ぶりだったか。
また来てくれ、なんて冗談じみたことを言われても正直困るというもの。
「冗談です」
鬼灯さんはずずっと珈琲をすすった。
目、眉、口元すら一つも変化がない。
ゆえに冗談なのか本気なのかこちとら判断がつかない。
「どうやらようやく私や地獄の存在を認めたようですね」
「それは、その……疑ってすみませんでした」
私は夢だと思っていた。
逆に鬼灯さんは夢の出来事じゃない、現実に存在して起きていることだと私に言った。
でも、どうしても信じられなかった。
「いえ、お気になさらずに。私も貴女が実際に存在していてすっきりしました」
「……あ。あの後寝れたんですか?」
「はい、おかげ様で」
「それはよかった。……でも、なんで私地獄に行けたんでしょうか。今、私生きてますよね」
イメージでは地獄に落ちるということは、死んでしまったということ。
私が今見ているものが夢じゃなければ、私は生きている。
つまり、ええと、なんだか考えれば考えるほど混乱してきた。
「寝ている間に心臓発作でも起こしていたのでは」
「まさかそんな」
でも、ありえないとは言い切れない。
自分では健康体でいるつもり。まあ、最近身体の不調が続いてはいるけれど。
眩暈や立ちくらみ、疲れやすいなどなど。
そういえばあの日、目が覚めた時に汗をびっしょりかいていて心臓がやけにばくばくしていた。
そんなまさかとは思うけど。
「一度循環器内科を受診されてはどうですか」
「そうします。まだ人生謳歌したいので」
左胸に手を当て、鼓動を確かめながら私は頷いた。
たった二十数年しか生きていないのだから、まだまだ謳歌したい。
鬼灯さんは意外と喋る人だった。
感情が表に出ない人だから、無口だと思っていたけどそうでもない。
最初の会話がすんなりといけば、話題は次々と浮かんでくる。
地獄からよく来るのか、何の為に来ているのか。地獄があるなら、天国もあるのか。
この珈琲カフェのオススメは、なんて実にくだらない質問まで思いつく。
私はこの日を境にして興味を持ち始めていた。
地獄の存在や鬼灯さんのことに。
時間の経過に伴って客足が増えてきた。
紙コップの中身がお互い空になった頃、「そろそろ出ましょうか」と鬼灯さんに声をかけられる。
「はい。鬼灯さんはこのまま帰るんですか?」
「いえ、少しこの辺りを視察しようと思います」
「あ、それじゃあ案内しましょうか?この辺りなら詳しいので」
無言で私をみてくる鬼灯さん。
表情一つ変わらないから、嫌なのか違うのかわからない。
出過ぎたことを言ってしまったか。
たった一度会っただけだし、仕方ないか。
でもお世話になった恩は返したい。
「あんた、一度受けた恩は全力で返してるよね」と、友人に呆れ顔をされながら言われたことがある。
「この辺はえっと…図書館とボーリング場、あと映画館に…動物園と水族館も近いです」
「行きましょう」
即答。
僅かに鬼灯さんの表情が動いた気がした。
思いもしない反応に私の方が戸惑ってしまう。
「ど、どこにですか?」
「動物園です。あと時間があれば水族館にも行きたい」
もしやこの人動物好き。
偏見かもしれないけど鬼、だよね。今は帽子で器用に耳と角を隠してるけど。
あっ、そういえば某アニメオタクだった気もする。
それなら可愛いもの好きなのも納得。
「行きますよ、葉月さん」
いつの間にかテーブルの上が片付けられていて、鬼灯さんが店を出ていく。
私の予知夢は大体数ヵ月後や何年か後に起きるんだけど、こればかりはたった一週間で現実となった。
いや、そもそも夢じゃなかったんだ。夢ではない?
ああ、またわけがわからなくなってきた。
とりあえず今は鬼灯さんを追いかけなければ。
動物園までの最短距離を思い浮かべながら私は店を出た。