落とされた歯車 封神演義(WJ)
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4.居候中
地面を叩きつけるような雨が降っていた。ざあああっと音を立てて降る雨はいっそ小気味よく聞こえてくる。窓から空を見上げた霧華は一面に広がる雲の切れ目を見つけた。通り雨だろう。その隙間から光が差し込んでいる。しかし雷が鳴るかもしれないと危惧もした。
布巾で拭った皿を重ね、三人分のそれを棚へ戻した。
崑崙山に不時着してから数日が経過。体力、気力が共に快方へ向かっている霧華はひとまず道徳の元へ身を寄せることになった。
当然、身元や出身地などあれこれ詮索をされる。だが自分の事を話そうにも、この世界の知識があるせいで余計に話がややこしくなってしまう。そこで、安直に未来からやってきたみたいだと説明をした。意外にも動じることなく、すんなりと道徳とその弟子は受け入れた。霧華の居た世界の時間軸は二十一世紀。それから見れば過去であることは間違いではない。元の時代に帰れる方法が見つかるまで此処に居て構わないと紫陽洞の主に許しを得ることができた。
雨が降りしきる中、バタバタと天化が転がり込むように帰って来た。通り雨をもろに浴びたらしく、体中から雫がしたたり落ちている。水も滴るいい男、とは上手く言ったものだ。濡れた頭を左右に振って水飛沫を飛ばす様は大型犬に見えなくも無いが。
霧華は大判の手拭いを箪笥から引っ張り出し、それを広げて天化の頭に被せた。わしわしと頭を拭くように手を動かしていたのだが、どうやら人任せにしたのか天化は全く抵抗感を見せない。
手拭が満遍なく湿った頃合いで「もういーさ。あんがと」と声をかけ、ようやく自分で頭を拭き始めた。
「運が悪かったね。突然降ってくるんだもの」
「ああ。ま、通り雨っしょ」
「着替えてきた方がいいよ。風邪引いちゃう」
「そうするさ」
頭をわしゃわしゃと拭きながら天化は自室へ向かっていった。
今朝は道徳と二人で外へ行ったのだが、帰りは一緒ではなかったようだ。仙人ともなれば弟子の訓練以外にもやるべきことがあるのだろう。この数日間も留守にすることが多く、道徳の顔を見るのは朝と晩ぐらいだ。
ずぶ濡れで帰ってきた天化に熱いお茶でも淹れようと思い、ヤカンを火にかけた。
茶葉と急須を用意してお湯が沸くのを待つ。
間もなくしてヤカンから湯気が噴き出し始めた。急須を先に温め、茶葉を入れた所で着替えから戻ってきた天化が「茶淹れてくれんの?喉カラカラだからありがてえさ」と棚から湯呑みを二つ片手で器用に持ってきた。
「雨に濡れて冷えてると思ったから」
「へへっ。霧華の淹れるお茶美味いから、俺っち好きさ」
「煽ててもお饅頭くらいしか出ないからね」
「そいつはラッキーさ」
この屈託のない笑顔が好きだと再認識したのはつい先日のこと。明朗快活とはまさに彼を指すような言葉。当時の霧華の友人たちは黄天化を好きだと言っていた。学生時代の霧華も多分に好意を抱いていた。
ところで、急須でお茶を美味しく淹れるのは中々に難しい。仕事場で淹れる機会があったのが幸いだったか、今こうして褒められるのが素直に嬉しいと思っていた。
評判が良いのはお茶だけではない。霧華の作る食事にも二人は舌鼓を鳴らした。今まで男の手料理ばかりだったせいもあるのか、天化は「師父が作るより百倍は美味いさ」と余計な一言で隣から鉄拳が降る場面も。おかげで紅一点の状況でも居心地は悪くない方だった。
円卓の上に二人分のお茶と菓子を用意し、しばしの休憩と一息をつく。通り雨は既に上がっており、雲の合間から光が差し込んでいた。ずずっと熱いお茶を啜り、饅頭に手を伸ばした天化は思い出したように口を開いた。
「そーいや、明日雲中子さんトコに行くんだっけか」
「うん」
答えた霧華の声は決して明るいものではない。乗り気ではない感情がこもっている。雲中子からは数日前に受けた検査の結果を伝えるので本人に来て欲しいとの通達。だが、霧華はそもそも病院や検査といった類のものが嫌いであった。何かあれば再検査と度々体から血を抜かれるのは御免被りたいもの。できれば行きたくない。それを表立って口にしないのは善意で接してくる道徳と天化に迷惑と心配をかけたくないからだ。
「じゃあ、明日は俺っちが案内するさ。土地勘ねえと迷子になるし、ここら辺フツーの人間が歩き回ったら危ねえさね」
「うん。お言葉に甘えてそうする」
道案内まで申し出てくれるのだ。無下に断るわけにもいかず、これは腹をくくって行くしかないと霧華は溜息をついた。
地面を叩きつけるような雨が降っていた。ざあああっと音を立てて降る雨はいっそ小気味よく聞こえてくる。窓から空を見上げた霧華は一面に広がる雲の切れ目を見つけた。通り雨だろう。その隙間から光が差し込んでいる。しかし雷が鳴るかもしれないと危惧もした。
布巾で拭った皿を重ね、三人分のそれを棚へ戻した。
崑崙山に不時着してから数日が経過。体力、気力が共に快方へ向かっている霧華はひとまず道徳の元へ身を寄せることになった。
当然、身元や出身地などあれこれ詮索をされる。だが自分の事を話そうにも、この世界の知識があるせいで余計に話がややこしくなってしまう。そこで、安直に未来からやってきたみたいだと説明をした。意外にも動じることなく、すんなりと道徳とその弟子は受け入れた。霧華の居た世界の時間軸は二十一世紀。それから見れば過去であることは間違いではない。元の時代に帰れる方法が見つかるまで此処に居て構わないと紫陽洞の主に許しを得ることができた。
雨が降りしきる中、バタバタと天化が転がり込むように帰って来た。通り雨をもろに浴びたらしく、体中から雫がしたたり落ちている。水も滴るいい男、とは上手く言ったものだ。濡れた頭を左右に振って水飛沫を飛ばす様は大型犬に見えなくも無いが。
霧華は大判の手拭いを箪笥から引っ張り出し、それを広げて天化の頭に被せた。わしわしと頭を拭くように手を動かしていたのだが、どうやら人任せにしたのか天化は全く抵抗感を見せない。
手拭が満遍なく湿った頃合いで「もういーさ。あんがと」と声をかけ、ようやく自分で頭を拭き始めた。
「運が悪かったね。突然降ってくるんだもの」
「ああ。ま、通り雨っしょ」
「着替えてきた方がいいよ。風邪引いちゃう」
「そうするさ」
頭をわしゃわしゃと拭きながら天化は自室へ向かっていった。
今朝は道徳と二人で外へ行ったのだが、帰りは一緒ではなかったようだ。仙人ともなれば弟子の訓練以外にもやるべきことがあるのだろう。この数日間も留守にすることが多く、道徳の顔を見るのは朝と晩ぐらいだ。
ずぶ濡れで帰ってきた天化に熱いお茶でも淹れようと思い、ヤカンを火にかけた。
茶葉と急須を用意してお湯が沸くのを待つ。
間もなくしてヤカンから湯気が噴き出し始めた。急須を先に温め、茶葉を入れた所で着替えから戻ってきた天化が「茶淹れてくれんの?喉カラカラだからありがてえさ」と棚から湯呑みを二つ片手で器用に持ってきた。
「雨に濡れて冷えてると思ったから」
「へへっ。霧華の淹れるお茶美味いから、俺っち好きさ」
「煽ててもお饅頭くらいしか出ないからね」
「そいつはラッキーさ」
この屈託のない笑顔が好きだと再認識したのはつい先日のこと。明朗快活とはまさに彼を指すような言葉。当時の霧華の友人たちは黄天化を好きだと言っていた。学生時代の霧華も多分に好意を抱いていた。
ところで、急須でお茶を美味しく淹れるのは中々に難しい。仕事場で淹れる機会があったのが幸いだったか、今こうして褒められるのが素直に嬉しいと思っていた。
評判が良いのはお茶だけではない。霧華の作る食事にも二人は舌鼓を鳴らした。今まで男の手料理ばかりだったせいもあるのか、天化は「師父が作るより百倍は美味いさ」と余計な一言で隣から鉄拳が降る場面も。おかげで紅一点の状況でも居心地は悪くない方だった。
円卓の上に二人分のお茶と菓子を用意し、しばしの休憩と一息をつく。通り雨は既に上がっており、雲の合間から光が差し込んでいた。ずずっと熱いお茶を啜り、饅頭に手を伸ばした天化は思い出したように口を開いた。
「そーいや、明日雲中子さんトコに行くんだっけか」
「うん」
答えた霧華の声は決して明るいものではない。乗り気ではない感情がこもっている。雲中子からは数日前に受けた検査の結果を伝えるので本人に来て欲しいとの通達。だが、霧華はそもそも病院や検査といった類のものが嫌いであった。何かあれば再検査と度々体から血を抜かれるのは御免被りたいもの。できれば行きたくない。それを表立って口にしないのは善意で接してくる道徳と天化に迷惑と心配をかけたくないからだ。
「じゃあ、明日は俺っちが案内するさ。土地勘ねえと迷子になるし、ここら辺フツーの人間が歩き回ったら危ねえさね」
「うん。お言葉に甘えてそうする」
道案内まで申し出てくれるのだ。無下に断るわけにもいかず、これは腹をくくって行くしかないと霧華は溜息をついた。