PAPUWA
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キミに嘘をついた 01
心地の良い温度に身体全体が包まれているようだった。ゆらゆらと揺れて、母親の腕に抱かれているかのように。このまま母なる愛に身を委ねてしまおうと私は目を瞑る。
そうすれば、家族と再会する事も出来ると思ったからだ。
音がする。
さざ波、ウミネコの鳴き声、それに人の声が聞こえた。ありとあらゆる音が混ざり合って、耳障りな雑音として私の聴覚を刺激している。取り分け煩く響いてくるのは繰り返された音。それが人の声で、何かを喋っているのだと判るようになり、私は懸命に目を開けた。
眩しい。
外の光が眩し過ぎた。ろくに焦点も合わない瞳に映った色はまた眩しいぐらいの人の輪郭。その人物が声をかけているのは、どうやら私のようだ。
「おねーさんしっかりして!!パプワくん、どうしよう……あっ、リキッドー!こっちだよ早く!」
弟の声が聞こえた気がした。だから、きっと、私を迎えに来てくれたんだと。
そう、心の底から願っていた私の意識はそこで途切れた。
*
この島に流れ着く者はそう珍しいことではなかった。悪意たる者もいれば、意図せず漂着した者もいる。但し、それらは男ばかりだった。中には例外もいるが、認めたくない本心がリキッドの胸中にある。
鍋が焦げ付かないようかき回しながら、ちらと視線を後方へ向けた。
敷いた布団の上に先ほど浜辺で倒れていた女性が横になっている。その周りを囲むようにしている二人の子どもと一匹のふさふさの毛足の長い小さな犬。彼らは心配そうな色を浮かべて女性を見ていた。
パプワとロタローが浜辺で何やら騒がしくしていると思いきや、浜辺に打ち上げられた人間を見つけてリキッドは駆け寄った。
今までのパターンとはまるで違い、屈強な野郎ではなくどこからどう見ても一般人の女性。手荒い扱いなど出来るはずもないのだが、むしろそうしようものならこの二人のお子様から制裁が下るだろう。
早く目を覚ませばいいのだが。そして身元と目的を判明させなければいけない。
この島の番人として秩序を、パプワ達を守らなければ。と、力強く決心はするものの、前者はとうに乱されている気がしないでもないが。
「おねーさん、大丈夫かなあ…生きてる、よね」
「心配ないぞロタロー。もう少ししたら目を覚ます」
「うん」
「そうそう。だから早くご飯食べちゃいなさい」
リキッドは今しがた出来上がったスープの鍋をちゃぶ台に乗せた。草で編み込んだ鍋敷きは年季が入っているのか端がほつれかけている。
テキパキと人数分のお椀にスープをとりわけ、メインディッシュである焼き魚の隣へ置く。本日のメニューが気に入らないのか、そうでないのか。食事の支度を終えたリキッドをロタローが睨み付けた。
「ちょっと家政夫。おねーさんが大変だっていうのに、なに呑気にご飯とか作ってるわけ?心配じゃないの?この冷血男、ロクデナシ!」
「リキッドの心は冷え切っているな」
「わう」
「お前らな……飯が無けりゃ無いでぎゃあぎゃあ騒ぐでしょーが!それに、その人は脈もあるし呼吸もしてる。俺たちが出来ることは目を覚ますのを待つことしかないの!」
確かに自分たちに出来ることはないに等しい。それでもとさらに反論を唱えようとしたロタローは僅かに聞こえた唸り声に視線をパッと落とした。
瞼を重たそうに持ち上げた女性の瞳に二人と一匹の顔が映り込む。瞬きをする女性を見たロタローは無邪気な笑顔を浮かべた。
「よかったあ。おねーさん、大丈夫?」
「……私」
「浜辺で気を失っていたのを僕たちが助けたんだ。なあチャッピー」
「わう!」
その会話を耳にしたリキッドは「運んだのは俺ですけど」と聞こえないようにぼやく。
だが何はともあれ、無事に目を覚まして胸を撫で下ろしているのは自分も同じ。彼女の話を聞くためにリキッドはロタローの隣へ腰を下ろした。
「大丈夫か?…あんたみたいな人がどうして浜辺で倒れてたんだ?」
「……浜辺。海、そう…私船に乗っていて。航海の途中、嵐に巻き込まれたの。その時に」
「海に落っこちた、って所か」
「……恐らく。海に投げ出されて、……気付いたら、あなた達が」
まだ意識が遠い所にあるのか、ぼんやりとした様子で女性は受け答えをしていた。それを見かねたパプワがリキッドの裾を引っ張る。それは「これ以上詮索するな」と言わんばかりの仕草と訴えかけてくる視線。
それもそうだ。目が覚めたばかりで根掘り葉掘り聞くのは気が引ける。
とりあえず話題を変えようと、リキッドはパプワハウスの住人を紹介し、次に女性の名を尋ねた。
「私は霧華です。…皆さんは命の恩人ですね。本当にありがとうございます」
「そんなあ。恩人だなんて。僕たちは当然の事をしたまでだよ」
「ゆっくり休むといいぞ。何かあればリキッドに言いつけてくれ」
全く人使いが荒いと毎日の事ながら溜息が出る。
どうやらこの女性は安全と見ても問題が無さそうだ。判断を下すにはいささか早すぎるかもしれないが、あの色白で細い体格。これで「実は私、刺客なんです」と言われたら仰天してしまう。むしろ彼女がごく普通の女性であってほしいと羨望する割合がリキッドの中で多く占めていた。
初対面だと言うのに、ロタローとパプワが霧華の周りから離れようとしない。彼女の二人を見る目も優しく笑っている。それが少し儚げに見えたのは、体力が低下しているからだろう。なんにせよ、あんなに優しく笑いかける人が悪者とは思いたくなかった。
心地の良い温度に身体全体が包まれているようだった。ゆらゆらと揺れて、母親の腕に抱かれているかのように。このまま母なる愛に身を委ねてしまおうと私は目を瞑る。
そうすれば、家族と再会する事も出来ると思ったからだ。
音がする。
さざ波、ウミネコの鳴き声、それに人の声が聞こえた。ありとあらゆる音が混ざり合って、耳障りな雑音として私の聴覚を刺激している。取り分け煩く響いてくるのは繰り返された音。それが人の声で、何かを喋っているのだと判るようになり、私は懸命に目を開けた。
眩しい。
外の光が眩し過ぎた。ろくに焦点も合わない瞳に映った色はまた眩しいぐらいの人の輪郭。その人物が声をかけているのは、どうやら私のようだ。
「おねーさんしっかりして!!パプワくん、どうしよう……あっ、リキッドー!こっちだよ早く!」
弟の声が聞こえた気がした。だから、きっと、私を迎えに来てくれたんだと。
そう、心の底から願っていた私の意識はそこで途切れた。
*
この島に流れ着く者はそう珍しいことではなかった。悪意たる者もいれば、意図せず漂着した者もいる。但し、それらは男ばかりだった。中には例外もいるが、認めたくない本心がリキッドの胸中にある。
鍋が焦げ付かないようかき回しながら、ちらと視線を後方へ向けた。
敷いた布団の上に先ほど浜辺で倒れていた女性が横になっている。その周りを囲むようにしている二人の子どもと一匹のふさふさの毛足の長い小さな犬。彼らは心配そうな色を浮かべて女性を見ていた。
パプワとロタローが浜辺で何やら騒がしくしていると思いきや、浜辺に打ち上げられた人間を見つけてリキッドは駆け寄った。
今までのパターンとはまるで違い、屈強な野郎ではなくどこからどう見ても一般人の女性。手荒い扱いなど出来るはずもないのだが、むしろそうしようものならこの二人のお子様から制裁が下るだろう。
早く目を覚ませばいいのだが。そして身元と目的を判明させなければいけない。
この島の番人として秩序を、パプワ達を守らなければ。と、力強く決心はするものの、前者はとうに乱されている気がしないでもないが。
「おねーさん、大丈夫かなあ…生きてる、よね」
「心配ないぞロタロー。もう少ししたら目を覚ます」
「うん」
「そうそう。だから早くご飯食べちゃいなさい」
リキッドは今しがた出来上がったスープの鍋をちゃぶ台に乗せた。草で編み込んだ鍋敷きは年季が入っているのか端がほつれかけている。
テキパキと人数分のお椀にスープをとりわけ、メインディッシュである焼き魚の隣へ置く。本日のメニューが気に入らないのか、そうでないのか。食事の支度を終えたリキッドをロタローが睨み付けた。
「ちょっと家政夫。おねーさんが大変だっていうのに、なに呑気にご飯とか作ってるわけ?心配じゃないの?この冷血男、ロクデナシ!」
「リキッドの心は冷え切っているな」
「わう」
「お前らな……飯が無けりゃ無いでぎゃあぎゃあ騒ぐでしょーが!それに、その人は脈もあるし呼吸もしてる。俺たちが出来ることは目を覚ますのを待つことしかないの!」
確かに自分たちに出来ることはないに等しい。それでもとさらに反論を唱えようとしたロタローは僅かに聞こえた唸り声に視線をパッと落とした。
瞼を重たそうに持ち上げた女性の瞳に二人と一匹の顔が映り込む。瞬きをする女性を見たロタローは無邪気な笑顔を浮かべた。
「よかったあ。おねーさん、大丈夫?」
「……私」
「浜辺で気を失っていたのを僕たちが助けたんだ。なあチャッピー」
「わう!」
その会話を耳にしたリキッドは「運んだのは俺ですけど」と聞こえないようにぼやく。
だが何はともあれ、無事に目を覚まして胸を撫で下ろしているのは自分も同じ。彼女の話を聞くためにリキッドはロタローの隣へ腰を下ろした。
「大丈夫か?…あんたみたいな人がどうして浜辺で倒れてたんだ?」
「……浜辺。海、そう…私船に乗っていて。航海の途中、嵐に巻き込まれたの。その時に」
「海に落っこちた、って所か」
「……恐らく。海に投げ出されて、……気付いたら、あなた達が」
まだ意識が遠い所にあるのか、ぼんやりとした様子で女性は受け答えをしていた。それを見かねたパプワがリキッドの裾を引っ張る。それは「これ以上詮索するな」と言わんばかりの仕草と訴えかけてくる視線。
それもそうだ。目が覚めたばかりで根掘り葉掘り聞くのは気が引ける。
とりあえず話題を変えようと、リキッドはパプワハウスの住人を紹介し、次に女性の名を尋ねた。
「私は霧華です。…皆さんは命の恩人ですね。本当にありがとうございます」
「そんなあ。恩人だなんて。僕たちは当然の事をしたまでだよ」
「ゆっくり休むといいぞ。何かあればリキッドに言いつけてくれ」
全く人使いが荒いと毎日の事ながら溜息が出る。
どうやらこの女性は安全と見ても問題が無さそうだ。判断を下すにはいささか早すぎるかもしれないが、あの色白で細い体格。これで「実は私、刺客なんです」と言われたら仰天してしまう。むしろ彼女がごく普通の女性であってほしいと羨望する割合がリキッドの中で多く占めていた。
初対面だと言うのに、ロタローとパプワが霧華の周りから離れようとしない。彼女の二人を見る目も優しく笑っている。それが少し儚げに見えたのは、体力が低下しているからだろう。なんにせよ、あんなに優しく笑いかける人が悪者とは思いたくなかった。