落とされた歯車 封神演義(WJ)
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5.道草
日の高いうちに青峰山を後にし、天化に連れられた霧華は起伏の激しい道を歩いていた。足元がおぼつかない場所では手を引かれたり、飛び跳ねた所で霧華の足では到底届かない足場は横抱きにされたりなど手を借りる。 そうして着いた場所は想像と違っていた。
岩肌が露出した地面。緑葉をつけた幹の細い木が所々に生えている。
目視できる範囲に小川が流れており、遠くから滝の落ちる音も聞こえてきた。辺りにマイナスイオンが満ちているのか不思議と心地が良いと感じる場所だ。
「天化、ここって」
「俺っちの修行場所。ここだと集中できっし、霊穴もあるからお気に入りなんさ。ちょっと前に見つけたから、まだ師父もしらねーさ」
霊穴とは何かと尋ねれば霊気の集まる場所で、力の源みたいなものだと天化は説明した。所謂パワースポットかとかみ砕いて理解した霧華はこの心地の良さに納得をした。
「秘密の場所、私なんかを連れてきて良かったの?」
「ん?だってここで霧華を受け止めたんさ」
「そうなの?」
霧華は頭上を仰いだ。真っ青な空が天高く続いている。いくら見つめても、吸い込まれそうになるだけで何も記憶は蘇ってこない。
恐らく天化は『思い出せない』と霧華が言ったことを気に掛けてこの場所へ連れてきたのだろう。
「それに霧華の顔、行きたくねーって書いてるさね」
「……そ、それは、その」
「行きたくないなら無理して行く必要ねーよ。今は具合悪くないんだろ?」
「そうだけど……でも、来なさいって言われてるし」
約束は守るものだという暗黙のルールが霧華の中に根付いている。気が進まなくとも、だ。戸惑う霧華に天化は顔をずいっと近づけて顔を覗き込み、両頬を軽く抓んだ。
「あーた真面目すぎさ。だからそんなすまし顔なんかね?もっと笑った方がいーって」
それだけを言い、天化はパッと手を放した。
彼が浮かべた笑みは爽やかな風を思わせるようで、触れられていた温もりに霧華の頬が紅潮した。
「澄ましたあーたの顔もキレイだけど、笑ってた方が何倍もカワイイさ」
「そ、そういうのは好きな娘に言ってあげなよ」
大概の女性ならば素直に喜ぶであろう口説き文句。それをお世辞と捉えることもできない霧華は顔をぷいっと逸らすだけで精一杯であった。
刹那、考えていた天化は「じゃあ、今度はそうするさ」と頷く。
「それと、後で師父になんか聞かれたら適当に答えときゃいーさ。俺っちとはぐれたとかなんとか」
「ん……そうね」
もし彼が現代で暮らしていたとしたら。間違いなくサボりの常習犯、学ランを着崩した高校生の天化が校舎の窓からひらりと飛び降り、それを必死に教師が追いかけていく。追跡を易々とかわす天化の姿が生き生きと頭の中に描かれる。
短い草が生えた地面にごろりと寝転がる。青草の匂いが鼻の奥でツンと香る。頬を撫でていく風は暖かく、薄水色の空にゆったりと雲が伸びていく。「心地良い」と霧華が言うと、隣にいた天化は満足げに口元を綻ばせた。
「気に入ったさ?」
「うん」
「そんならまた連れてきてやるさ」
「ほんと?あ、星って良く見える?」
「ああ、勿論」
返事を聞いた霧華はにわかに顔を綻ばせばせたので、未来の世界では星も見えないのかと天化は驚いた。否、そこに星は確かにあるが周囲の明かりが眩すぎてすっかり霞んでしまっているのだ。人々は夜を照らす術を手に入れた代わりに失った物もあると。
それを知った天化はこの時代の様々な物を見せてやりたいと強く思った。彼女が喜ぶなら、と。
「天化は今日の修行いいの?」
「俺っちも今日はサボりー。たまには息抜きしねえと」
「うん、いいんじゃないかな。やるときはやるものね」
「そーゆうこと。俺っちのことわかってんね」
「そうじゃなきゃそんなに良い体格にならないわよ」
「…へへっ。惚れちまったかい?」
またも突拍子もない言葉に霧華は絶句。肯定の言葉はおろか、否定すらできずに口籠った。コロコロ変わる表情を楽しんでいた天化はカラカラと笑う。二度もからかわれたのだと気づくと霧華は口をへの字に結んだ。
「ま、そうむくれなさんなって。そろそろ霧華の話聞きてーさ。この前約束したっしょ?」
「…話、っていっても何を話せば?」
「んー……生まれた場所とか霧華の居た時代のこととか。家族構成や好きな食い物、行ってみたい場所とか得意なこととか」
天化が羅列した事項はてんで統一性がなく、とにかく思いついた物を挙げているようだった。さらに指折り数えながら質問を挙げようとするので、霧華は待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って。そんなに一辺に沢山答えられないわ」
「って言われてもなあ……聞きたいこと一杯あるさ」
「わかった。じゃあ、一つ答えたら次は天化が私の質問に答えて。……貴方も自分のこと話してくれるって、言ったでしょ?」
そうだ、そういえば自分もそう約束した。天化は快く頷き、じゃあと一つ目の質問を霧華に投げかける。
一つ答えては相手に質問を返す。それを二人だけで繰り返していく。
霧華は自己紹介や自己分析は得意ではなかった。毎度緊張して上手く話す事ができないのだが、こういった気軽な一問一答は素の自分で答えることができて良い。これも相手が気兼ねなく接してくる天化だからかもしれない。
貴方を色々知る事ができて良かった。帰る頃には素直にそう伝えようと霧華は思っていた。
日の高いうちに青峰山を後にし、天化に連れられた霧華は起伏の激しい道を歩いていた。足元がおぼつかない場所では手を引かれたり、飛び跳ねた所で霧華の足では到底届かない足場は横抱きにされたりなど手を借りる。 そうして着いた場所は想像と違っていた。
岩肌が露出した地面。緑葉をつけた幹の細い木が所々に生えている。
目視できる範囲に小川が流れており、遠くから滝の落ちる音も聞こえてきた。辺りにマイナスイオンが満ちているのか不思議と心地が良いと感じる場所だ。
「天化、ここって」
「俺っちの修行場所。ここだと集中できっし、霊穴もあるからお気に入りなんさ。ちょっと前に見つけたから、まだ師父もしらねーさ」
霊穴とは何かと尋ねれば霊気の集まる場所で、力の源みたいなものだと天化は説明した。所謂パワースポットかとかみ砕いて理解した霧華はこの心地の良さに納得をした。
「秘密の場所、私なんかを連れてきて良かったの?」
「ん?だってここで霧華を受け止めたんさ」
「そうなの?」
霧華は頭上を仰いだ。真っ青な空が天高く続いている。いくら見つめても、吸い込まれそうになるだけで何も記憶は蘇ってこない。
恐らく天化は『思い出せない』と霧華が言ったことを気に掛けてこの場所へ連れてきたのだろう。
「それに霧華の顔、行きたくねーって書いてるさね」
「……そ、それは、その」
「行きたくないなら無理して行く必要ねーよ。今は具合悪くないんだろ?」
「そうだけど……でも、来なさいって言われてるし」
約束は守るものだという暗黙のルールが霧華の中に根付いている。気が進まなくとも、だ。戸惑う霧華に天化は顔をずいっと近づけて顔を覗き込み、両頬を軽く抓んだ。
「あーた真面目すぎさ。だからそんなすまし顔なんかね?もっと笑った方がいーって」
それだけを言い、天化はパッと手を放した。
彼が浮かべた笑みは爽やかな風を思わせるようで、触れられていた温もりに霧華の頬が紅潮した。
「澄ましたあーたの顔もキレイだけど、笑ってた方が何倍もカワイイさ」
「そ、そういうのは好きな娘に言ってあげなよ」
大概の女性ならば素直に喜ぶであろう口説き文句。それをお世辞と捉えることもできない霧華は顔をぷいっと逸らすだけで精一杯であった。
刹那、考えていた天化は「じゃあ、今度はそうするさ」と頷く。
「それと、後で師父になんか聞かれたら適当に答えときゃいーさ。俺っちとはぐれたとかなんとか」
「ん……そうね」
もし彼が現代で暮らしていたとしたら。間違いなくサボりの常習犯、学ランを着崩した高校生の天化が校舎の窓からひらりと飛び降り、それを必死に教師が追いかけていく。追跡を易々とかわす天化の姿が生き生きと頭の中に描かれる。
短い草が生えた地面にごろりと寝転がる。青草の匂いが鼻の奥でツンと香る。頬を撫でていく風は暖かく、薄水色の空にゆったりと雲が伸びていく。「心地良い」と霧華が言うと、隣にいた天化は満足げに口元を綻ばせた。
「気に入ったさ?」
「うん」
「そんならまた連れてきてやるさ」
「ほんと?あ、星って良く見える?」
「ああ、勿論」
返事を聞いた霧華はにわかに顔を綻ばせばせたので、未来の世界では星も見えないのかと天化は驚いた。否、そこに星は確かにあるが周囲の明かりが眩すぎてすっかり霞んでしまっているのだ。人々は夜を照らす術を手に入れた代わりに失った物もあると。
それを知った天化はこの時代の様々な物を見せてやりたいと強く思った。彼女が喜ぶなら、と。
「天化は今日の修行いいの?」
「俺っちも今日はサボりー。たまには息抜きしねえと」
「うん、いいんじゃないかな。やるときはやるものね」
「そーゆうこと。俺っちのことわかってんね」
「そうじゃなきゃそんなに良い体格にならないわよ」
「…へへっ。惚れちまったかい?」
またも突拍子もない言葉に霧華は絶句。肯定の言葉はおろか、否定すらできずに口籠った。コロコロ変わる表情を楽しんでいた天化はカラカラと笑う。二度もからかわれたのだと気づくと霧華は口をへの字に結んだ。
「ま、そうむくれなさんなって。そろそろ霧華の話聞きてーさ。この前約束したっしょ?」
「…話、っていっても何を話せば?」
「んー……生まれた場所とか霧華の居た時代のこととか。家族構成や好きな食い物、行ってみたい場所とか得意なこととか」
天化が羅列した事項はてんで統一性がなく、とにかく思いついた物を挙げているようだった。さらに指折り数えながら質問を挙げようとするので、霧華は待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って。そんなに一辺に沢山答えられないわ」
「って言われてもなあ……聞きたいこと一杯あるさ」
「わかった。じゃあ、一つ答えたら次は天化が私の質問に答えて。……貴方も自分のこと話してくれるって、言ったでしょ?」
そうだ、そういえば自分もそう約束した。天化は快く頷き、じゃあと一つ目の質問を霧華に投げかける。
一つ答えては相手に質問を返す。それを二人だけで繰り返していく。
霧華は自己紹介や自己分析は得意ではなかった。毎度緊張して上手く話す事ができないのだが、こういった気軽な一問一答は素の自分で答えることができて良い。これも相手が気兼ねなく接してくる天化だからかもしれない。
貴方を色々知る事ができて良かった。帰る頃には素直にそう伝えようと霧華は思っていた。