封神演義(WJ)
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雪が降った日
「師父!外、外見てください!」
窓枠にしがみついた少女が朗らかな声を上げた。その弟子に呼ばれた道徳は「何か見えたのかい?」と近くに寄る。同じように空を見上げ、一体何に対してはしゃいでいたのかと思えばすぐにその理由を知る事ができた。
薄曇りの空からひらひらと舞い落ちてくる白い結晶。それと同じように弟子である霧華の目が輝いていた。
「仙人界でも雪が降るんですね。積もるかなあ」
「この調子で降り続ければ朝には一面真っ白になっているかもしれないな」
「ほんとうですか!」
辺り一面が雪景色となり、反射する太陽の光に目を細める。美しい雪原の光景を思い浮かべた霧華は今から楽しみで仕方がないとご機嫌な風を吹かせていた。
雪が降りだして間もない頃、天化が寒そうに手足を萎縮させながら自主トレーニングから戻ってきた。吐き出す息は白く曇り、あっという間に消える。
「さぶっ……雪降ってきたさ」
「お帰り天化!明日は雪が積もったら雪合戦をやるぞー!君たち二人のコンビネーションを俺に見せてくれ!」
寒空の中、帰って早々に師父に明日の予定を告げられ、天化はひくりと顔を引きつらせた。雨が降ろうが雪が降ろうが、例え槍が降ろうともこの師父は何かにつけて修行だと言ってくるのだろう。しかし、時に破天荒な師父に付き合わされて早数年。いい加減慣れてきたもので、抗議してもどうにもならないことを知っている。大人しく受け入れるしか他ないのだ。だが、いつだったか雪合戦をして惨敗したことがある。そのリベンジをする機会が巡ってきたと天化の闘争心を煽るには丁度良いものであった。今回は妹弟子もいる。ここは兄弟子として格好悪い所を見せられない。天化はやってやるさと拳をぐっと握り締めた。
それに引き換え、霧華は随分と楽しみにしているようだった。「早く明日にならないかなあ」と窓の外をじっと眺めている。仙人界で数年が経ち、成長したとは言えまだまだ子どもだと微笑ましい視線を天化は送っていた。
その日の夜。気温が急激に下がり、室内でも息が白く曇るようになった。窓の外はしんしんと雪が降り積もっている。道徳の言った通りに朝になれば一面雪景色になっているだろう。
滅多に雪なんてものは降らないので、此処には暖を得られる物は備え付けられていない。よって、寒さから身を守るには毛布に包まって眠ってしまうに限る。あまりの寒さにすぐには寝付けないと思ってはいたが、意外にも眠りに落ちていくのは早かった。
心地良い睡魔に身を委ねる中、不意にドアを叩く音が聞こえて目を開ける。首だけを自室のドアへ向け、気のせいかと思いかけたところに「天兄、まだ起きてる?」と霧華の声が聞こえてきた。
寝台から床へ下ろした素足は氷のような感触だった。痺れるような冷たさを耐えながら足早にドアを開けに行く。しかし、その先には誰もいない。ふと、視界の下方に映るものがあったので、ゆっくりと下を向くと毛布の塊があった。よく見ると毛布を頭からすっぽり被った霧華が顔だけを出して床にうずくまっていた。
「霧華、どうしたんさ」
「天兄……さむい。さむくてねむれない」
視線を合わせる為にしゃがんだ天化にそう訴えてくる。さながら寒さに凍える野良猫のようにも思えた。昼間の高揚した気分とは全く逆で、すっかり沈んだ表情だった。
しかし、弟子達がこう凍えているというのに師父は何をしているのか。天化がそうぼやくと霧華から答えが返ってくる。
「……コーチなら、あったまるには走るのが一番だとか言って」
「この雪ん中走りに行ったんか」
鼻の頭を真っ赤にしながらも爽やかな笑顔で走る師父の姿が浮かぶ。もはや尊敬の意よりもタダ者じゃないという言葉しか浮かんでこない。
「あの人は風邪とか引いたことないんかね……霧華?」
「……ねむくなってきた」
ぼんやりと虚ろな目で、焦点が定まっていない。普通でない様子に天化が心配そうに声をかけると、眠いと返ってくる。その頬に触れるとそこに熱なんてものはなく、すっかり冷え切っていた。これには天化の中に僅かに残っていた眠気が吹っ飛んでいった。
「寝ちゃダメさ!こんな所で寝たら凍死しちまう!」
極寒の地で意識を手放せば高確率で帰らぬ人となる。自分がまさにそうなろうとは夢にも思っていないようで、天化の掌に頬を摺り寄せて「天兄の手あったかい」と夢心地に呟いた。
これは一刻の猶予もならない。一早く判断を下した天化は包まった毛布ごと霧華を抱き上げて自分の寝台へ寝かせる。そして二枚重ねた毛布を肩まで引っ張りあげ、冷え切った霧華の体を抱き寄せた。全身が冷たく、手足の感覚まで凍り付いたのではないかと危ぶむ。だが、温もりを求めた腕がしがみついてきたのでその心配はなさそうだ。「あったかい」と呟く声がする。少しでも早く温まるようにと天化は背中をさすってやる。
「…天兄はさむくないの?」
「そりゃ寒いって。寒さ感じてないのは師父ぐらいさね」
「天兄も、ソデのある服着た方がいーよ。見てるだけでさむいもん」
「ん…明日はちゃんと温かい恰好するさ」
天化の腕の中でもぞもぞと霧華が身をよじらせる。やがて、収まりが良い場所を見つけたのか、背中を丸めて額を押し付けてくる。本当に子猫のようだと思い、それならば自分は親猫かと苦笑いを一つ。
「人はどうして冬眠しないのかな」
「さあてね。霧華は冬眠したいんか」
「んー……良い夢を見られるなら。でも、その間ずーっと天兄や師父に会えないのは寂しいからやっぱり嫌」
「霧華は寂しんぼだかんな。俺っちも霧華と話せないのはイヤさ」
そっちこそ寂しがり屋じゃないかと思う霧華だが、安心できる心地良い温かさにうとうとしていた。深く息を吸い込んだ中に煙草の匂いが僅かに香る。
「最近タバコ吸ってるよね。おいしいの?」
「慣れたら、な。……自分じゃわかんねえけど、周りは煙たいかもな」
「私は嫌いじゃないよ。天兄の匂いだってわかるから。だから、すき」
尻すぼみになった声は眠そうにしていた。それを境に聞こえてくるのは規則的な寝息。このまま冬眠してしまうことは無いだろうが、明日の朝に元気な顔を見せてくれるように。そう願いながら天化も目を閉じた。
「師父!外、外見てください!」
窓枠にしがみついた少女が朗らかな声を上げた。その弟子に呼ばれた道徳は「何か見えたのかい?」と近くに寄る。同じように空を見上げ、一体何に対してはしゃいでいたのかと思えばすぐにその理由を知る事ができた。
薄曇りの空からひらひらと舞い落ちてくる白い結晶。それと同じように弟子である霧華の目が輝いていた。
「仙人界でも雪が降るんですね。積もるかなあ」
「この調子で降り続ければ朝には一面真っ白になっているかもしれないな」
「ほんとうですか!」
辺り一面が雪景色となり、反射する太陽の光に目を細める。美しい雪原の光景を思い浮かべた霧華は今から楽しみで仕方がないとご機嫌な風を吹かせていた。
雪が降りだして間もない頃、天化が寒そうに手足を萎縮させながら自主トレーニングから戻ってきた。吐き出す息は白く曇り、あっという間に消える。
「さぶっ……雪降ってきたさ」
「お帰り天化!明日は雪が積もったら雪合戦をやるぞー!君たち二人のコンビネーションを俺に見せてくれ!」
寒空の中、帰って早々に師父に明日の予定を告げられ、天化はひくりと顔を引きつらせた。雨が降ろうが雪が降ろうが、例え槍が降ろうともこの師父は何かにつけて修行だと言ってくるのだろう。しかし、時に破天荒な師父に付き合わされて早数年。いい加減慣れてきたもので、抗議してもどうにもならないことを知っている。大人しく受け入れるしか他ないのだ。だが、いつだったか雪合戦をして惨敗したことがある。そのリベンジをする機会が巡ってきたと天化の闘争心を煽るには丁度良いものであった。今回は妹弟子もいる。ここは兄弟子として格好悪い所を見せられない。天化はやってやるさと拳をぐっと握り締めた。
それに引き換え、霧華は随分と楽しみにしているようだった。「早く明日にならないかなあ」と窓の外をじっと眺めている。仙人界で数年が経ち、成長したとは言えまだまだ子どもだと微笑ましい視線を天化は送っていた。
その日の夜。気温が急激に下がり、室内でも息が白く曇るようになった。窓の外はしんしんと雪が降り積もっている。道徳の言った通りに朝になれば一面雪景色になっているだろう。
滅多に雪なんてものは降らないので、此処には暖を得られる物は備え付けられていない。よって、寒さから身を守るには毛布に包まって眠ってしまうに限る。あまりの寒さにすぐには寝付けないと思ってはいたが、意外にも眠りに落ちていくのは早かった。
心地良い睡魔に身を委ねる中、不意にドアを叩く音が聞こえて目を開ける。首だけを自室のドアへ向け、気のせいかと思いかけたところに「天兄、まだ起きてる?」と霧華の声が聞こえてきた。
寝台から床へ下ろした素足は氷のような感触だった。痺れるような冷たさを耐えながら足早にドアを開けに行く。しかし、その先には誰もいない。ふと、視界の下方に映るものがあったので、ゆっくりと下を向くと毛布の塊があった。よく見ると毛布を頭からすっぽり被った霧華が顔だけを出して床にうずくまっていた。
「霧華、どうしたんさ」
「天兄……さむい。さむくてねむれない」
視線を合わせる為にしゃがんだ天化にそう訴えてくる。さながら寒さに凍える野良猫のようにも思えた。昼間の高揚した気分とは全く逆で、すっかり沈んだ表情だった。
しかし、弟子達がこう凍えているというのに師父は何をしているのか。天化がそうぼやくと霧華から答えが返ってくる。
「……コーチなら、あったまるには走るのが一番だとか言って」
「この雪ん中走りに行ったんか」
鼻の頭を真っ赤にしながらも爽やかな笑顔で走る師父の姿が浮かぶ。もはや尊敬の意よりもタダ者じゃないという言葉しか浮かんでこない。
「あの人は風邪とか引いたことないんかね……霧華?」
「……ねむくなってきた」
ぼんやりと虚ろな目で、焦点が定まっていない。普通でない様子に天化が心配そうに声をかけると、眠いと返ってくる。その頬に触れるとそこに熱なんてものはなく、すっかり冷え切っていた。これには天化の中に僅かに残っていた眠気が吹っ飛んでいった。
「寝ちゃダメさ!こんな所で寝たら凍死しちまう!」
極寒の地で意識を手放せば高確率で帰らぬ人となる。自分がまさにそうなろうとは夢にも思っていないようで、天化の掌に頬を摺り寄せて「天兄の手あったかい」と夢心地に呟いた。
これは一刻の猶予もならない。一早く判断を下した天化は包まった毛布ごと霧華を抱き上げて自分の寝台へ寝かせる。そして二枚重ねた毛布を肩まで引っ張りあげ、冷え切った霧華の体を抱き寄せた。全身が冷たく、手足の感覚まで凍り付いたのではないかと危ぶむ。だが、温もりを求めた腕がしがみついてきたのでその心配はなさそうだ。「あったかい」と呟く声がする。少しでも早く温まるようにと天化は背中をさすってやる。
「…天兄はさむくないの?」
「そりゃ寒いって。寒さ感じてないのは師父ぐらいさね」
「天兄も、ソデのある服着た方がいーよ。見てるだけでさむいもん」
「ん…明日はちゃんと温かい恰好するさ」
天化の腕の中でもぞもぞと霧華が身をよじらせる。やがて、収まりが良い場所を見つけたのか、背中を丸めて額を押し付けてくる。本当に子猫のようだと思い、それならば自分は親猫かと苦笑いを一つ。
「人はどうして冬眠しないのかな」
「さあてね。霧華は冬眠したいんか」
「んー……良い夢を見られるなら。でも、その間ずーっと天兄や師父に会えないのは寂しいからやっぱり嫌」
「霧華は寂しんぼだかんな。俺っちも霧華と話せないのはイヤさ」
そっちこそ寂しがり屋じゃないかと思う霧華だが、安心できる心地良い温かさにうとうとしていた。深く息を吸い込んだ中に煙草の匂いが僅かに香る。
「最近タバコ吸ってるよね。おいしいの?」
「慣れたら、な。……自分じゃわかんねえけど、周りは煙たいかもな」
「私は嫌いじゃないよ。天兄の匂いだってわかるから。だから、すき」
尻すぼみになった声は眠そうにしていた。それを境に聞こえてくるのは規則的な寝息。このまま冬眠してしまうことは無いだろうが、明日の朝に元気な顔を見せてくれるように。そう願いながら天化も目を閉じた。