封神演義(WJ)
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回想録 誰よりも大切にしたい
金鰲島から放たれた刺客により周は甚大な被害を被った。魔家四将襲来での犠牲者は数えきれない。家屋を破壊されて住む場所を失った者や、呪いによって土地を奪われた者。生活の領域を侵された周の人たちは腐敗した大地を前にして、殷に立ち向かうと奮起したそうだ。
妖怪仙人を四人も相手にした崑崙の道士にも多くの負傷者が出た。そん中でも血を流し過ぎたのか、戦いの幕が下りると目の前が点滅するような眩暈に襲われる。貧血だと言われて応急処置を受けるも、本格的な治療は仙人界でした方がいいと師叔からの指示。霧華の施術だけでは色んな面で厳しいと。
夕餉の後、部屋の灯りを点けたまま大人しく寝台に寝転がっていた所へ三度目の施術をと霧華が訪れた。もう傷も殆ど塞がっているし、大丈夫だと言っても首を縦に振ろうとしない。頑固な所は誰に似たんだと思えば、十中八九自分なので黙っていた。
右腕にかざされた細い手腕。その部位からじわじわと心地良い波動が伝わってくる。陽射しのような温かさに包まれていると次第に眠気もやってきた。
霧華の額から汗が流れ落ちた。その汗を手の甲で拭って、不安な表情で容態はどうだと尋ねてくる。腕を曲げて、伸ばして「もう痛くねえさ」と笑ってみせても、その表情は一つも変わらなかった。
「……仙人界でちゃんと治してきてね」
「わかってる。霧華もそろそろ休んだ方がいいさ。一日中走り回ってたんだ、前みたいに寝込んで目を覚まさなくなったら……そっちの方が傷に応えちまう」
民間人を守る為に強力な結界を張った上に負傷者の介抱と目まぐるしい一日だったはず。疲労が顔に出ている霧華は力なく頷いた。こんなに沈んだ様子を見るのは稀だ。死傷者を悼む心が人より強いせいもある。だから、誰よりも安心させてやらなきゃいけないってのに。自分がこのザマさ。もっと強くなんねえと。誰にも負けないように。霧華の泣き顔を見る方が創を抉られるようで辛い。
憂いの表情を少しでも晴らしたくて、項垂れている小さな頭を撫でようと手を伸ばそうとした。聞こえてきた声が震えていて、手が宙で止まる。
「わたし、天兄が……天兄が倒れた時、心臓が止まりそうだった。生きた心地じゃなかった。天兄が居なくなってしまうんじゃないかって、」
ぱた、ぱたと落ちた雫がシーツの上に染みを作る。温かいその一滴が手の甲に落ちた。此処に来てから泣くことがなかった霧華が声を押し殺して泣いている。己の不甲斐なさに胸が締め付けられるようだった。
伸ばした腕を霧華の背中に回して、腕の中に抱え込む。小刻みに震える肩を守るようにぎゅっと抱きしめた。
「霧華。……聞こえるだろ、心臓の音」
「うん」
「ちゃんと動いてる」
「うん」
「霧華を置いて死んだりしねえ。独りぼっちにさせねえさ」
身体全体が冷たかった。縋るように抱き着いてきた腕も、胸に伏せられた顔も。凍ってしまったのかとさえ思わせる。それが昔とよく似ていたせいで不安がよぎる。
体温が下がり切った霧華は死んだように眠り続けた事があった。所謂仮死状態ってやつで、いつ目を覚ますかもわからなくて。それこそこっちが生きた心地じゃなかった。
自分の傷が疼いても構わない。これ以上霧華の体温が下がらないよう、体全体で覆う様に包み込んだ。
三十分ばかりそうしていただろうか。目尻と頬に涙の跡を残したまま霧華は眠っていた。昼間からの疲労もあってか相当無理していたみたいだ。
すうすうと寝息を立てている霧華と一緒に寝転がる。泣きじゃくって寝てしまう所はあの頃とちっとも変わらない。何かあれば直ぐに俺っちの所に飛んできたし。ほんとに、いつまで経っても甘えん坊な妹弟子さ。頼ってくれるのが、縋ってくれるのが嬉しくてついつい甘やかしてしまう。仕方ないんさ。誰よりも、一番大切にしたい存在なんだから。
指先に触れた頬は色白くて、少し温い。さっきよりだいぶ体温はマシになっていた。
霧華の耳元であの耳飾りが揺れた。邪魔とか言ってたにも関わらず、身に着けていることが多い。それが素直に嬉しかった。愛らしい寝顔につい頬が緩む。
ふと師叔の隣で笑う顔が浮かんだ。自身の内に芽生え始めていた感情。いっそ気づかなければ良かった。
「いつまでこうして俺っちの傍に居てくれるんかね」
少しばかり眠っていたようだった。自分も相当疲労している。仮眠を取ったおかげで幾分かは気分も楽になったようにも思えた。ただ、傍にあるはずの温もりが空だったので少しそれが寂しい。代わりに自分の体に毛布がかけられていた。自分の部屋に戻ったのかもしれない。
寝台に置いた手の平に何か小さな物が触れた。霧華が身に着けていた耳飾り、片方しかない。落としていったのだろう。自力で目を覚ましたということは余分な体力がまだ残っているということ。その事実に少しだけほっとした。
朝になってから耳飾りを届けてもいいが、無くしたことに気付いて慌てさせる必要もないだろう。今から届けて、机の上にでも置いておけばいいか。
寝台から足を下ろした時、ある違和感を覚えた。部屋の灯りは消えている。なのに、まるで真昼のように明るい。窓の外から差し込んでくる異様な光、空が焼けるように煌々としている。月明かりでもないし朝日が昇るにも早すぎる。
妙な現象に不安がどっと押し寄せてきた。胸騒ぎが早鐘を鳴らす。じっとしていられない。椅子に引っ掛けておいた上着を引っ掴んで部屋を飛び出した。
この嫌な虫の知らせが気のせいだと、頼むから誰か、そう言ってくれ。
金鰲島から放たれた刺客により周は甚大な被害を被った。魔家四将襲来での犠牲者は数えきれない。家屋を破壊されて住む場所を失った者や、呪いによって土地を奪われた者。生活の領域を侵された周の人たちは腐敗した大地を前にして、殷に立ち向かうと奮起したそうだ。
妖怪仙人を四人も相手にした崑崙の道士にも多くの負傷者が出た。そん中でも血を流し過ぎたのか、戦いの幕が下りると目の前が点滅するような眩暈に襲われる。貧血だと言われて応急処置を受けるも、本格的な治療は仙人界でした方がいいと師叔からの指示。霧華の施術だけでは色んな面で厳しいと。
夕餉の後、部屋の灯りを点けたまま大人しく寝台に寝転がっていた所へ三度目の施術をと霧華が訪れた。もう傷も殆ど塞がっているし、大丈夫だと言っても首を縦に振ろうとしない。頑固な所は誰に似たんだと思えば、十中八九自分なので黙っていた。
右腕にかざされた細い手腕。その部位からじわじわと心地良い波動が伝わってくる。陽射しのような温かさに包まれていると次第に眠気もやってきた。
霧華の額から汗が流れ落ちた。その汗を手の甲で拭って、不安な表情で容態はどうだと尋ねてくる。腕を曲げて、伸ばして「もう痛くねえさ」と笑ってみせても、その表情は一つも変わらなかった。
「……仙人界でちゃんと治してきてね」
「わかってる。霧華もそろそろ休んだ方がいいさ。一日中走り回ってたんだ、前みたいに寝込んで目を覚まさなくなったら……そっちの方が傷に応えちまう」
民間人を守る為に強力な結界を張った上に負傷者の介抱と目まぐるしい一日だったはず。疲労が顔に出ている霧華は力なく頷いた。こんなに沈んだ様子を見るのは稀だ。死傷者を悼む心が人より強いせいもある。だから、誰よりも安心させてやらなきゃいけないってのに。自分がこのザマさ。もっと強くなんねえと。誰にも負けないように。霧華の泣き顔を見る方が創を抉られるようで辛い。
憂いの表情を少しでも晴らしたくて、項垂れている小さな頭を撫でようと手を伸ばそうとした。聞こえてきた声が震えていて、手が宙で止まる。
「わたし、天兄が……天兄が倒れた時、心臓が止まりそうだった。生きた心地じゃなかった。天兄が居なくなってしまうんじゃないかって、」
ぱた、ぱたと落ちた雫がシーツの上に染みを作る。温かいその一滴が手の甲に落ちた。此処に来てから泣くことがなかった霧華が声を押し殺して泣いている。己の不甲斐なさに胸が締め付けられるようだった。
伸ばした腕を霧華の背中に回して、腕の中に抱え込む。小刻みに震える肩を守るようにぎゅっと抱きしめた。
「霧華。……聞こえるだろ、心臓の音」
「うん」
「ちゃんと動いてる」
「うん」
「霧華を置いて死んだりしねえ。独りぼっちにさせねえさ」
身体全体が冷たかった。縋るように抱き着いてきた腕も、胸に伏せられた顔も。凍ってしまったのかとさえ思わせる。それが昔とよく似ていたせいで不安がよぎる。
体温が下がり切った霧華は死んだように眠り続けた事があった。所謂仮死状態ってやつで、いつ目を覚ますかもわからなくて。それこそこっちが生きた心地じゃなかった。
自分の傷が疼いても構わない。これ以上霧華の体温が下がらないよう、体全体で覆う様に包み込んだ。
三十分ばかりそうしていただろうか。目尻と頬に涙の跡を残したまま霧華は眠っていた。昼間からの疲労もあってか相当無理していたみたいだ。
すうすうと寝息を立てている霧華と一緒に寝転がる。泣きじゃくって寝てしまう所はあの頃とちっとも変わらない。何かあれば直ぐに俺っちの所に飛んできたし。ほんとに、いつまで経っても甘えん坊な妹弟子さ。頼ってくれるのが、縋ってくれるのが嬉しくてついつい甘やかしてしまう。仕方ないんさ。誰よりも、一番大切にしたい存在なんだから。
指先に触れた頬は色白くて、少し温い。さっきよりだいぶ体温はマシになっていた。
霧華の耳元であの耳飾りが揺れた。邪魔とか言ってたにも関わらず、身に着けていることが多い。それが素直に嬉しかった。愛らしい寝顔につい頬が緩む。
ふと師叔の隣で笑う顔が浮かんだ。自身の内に芽生え始めていた感情。いっそ気づかなければ良かった。
「いつまでこうして俺っちの傍に居てくれるんかね」
少しばかり眠っていたようだった。自分も相当疲労している。仮眠を取ったおかげで幾分かは気分も楽になったようにも思えた。ただ、傍にあるはずの温もりが空だったので少しそれが寂しい。代わりに自分の体に毛布がかけられていた。自分の部屋に戻ったのかもしれない。
寝台に置いた手の平に何か小さな物が触れた。霧華が身に着けていた耳飾り、片方しかない。落としていったのだろう。自力で目を覚ましたということは余分な体力がまだ残っているということ。その事実に少しだけほっとした。
朝になってから耳飾りを届けてもいいが、無くしたことに気付いて慌てさせる必要もないだろう。今から届けて、机の上にでも置いておけばいいか。
寝台から足を下ろした時、ある違和感を覚えた。部屋の灯りは消えている。なのに、まるで真昼のように明るい。窓の外から差し込んでくる異様な光、空が焼けるように煌々としている。月明かりでもないし朝日が昇るにも早すぎる。
妙な現象に不安がどっと押し寄せてきた。胸騒ぎが早鐘を鳴らす。じっとしていられない。椅子に引っ掛けておいた上着を引っ掴んで部屋を飛び出した。
この嫌な虫の知らせが気のせいだと、頼むから誰か、そう言ってくれ。