封神演義(WJ)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
慈悲の道士
薄暗い長い回廊を急ぎ足で進む一つの足音。霧華以外、誰も外には出ていない。夜遅くにうろついているのは見張りぐらいだ、今はこうして誰にも会わない事が好都合でさえあった。
自分の熱くなった頬を両手で押さえ、ついさっきまでの自分を情けないと落ち込んでいる。兄弟子の前で不安を駄々漏れにした挙句、泣き疲れて眠ってしまった。いい歳をして流石にこれは恥ずかしい。眠りが浅かったことが幸いで、寝息を立てていた兄弟子を起こさない様にこっそりと部屋を出てきたのだ。
霧華にとって天化の存在は大きい。絶対的な信頼を寄せる人物であり、本当の兄のように慕っている。だからこそ、魔礼青の青雲剣で傷を負った際に駆けつけることができなかった事を悔やんでいた。一度は仙人界で傷の手当てを受けたとは言え、間もなく戦地に姿を再び現した。
『彼は闘争心の塊、生まれついての戦士だ』
師父の言葉が霧華に纏わりついて離れずにいる。常に戦地の前衛を行く兄弟子を護る事が自分に出来るのだろうか。否、護らなければならない。それが自分に出来る事なのだからと、立ち止まった回廊で拳を握り締めた。
空が光った。仰いだ闇夜を切り裂くように流れていく光の筋。流れ星だろうか。それにしては随分と煌々としている。その光の筋は赤々と燃えながら落ちていく。刹那、轟音が響き渡り、大地が激しく揺さぶられた。あれは流星物質の域を遥かに超えている。
隕石と思われる物質が落ちた方角は西岐城から離れているとは言え、落下地点の周囲は被害が出ているに違いない。天体現象による災害、そう思いたかった。だが、霧華が見上げた空に幾つもの光の筋が流れてきていた。
咄嗟に空へ向かって「疾ッ!」と手を掲げた。霧華の胸元で宝貝の宝玉が強い光を放ち始め、それらが四方へ飛び、半透明の結界を頂点で結ぶ。巨大な三角錐を描いた結界は西岐城はおろか周囲の町までも覆う。間一髪、次点の隕石衝突をこの結界により免れた。だが、その衝撃は強く、結界を張る道士の負担となっていた。
雨の様に降り注ぐ流星群は容赦なく霧華の体力を奪っていく。結界にぶつかった隕石はバチッと音を立てて粉々に砕けていった。
これが自然現象か、それとも故意的な物かはわからない。どちらにせよ、もはや霧華には関係のない事であった。隕石の一つでも衝突しようものなら、周は壊滅状態に陥る。それだけは避けたい。大切な仲間をこれ以上失う訳にはいかない。
子どもの泣き叫ぶ声が耳に届いた。振り向いた先に幼い子どもが膝を抱えて、うずくまっている。息を呑んだ霧華の背筋は凍り付きそうになった。あの女の子の前で血を流し、倒れ伏しているのは紛れもない両親の姿。
ざわざわと心を覆いつくしていく恐怖という名の闇。肉親を失った辛さと悲しみを知っているからこそ、同じ境遇の人間を増やしてはいけない。
再び前を向いた霧華は耐えず続く追撃に両腕と両足を突っ張り、結界の強度を増した。
「霧華っ!!」
切迫した声に呼ばれ、顔だけを横へ向ける。胴衣の上を羽織っておらず、素手の太公望が無傷だと知った霧華は表情を少しだけ緩めた。
太公望は空の異変と度々続く不規則な揺れに危機を感じて飛び出してきた。だが、直接的な被害は未だに目視はできない。周囲に張られた結界に危惧した通り、体力が限界であるはずの霧華がそれらを喰い止めていた。幾ら予想外の事とは言え、もう少し早く気づけなかったのか。その不甲斐なさが太公望に焦りを募らせる。
一体何が、そう尋ねるのも許さんとして隕石が結界にぶつかり、弾け散った。その振動がまた地面をぐらつかせる。
「無数の隕石が…降り注いでいます。故意的な物かは、わかりません。……ここは、私が護ります」
淡々と喋る霧華に余裕の色は見えない。額から大粒の汗が滴り落ちていった。最早立っているだけでも辛いはずなのに、何がここまで彼女を奮い立たせているのか。あの師の弟子は揃いも揃って、どうしてこう。
何もできずに立ち尽くしている自分が情けないと、怒気を含ませた声を張り上げた。
「これだけ広範囲の結界を張ればおぬしに相当な負担がかかっているはずだ!昼間の疲れも癒えておらぬおぬしには耐え切れん!それはおぬしが一番わかっているはずだ!」
「何処に落ちるかもわからない隕石を凌げるのは私だけです!私が今結界を解けば、周の人々が、仲間が……!それだけは、絶対に嫌です!」
「くっ……わしが何とかする!だから」
また一つ、頭上で流星が弾けた。霧華の身体から生命の波動が目に見えて溢れ出していく。自分の手元を真っすぐに捉えた視線、横顔に太公望は言葉を詰まらせた。
「師叔。被害を最小限に留めなければ、周の国は殷に立ち向かう前に滅びてしまいます。もし、私が貴方の立場なら……どうするかはお分かり頂けると思います」
「ならぬっ!霧華、おぬしはまだ生きなければ!」
この悲痛な思いがどうか届くように。そう願いをかけても星は聞き入れてくれそうにない。それどころか、目の前の命を奪おうとしている。
太公望を見据えた霧華の表情はひどく穏やかで、それが死を悟ったものだと全身の血の気が引いていく。右側だけに残された耳飾りが一瞬、きらりと光っていた。
「師叔が描いた理想の人間界をこれからも追い続けてください。どうか。私は誇り高い貴方様をこれからも心からお慕い致します。太公望師叔にお逢いできて、よかった」
「霧華っ!だめだ、死んではならぬ!」
「……師父と天兄にお伝えください。共に過ごせた時間が幸せだったと」
結界を押し破るような重力が直に霧華の身体に圧し掛かる。これ以上は持たない。時期を見た霧華は全身全霊の力を宝貝に集中させた。溢れ出た生命力が宝玉に吸い込まれ、光の球体が姿を現す。それは目に留まらぬ速さで天高く昇っていく。太公望が駆け寄った直後、目が眩む白い光が辺り全てを包み込んだ。
ばちんと弦が弾けたような音が響く。瓦礫が崩れる様に結界が消滅していった。ようやく人の目が慣れた頃に見えたのは嘘のように穏やかな夜空。しんと静まり返る様が不気味なほどに。隕石どころか流れ星も見当たらない。
呆然と空を見上げていた太公望の目にキラキラとした塵が舞い降りてくるのが映る。何もできず、目の前で仲間の道士を失った。喪失感にただ打ちひしがれ、手の平に落ちた光の粒を握り締める。
太公望の足元に光を失った首飾りだけが取り残されていた。拾い上げた首飾りは氷のように冷たい。以前のように輝いていた緑碧の色は欠片もなく、灰色に石化してしまっている。持ち主を失った宝貝は何も語ってはくれそうになかった。
「師叔!」
呼ばれた声に太公望はゆっくりと顔を向ける。回廊からやってきた天化は肩で息をしていた。表面上塞がったはずの傷がまた開いてしまったのか、包帯から血が滲み出てしまっている。
「一体さっきのは、……それは」
太公望の手の平に乗せられた妹弟子の宝貝。光を宿さないそれが何を意味しているのか。息が止まりそうになる。否応なしに突き付けられた現実を受け入れざるを得ない。天化の瞳が大きく揺れる。差し出された首飾りを受け取ると、ぐっとそれを握る。俯いた天化の瞳から落ちた雫が宝玉の上を滑っていった。
声を震わせて嘆く天化に太公望はかけてやる言葉が見つからずにいた。
穏やかな夜空から降る光の粒が慈悲の道士の涙ではないか。明くる朝にそれを見た西岐城の人間はそう言ったという。
明朝、道徳の黄巾力士が仙人界へ向かっていた。両腕には先日の戦いで深手を負ったナタクと雷震子を落とさないように抱えている。操縦席には道徳、その後ろに弟子の天化が乗っていた。
両腕に乗車している二人が何やら言い争いをしている。だが、内容までは聞こえないので放っておくこととした。
「さあ、今度はしっかり傷を癒してから戻らないとな。大丈夫、雲中子の薬があればそう時間はかからない!」
怪我人の身体に負担をかけないように低空飛行で飛んでいる為、景色が移り変わっていく様を見ることができた。右に花畑が見えれば声をかけ、左に羊飼いと群れを見つければ声をかける。だが、どう呼びかけても背後にいる弟子からの返事はなかった。どうしてこんな時に笑っていられるんだ、そう怒ってくる様子もない。
道徳の顔から笑みが消える。あくまで、わざと、明るく振る舞おうとしていた。
「天化」
今までとは違う真面目な声に初めて天化は顔を上げた。
「太公望から聞いている事があるんだ。……あの子が、最期に残した言葉。私たちと過ごした時間がとても幸せだったと。そう、言っていたそうだよ」
じわりと天化の視界が滲む。家族の前ですら堪えていた涙がまた溢れてきていた。
「……私たちの方があの子から沢山、貰っていたというのにね」
「コーチ、やめてくれ」
弟子が発した悲痛な声に道徳は押し黙った。僅かに背に触れていた天化の肩が震えていた。それでも後ろを振り向くことはしない。
「止まんなくなっちまう」
今はただ静かに、泣かせてやろうと。
仙人界へ戻れば太乙や雲中子にも訃報を伝えなければいけない。
目を伏せた道徳が寂し気に呟いた。
「私も、こんなにもひどく胸が痛むのは久しぶりだよ」
薄暗い長い回廊を急ぎ足で進む一つの足音。霧華以外、誰も外には出ていない。夜遅くにうろついているのは見張りぐらいだ、今はこうして誰にも会わない事が好都合でさえあった。
自分の熱くなった頬を両手で押さえ、ついさっきまでの自分を情けないと落ち込んでいる。兄弟子の前で不安を駄々漏れにした挙句、泣き疲れて眠ってしまった。いい歳をして流石にこれは恥ずかしい。眠りが浅かったことが幸いで、寝息を立てていた兄弟子を起こさない様にこっそりと部屋を出てきたのだ。
霧華にとって天化の存在は大きい。絶対的な信頼を寄せる人物であり、本当の兄のように慕っている。だからこそ、魔礼青の青雲剣で傷を負った際に駆けつけることができなかった事を悔やんでいた。一度は仙人界で傷の手当てを受けたとは言え、間もなく戦地に姿を再び現した。
『彼は闘争心の塊、生まれついての戦士だ』
師父の言葉が霧華に纏わりついて離れずにいる。常に戦地の前衛を行く兄弟子を護る事が自分に出来るのだろうか。否、護らなければならない。それが自分に出来る事なのだからと、立ち止まった回廊で拳を握り締めた。
空が光った。仰いだ闇夜を切り裂くように流れていく光の筋。流れ星だろうか。それにしては随分と煌々としている。その光の筋は赤々と燃えながら落ちていく。刹那、轟音が響き渡り、大地が激しく揺さぶられた。あれは流星物質の域を遥かに超えている。
隕石と思われる物質が落ちた方角は西岐城から離れているとは言え、落下地点の周囲は被害が出ているに違いない。天体現象による災害、そう思いたかった。だが、霧華が見上げた空に幾つもの光の筋が流れてきていた。
咄嗟に空へ向かって「疾ッ!」と手を掲げた。霧華の胸元で宝貝の宝玉が強い光を放ち始め、それらが四方へ飛び、半透明の結界を頂点で結ぶ。巨大な三角錐を描いた結界は西岐城はおろか周囲の町までも覆う。間一髪、次点の隕石衝突をこの結界により免れた。だが、その衝撃は強く、結界を張る道士の負担となっていた。
雨の様に降り注ぐ流星群は容赦なく霧華の体力を奪っていく。結界にぶつかった隕石はバチッと音を立てて粉々に砕けていった。
これが自然現象か、それとも故意的な物かはわからない。どちらにせよ、もはや霧華には関係のない事であった。隕石の一つでも衝突しようものなら、周は壊滅状態に陥る。それだけは避けたい。大切な仲間をこれ以上失う訳にはいかない。
子どもの泣き叫ぶ声が耳に届いた。振り向いた先に幼い子どもが膝を抱えて、うずくまっている。息を呑んだ霧華の背筋は凍り付きそうになった。あの女の子の前で血を流し、倒れ伏しているのは紛れもない両親の姿。
ざわざわと心を覆いつくしていく恐怖という名の闇。肉親を失った辛さと悲しみを知っているからこそ、同じ境遇の人間を増やしてはいけない。
再び前を向いた霧華は耐えず続く追撃に両腕と両足を突っ張り、結界の強度を増した。
「霧華っ!!」
切迫した声に呼ばれ、顔だけを横へ向ける。胴衣の上を羽織っておらず、素手の太公望が無傷だと知った霧華は表情を少しだけ緩めた。
太公望は空の異変と度々続く不規則な揺れに危機を感じて飛び出してきた。だが、直接的な被害は未だに目視はできない。周囲に張られた結界に危惧した通り、体力が限界であるはずの霧華がそれらを喰い止めていた。幾ら予想外の事とは言え、もう少し早く気づけなかったのか。その不甲斐なさが太公望に焦りを募らせる。
一体何が、そう尋ねるのも許さんとして隕石が結界にぶつかり、弾け散った。その振動がまた地面をぐらつかせる。
「無数の隕石が…降り注いでいます。故意的な物かは、わかりません。……ここは、私が護ります」
淡々と喋る霧華に余裕の色は見えない。額から大粒の汗が滴り落ちていった。最早立っているだけでも辛いはずなのに、何がここまで彼女を奮い立たせているのか。あの師の弟子は揃いも揃って、どうしてこう。
何もできずに立ち尽くしている自分が情けないと、怒気を含ませた声を張り上げた。
「これだけ広範囲の結界を張ればおぬしに相当な負担がかかっているはずだ!昼間の疲れも癒えておらぬおぬしには耐え切れん!それはおぬしが一番わかっているはずだ!」
「何処に落ちるかもわからない隕石を凌げるのは私だけです!私が今結界を解けば、周の人々が、仲間が……!それだけは、絶対に嫌です!」
「くっ……わしが何とかする!だから」
また一つ、頭上で流星が弾けた。霧華の身体から生命の波動が目に見えて溢れ出していく。自分の手元を真っすぐに捉えた視線、横顔に太公望は言葉を詰まらせた。
「師叔。被害を最小限に留めなければ、周の国は殷に立ち向かう前に滅びてしまいます。もし、私が貴方の立場なら……どうするかはお分かり頂けると思います」
「ならぬっ!霧華、おぬしはまだ生きなければ!」
この悲痛な思いがどうか届くように。そう願いをかけても星は聞き入れてくれそうにない。それどころか、目の前の命を奪おうとしている。
太公望を見据えた霧華の表情はひどく穏やかで、それが死を悟ったものだと全身の血の気が引いていく。右側だけに残された耳飾りが一瞬、きらりと光っていた。
「師叔が描いた理想の人間界をこれからも追い続けてください。どうか。私は誇り高い貴方様をこれからも心からお慕い致します。太公望師叔にお逢いできて、よかった」
「霧華っ!だめだ、死んではならぬ!」
「……師父と天兄にお伝えください。共に過ごせた時間が幸せだったと」
結界を押し破るような重力が直に霧華の身体に圧し掛かる。これ以上は持たない。時期を見た霧華は全身全霊の力を宝貝に集中させた。溢れ出た生命力が宝玉に吸い込まれ、光の球体が姿を現す。それは目に留まらぬ速さで天高く昇っていく。太公望が駆け寄った直後、目が眩む白い光が辺り全てを包み込んだ。
ばちんと弦が弾けたような音が響く。瓦礫が崩れる様に結界が消滅していった。ようやく人の目が慣れた頃に見えたのは嘘のように穏やかな夜空。しんと静まり返る様が不気味なほどに。隕石どころか流れ星も見当たらない。
呆然と空を見上げていた太公望の目にキラキラとした塵が舞い降りてくるのが映る。何もできず、目の前で仲間の道士を失った。喪失感にただ打ちひしがれ、手の平に落ちた光の粒を握り締める。
太公望の足元に光を失った首飾りだけが取り残されていた。拾い上げた首飾りは氷のように冷たい。以前のように輝いていた緑碧の色は欠片もなく、灰色に石化してしまっている。持ち主を失った宝貝は何も語ってはくれそうになかった。
「師叔!」
呼ばれた声に太公望はゆっくりと顔を向ける。回廊からやってきた天化は肩で息をしていた。表面上塞がったはずの傷がまた開いてしまったのか、包帯から血が滲み出てしまっている。
「一体さっきのは、……それは」
太公望の手の平に乗せられた妹弟子の宝貝。光を宿さないそれが何を意味しているのか。息が止まりそうになる。否応なしに突き付けられた現実を受け入れざるを得ない。天化の瞳が大きく揺れる。差し出された首飾りを受け取ると、ぐっとそれを握る。俯いた天化の瞳から落ちた雫が宝玉の上を滑っていった。
声を震わせて嘆く天化に太公望はかけてやる言葉が見つからずにいた。
穏やかな夜空から降る光の粒が慈悲の道士の涙ではないか。明くる朝にそれを見た西岐城の人間はそう言ったという。
明朝、道徳の黄巾力士が仙人界へ向かっていた。両腕には先日の戦いで深手を負ったナタクと雷震子を落とさないように抱えている。操縦席には道徳、その後ろに弟子の天化が乗っていた。
両腕に乗車している二人が何やら言い争いをしている。だが、内容までは聞こえないので放っておくこととした。
「さあ、今度はしっかり傷を癒してから戻らないとな。大丈夫、雲中子の薬があればそう時間はかからない!」
怪我人の身体に負担をかけないように低空飛行で飛んでいる為、景色が移り変わっていく様を見ることができた。右に花畑が見えれば声をかけ、左に羊飼いと群れを見つければ声をかける。だが、どう呼びかけても背後にいる弟子からの返事はなかった。どうしてこんな時に笑っていられるんだ、そう怒ってくる様子もない。
道徳の顔から笑みが消える。あくまで、わざと、明るく振る舞おうとしていた。
「天化」
今までとは違う真面目な声に初めて天化は顔を上げた。
「太公望から聞いている事があるんだ。……あの子が、最期に残した言葉。私たちと過ごした時間がとても幸せだったと。そう、言っていたそうだよ」
じわりと天化の視界が滲む。家族の前ですら堪えていた涙がまた溢れてきていた。
「……私たちの方があの子から沢山、貰っていたというのにね」
「コーチ、やめてくれ」
弟子が発した悲痛な声に道徳は押し黙った。僅かに背に触れていた天化の肩が震えていた。それでも後ろを振り向くことはしない。
「止まんなくなっちまう」
今はただ静かに、泣かせてやろうと。
仙人界へ戻れば太乙や雲中子にも訃報を伝えなければいけない。
目を伏せた道徳が寂し気に呟いた。
「私も、こんなにもひどく胸が痛むのは久しぶりだよ」