封神演義(WJ)
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嫉妬
藍色の染料を薄く流したような透き通る空。所々に白雲が細くたなびいている。外で過ごすには恵まれた天候で、天化の鍛練に身が入っていた。
基礎体力を大切とするのはスポーツも戦士も同じという師父の教え。人間界に居る間も怠ることなく実行している。日々の基礎トレは欠かさず、それに加えて剣術と体術の型を確認する。と、周の軍師に話した所、よくそれだけの体力があるものだとげんなりされたそうだ。これでも師父の無茶ぶりがないので減った方だと天化は付け加えた。
木刀を振るっていた手を止め、汗を拭う。そろそろ一息入れようと中庭に続いている回廊へ上がろうとした。板張りの床に片足を踏み出したが、聞こえてきた声に動作を止める。声の方に顔を向けると、仲間の姿が見えた。遠目でもわかる女性は妹弟子の霧華だ。その隣を歩く師叔。話が盛り上がっているのか、嬉しそうに頬を緩めていた。それを目にした途端、天化は胸がぐっと締め付けられるような苦しさを覚える。
早く通り過ぎて行ってしまえ。そう念じたのが通じたようで、二人は天化に気付くことなく見えなくなった。
無意識に止めていた息を静かに吐き出した。重い溜息だった。きっと己の顔は歪んでいるに違いない。
霧華は兄弟子にあたる天化を兄同然に慕っている。それは西岐城に居る殆どの者が知っていた。
崑崙の道士、太公望を尊敬の対象として慕っている。軍師である太公望も霧華の才能を買っていた。互いの意見を交わしている場面も良く見かけるようになった。好意とは転じて意味合いが変わるもの。そうなった時、若しくは既にそうだとしたら。
天化は考えるのを止め、二度頭を横へ振った。
井戸水を汲むために引き上げていた釣瓶から手を放した。滑車がカラカラと音を立て、井戸の底で水音を立てる。汲み桶の水を天化は頭から一気に被った。刺すような冷たさが全身に駆け巡る。頭に上った血もこれで落ち着くだろう。
黒い髪の毛先かぽたぽたと雫が落ちる。額当てを取り去り、顔にかかる前髪を掻き上げた。水を含んだ額当てを絞ってから石垣で囲った井戸の縁に腰を下ろした。
相も変わらず空の青さ。徐々に傾き始めた陽を眩しそうに目を細めていたが、近づいてきた気配に注意を向けた。茂みから見えた金色に「どーした天翔?」と声をかける。どうやらこっそり近づいて脅かそうとでも考えていたのか、茂みが困惑したように揺れた。そこからひょっこりと顔を出した天翔が目を丸くしていた。
「どーして僕だってわかったの」
「もちっと上手く隠れねえとダメさ」
悪戯を失敗した天翔は小さな唇を尖らせていた。だがすぐに表情をコロッと変えて天化の隣に腰掛ける。「あんまり近づくと濡れちまう」と言っても聞かずにいる。足をぶらぶらとさせながら天翔は兄の顔を見上げた。
「ねえ、天化兄ちゃんはたいこーぼーが嫌いなの?」
「……なんでそう思うんさ?」
「だって霧華お姉ちゃんとたいこーぼーが楽しそうに話してる時、天化兄ちゃんの顔コワイんだもん」
幼いながらも観察眼が鋭い。この的確な返しにぐうの音も出なかった。肯定しても良いものか、やんわりと否定するべきか。天化が悩んでいるうちに天翔は自己完結してしまったのか「僕がたいこーぼーに言ってくるよ。あんまり霧華お姉ちゃんと仲良くしないでって」と言い出した。井戸からぴょいと降りた天翔の襟首を慌てて引っ掴み、「ちょい待ち」と宥める。どうして引き留めるのと言った顔で天翔は振り向く。
「なんで?だって天化兄ちゃんヤキモチやいてるんでしょ」
「そ、それは」
「僕だって兄さま達を誰かにとられたら悲しいよ。霧華お姉ちゃんをとられたら天化兄ちゃんだって悲しいんでしょ?」
天化が霧華を妹同然に可愛がっているのを天翔も当然知っていた。だからこそ他の誰かに盗られてしまうのではないかと危惧している。別の意味合いでそう捉えている感情の名前をまだ知らないようだ。
しかし強ちそれも嘘ではないのだ。自分以外の誰かに信頼を寄せることにも妬いていた。
天化は己の考えに自嘲する。どちらにせよ独占欲が剥きだしだ。
「そうさね。……あいつの一番が俺っちじゃなくなったら、寂しいさ」
その答えをよほど切実なものだと捉えたのか天翔の顔が歪んだ。聞かない方が良かったかもしれないと後悔の念すら浮かんでくる。頭をぶんぶんと横に振り、力強く天化に訴えかけた。
「大丈夫だよ!だって、霧華お姉ちゃんが前に言ってたんだ。天化兄ちゃんは強いし、優しくて頼りになってカッコイイって。僕のこと羨ましがってた。それに、天化兄ちゃんの話をする時はすごく嬉しそうだったよ」
矢継ぎ早にそう言われた天化は面を食らったかのように呆けた。妹弟子から慕われていることは十も承知だ。しかしだ。嬉しさに顔が緩んでしまう。さっと顔を赤らめた兄の異変に天翔が首を傾げる。
「天化兄ちゃん、顔赤いよ。風邪?」
「な、なんでもねえさ。…今日は天気がいーから暑いんさね」
この兄が恋をしていることに天翔が気づくのはもう少し先のこと。
藍色の染料を薄く流したような透き通る空。所々に白雲が細くたなびいている。外で過ごすには恵まれた天候で、天化の鍛練に身が入っていた。
基礎体力を大切とするのはスポーツも戦士も同じという師父の教え。人間界に居る間も怠ることなく実行している。日々の基礎トレは欠かさず、それに加えて剣術と体術の型を確認する。と、周の軍師に話した所、よくそれだけの体力があるものだとげんなりされたそうだ。これでも師父の無茶ぶりがないので減った方だと天化は付け加えた。
木刀を振るっていた手を止め、汗を拭う。そろそろ一息入れようと中庭に続いている回廊へ上がろうとした。板張りの床に片足を踏み出したが、聞こえてきた声に動作を止める。声の方に顔を向けると、仲間の姿が見えた。遠目でもわかる女性は妹弟子の霧華だ。その隣を歩く師叔。話が盛り上がっているのか、嬉しそうに頬を緩めていた。それを目にした途端、天化は胸がぐっと締め付けられるような苦しさを覚える。
早く通り過ぎて行ってしまえ。そう念じたのが通じたようで、二人は天化に気付くことなく見えなくなった。
無意識に止めていた息を静かに吐き出した。重い溜息だった。きっと己の顔は歪んでいるに違いない。
霧華は兄弟子にあたる天化を兄同然に慕っている。それは西岐城に居る殆どの者が知っていた。
崑崙の道士、太公望を尊敬の対象として慕っている。軍師である太公望も霧華の才能を買っていた。互いの意見を交わしている場面も良く見かけるようになった。好意とは転じて意味合いが変わるもの。そうなった時、若しくは既にそうだとしたら。
天化は考えるのを止め、二度頭を横へ振った。
井戸水を汲むために引き上げていた釣瓶から手を放した。滑車がカラカラと音を立て、井戸の底で水音を立てる。汲み桶の水を天化は頭から一気に被った。刺すような冷たさが全身に駆け巡る。頭に上った血もこれで落ち着くだろう。
黒い髪の毛先かぽたぽたと雫が落ちる。額当てを取り去り、顔にかかる前髪を掻き上げた。水を含んだ額当てを絞ってから石垣で囲った井戸の縁に腰を下ろした。
相も変わらず空の青さ。徐々に傾き始めた陽を眩しそうに目を細めていたが、近づいてきた気配に注意を向けた。茂みから見えた金色に「どーした天翔?」と声をかける。どうやらこっそり近づいて脅かそうとでも考えていたのか、茂みが困惑したように揺れた。そこからひょっこりと顔を出した天翔が目を丸くしていた。
「どーして僕だってわかったの」
「もちっと上手く隠れねえとダメさ」
悪戯を失敗した天翔は小さな唇を尖らせていた。だがすぐに表情をコロッと変えて天化の隣に腰掛ける。「あんまり近づくと濡れちまう」と言っても聞かずにいる。足をぶらぶらとさせながら天翔は兄の顔を見上げた。
「ねえ、天化兄ちゃんはたいこーぼーが嫌いなの?」
「……なんでそう思うんさ?」
「だって霧華お姉ちゃんとたいこーぼーが楽しそうに話してる時、天化兄ちゃんの顔コワイんだもん」
幼いながらも観察眼が鋭い。この的確な返しにぐうの音も出なかった。肯定しても良いものか、やんわりと否定するべきか。天化が悩んでいるうちに天翔は自己完結してしまったのか「僕がたいこーぼーに言ってくるよ。あんまり霧華お姉ちゃんと仲良くしないでって」と言い出した。井戸からぴょいと降りた天翔の襟首を慌てて引っ掴み、「ちょい待ち」と宥める。どうして引き留めるのと言った顔で天翔は振り向く。
「なんで?だって天化兄ちゃんヤキモチやいてるんでしょ」
「そ、それは」
「僕だって兄さま達を誰かにとられたら悲しいよ。霧華お姉ちゃんをとられたら天化兄ちゃんだって悲しいんでしょ?」
天化が霧華を妹同然に可愛がっているのを天翔も当然知っていた。だからこそ他の誰かに盗られてしまうのではないかと危惧している。別の意味合いでそう捉えている感情の名前をまだ知らないようだ。
しかし強ちそれも嘘ではないのだ。自分以外の誰かに信頼を寄せることにも妬いていた。
天化は己の考えに自嘲する。どちらにせよ独占欲が剥きだしだ。
「そうさね。……あいつの一番が俺っちじゃなくなったら、寂しいさ」
その答えをよほど切実なものだと捉えたのか天翔の顔が歪んだ。聞かない方が良かったかもしれないと後悔の念すら浮かんでくる。頭をぶんぶんと横に振り、力強く天化に訴えかけた。
「大丈夫だよ!だって、霧華お姉ちゃんが前に言ってたんだ。天化兄ちゃんは強いし、優しくて頼りになってカッコイイって。僕のこと羨ましがってた。それに、天化兄ちゃんの話をする時はすごく嬉しそうだったよ」
矢継ぎ早にそう言われた天化は面を食らったかのように呆けた。妹弟子から慕われていることは十も承知だ。しかしだ。嬉しさに顔が緩んでしまう。さっと顔を赤らめた兄の異変に天翔が首を傾げる。
「天化兄ちゃん、顔赤いよ。風邪?」
「な、なんでもねえさ。…今日は天気がいーから暑いんさね」
この兄が恋をしていることに天翔が気づくのはもう少し先のこと。