鬼灯の冷徹

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三徹目


 昼休みの鐘が鳴った。鐘というよりは学校や会社のベルに近い。
 私が凝り固まった体をうんと伸ばしている間に他の鬼達があっという間に部屋を出て行ってしまった。
 休み時間になると行動が早いのはどうやらここも一緒のようだ。
 さっきまでの妙な緊張感はすっかり消えて、今は一人ぽつんと残されてちょっと寂しい。
 鬼灯さんに待っていろと言われたからには、勝手な行動は慎んだほうが良い。
 
葉月さん。お待たせしました」 
 
 戸が開いたことに気がつかなかった。
 部屋に現れた鬼灯さんについ驚いてしまった。
 この静けさで物音がすれば気がつくのに。
 鬼灯さんは片手に金棒、もう片方の手に笹の包みを二つ抱えていた。

「すみません。どっかのバカがしつこく引き止めるものですから時間をくってしまいました」

 無表情で愛想がない、淡々とした喋り方。
 抑揚もあまりないせいか、何を言われても本気に捉えてしまいそう。
 この場合、その相手に何かしら制裁を加えていそうだった。

「そ、そうでしたか」
「お昼ご飯を食べに行きますよ。ここで飲食は御法度ですから。どこか景色の良い場所に行きましょう」

 そうして連れられて来たのは朱塗りの廊下。その先を進むと広い庭が見えてきた。
 びちびち。ざわざわ。と、魚が跳ねるような草木が擦れあう音のような擬音が聞こえる。
 庭にはたくさんの金魚がいた。ただの金魚じゃない、足というか茎が生えている。

「金魚、草?」
「おや、ご存知ですか」
「私の知ってる金魚草とだいぶ違います」
「現世にはない植物。いえ、動植物?ですからね。最初は小さかったんですが、品種改良していくうちにここまで大きくなりました」
「なんというか、金魚が空を泳いでるみたいで不思議な風景です」
「気に入って頂けて嬉しいですね」

 今のは決して誉めたとかお世辞を言ったわけじゃない。
 心の底から摩訶不思議だと叫びたいぐらいの気持ちがある。
 でもそれは失礼かと思って、自分の気持ちを半分に抑えて言葉にしてみた。
 
 鬼灯さんが「ここで食べましょう」と庭へ続く階段に腰を下ろした。
 とりあえず隣に腰を下ろしてみたものの、金魚達がこっちを見ている気がしてならない。
 風が吹くとゆらゆらと楽しげに揺れていた。

「どうぞ。お昼ご飯です」
「ありがとうございます」

 渡された笹の包み。この中にお昼が入っているらしい。
 包みの形からしておにぎりかな。それにしても、この包み方どこか見覚えがある。
 中からどんぐりや木の実が出てきそうな、そんな雰囲気。

「現世の者があの世の食べ物を口にすると帰れなくなりますから。現世の食べ物を用意してきました」
「あ……すみません、気を使って頂いて」
「お気になさらず」

 仏頂面でも意外と喋るし、気遣いのある人だ。
 人を見かけで判断してはいけないというのはまさにこのこと。
 実際見た目だけじゃわからない性格ってあるもの。

 包みの紐を解いて、笹の葉をめくる。
 海苔が巻かれた三角おにぎりが二つ現れた。

「貴女が元気になるようにと、まじないをかけてあります」

 もしかしなくても、この人はマニアだろうか。
 包み方といい、この台詞の言い回しといい。
 ただ、真顔で言われるとどう返していいか私にはわからない。
 乾いた笑みを浮かべて「どうも」としか言えなかった。
 おにぎりを持ちながら鬼灯さんがこちらをじっと見てくる。
 どうすれば良いのだろう。泣きながらおにぎりにかぶりつけばいいんだろうか。

「貴女が迷い込んできたおかげで助かりました。ありがとうございます」
「……いや、こちらこそ。放り出されるのではとちょっと心配だったので」
「放り出す?そんなことする訳がないでしょう。現世の人間に右も左もわからない地獄をうろうろされては困りますから」
「地獄、ですか」
「まだ夢だと思っているんですか」

 それはそうだ。自分が地獄にいるなんて、夢であっても信じたくない。
 文机に向かってひたすら筆を走らせている時でさえ、早く目が覚めて欲しいと願っていた。
 残念なことに、今現在までずっと続いているけれど。
 
「顔にそう書いてありますね。先程も言いましたが、此処は夢でも空想世界でもありません」
「……そう、なんですね。じゃあ、何故私はここにいるんでしょう」

 そんなこと知りません。てっきりそう返されると思っていた。
 でもそれは違った。鬼灯さんは真剣にこの問題に取り組んでくれているようで、食べる手を止めて考えに耽っている。
 問題とは「私が何故、地獄にいるのか」当人も全く状況が把握できていないわけのわからない状態だ。
 それにも関わらず、問題を解決してくれようとしている。

「これはあくまで仮説ですが、よくある話の一つです。貴女は現世で今死にかけているのでは?」

 言葉にならないとはまさにこのこと。
 生きているつもりの自分が「あなた死んでるよ」と指摘されて、混乱しない人はいない。
 記憶の糸を手繰り寄せてみるも、死の崖っぷちに立たされるような事態はなかったはず。
 普通に仕事して、帰ってきて、ご飯を食べてお風呂に入り、TVを見てからいつもの時間にベッドに入った。

「臨死体験で地獄へ来る方は少なからず居ます。……まあ、あくまで私の推測です。貴女自身がこれを夢だと言うなら、夢なんでしょう」

 結局は自分で考えろ、という結論に至った。
 私が「これは夢だ」と強く念じればその通りになるのか。いや、違う。
 いくら念じても一行に目が覚めないもの。でも、鬼灯さんの仮説を素直に受け止めたくない。
 たとえ、それが真実だったとしてもだ。

「だとしたら、今私の目に映っているものはなんなんでしょうね」

 金魚草畑をぼうっと見ながら鬼灯さんが呟いた。
 肘を膝について、頬杖をつく。横顔からだと、睫毛が長いのがよくわかる。

「私が夢を見ているという可能性も否定はできません。こういうのなんでしたっけ、白昼夢?なにせ、今日で徹夜三日目なので」
「三徹!?」
「はい。アホの獄卒が怨霊を逃がしたり、バカな大王がしょっちゅう仕事を放りだしたりしているせいで」
「いや、それ寝た方がいいですよ。私のお昼に付き合ってないで仮眠とってください」
「それはできません。一度寝ると朝まで爆睡型なんですよ私は」

 それはうかつに寝てしまうと、次の朝まで目が覚めないっていう。
 厄介な睡眠型。知り合いにもそういう人がいた。
 しかも寝起きがこれまた最悪で、無理に起こすと痛い仕打ちをされる。
 
 鬼灯さんの顔をよく見ると、目の下にうっすらとクマがあった。
 不機嫌面が常だと思っていたけど、これのせいで三割り増しなんだろうな。
 私も徹夜経験があるからよくわかる。表情筋なんて気にしていられないぐらい、眠い。

「今日は流石に寝ますけど。その為に貴女を採用したんですから。危うく書類整理まで私の仕事になるところでした。ありがとうございます」
「い、いえ。お役に立てたようで何よりです。定時で上がれるといいですね」
「あのバカを椅子に縛り付けるので大丈夫ですよ。四日目はきつい」

 昼休憩に食べたおにぎりの味は覚えていなかった。
 塩味が利いていたけど、中身に何が入っていたのかは思い出せない。
 鮭だったような、梅干だったような。
 金魚草畑がざわざわとざわめいていたのが、何となく声に聞こえたのも定かじゃない。

 お昼を食べ終えた後、記録課まで送ってもらった。
 鬼灯さんは歩きながら寝ているんじゃないかと思うほど、目が線になっていた。
 記録課の前で「終業後にまた迎えに来ます」とだけ言って去っていく。
 鬼灯さんが帰ってから気づいたのだけど、足元に金魚のストラップが落ちていた。
 きっと落としたことに気づかないぐらい眠かったんだろう。
 あとで返そう。それを拾った私はカーディガンのポケットに入れておいた。

 続々と記録課に戻ってくる職員達。
 私も自分の文机に座り、硯に墨を足した。


 *

 終業のベルが鳴った。
 今日のノルマ、と勝手に決めていた分を無事に終えることができた。
 やっと終わった、と伸びをした時だった。

 ぐらり。嫌な眩暈を感じた。
 身体が後ろに引っ張られるような、意識が宙に浮く感覚。
 疲れが出たんだろう。そう、思いながら私はゆっくりと立ち上がった。

「失礼します。お疲れ様です、葉鶏頭さん」
「お疲れ様です、鬼灯様。今日は本当にありがとうございました。彼女のおかげで大助かりでしたよ」
「そうですか。……ところで、その葉月さんはどちらに?」
「あの席に……あれ、いない。さっきまでいたんですが」

 葉鶏頭が示した席には誰もいなかった。
 鬼や亡者と違って目立つ現世の格好だ。だが、室内を見渡しても彼女の姿はなかった。
 勝手に部屋を出て行った、とは考えにくい。
 鬼灯は彼女が居たであろう机に近づき、不恰好に巻いてある巻物を手に取った。

「……どうやら無事に目を覚ましたようですね」
「ああ、臨死状態からですか。さすが日本人、仕事をきっちり終わらせてから帰るとは賞賛に値する」

 不意に視界が揺らいだ鬼灯はぽつりと呟いた。
 
「それとも」
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