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キミに嘘をついた 09
どこをどう走ったのかわからない。ただ無我夢中に森の中を走った。同じ場所をぐるぐると廻っているのか、景色は一つも変わろうとしない。
此処が何処なのか、今自分がどの辺にいるのかすら霧華はわからなかった。
咽はカラカラで、浅い呼吸はまともに酸素を運べず次第に目の前がチカチカと点滅を始める。
地面を蹴り上げていた足の軸がふらつき、いよいよ振り上げることも出来なくなった。体を前に屈め、肩で荒い呼吸を繰り返しながらその場に立ち尽くす。
霧華の頬から一筋、雫が伝い落ちた。獣道の真ん中で膝を抱えて顔を伏せる。その肩は僅かに、震えていた。
鬱蒼とした森を夕闇が包み込んでいく。次第に暗さを増す辺りを木々の隙間から差し込む月明かりが照らしている。一条の光とはよくいったもので、何か神々しいものが降りてくる雰囲気すら醸し出す。
がさり。草むらが揺れる音で反射的に顔を上げた。揺れは小さく小刻みだ。草むらの茂みからひょこっと小動物が顔を覗かせた。
長い両耳を揺らしたエグチくんは「霧華さんだー」と近付いてきた。
目の前で立ち止まったエグチくんはつぶらな瞳をパチパチと瞬かせる。
「こんな所で何してるのー?……誰かとケンカしたの?」
エグチくんの小さな手が膝の上にちょこんと乗せられた。鼻をピクピクと動かし、耳をぺたりと伏せる。霧華が泣いていたので大丈夫かと尋ねてきた。地面についた膝上にエグチくんを乗せて、額から頭にかけて優しく撫でつけた。
「……だいじょうぶ?リキッドさんとケンカしたの?」
「ううん。違うわ。……私、ね。ずっとリキッドさんに黙ってたの。リキッドさん、他のみんなも……ガンマ団の関係者だって知ってた。でも、でも…そんなこと信じられなかった。だって、…だって」
あの人は優しすぎる。子どもにも動物達にも、見ず知らずの私にまで優しくて。エプロンだってとても喜んでくれた。
あんな、あんな顔で笑う人が私の故郷を奪った人達と同じだなんて信じたくなかった。俺は違うって言って欲しかった。
お互いの関係がはっきりしたらきっと、ぎくしゃくしてしまう。今までの関係が壊れてしまう。そうなったら私、もう、此処には居られなくなる。だからずっと気づかない振りをしていた。
でも、でもね……もう、嘘をつき続けたくないの。
ぱた、ぱたと落ちた雫がスカートに染みこんでいく。感情の整理が片付かないまま並べられた言葉。それを聞いていた小さな温もりはどう受け取ったのだろうか。ひょっとしたら理解されていないかもしれない。それならそれで構わない。
涙を指で拭う霧華にエグチくんは力強くこう答えた。
「心配ないよ。リキッドさん優しいから、嘘ついてたこと怒らないよきっと。さっきだって霧華さんを悲しませる奴はゆるせねーってシンタローさんに殴りかかってたし」
「……そう、かな」
確かにあの時、浜辺からリキッドの怒声が聞こえたような気がした。何を言っていたかまで聞き取る余裕はなかったが。
エグチくんの口から出た人名は聞いたことがない。それは誰の事かと尋ねようとすると、彼は長い耳をぴょこぴょこと動かし、左右に首を振った。草むらの向こう側をじっと見つめる。
「だれか、霧華さんのこと呼んでるよ」
「え…?私には何も聞こえないけど……」
「遠くで。あ、近くなってきた。霧華おねーちゃーんって。ロタローくんかなあ…でも、違うような気もする」
ぴょこっとエグチくんの耳が真っ直ぐに伸びた。次の瞬間、草むらが勢いよく左右にかき分けられ、一人の青年がそこから現れた。青年は霧華を見るなり、くしゃりと顔を歪める。
「姉ちゃん!」
大人びた青年にあの頃のあどけない面影が重なった。声は少しばかり低くなっていたが、確信を持って「アオイ!」と叫んでいた。
ほぼ同時にその青年につよく抱きしめられる。「霧華姉ちゃん」と何度も繰り返しながら。
「アオイ……夢…じゃないの。本当にアオイなの?」
「うん。ちゃんと生きてるよ幽霊なんかじゃない。……オレ、姉ちゃんが生きてるってずっと、ずっと信じてた」
「……アオイ」
「霧華さん、この人だーれ?」
再会の感動に浸る中、エグチくんは小首を傾げてアオイを見上げていた。喋る小動物を目の当たりにしたアオイはパアッと顔を輝かせてエグチくんを抱き上げる。
「うわあ……ホントにこの島の動物は喋るんだ!それにかわいい」
「エグチくん、私の弟のアオイよ」
「弟さん?そっか、だから二人は似てるんだね。よろしくねー」
小動物とコミュニケーションを取れることに感動にも似た喜びを顔に現したアオイ。その様子を見ていた霧華は相変わらずだと数時間ぶりに笑みをこぼした、
エグチくんが何か喋ろうとしたその時、長い耳がぴょいと立つと同時にがさりと草むらが動いた。
「くぉっらアオイ!勝手な行動は慎めと言ったはずだ!おめーの全力疾走についてく身にもなりやがれっ!」
ぜーはーぜーばーと荒い呼吸を繰り返すラフな恰好をした男。長い髪を後ろで括り、南国の島に似合った軽装をしているのは霧華が先程浜辺で会った男と同一人物。
「あーシンタローさんだ。シンタローさんもう若くないんだから、無理しちゃだめだよー。老体にムチ打つのよくないよ」
「エグチくん久々なのに手厳しい言葉ありがとう。因みに俺まだ二十代だからね」
「えっ…総帥やっぱ若作んぐっ?!」
「こ、こらっ思っても本当の事口にしちゃダメってお母さん言ってたでしょ!」
「俺の繊細な硝子のハート砕け散りそうなんだけど」
ガンマ団の総帥服を一式脱ぎ捨ててきたシンタローは熱烈な歓迎を受け、既に精神的ダメージを蓄積した。
「あっ。そろそろ帰らないと家族が心配しちゃう。ぼく帰るねー。シンタローさん、霧華さんいじめたらダメだからね」
「ハーイはいはい。気をつけて帰れよー」
アオイの腕からひょいと抜け出したエグチくんは駆け足で茂みへ去っていった。
「アオイ。この島にはエグチくんみたいな小動物も多いんだ。お前の足じゃ吹っ飛ばしかねんから気ぃつけろよ」
「は、はい。……あ。さっきデカイ鯛みたいな魚を轢いちゃった気が」
「そいつはそれでいい。あとデカイ蝸牛も轢いてよし」
この島の住人に優しいかと思いきや、タンノとイトウには容赦がない。渋い顔をしながらシンタローは再三頷く。それからアオイと霧華を交互に見比べた。
「さて、と。……やっぱアンタがアオイの姉さんだったか」
「……」
「アオイ、お前から説明してやれ。俺が言うよりその方が信じるだろうしよ」
霧華はシンタローから顔を逸らすように俯く。昼間の様子からして彼女は自分に対し少なからず敵意がある。その先入観ありきで話をした所で上手くいく可能性はほぼない。これまでに幾度も外交を経験した賜物ゆえに肉親である彼に委ねたのだ。
霧華の瞳は不安げに揺れているようだった。
場を任せられたアオイはシンタローを見据えて頷き、姉が落ち着いて聞けるようにゆっくりと話始める。
「姉ちゃん。…四年前、母さんと父さんが熱で寝込んでた日。姉ちゃんが隣町に出かけたすぐ後に町が襲われたんだ…空賊の奴らに」
「……え?町を襲ったのは、ガンマ団って……私、人伝に聞いて」
「違うって!むしろオレはガンマ団の人達に助けられたんだ。……オレ、母さん達の部屋に向かおうとしたら、天井崩れてきて柱の下敷きになって…そこをシンタロー総帥に助けてもらった。総帥はオレの命の恩人なんだ」
明らかにされた四年前の真実。かつて人殺し代行集団で名を馳せていたガンマ団は新総帥によって体制を改めたという。旅先で良い噂を聞かないのは、一度根付いた悪評はそう簡単に払拭出来ないのだとシンタローは嘆息した。
「そーゆうこった」
「……そう、だったんですね。私、誤解していたのね。……ごめんなさい」
「ま、気にすんなヨ。こーゆうのには慣れっこだ」
頭を下げてしょげる様は何かやらかして詫びた時のアオイとよく似ていた。シンタローはついその頭をよしよしと撫でそうになるが、すぐに腕を引っ込めた。誤魔化すように咳払いをひとつ。
「……パプワハウスに帰っぞ。アオイ、お前も一緒に来い」
「え、いいんですか?」
「戻れって言ってもどーせついてくるだろ。それに四年ぶりなんだ。積もる話もあるだろうしよ」
「ありがとうございます総帥!」
満面の笑みを見せるアオイ。四年も離れていたのだ。すっかり変わってしまっただろう。そう、思っていた。
ガンマ団総帥の横で笑う人懐っこい顔をした弟はあの頃と変わりがなかった。
どこをどう走ったのかわからない。ただ無我夢中に森の中を走った。同じ場所をぐるぐると廻っているのか、景色は一つも変わろうとしない。
此処が何処なのか、今自分がどの辺にいるのかすら霧華はわからなかった。
咽はカラカラで、浅い呼吸はまともに酸素を運べず次第に目の前がチカチカと点滅を始める。
地面を蹴り上げていた足の軸がふらつき、いよいよ振り上げることも出来なくなった。体を前に屈め、肩で荒い呼吸を繰り返しながらその場に立ち尽くす。
霧華の頬から一筋、雫が伝い落ちた。獣道の真ん中で膝を抱えて顔を伏せる。その肩は僅かに、震えていた。
鬱蒼とした森を夕闇が包み込んでいく。次第に暗さを増す辺りを木々の隙間から差し込む月明かりが照らしている。一条の光とはよくいったもので、何か神々しいものが降りてくる雰囲気すら醸し出す。
がさり。草むらが揺れる音で反射的に顔を上げた。揺れは小さく小刻みだ。草むらの茂みからひょこっと小動物が顔を覗かせた。
長い両耳を揺らしたエグチくんは「霧華さんだー」と近付いてきた。
目の前で立ち止まったエグチくんはつぶらな瞳をパチパチと瞬かせる。
「こんな所で何してるのー?……誰かとケンカしたの?」
エグチくんの小さな手が膝の上にちょこんと乗せられた。鼻をピクピクと動かし、耳をぺたりと伏せる。霧華が泣いていたので大丈夫かと尋ねてきた。地面についた膝上にエグチくんを乗せて、額から頭にかけて優しく撫でつけた。
「……だいじょうぶ?リキッドさんとケンカしたの?」
「ううん。違うわ。……私、ね。ずっとリキッドさんに黙ってたの。リキッドさん、他のみんなも……ガンマ団の関係者だって知ってた。でも、でも…そんなこと信じられなかった。だって、…だって」
あの人は優しすぎる。子どもにも動物達にも、見ず知らずの私にまで優しくて。エプロンだってとても喜んでくれた。
あんな、あんな顔で笑う人が私の故郷を奪った人達と同じだなんて信じたくなかった。俺は違うって言って欲しかった。
お互いの関係がはっきりしたらきっと、ぎくしゃくしてしまう。今までの関係が壊れてしまう。そうなったら私、もう、此処には居られなくなる。だからずっと気づかない振りをしていた。
でも、でもね……もう、嘘をつき続けたくないの。
ぱた、ぱたと落ちた雫がスカートに染みこんでいく。感情の整理が片付かないまま並べられた言葉。それを聞いていた小さな温もりはどう受け取ったのだろうか。ひょっとしたら理解されていないかもしれない。それならそれで構わない。
涙を指で拭う霧華にエグチくんは力強くこう答えた。
「心配ないよ。リキッドさん優しいから、嘘ついてたこと怒らないよきっと。さっきだって霧華さんを悲しませる奴はゆるせねーってシンタローさんに殴りかかってたし」
「……そう、かな」
確かにあの時、浜辺からリキッドの怒声が聞こえたような気がした。何を言っていたかまで聞き取る余裕はなかったが。
エグチくんの口から出た人名は聞いたことがない。それは誰の事かと尋ねようとすると、彼は長い耳をぴょこぴょこと動かし、左右に首を振った。草むらの向こう側をじっと見つめる。
「だれか、霧華さんのこと呼んでるよ」
「え…?私には何も聞こえないけど……」
「遠くで。あ、近くなってきた。霧華おねーちゃーんって。ロタローくんかなあ…でも、違うような気もする」
ぴょこっとエグチくんの耳が真っ直ぐに伸びた。次の瞬間、草むらが勢いよく左右にかき分けられ、一人の青年がそこから現れた。青年は霧華を見るなり、くしゃりと顔を歪める。
「姉ちゃん!」
大人びた青年にあの頃のあどけない面影が重なった。声は少しばかり低くなっていたが、確信を持って「アオイ!」と叫んでいた。
ほぼ同時にその青年につよく抱きしめられる。「霧華姉ちゃん」と何度も繰り返しながら。
「アオイ……夢…じゃないの。本当にアオイなの?」
「うん。ちゃんと生きてるよ幽霊なんかじゃない。……オレ、姉ちゃんが生きてるってずっと、ずっと信じてた」
「……アオイ」
「霧華さん、この人だーれ?」
再会の感動に浸る中、エグチくんは小首を傾げてアオイを見上げていた。喋る小動物を目の当たりにしたアオイはパアッと顔を輝かせてエグチくんを抱き上げる。
「うわあ……ホントにこの島の動物は喋るんだ!それにかわいい」
「エグチくん、私の弟のアオイよ」
「弟さん?そっか、だから二人は似てるんだね。よろしくねー」
小動物とコミュニケーションを取れることに感動にも似た喜びを顔に現したアオイ。その様子を見ていた霧華は相変わらずだと数時間ぶりに笑みをこぼした、
エグチくんが何か喋ろうとしたその時、長い耳がぴょいと立つと同時にがさりと草むらが動いた。
「くぉっらアオイ!勝手な行動は慎めと言ったはずだ!おめーの全力疾走についてく身にもなりやがれっ!」
ぜーはーぜーばーと荒い呼吸を繰り返すラフな恰好をした男。長い髪を後ろで括り、南国の島に似合った軽装をしているのは霧華が先程浜辺で会った男と同一人物。
「あーシンタローさんだ。シンタローさんもう若くないんだから、無理しちゃだめだよー。老体にムチ打つのよくないよ」
「エグチくん久々なのに手厳しい言葉ありがとう。因みに俺まだ二十代だからね」
「えっ…総帥やっぱ若作んぐっ?!」
「こ、こらっ思っても本当の事口にしちゃダメってお母さん言ってたでしょ!」
「俺の繊細な硝子のハート砕け散りそうなんだけど」
ガンマ団の総帥服を一式脱ぎ捨ててきたシンタローは熱烈な歓迎を受け、既に精神的ダメージを蓄積した。
「あっ。そろそろ帰らないと家族が心配しちゃう。ぼく帰るねー。シンタローさん、霧華さんいじめたらダメだからね」
「ハーイはいはい。気をつけて帰れよー」
アオイの腕からひょいと抜け出したエグチくんは駆け足で茂みへ去っていった。
「アオイ。この島にはエグチくんみたいな小動物も多いんだ。お前の足じゃ吹っ飛ばしかねんから気ぃつけろよ」
「は、はい。……あ。さっきデカイ鯛みたいな魚を轢いちゃった気が」
「そいつはそれでいい。あとデカイ蝸牛も轢いてよし」
この島の住人に優しいかと思いきや、タンノとイトウには容赦がない。渋い顔をしながらシンタローは再三頷く。それからアオイと霧華を交互に見比べた。
「さて、と。……やっぱアンタがアオイの姉さんだったか」
「……」
「アオイ、お前から説明してやれ。俺が言うよりその方が信じるだろうしよ」
霧華はシンタローから顔を逸らすように俯く。昼間の様子からして彼女は自分に対し少なからず敵意がある。その先入観ありきで話をした所で上手くいく可能性はほぼない。これまでに幾度も外交を経験した賜物ゆえに肉親である彼に委ねたのだ。
霧華の瞳は不安げに揺れているようだった。
場を任せられたアオイはシンタローを見据えて頷き、姉が落ち着いて聞けるようにゆっくりと話始める。
「姉ちゃん。…四年前、母さんと父さんが熱で寝込んでた日。姉ちゃんが隣町に出かけたすぐ後に町が襲われたんだ…空賊の奴らに」
「……え?町を襲ったのは、ガンマ団って……私、人伝に聞いて」
「違うって!むしろオレはガンマ団の人達に助けられたんだ。……オレ、母さん達の部屋に向かおうとしたら、天井崩れてきて柱の下敷きになって…そこをシンタロー総帥に助けてもらった。総帥はオレの命の恩人なんだ」
明らかにされた四年前の真実。かつて人殺し代行集団で名を馳せていたガンマ団は新総帥によって体制を改めたという。旅先で良い噂を聞かないのは、一度根付いた悪評はそう簡単に払拭出来ないのだとシンタローは嘆息した。
「そーゆうこった」
「……そう、だったんですね。私、誤解していたのね。……ごめんなさい」
「ま、気にすんなヨ。こーゆうのには慣れっこだ」
頭を下げてしょげる様は何かやらかして詫びた時のアオイとよく似ていた。シンタローはついその頭をよしよしと撫でそうになるが、すぐに腕を引っ込めた。誤魔化すように咳払いをひとつ。
「……パプワハウスに帰っぞ。アオイ、お前も一緒に来い」
「え、いいんですか?」
「戻れって言ってもどーせついてくるだろ。それに四年ぶりなんだ。積もる話もあるだろうしよ」
「ありがとうございます総帥!」
満面の笑みを見せるアオイ。四年も離れていたのだ。すっかり変わってしまっただろう。そう、思っていた。
ガンマ団総帥の横で笑う人懐っこい顔をした弟はあの頃と変わりがなかった。