封神演義(WJ)
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もしも、また逢えたなら 弐
十二月二十四日、クリスマスイブを迎えた午後七時半。
欧米諸国のイベントは今日の日本でも様々な形で根付いていた。この二日間の為に一月も前から街は色鮮やかに飾り付けられ、BGMは一斉にクリスマスソングとなる。少々気が早いのではと考えることもあったが、大晦日と正月が控えている日本にとっては仕方がないのかもしれない。
この日、女子会という名の同期の集まりが駅前通りの店で開催されていた。渋々それに参加した霧華は同期の話を聞いては適当に相槌を返す。場の雰囲気に合わせて笑ったり、共感を示したりもしていた。この集まりはいつだって上司の愚痴、色恋沙汰の話であった。霧華自身にとっては実りの少ない会合なので、都度うんざりもしていた。だが、煩わしい人付き合いというのも致し方ないと割り切るようになれたのも社会経験の賜物。そう思っていた。
しかし、あくまで聞き役に徹していても白羽の矢は立つもので、斜め向かいに座っていた同期の一人が声をかけてきた。彼と交際二年目だと楽しそうに話していたお洒落な女性だ。
「ね、葉月さんはいい人いないの?」
「ん……いない。最近仕事で忙しかったし、出逢いも特にないし」
「霧華ちゃんって浮いた話聞かないよねー。気になってる人ぐらいいるでしょ」
「私の職場、妻子持ちばかりよ。残念なことにね」
「むう…そうなんだよね。イイ男はみーんな奥さんがいてさ。あーあどっかにフリーの人はいないかなあ」
「あっ。そういえばこの前行ったカフェで」
下手に「気になる人が」とでも仄めかせば根掘り葉掘り聞かれることとなる。こうして返しておけば興味の対象から外れ、他の同期達と会話を盛り上げ始めるので霧華は内心ほっとしていた。
何歳までには結婚したいだとか、初恋は何時で誰だとか。適当に相槌を打ちながらフォークにパスタを絡めた。窓の外を見やると、細かい雪が舞っている。今朝の天気予報通り夜遅くまで粉雪が舞いそうだ。
一時間半程続いた女子会は二次会の流れになったが、喉が痛いという理由でカラオケを断る。霧華の同期はそれに対して特段残念がる素振りも見せず、和気藹々とカラオケ店へ向かっていった。無理強いをしない点は好ましい。
同期達とは反対方向へ歩みを進めた霧華は前方のイルミネーションに目を留めた。駅前通りの公園では毎年イルミネーションが行われている。十二月頭からこのイベントが開催され、二十五日を過ぎると撤去される。せっかく駅前まで来たのだからと公園に寄ることにした。
公園の中は複数のエリアに分けられる程に面積が広い。臨時のコンテナハウスが設置されたエリアではチュロスやホットワイン、ヴルストなどクリスマスにちなんだ飲食物や雑貨が販売されている。そこは予想通り混雑していて、中々通り抜けることができない。空腹とはしばらく無縁だ。このエリアの先に行きたいのだが、流れに沿って歩くしか他はないようだった。
雪道は除雪されていて歩きやすい。前を歩く人と程良い距離を取りながらゆっくりと進む。目の前の男性は色の濃い上下繋がった作業服を着ている。どこかの現場からふらりと立ち寄りでもしたのだろうか。それにしてもだ。防寒具も身に着けずに氷点下の外を歩き回って寒くないのか。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、男性がポケットから手を出した時に何かが落ちた。それには全く気づいていないようだった。霧華は急いで落とした小さな布の袋を拾い上げ、後を追いかけた。だが、追いつこうにも人混みが邪魔をして中々進めずにいる。男性はまるでそれをすり抜けていくように先へ先へと進んでいってしまう。
ようやく区切られたエリアを抜ける事ができたが、先ほど前を歩いていた男性の姿は見当たらない。直接返すのが難しくなってしまった。イベント主催者に届けておいた方が良いかもしれない。そう思いながら霧華は手の平に収まる小さな袋を見た。お守りやパワーストーンを入れる様な布で作られた紐で口を縛るタイプのもの。緩んだ結び目からイヤリングの金具が見える。それを袋の中に戻そうとしたが、かじかんだ手が言う事を利かず、逆に中身が出てきてしまった。
手の平に乗った小さなイヤリングを見て息を呑んだ。金古美の金具に繋ぎ止められた青と緑の小さなガラス玉。霧華はこれによく似た物を持っていた。ショルダーバッグの内ポケットから小さな布袋を取り出し、その隣に片側だけのイヤリングを並べる。金具の風合いは違えど、紛うことなく同じ物。何故、あの男性がこれを持っていたのか。
何かを報せるように早鐘を打つ心臓の鼓動。呼吸もままならなくなり、口元を逆の手で覆いその場にしゃがみ込む。わけもわからずに身体の震えが止まらずにいた。
自分の名を呼ぶ微かな声が聞こえたような気がした。ハッとして顔を上げるも、そこには誰もいない。あの人を探さないといけない。その思いに駆られた霧華は走り出していた。手の内にある物を大事に握り締めて。
呼吸をする度に冷たい空気が肺に流れ込んでくる。時折それにむせながら雪道を駆けていく。真っすぐに公園の中を進んでいくと、大きなモミの木が見えてきた。色とりどりのLEDイルミネーション。ツリーの頂点には大きな星が飾られていた。
そのツリーの前に、先ほどの作業服を着た男性が佇んでいた。寒さを凌ぐためにポケットに両手を突っ込んで、ツリーを見上げている。煙草を咥えたその横顔を霧華は良く知っていた。
あと数メートルの距離。側に歩み寄りたいのだが、思う様に体が動かない。まるで足が地面に凍り付いてしまったようだ。
白い吐息と共に煙が細く吐き出された。その男性は反対側へ踵を返し、歩き出す。ここで見失えば二度と会うことは叶わない。何故かそう思えた霧華は祈るように胸の前で両手を握り締め、辺りに響くような声を張り上げた。
「待って!」
その声が届いたのか、男性は歩みを止めた。そして躊躇いがちにこちらを振り向く。霧華はおぼつかない足で歩み寄り、相手の顔がはっきりと見える距離まで近づいた。男性は至極驚いた様子で、何かの間違いではと疑っている。だが、真っすぐに向けられた視線ははっきりと自分を捉えているものであった。
「……あーた、視えるんさ?」
霧華はその言葉の意味がよく理解できずにいた。だが、ただその質問通りに答えるのならばと肯定して頷く。
さて、感情の赴くままこの男性を呼び止めたが何から話せばいいのか。なにせ霧華自身も頭の中が整理できていないのだ。ぐるぐると渦巻く記憶の波が混乱させるばかりで。歯切れの悪い発音ばかりで上手く言葉に纏めることができない。そこで大事に握り締めていた物を思い出し、それを男性の前に差し出した。刹那、焦燥の色が男性の顔に浮かぶ。
「これ、さっき向こうで落とされてました」
「そっか。……俺っちとしたことが、」
それを受取ろうとした手がぴたりと止まる。小さな手の平に乗せられた一対のイヤリングを見て、目を疑った。絶句する最中、視線をゆっくりと俯いている霧華に向ける。
霧華は視線を落としたまま震えている唇を開いた。
「私が生まれた時、これを握り締めていたそうです。祖母に神様からの贈り物だから大切にしなさいって、そう言われていました。だから、…ずっと、ずっと……わたし」
煙草の香りが鼻を掠めた。懐かしさがこみ上げてくる。自分の体が温かい腕に包まれているとわかると、視界がじわりと霞んでいった。寒さで冷えた頬に熱い雫がぱたぱたと落ちていく。
「天兄、……っ天兄、会いたかった」
「こっちのセリフさ。……霧華」
泣きたいほど嬉しいと思った事が今までにあっただろうか。涙で滲んだ顔を見られるのが恥ずかしくて霧華の肩口に顔を埋めた。一体何から話せばいいだろうか。総てを語るには膨大な量の物語。どれだけ時間があっても足りそうにない。
遠い昔に伝えられずにいた想いを言葉という形にするならば。
「愛してる」と囁いた。
十二月二十四日、クリスマスイブを迎えた午後七時半。
欧米諸国のイベントは今日の日本でも様々な形で根付いていた。この二日間の為に一月も前から街は色鮮やかに飾り付けられ、BGMは一斉にクリスマスソングとなる。少々気が早いのではと考えることもあったが、大晦日と正月が控えている日本にとっては仕方がないのかもしれない。
この日、女子会という名の同期の集まりが駅前通りの店で開催されていた。渋々それに参加した霧華は同期の話を聞いては適当に相槌を返す。場の雰囲気に合わせて笑ったり、共感を示したりもしていた。この集まりはいつだって上司の愚痴、色恋沙汰の話であった。霧華自身にとっては実りの少ない会合なので、都度うんざりもしていた。だが、煩わしい人付き合いというのも致し方ないと割り切るようになれたのも社会経験の賜物。そう思っていた。
しかし、あくまで聞き役に徹していても白羽の矢は立つもので、斜め向かいに座っていた同期の一人が声をかけてきた。彼と交際二年目だと楽しそうに話していたお洒落な女性だ。
「ね、葉月さんはいい人いないの?」
「ん……いない。最近仕事で忙しかったし、出逢いも特にないし」
「霧華ちゃんって浮いた話聞かないよねー。気になってる人ぐらいいるでしょ」
「私の職場、妻子持ちばかりよ。残念なことにね」
「むう…そうなんだよね。イイ男はみーんな奥さんがいてさ。あーあどっかにフリーの人はいないかなあ」
「あっ。そういえばこの前行ったカフェで」
下手に「気になる人が」とでも仄めかせば根掘り葉掘り聞かれることとなる。こうして返しておけば興味の対象から外れ、他の同期達と会話を盛り上げ始めるので霧華は内心ほっとしていた。
何歳までには結婚したいだとか、初恋は何時で誰だとか。適当に相槌を打ちながらフォークにパスタを絡めた。窓の外を見やると、細かい雪が舞っている。今朝の天気予報通り夜遅くまで粉雪が舞いそうだ。
一時間半程続いた女子会は二次会の流れになったが、喉が痛いという理由でカラオケを断る。霧華の同期はそれに対して特段残念がる素振りも見せず、和気藹々とカラオケ店へ向かっていった。無理強いをしない点は好ましい。
同期達とは反対方向へ歩みを進めた霧華は前方のイルミネーションに目を留めた。駅前通りの公園では毎年イルミネーションが行われている。十二月頭からこのイベントが開催され、二十五日を過ぎると撤去される。せっかく駅前まで来たのだからと公園に寄ることにした。
公園の中は複数のエリアに分けられる程に面積が広い。臨時のコンテナハウスが設置されたエリアではチュロスやホットワイン、ヴルストなどクリスマスにちなんだ飲食物や雑貨が販売されている。そこは予想通り混雑していて、中々通り抜けることができない。空腹とはしばらく無縁だ。このエリアの先に行きたいのだが、流れに沿って歩くしか他はないようだった。
雪道は除雪されていて歩きやすい。前を歩く人と程良い距離を取りながらゆっくりと進む。目の前の男性は色の濃い上下繋がった作業服を着ている。どこかの現場からふらりと立ち寄りでもしたのだろうか。それにしてもだ。防寒具も身に着けずに氷点下の外を歩き回って寒くないのか。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、男性がポケットから手を出した時に何かが落ちた。それには全く気づいていないようだった。霧華は急いで落とした小さな布の袋を拾い上げ、後を追いかけた。だが、追いつこうにも人混みが邪魔をして中々進めずにいる。男性はまるでそれをすり抜けていくように先へ先へと進んでいってしまう。
ようやく区切られたエリアを抜ける事ができたが、先ほど前を歩いていた男性の姿は見当たらない。直接返すのが難しくなってしまった。イベント主催者に届けておいた方が良いかもしれない。そう思いながら霧華は手の平に収まる小さな袋を見た。お守りやパワーストーンを入れる様な布で作られた紐で口を縛るタイプのもの。緩んだ結び目からイヤリングの金具が見える。それを袋の中に戻そうとしたが、かじかんだ手が言う事を利かず、逆に中身が出てきてしまった。
手の平に乗った小さなイヤリングを見て息を呑んだ。金古美の金具に繋ぎ止められた青と緑の小さなガラス玉。霧華はこれによく似た物を持っていた。ショルダーバッグの内ポケットから小さな布袋を取り出し、その隣に片側だけのイヤリングを並べる。金具の風合いは違えど、紛うことなく同じ物。何故、あの男性がこれを持っていたのか。
何かを報せるように早鐘を打つ心臓の鼓動。呼吸もままならなくなり、口元を逆の手で覆いその場にしゃがみ込む。わけもわからずに身体の震えが止まらずにいた。
自分の名を呼ぶ微かな声が聞こえたような気がした。ハッとして顔を上げるも、そこには誰もいない。あの人を探さないといけない。その思いに駆られた霧華は走り出していた。手の内にある物を大事に握り締めて。
呼吸をする度に冷たい空気が肺に流れ込んでくる。時折それにむせながら雪道を駆けていく。真っすぐに公園の中を進んでいくと、大きなモミの木が見えてきた。色とりどりのLEDイルミネーション。ツリーの頂点には大きな星が飾られていた。
そのツリーの前に、先ほどの作業服を着た男性が佇んでいた。寒さを凌ぐためにポケットに両手を突っ込んで、ツリーを見上げている。煙草を咥えたその横顔を霧華は良く知っていた。
あと数メートルの距離。側に歩み寄りたいのだが、思う様に体が動かない。まるで足が地面に凍り付いてしまったようだ。
白い吐息と共に煙が細く吐き出された。その男性は反対側へ踵を返し、歩き出す。ここで見失えば二度と会うことは叶わない。何故かそう思えた霧華は祈るように胸の前で両手を握り締め、辺りに響くような声を張り上げた。
「待って!」
その声が届いたのか、男性は歩みを止めた。そして躊躇いがちにこちらを振り向く。霧華はおぼつかない足で歩み寄り、相手の顔がはっきりと見える距離まで近づいた。男性は至極驚いた様子で、何かの間違いではと疑っている。だが、真っすぐに向けられた視線ははっきりと自分を捉えているものであった。
「……あーた、視えるんさ?」
霧華はその言葉の意味がよく理解できずにいた。だが、ただその質問通りに答えるのならばと肯定して頷く。
さて、感情の赴くままこの男性を呼び止めたが何から話せばいいのか。なにせ霧華自身も頭の中が整理できていないのだ。ぐるぐると渦巻く記憶の波が混乱させるばかりで。歯切れの悪い発音ばかりで上手く言葉に纏めることができない。そこで大事に握り締めていた物を思い出し、それを男性の前に差し出した。刹那、焦燥の色が男性の顔に浮かぶ。
「これ、さっき向こうで落とされてました」
「そっか。……俺っちとしたことが、」
それを受取ろうとした手がぴたりと止まる。小さな手の平に乗せられた一対のイヤリングを見て、目を疑った。絶句する最中、視線をゆっくりと俯いている霧華に向ける。
霧華は視線を落としたまま震えている唇を開いた。
「私が生まれた時、これを握り締めていたそうです。祖母に神様からの贈り物だから大切にしなさいって、そう言われていました。だから、…ずっと、ずっと……わたし」
煙草の香りが鼻を掠めた。懐かしさがこみ上げてくる。自分の体が温かい腕に包まれているとわかると、視界がじわりと霞んでいった。寒さで冷えた頬に熱い雫がぱたぱたと落ちていく。
「天兄、……っ天兄、会いたかった」
「こっちのセリフさ。……霧華」
泣きたいほど嬉しいと思った事が今までにあっただろうか。涙で滲んだ顔を見られるのが恥ずかしくて霧華の肩口に顔を埋めた。一体何から話せばいいだろうか。総てを語るには膨大な量の物語。どれだけ時間があっても足りそうにない。
遠い昔に伝えられずにいた想いを言葉という形にするならば。
「愛してる」と囁いた。