封神演義(WJ)
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もしも、また逢えたなら 壱
歴史の道標を失い、仙道が人間界との関与を断ってから三千年以上の歳月が流れた。たかだか数百頁の歴史書では語り尽くせない転換の時代。その一連の流れを見据えてきたのは仙道と神のみ。
大概の者は仙界及び神界に身を寄せているが、例外も居る。かつてこの星の危機を救った始まりの人である伏義は相も変わらずフラフラと宛のない旅をしているらしい。時折神界や仙界に顔を出すようなこともあるらしいが、ごく親しい者の前にしか姿を現さないとも聞いていた。
元始天尊に呼ばれ、久しぶりの人間界に降りる命を受けた天化は帰り道で愛用の煙草に火を点けた。人間界に降りるのは構わないが、どうも気が晴れずにいた。
薄暗い空を仰ぎ見る。何となくそれが自分の心を映しているように思えた。咥えた煙草の先から細い煙が立ち上って消えていく。
「ぼんやりしてるね」
それとも、空から何か降ってくるのかなと穏やかな声が天化の耳に届いた。前を向くと同じ神界に住む普賢真人が笑いかけている。
同じ界隈に居るとは言え、頻繁に会う関係を持つ者は少ない。この二人も同様な間柄だ。仙界に居たときもそこまで親しかったわけでもない。
「普賢さん。……そんなぼーっとしてた?」
「うん。まるで雪が降るのを待つ子どもみたいだった」
「こどもって…」
いつだったか雪が降るのをずっと眺めていた子どもがいた。はしゃいでいた癖に夜になって寒くて眠れないと言ってきたのだ。それが懐かしいと天化は笑みを浮かべる。
「元始天尊様から人間界に行く命が出たんだって?」
「…情報早すぎさ」
今しがた命を受けたばかりだというのに。もしかすると事前に普賢を含めた数人には話が伝わっているのかもしれない。そう考えた天化はそれを前提に話を進めた。
「今回は日本って言ってたさ」
「乗り気じゃないとか?」
「まさか。そーゆうんじゃないさね」
人間界に行くことが懸念材料になっている訳ではない。そうだとわかると、じゃあどうしてかと普賢は更に尋ねる。これをはぐらかすのも骨が折れそうだと観念した天化は煙草の煙をふぃーっと吐き出した。
「最近、昔の夢をよく見るんさ」
「……あの頃の?」
この普賢真人という人物はつくづく不思議だと天化は思っていた。何も語らずとも相手の考えていることが分かるのか、それとも自分の顔に分かりやすく出てしまっているのか。どちらなのかは知る由もないが、隠し事は全て見通されてしまいそうになる。
「そっか……僕らが此処に居るようになってからもうだいぶ経つんだね。あの頃はこんな風になるなんて思ってもいなかったよ」
「俺っちは未だに慣れねえさ。やってることあんま変わってねーし」
「道徳も相変わらずだもんね。よくよく考えてみたら行動パターンが変わった人の方が珍しいかも」
悠久の時を生きる神々や仙道にとって時間の概念は薄い。何百年、何千年前の事もついこの間のように錯覚を起こしてしまう。
からからと笑ってみせる天化だが、その表情に曇りが見えたのを普賢は見逃さなかった。あの人の事を思い出しているのだと、それが自分にとっても胸が締め付けられるようになる。
「……あの子は今どこにいるんだろうね」
かつて崑崙山のある仙人が二人の弟子を迎えていた。十二仙の一人、清虚道徳真君。その弟子の一人はこの黄天化。そして、彼の妹弟子にあたる者が一人。普賢自体は直接の面識はなかった。ただ、噂をよく耳にしていたものだ。道徳の元に仲の良い兄妹弟子がいると。仙界大戦が勃発するより前に生涯に幕を下ろした。全て人伝で聞いていた。どんな人柄なのかは想像するに容易いものだった。慈悲の道士という二つ名が相応しい仙道であると。
「彼女の魂魄は封神台に飛ばなかった。人間界で何度も転生しているのかもしれないね」
「そうかもな。けど、一度もそれらしいのに逢った事ねえんさ」
人間界へ降りる度に天化は妹弟子の面影を探していた。しかし世界は広いと思い知らされる。また巡り合える確率は零に等しいとわかっていても探さずにはいられなかった。ただもう一度だけ元気に過ごしている姿を見られればいい。例え自分の事を忘れていたとしてもだ。
「……俺っちが封神された時、もしかしたらあいつも居るかもって思った。封神台の中を探し回った。親父やお袋には逢えたけど、あいつは……やっぱり霧華はいなかったんさ。神界で暮らすようになってからも、色んなところ探した。……もう、逢えねえのかもしんねえな」
手がかりも何も収穫がないまま三千年以上の時が流れた。今でも変わらない想いを抱いている。あの時のまま、何も変わらない感情。それだけに天化にとって彼女は大きな存在だった。
ふと、普賢が天化を優しい声で呼びかける。
「夢っていうのは意味があることも多いんだ。大概は現実でごちゃごちゃした頭の中を整理する為だと言われているけど、他にもある。これから起こりうる出来事の予知、或いは夢の中に出てきた人が何かを報せている、とかね。僕が思うには霧華ちゃんが何かを伝えようとしているのかもしれない」
「何か、ね……直接言ってくんねえと。わかんねえさ」
原始天尊の千里眼を使えば容易く見つけることが出来るだろう。だが、この男もまたそれを良しとはしないようだ。数日前にふらりとやってきた親友を思い、普賢は僅かに口元を綻ばせた。
「望ちゃんは諦めていないみたいだよ。どこかに霧華ちゃんが居るって信じてる。…でもね、一番に霧華ちゃんの事を想っているのは天化くんだと僕は思うんだ」
「そりゃ、大事な妹弟子だったからさ」
「それ以上に、でしょ?」
だいぶ短くなった煙草を咥えなおした天化は目を瞬かせた。バツが悪そうに後頭部を掻き、溜息を吐き出す。菩薩のように穏やかな笑みを携えた神様には誤魔化しは一切効かない。
「……あーたには敵わないさ」
「大丈夫。きっと見つかるよ」
「不思議なもんだな。…普賢さんが言うと本当になりそうさ」
歴史の道標を失い、仙道が人間界との関与を断ってから三千年以上の歳月が流れた。たかだか数百頁の歴史書では語り尽くせない転換の時代。その一連の流れを見据えてきたのは仙道と神のみ。
大概の者は仙界及び神界に身を寄せているが、例外も居る。かつてこの星の危機を救った始まりの人である伏義は相も変わらずフラフラと宛のない旅をしているらしい。時折神界や仙界に顔を出すようなこともあるらしいが、ごく親しい者の前にしか姿を現さないとも聞いていた。
元始天尊に呼ばれ、久しぶりの人間界に降りる命を受けた天化は帰り道で愛用の煙草に火を点けた。人間界に降りるのは構わないが、どうも気が晴れずにいた。
薄暗い空を仰ぎ見る。何となくそれが自分の心を映しているように思えた。咥えた煙草の先から細い煙が立ち上って消えていく。
「ぼんやりしてるね」
それとも、空から何か降ってくるのかなと穏やかな声が天化の耳に届いた。前を向くと同じ神界に住む普賢真人が笑いかけている。
同じ界隈に居るとは言え、頻繁に会う関係を持つ者は少ない。この二人も同様な間柄だ。仙界に居たときもそこまで親しかったわけでもない。
「普賢さん。……そんなぼーっとしてた?」
「うん。まるで雪が降るのを待つ子どもみたいだった」
「こどもって…」
いつだったか雪が降るのをずっと眺めていた子どもがいた。はしゃいでいた癖に夜になって寒くて眠れないと言ってきたのだ。それが懐かしいと天化は笑みを浮かべる。
「元始天尊様から人間界に行く命が出たんだって?」
「…情報早すぎさ」
今しがた命を受けたばかりだというのに。もしかすると事前に普賢を含めた数人には話が伝わっているのかもしれない。そう考えた天化はそれを前提に話を進めた。
「今回は日本って言ってたさ」
「乗り気じゃないとか?」
「まさか。そーゆうんじゃないさね」
人間界に行くことが懸念材料になっている訳ではない。そうだとわかると、じゃあどうしてかと普賢は更に尋ねる。これをはぐらかすのも骨が折れそうだと観念した天化は煙草の煙をふぃーっと吐き出した。
「最近、昔の夢をよく見るんさ」
「……あの頃の?」
この普賢真人という人物はつくづく不思議だと天化は思っていた。何も語らずとも相手の考えていることが分かるのか、それとも自分の顔に分かりやすく出てしまっているのか。どちらなのかは知る由もないが、隠し事は全て見通されてしまいそうになる。
「そっか……僕らが此処に居るようになってからもうだいぶ経つんだね。あの頃はこんな風になるなんて思ってもいなかったよ」
「俺っちは未だに慣れねえさ。やってることあんま変わってねーし」
「道徳も相変わらずだもんね。よくよく考えてみたら行動パターンが変わった人の方が珍しいかも」
悠久の時を生きる神々や仙道にとって時間の概念は薄い。何百年、何千年前の事もついこの間のように錯覚を起こしてしまう。
からからと笑ってみせる天化だが、その表情に曇りが見えたのを普賢は見逃さなかった。あの人の事を思い出しているのだと、それが自分にとっても胸が締め付けられるようになる。
「……あの子は今どこにいるんだろうね」
かつて崑崙山のある仙人が二人の弟子を迎えていた。十二仙の一人、清虚道徳真君。その弟子の一人はこの黄天化。そして、彼の妹弟子にあたる者が一人。普賢自体は直接の面識はなかった。ただ、噂をよく耳にしていたものだ。道徳の元に仲の良い兄妹弟子がいると。仙界大戦が勃発するより前に生涯に幕を下ろした。全て人伝で聞いていた。どんな人柄なのかは想像するに容易いものだった。慈悲の道士という二つ名が相応しい仙道であると。
「彼女の魂魄は封神台に飛ばなかった。人間界で何度も転生しているのかもしれないね」
「そうかもな。けど、一度もそれらしいのに逢った事ねえんさ」
人間界へ降りる度に天化は妹弟子の面影を探していた。しかし世界は広いと思い知らされる。また巡り合える確率は零に等しいとわかっていても探さずにはいられなかった。ただもう一度だけ元気に過ごしている姿を見られればいい。例え自分の事を忘れていたとしてもだ。
「……俺っちが封神された時、もしかしたらあいつも居るかもって思った。封神台の中を探し回った。親父やお袋には逢えたけど、あいつは……やっぱり霧華はいなかったんさ。神界で暮らすようになってからも、色んなところ探した。……もう、逢えねえのかもしんねえな」
手がかりも何も収穫がないまま三千年以上の時が流れた。今でも変わらない想いを抱いている。あの時のまま、何も変わらない感情。それだけに天化にとって彼女は大きな存在だった。
ふと、普賢が天化を優しい声で呼びかける。
「夢っていうのは意味があることも多いんだ。大概は現実でごちゃごちゃした頭の中を整理する為だと言われているけど、他にもある。これから起こりうる出来事の予知、或いは夢の中に出てきた人が何かを報せている、とかね。僕が思うには霧華ちゃんが何かを伝えようとしているのかもしれない」
「何か、ね……直接言ってくんねえと。わかんねえさ」
原始天尊の千里眼を使えば容易く見つけることが出来るだろう。だが、この男もまたそれを良しとはしないようだ。数日前にふらりとやってきた親友を思い、普賢は僅かに口元を綻ばせた。
「望ちゃんは諦めていないみたいだよ。どこかに霧華ちゃんが居るって信じてる。…でもね、一番に霧華ちゃんの事を想っているのは天化くんだと僕は思うんだ」
「そりゃ、大事な妹弟子だったからさ」
「それ以上に、でしょ?」
だいぶ短くなった煙草を咥えなおした天化は目を瞬かせた。バツが悪そうに後頭部を掻き、溜息を吐き出す。菩薩のように穏やかな笑みを携えた神様には誤魔化しは一切効かない。
「……あーたには敵わないさ」
「大丈夫。きっと見つかるよ」
「不思議なもんだな。…普賢さんが言うと本当になりそうさ」