封神演義(WJ)
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束の間の幸福
定例会議を終えた黄飛虎は渡り廊下を歩いていた。長時間座りっぱなしだった為に固まりかけた肩と首を左右へ動かす。骨と関節の鳴る音が大きく響いた。
渡り廊下を半分程歩くと中庭の方を見上げる霧華を見つける。空を仰いでいるようで、飛虎が声をかけるまで気づかなかったようだ。
「霧華殿。鳥でもいなすったかい?」
「飛虎様」
飛虎が片手を上げた挨拶に対し、霧華は恭しく拱手をした。礼儀正しい娘だと話に聞いてはいたが、会う度にこうされては調子も狂う。全くうちの息子共とは正反対だと笑いを押し殺す。
顔を上げた霧華は再び上を見る。薄い水色の空が広がっていた。
「雨の匂いを感じました。降り出すかもしれません」
「そういや山の方で雲行きが怪しかったな。外で訓練してる奴らに声かけておくか」
「飛虎様は会議を終えられたところですか?」
「ま、そんなところだな」
飛虎が見上げた空には鳥一羽すら飛んでいない。さわさわと涼しい風が髪を揺らしていく。霧華の束ねられた黒髪が揺れ、それが最愛の妻を思い出させた。しかし霧華がこちらを向いたので、慌てて口を開く。
「あいつは、天化は迷惑かけてないかい」
「迷惑だなんて。私の方がご迷惑かけてばかりです。宝貝だってすぐに使いこなしていましたし。日に日に強くなっておられます。……私はあの大きな背中が、優しい天化兄様が大好きです」
自分の次男坊を褒めちぎられて気を悪くする親はいない。ただ、それがむず痒くなって首の辺りを掻いた。妹弟子から絶対的な信頼を寄せられている。それは霧華の態度を見ていれば明らかであった。
仙人の修行に送り出してから早数年。他人から信頼を得るようになるとは、随分成長したものだと父親は顔を綻ばせた。加えて先日つけてやった稽古での立ち振る舞い。驚く程に上達していた。
「あいつも前に比べて太刀筋が良くなった。周りを判断する余裕も出てきてる。…これも霧華殿のおかげかもな」
大きく無骨な手が霧華の頭をぽんぽんと叩いた。今の流れで何故頭を撫でられたのか疑問に思うが、仕草が兄弟子とそっくりだったので、やはり親子だと目を細めた。強く逞しい兄弟子もいつか大らかで優しい人になるのだろうと。
「霧華殿。あいつは一旦火が着くとどうにも歯止めが利かねえ。この先もしそうなった時、あんたが天化を宥めてくれると俺は思ってんだ。だから、あいつが暴走しねえように見てやってくれねえか」
「わかりました。私に出来る限りの事は致します」
「すまねえな。……と、これはまた別の話なんだけどよ」
「はい」
飛虎は自身の顎に手を当て、言うか言うまいかと躊躇いがちに霧華を見た。歯切れの悪い様子に霧華は小首を傾げている。そのじっと見つめてくる目が瞬きを二回繰り返した後、飛虎が話を切り出した。
「うちの養子になんねえか。あー、ほら、なんだ…あんたは天化の妹弟子だから、俺にとっちゃ娘みたいなもんだし。天翔も姉ちゃん姉ちゃんって懐いてるしよ」
「飛虎様」
予想だにしていない申し出だった。恐らく、自分の境遇を兄弟子から聞いていたのだろう。親といい息子といい、共通する優しさがじんわりと霧華の胸に染みる。実に嬉しい誘いだが即答できる問題ではない。そんな霧華の心境を知ってか、飛虎が口の端を上げて笑いかけた。
「無理強いはしねえよ。こんな話もあったなーぐらいに思っててくれりゃいい」
様々な意味を込めて「ありがとうございます」と霧華がはにかんだ。と、その時背後から体重を乗せて霧華に飛びついてきた一人の少年。小さな両手腕でぎゅっとお腹に手を回してきた天翔が「お姉ちゃん!」と快活な声を出す。
「天翔、少しは加減してやんねえと霧華殿が吹っ飛んじまうだろ」
「ちゃんとしてるよー。ねえ、お父さん。お姉ちゃんが姉さまになるの?」
先ほどの話を聞いていたのか、天翔はキラキラと目を輝かせていた。このいたいけな少年の笑顔を曇らせたくはない。だが、肯定する訳にもいかない。どう答えたものかと戸惑っている所へ、飛虎が天翔の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「天翔は姉ちゃんが欲しいのか?」
「うん!姉さまになるなら、霧華お姉ちゃんがいい!」
「そうかそうか。なら、霧華殿を嫁に迎えるのもいいかもしんねえな」
「天化兄ちゃんのお嫁さん?うん、僕それでもいいよ!」
「えっ」
話が次々と飛躍していく中、霧華は一人置いてけぼりになっていた。数分前の話と違う。だが、ここで否定をすれば天翔がしゅんと項垂れるのが目に見えている。「天化兄ちゃんが嫌いなの?」とまで聞いてくるだろう。純粋な子どもの質問は心に深く突き刺さるものだ。
大人二人とこどもが回廊のど真ん中でなにやら騒いでいる。天化はこの三人を煙草を銜えたまましばらく様子を窺っていた。血縁者は意気揚々としているが、妹弟子は明らかに戸惑っている。大方、あの親子にからかわれでもしたのだろう。助け舟を出してやろうかと天化は煙草の煙を吐き出した。
「あーた達なに騒いでんさ」
「てっ、天兄!」
声をかけるとさらに焦りを見せる。自分に関係のある話をしていたのか。頬を紅潮させている妹弟子も気になるが、父親はにやにやと笑っているし末弟は花を咲かせた笑顔を浮かべている。状況がいまいち掴めずに天化は疑問符を浮かべた。
「いやあ、なに。未来の話をだな」
「未来ねえ……あ、そうだ師叔が親父を探してたさ」
「お、そうか。んじゃあちょっくら行ってくるか。後は若いモンで話してな」
「うん。いってらっしゃーい!」
飛虎は大きな手の平をひらりと振り、向いの回廊へ渡っていった。結局何の話だったのか霧華に尋ねようとすると、天翔が間に入ってきた。右手で霧華の手を、左手で天化の手を握る。ぎゅっと二人を引き寄せて腕に頬を寄せた。二人分の温もりを感じた天翔は嬉しそうに笑った。
「どうしたんさ天翔。今日は随分甘えてきて」
「えへへ。なんでもなーい。天化兄ちゃん、霧華お姉ちゃんのことは好き?」
「何言ってるんさ。そんなの当たり前に決まってんだろ」
わしゃわしゃと天翔の髪を撫でる仕草。その答えに満足した天翔は「僕も天化兄ちゃんと霧華お姉ちゃんが大好き!」と返した。
微笑ましい兄弟に和みながらも霧華は赤く染まった顔を見られないようにと必死に隠していた。
定例会議を終えた黄飛虎は渡り廊下を歩いていた。長時間座りっぱなしだった為に固まりかけた肩と首を左右へ動かす。骨と関節の鳴る音が大きく響いた。
渡り廊下を半分程歩くと中庭の方を見上げる霧華を見つける。空を仰いでいるようで、飛虎が声をかけるまで気づかなかったようだ。
「霧華殿。鳥でもいなすったかい?」
「飛虎様」
飛虎が片手を上げた挨拶に対し、霧華は恭しく拱手をした。礼儀正しい娘だと話に聞いてはいたが、会う度にこうされては調子も狂う。全くうちの息子共とは正反対だと笑いを押し殺す。
顔を上げた霧華は再び上を見る。薄い水色の空が広がっていた。
「雨の匂いを感じました。降り出すかもしれません」
「そういや山の方で雲行きが怪しかったな。外で訓練してる奴らに声かけておくか」
「飛虎様は会議を終えられたところですか?」
「ま、そんなところだな」
飛虎が見上げた空には鳥一羽すら飛んでいない。さわさわと涼しい風が髪を揺らしていく。霧華の束ねられた黒髪が揺れ、それが最愛の妻を思い出させた。しかし霧華がこちらを向いたので、慌てて口を開く。
「あいつは、天化は迷惑かけてないかい」
「迷惑だなんて。私の方がご迷惑かけてばかりです。宝貝だってすぐに使いこなしていましたし。日に日に強くなっておられます。……私はあの大きな背中が、優しい天化兄様が大好きです」
自分の次男坊を褒めちぎられて気を悪くする親はいない。ただ、それがむず痒くなって首の辺りを掻いた。妹弟子から絶対的な信頼を寄せられている。それは霧華の態度を見ていれば明らかであった。
仙人の修行に送り出してから早数年。他人から信頼を得るようになるとは、随分成長したものだと父親は顔を綻ばせた。加えて先日つけてやった稽古での立ち振る舞い。驚く程に上達していた。
「あいつも前に比べて太刀筋が良くなった。周りを判断する余裕も出てきてる。…これも霧華殿のおかげかもな」
大きく無骨な手が霧華の頭をぽんぽんと叩いた。今の流れで何故頭を撫でられたのか疑問に思うが、仕草が兄弟子とそっくりだったので、やはり親子だと目を細めた。強く逞しい兄弟子もいつか大らかで優しい人になるのだろうと。
「霧華殿。あいつは一旦火が着くとどうにも歯止めが利かねえ。この先もしそうなった時、あんたが天化を宥めてくれると俺は思ってんだ。だから、あいつが暴走しねえように見てやってくれねえか」
「わかりました。私に出来る限りの事は致します」
「すまねえな。……と、これはまた別の話なんだけどよ」
「はい」
飛虎は自身の顎に手を当て、言うか言うまいかと躊躇いがちに霧華を見た。歯切れの悪い様子に霧華は小首を傾げている。そのじっと見つめてくる目が瞬きを二回繰り返した後、飛虎が話を切り出した。
「うちの養子になんねえか。あー、ほら、なんだ…あんたは天化の妹弟子だから、俺にとっちゃ娘みたいなもんだし。天翔も姉ちゃん姉ちゃんって懐いてるしよ」
「飛虎様」
予想だにしていない申し出だった。恐らく、自分の境遇を兄弟子から聞いていたのだろう。親といい息子といい、共通する優しさがじんわりと霧華の胸に染みる。実に嬉しい誘いだが即答できる問題ではない。そんな霧華の心境を知ってか、飛虎が口の端を上げて笑いかけた。
「無理強いはしねえよ。こんな話もあったなーぐらいに思っててくれりゃいい」
様々な意味を込めて「ありがとうございます」と霧華がはにかんだ。と、その時背後から体重を乗せて霧華に飛びついてきた一人の少年。小さな両手腕でぎゅっとお腹に手を回してきた天翔が「お姉ちゃん!」と快活な声を出す。
「天翔、少しは加減してやんねえと霧華殿が吹っ飛んじまうだろ」
「ちゃんとしてるよー。ねえ、お父さん。お姉ちゃんが姉さまになるの?」
先ほどの話を聞いていたのか、天翔はキラキラと目を輝かせていた。このいたいけな少年の笑顔を曇らせたくはない。だが、肯定する訳にもいかない。どう答えたものかと戸惑っている所へ、飛虎が天翔の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「天翔は姉ちゃんが欲しいのか?」
「うん!姉さまになるなら、霧華お姉ちゃんがいい!」
「そうかそうか。なら、霧華殿を嫁に迎えるのもいいかもしんねえな」
「天化兄ちゃんのお嫁さん?うん、僕それでもいいよ!」
「えっ」
話が次々と飛躍していく中、霧華は一人置いてけぼりになっていた。数分前の話と違う。だが、ここで否定をすれば天翔がしゅんと項垂れるのが目に見えている。「天化兄ちゃんが嫌いなの?」とまで聞いてくるだろう。純粋な子どもの質問は心に深く突き刺さるものだ。
大人二人とこどもが回廊のど真ん中でなにやら騒いでいる。天化はこの三人を煙草を銜えたまましばらく様子を窺っていた。血縁者は意気揚々としているが、妹弟子は明らかに戸惑っている。大方、あの親子にからかわれでもしたのだろう。助け舟を出してやろうかと天化は煙草の煙を吐き出した。
「あーた達なに騒いでんさ」
「てっ、天兄!」
声をかけるとさらに焦りを見せる。自分に関係のある話をしていたのか。頬を紅潮させている妹弟子も気になるが、父親はにやにやと笑っているし末弟は花を咲かせた笑顔を浮かべている。状況がいまいち掴めずに天化は疑問符を浮かべた。
「いやあ、なに。未来の話をだな」
「未来ねえ……あ、そうだ師叔が親父を探してたさ」
「お、そうか。んじゃあちょっくら行ってくるか。後は若いモンで話してな」
「うん。いってらっしゃーい!」
飛虎は大きな手の平をひらりと振り、向いの回廊へ渡っていった。結局何の話だったのか霧華に尋ねようとすると、天翔が間に入ってきた。右手で霧華の手を、左手で天化の手を握る。ぎゅっと二人を引き寄せて腕に頬を寄せた。二人分の温もりを感じた天翔は嬉しそうに笑った。
「どうしたんさ天翔。今日は随分甘えてきて」
「えへへ。なんでもなーい。天化兄ちゃん、霧華お姉ちゃんのことは好き?」
「何言ってるんさ。そんなの当たり前に決まってんだろ」
わしゃわしゃと天翔の髪を撫でる仕草。その答えに満足した天翔は「僕も天化兄ちゃんと霧華お姉ちゃんが大好き!」と返した。
微笑ましい兄弟に和みながらも霧華は赤く染まった顔を見られないようにと必死に隠していた。