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キミに嘘をついた 08
「霧華さん、なんだか元気ないけど…大丈夫?」
朝から呆けがちな霧華をロタローが横から顔を覗き込んだ。海の色と同じ青い瞳が心配そうに揺れる。
元々お喋りではないのだが、今日は輪をかけて口数が少ないとリキッドも感じていた。
眉尻を下げた霧華は「ごめんなさい」と呟いた。
「なんでもないのよ。ただ、今朝夢見が悪くて…」
「そっか……じゃあ!今日はいーっぱい楽しいことしようよ。コワイ夢なんか忘れちゃうくらいに!」
「それは名案だな。今日は七夕だから霧華も願い事をするといいぞ」
ロタローとパプワの足元には短冊が山のように積まれていた。この中にはリキッドの短冊も混ざっているが、ほぼ二人の願いの山。
まだ一枚も書いていない霧華は墨が染み込んだ筆を持ったまま白い短冊と睨めっこを続けている。
ここ数年、願い事などした覚えがない。叶わない願いを書いた所で虚しくなるだけ。
顔を上げると楽しげに笑う子どもたちが目に映る。ああ、それならと霧華は思いついた願いを短冊に宿した。
「霧華さんはどんな願い事にしたんすか?」
「みんなが元気に笑って過ごせますようにって。……これだと初詣みたいね」
「いいじゃないっすか。…あれ?一個だけでいーんすか。遠慮しなくても」
飾り付けするのは家政夫だからねとロタローが風呂敷の上にパプワと書いた短冊を集めた。
霧華は首を横に振った。手元の短冊に目を落としてから三人に笑いかける。
「一つだけの方が叶いやすいと思って。それに、今の私にはこれ位しか思いつかないから」
「霧華さん……これ、うんと高い位置に飾っときますから!」
彼女の願いを神様が聞き入れてくれるようによく見える位置へ。願い事の詰まった風呂敷を背負ったリキッドはこの後に短冊の量が倍以上になることをまだ知らない。
*
「…これでよし。ちょっと作りすぎたかしら」
パプワハウスの台所によると立つ霧華は目の前のバスケットを見て曲げた人差し指を口元へ当てる。
バスケットにはきっちりと詰められた沢山のサンドイッチ。ハムサンド、タマゴサンドから野菜たっぷりのものまで色鮮やかに並んでいる。
明らか四人分以上の量であるが、食べ盛りの子ども二人と大の男がいるのだ。一仕事終えた後できっと腹ペコになっているだろう。
重量のあるピクニックバスケットを両手に持ち、ハウスを出た。
外は快晴。これなら夜も天の川がよく見えそうだ。年に一度しか会う事を許されない彦星と織姫が今か今かと待っているに違いない。
もうすぐ太陽が真南に昇る。笹に短冊を飾り終えてしまっているかもしれない。霧華は事前にパプワから教えてもらった道を急いだ。
森の中を歩いて少し経った頃、大気を揺るがすような轟音が木々を揺らした。地震だろうか。慌てた鳥が一斉に羽ばたいていく。開けた場所で立ち止まっていた霧華は不安げに鳥たちを見送る。さらに上空を何か大きな物が横切っていくのが見えた。生い茂った緑で全体像はわからない。その物体は浜辺の方へと向かっていった。
あれは一体何なのか。その答えを得るため、否、妙な胸騒ぎに霧華の足は浜辺へと駆け出していた。
視界が開けたと同時にさざ波が岸に打ち付ける音、そして男が叫んでいる声が聞こえてきた。
薄暗がりから太陽の下へ出た目には少々光の刺激が強い。きらきらと輝く水面から視線を左へ。先程叫んでいた男だろうか。深紅の、まるで鮮血のように赤い軍服を纏ったガタイの良い男がいた。腰まで伸びた真っすぐな黒い髪と共に肩に羽織っているコートが風になびく。その後方にスーツを着こなした金髪の紳士が控えている。
霧華は息を呑んだ。彼らの後方、砂浜に大きな戦闘艦が着陸していた。艦には六芒星の中央にGと描かれたマーク。それはガンマ団所属という印。
炎の中に飲み込まれた故郷の町が霧華の目に映し出された。体の震えが止まらない。しっかりと握っていたバスケットの柄が逃げ出し、砂浜の上にどさりと落ちる。この音に気付いたのか、男がこちらを見た為に目が合ってしまう。
今すぐに逃げなさいと脳から全身に信号が送られてくるが、足が動かない。立っているのもやっとなぐらいであった。そうしている間にも男が近づいてきて「ちょっと聞きたいコトが」と声をかけてきた。
「この島に金髪で青い瞳のカワイイ男の子がいるはずなんだケド、どこにいるか知らな…」
男は霧華の顔を間近で覗き込んだ。どこかで見たような、誰かに似ているようなと首を捻る。しかし、なぜこんなに怯えた表情をしているのか。男が話を続けようとした時、堰を切ったように霧華は元来た方向へ走り出そうとする。しかし、伸びて来た腕に手首を掴まれてしまった。
「いやっ!」
「おいっ、ちょっと落ち着けって!なあ……あんた、もしかして」
自分が良く知っている部下と顔が似ている。何よりあの時見せてもらった写真の女性のような気がしてならなかった。だが、話をしようにも逃げようと必死に抵抗するので中々切り出せない。さらに外部から強烈な横槍が入ったせいで捕まえていた腕を放してしまう。
勢いよく走って来たリキッドはガンマ団総帥の頭を派手に蹴り飛ばした。その際にバッと霧華の方を振り返るが、彼女は恐怖に満ちた目でリキッドと男を一瞥し森の中へ走り去っていた。
「霧華さん!」と声をかける間もなくシンタローから手痛いお仕置きを受けてしまう。
この男が弟のコタローを迎えに来たことはわかっていた。リキッドの元上司である特戦部隊隊長が部下を引き連れてやってきたものだから、話が色々とややこしくもなってきた。
シンタローの話を一応受け止めてはみるものの。ロタローがこの島から離れることを本当に望んでいるのか。沢山の友達に囲まれて毎日笑って過ごしているのに。
それにだ。先程の霧華の様子からして、あの話は本当なのか。もし、そうだとしたら。リキッドの拳が怒りのあまりに震えていた。
「……なあ。本当なのか」
「あ?」
「あんたが、……ガンマ団があの人の町を襲ったってのは本当なのかって聞いてんだっ!」
リキッドの手がシンタローの胸倉を掴む。幾度殴られようと、これ以上体に傷を負おうと構わない。あんなに怯えて、今にも泣きそうな表情。その恐怖はシンタローだけではなく、自分にも向けられていた。それに気づいてしまった。ロタローと同じように彼女にもいつも笑っていてほしい。そう願っているからこそ、二度と同じような経験はさせたくなかった。
「霧華さんは家族も、故郷も全部失くしちまったんだ……あの人をこれ以上悲しませるような真似は俺がぜってえ許さねえっ!!」
島中に怒声が響き渡った。
「霧華さん、なんだか元気ないけど…大丈夫?」
朝から呆けがちな霧華をロタローが横から顔を覗き込んだ。海の色と同じ青い瞳が心配そうに揺れる。
元々お喋りではないのだが、今日は輪をかけて口数が少ないとリキッドも感じていた。
眉尻を下げた霧華は「ごめんなさい」と呟いた。
「なんでもないのよ。ただ、今朝夢見が悪くて…」
「そっか……じゃあ!今日はいーっぱい楽しいことしようよ。コワイ夢なんか忘れちゃうくらいに!」
「それは名案だな。今日は七夕だから霧華も願い事をするといいぞ」
ロタローとパプワの足元には短冊が山のように積まれていた。この中にはリキッドの短冊も混ざっているが、ほぼ二人の願いの山。
まだ一枚も書いていない霧華は墨が染み込んだ筆を持ったまま白い短冊と睨めっこを続けている。
ここ数年、願い事などした覚えがない。叶わない願いを書いた所で虚しくなるだけ。
顔を上げると楽しげに笑う子どもたちが目に映る。ああ、それならと霧華は思いついた願いを短冊に宿した。
「霧華さんはどんな願い事にしたんすか?」
「みんなが元気に笑って過ごせますようにって。……これだと初詣みたいね」
「いいじゃないっすか。…あれ?一個だけでいーんすか。遠慮しなくても」
飾り付けするのは家政夫だからねとロタローが風呂敷の上にパプワと書いた短冊を集めた。
霧華は首を横に振った。手元の短冊に目を落としてから三人に笑いかける。
「一つだけの方が叶いやすいと思って。それに、今の私にはこれ位しか思いつかないから」
「霧華さん……これ、うんと高い位置に飾っときますから!」
彼女の願いを神様が聞き入れてくれるようによく見える位置へ。願い事の詰まった風呂敷を背負ったリキッドはこの後に短冊の量が倍以上になることをまだ知らない。
*
「…これでよし。ちょっと作りすぎたかしら」
パプワハウスの台所によると立つ霧華は目の前のバスケットを見て曲げた人差し指を口元へ当てる。
バスケットにはきっちりと詰められた沢山のサンドイッチ。ハムサンド、タマゴサンドから野菜たっぷりのものまで色鮮やかに並んでいる。
明らか四人分以上の量であるが、食べ盛りの子ども二人と大の男がいるのだ。一仕事終えた後できっと腹ペコになっているだろう。
重量のあるピクニックバスケットを両手に持ち、ハウスを出た。
外は快晴。これなら夜も天の川がよく見えそうだ。年に一度しか会う事を許されない彦星と織姫が今か今かと待っているに違いない。
もうすぐ太陽が真南に昇る。笹に短冊を飾り終えてしまっているかもしれない。霧華は事前にパプワから教えてもらった道を急いだ。
森の中を歩いて少し経った頃、大気を揺るがすような轟音が木々を揺らした。地震だろうか。慌てた鳥が一斉に羽ばたいていく。開けた場所で立ち止まっていた霧華は不安げに鳥たちを見送る。さらに上空を何か大きな物が横切っていくのが見えた。生い茂った緑で全体像はわからない。その物体は浜辺の方へと向かっていった。
あれは一体何なのか。その答えを得るため、否、妙な胸騒ぎに霧華の足は浜辺へと駆け出していた。
視界が開けたと同時にさざ波が岸に打ち付ける音、そして男が叫んでいる声が聞こえてきた。
薄暗がりから太陽の下へ出た目には少々光の刺激が強い。きらきらと輝く水面から視線を左へ。先程叫んでいた男だろうか。深紅の、まるで鮮血のように赤い軍服を纏ったガタイの良い男がいた。腰まで伸びた真っすぐな黒い髪と共に肩に羽織っているコートが風になびく。その後方にスーツを着こなした金髪の紳士が控えている。
霧華は息を呑んだ。彼らの後方、砂浜に大きな戦闘艦が着陸していた。艦には六芒星の中央にGと描かれたマーク。それはガンマ団所属という印。
炎の中に飲み込まれた故郷の町が霧華の目に映し出された。体の震えが止まらない。しっかりと握っていたバスケットの柄が逃げ出し、砂浜の上にどさりと落ちる。この音に気付いたのか、男がこちらを見た為に目が合ってしまう。
今すぐに逃げなさいと脳から全身に信号が送られてくるが、足が動かない。立っているのもやっとなぐらいであった。そうしている間にも男が近づいてきて「ちょっと聞きたいコトが」と声をかけてきた。
「この島に金髪で青い瞳のカワイイ男の子がいるはずなんだケド、どこにいるか知らな…」
男は霧華の顔を間近で覗き込んだ。どこかで見たような、誰かに似ているようなと首を捻る。しかし、なぜこんなに怯えた表情をしているのか。男が話を続けようとした時、堰を切ったように霧華は元来た方向へ走り出そうとする。しかし、伸びて来た腕に手首を掴まれてしまった。
「いやっ!」
「おいっ、ちょっと落ち着けって!なあ……あんた、もしかして」
自分が良く知っている部下と顔が似ている。何よりあの時見せてもらった写真の女性のような気がしてならなかった。だが、話をしようにも逃げようと必死に抵抗するので中々切り出せない。さらに外部から強烈な横槍が入ったせいで捕まえていた腕を放してしまう。
勢いよく走って来たリキッドはガンマ団総帥の頭を派手に蹴り飛ばした。その際にバッと霧華の方を振り返るが、彼女は恐怖に満ちた目でリキッドと男を一瞥し森の中へ走り去っていた。
「霧華さん!」と声をかける間もなくシンタローから手痛いお仕置きを受けてしまう。
この男が弟のコタローを迎えに来たことはわかっていた。リキッドの元上司である特戦部隊隊長が部下を引き連れてやってきたものだから、話が色々とややこしくもなってきた。
シンタローの話を一応受け止めてはみるものの。ロタローがこの島から離れることを本当に望んでいるのか。沢山の友達に囲まれて毎日笑って過ごしているのに。
それにだ。先程の霧華の様子からして、あの話は本当なのか。もし、そうだとしたら。リキッドの拳が怒りのあまりに震えていた。
「……なあ。本当なのか」
「あ?」
「あんたが、……ガンマ団があの人の町を襲ったってのは本当なのかって聞いてんだっ!」
リキッドの手がシンタローの胸倉を掴む。幾度殴られようと、これ以上体に傷を負おうと構わない。あんなに怯えて、今にも泣きそうな表情。その恐怖はシンタローだけではなく、自分にも向けられていた。それに気づいてしまった。ロタローと同じように彼女にもいつも笑っていてほしい。そう願っているからこそ、二度と同じような経験はさせたくなかった。
「霧華さんは家族も、故郷も全部失くしちまったんだ……あの人をこれ以上悲しませるような真似は俺がぜってえ許さねえっ!!」
島中に怒声が響き渡った。