封神演義(WJ)
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回想録 きっと無理だ
両腕に抱えた山積みの巻物を落とさないように回廊を進む。中には相当古臭いのもあるようで、埃とカビの匂いがした。周公旦から預かったこれらを師叔の執務室に届けるのが現在の任務。過去の資料だとかで、必ず目を通しておいて欲しいと言っていた。
いざ執務室の前に到着するも、ノックしようにも両手が塞がっている。どうせサボってぐうたらしているのだろうから、声だけかけて部屋に押し入った。
「入るさ師叔。……っと、霧華来てたんか」
入口付近で霧華とぶつかりそうになる。とんっと巻物の一つが腕から零れ落ちた。それを霧華が拾い上げる。
「天兄。大丈夫?」
「ああ。これは師叔に……って、あからさまにイヤそーな顔してっさ。あーたにお届けものさね」
不快なモノを見るような師叔の目。んな顔されても、こっちは預かっただけさ。
ぷいと顔を背けた師叔は「いらん」と一言。あーた今年で何歳よ。てんで子どもみたいな態度だ。
「いらんって……こっちは届けるように頼まれてるんさ。ほい」
有無を言わせずに机の上に資料の山を置く。霧華が拾った分もその上に乗せた。うんざりといった様子で師叔が呻き声をあげている。と思えば次に言い訳を始めた。
「先ほど山積みの書類を捌き終わったと思えば……これでは休まる暇が無いではないか!」
「あ、ちなみに明日までに目を通してほしいそうさ」
「うう……おぬしら鬼か。人の皮を被った鬼であろう」
「人聞きが悪いっての。あーたが日頃サボってた分がツケになってたんだろ?」
図星だったのか、がくっと項垂れて机に伏した。心なしか、頭巾の耳もへたっと萎れている。師叔があーだのうーだのワガママ言ってるから、見かねた霧華が優しく声をかけた。
「師叔。私に出来ることがあればお手伝い致します」
「……おお。鬼のような天化と違い、おぬしは心優しい天使だのう」
「霧華、あんまし師叔を甘やかしたらダメさ」
「それはおぬしが言えた台詞ではなかろう!手伝ってくれると言っておるのだ、構わんだろうに!」
このぐうたら師叔は何としてでも霧華を味方につけたいようだ。仕事の量を減らす理由とは言え、なんか面白くないさ。頭をガシガシと掻いた後に溜息を吐きだした。
「だったら俺っちも手伝うさ。ヒマだかんね」
「ほー。珍しいこともあるのう」
「人手が欲しいんだろ?明日までに終わんなくて、あーたがハリセンですぱすぱ殴られようが俺っちには関係ねーけどさ」
「ぐっ……やはりおぬし鬼であろう」
「バカ言ってないでさっさと片付けるさ」
似たようなやりとりを続け、文句を垂れていた割にてきぱきと片付けていく。やればできるんさ。どうして今までそうして来なかったんかね。
そんな中、頭脳戦に向いている霧華は師叔と意見を交わすことも少なくなかった。資料に基づいて分析した的確な意見を述べる霧華を周の軍師が重宝しているのも見てわかる。
真剣な表情で話に耳を傾けていた師叔が一度頷いた。
「そのような捉え方もある、か。やはり男と女では考え方が違う。この矛盾を埋めていけば良い案が出そうだ」
「お役に立てて光栄です」
顔を上げたのは何となくだった。長い時間下を向いていたせいで首が痛くなって、資料から目を離した。偶然目に留まったのは頬を赤らめている霧華の顔。途端にチクリとした胸の痛みを感じ、喉を絞められたような息苦しさを覚えた。それにイライラしてくる。
見なきゃよかった。どこかでそう後悔していた自分がいた。気を紛らわせようとまた手元の資料に目を落とす。
もやもやとした不快な感情が渦巻くまま、時間が過ぎていった。
昼から始めた作業は夕餉の時間まで続き、山積みだった資料を五分の一程度の量にまとめ終えた。
机に突っ伏した師叔はまとめた資料を握り締めて力ない声を出している。
「お、終わった……これもおぬしら二人が手伝ってくれたおかげだ」
「お疲れ様です。師叔がテキパキと師叔進めてくださったからですよ」
「能ある鷹は爪を隠すと言うからのう!」
「自惚れんのはいーから、さっさと渡してくるさ」
いい加減首と肩が固まりそうで、ソファの背もたれに寄りかかる。左右に首を動かすとぼきぼきと音が鳴った。組んだ足を抱えつつ、師叔を睨み付ける。けど、何も言い返してこないからおかしいと思ったら、したり顔でニヤニヤ意地悪く笑い出す。それが無性にムカついて、僅かに片眉がぴくりと動いた。
「ほほう。天化、どうした?随分とご機嫌斜めのようだのう」
「……あーたのその顔ムカつくさ」
「わしは元々このような顔であるぞ?…ふふ、まあよいわ。さて、わしはこの書類を渡しに行ってくる。おぬしらは先に夕餉にいっておれ。わしも後で合流しよう」
「では、お先に。お待ちしております」
自分とは正反対に上機嫌だ。一種のあれかもしれない、徹夜すると無意味にハイになるってやつ。
なんにせよ、このムカムカした気持ちは治まる事を知らなかった。師叔の執務室を出てから食堂に向かう途中、煙草に火を点ける。肺に吸い込んだ煙を細く、吐き出す。風がないのか真っすぐに立ち上って消えていった。
回廊も半ばまで来た所で不意に「天兄」と呼ばれた。
「疲れてない?」
「ん……慣れない作業だったかんな。やっぱ俺っちには体動かしてる方が性に合ってるさ」
見上げられた目が弓なりに細められて、笑った。釣られてこちらの口元も緩む。
昼間、資料の分析に貢献していた霧華。その隣にいた師叔が、その二人が似合いのように思えて。そう、考え付いた所で歩みを止める。急に立ち止まった事を不審に感じたのか、また天兄と呼ばれた。
「霧華は師叔が好きなんか」
今さら聞くような事でもなかった。封神計画が始まってからというもの、霧華は師叔のことばかり話していたから。あの頃はフツーに笑って返していたのに。今じゃ、愛想笑いすら浮かべられない自分が居る。
「好きっていうよりも……尊敬に近い感情。私の他にも同じような理想を持っている人がいたんだって。だから今は少しでもその手伝いができて嬉しいの。できる事ならそれをやり遂げるまで見届けたい」
屈託のない笑みを向けられて、気の無い返事しかできずにいた。今の自分がどんな表情をしているかなんて考える余裕もない。
自分と師叔どっちが好きなんだ。そう尋ねたらきっと、困るんだろう。それに、その答えを知りたくない。臆病風を吹かせて退いた自分自身に腹を立てていた。
いつか自分から離れていく時は心から笑って送り出せるんだろうか。
きっと、無理だ。
両腕に抱えた山積みの巻物を落とさないように回廊を進む。中には相当古臭いのもあるようで、埃とカビの匂いがした。周公旦から預かったこれらを師叔の執務室に届けるのが現在の任務。過去の資料だとかで、必ず目を通しておいて欲しいと言っていた。
いざ執務室の前に到着するも、ノックしようにも両手が塞がっている。どうせサボってぐうたらしているのだろうから、声だけかけて部屋に押し入った。
「入るさ師叔。……っと、霧華来てたんか」
入口付近で霧華とぶつかりそうになる。とんっと巻物の一つが腕から零れ落ちた。それを霧華が拾い上げる。
「天兄。大丈夫?」
「ああ。これは師叔に……って、あからさまにイヤそーな顔してっさ。あーたにお届けものさね」
不快なモノを見るような師叔の目。んな顔されても、こっちは預かっただけさ。
ぷいと顔を背けた師叔は「いらん」と一言。あーた今年で何歳よ。てんで子どもみたいな態度だ。
「いらんって……こっちは届けるように頼まれてるんさ。ほい」
有無を言わせずに机の上に資料の山を置く。霧華が拾った分もその上に乗せた。うんざりといった様子で師叔が呻き声をあげている。と思えば次に言い訳を始めた。
「先ほど山積みの書類を捌き終わったと思えば……これでは休まる暇が無いではないか!」
「あ、ちなみに明日までに目を通してほしいそうさ」
「うう……おぬしら鬼か。人の皮を被った鬼であろう」
「人聞きが悪いっての。あーたが日頃サボってた分がツケになってたんだろ?」
図星だったのか、がくっと項垂れて机に伏した。心なしか、頭巾の耳もへたっと萎れている。師叔があーだのうーだのワガママ言ってるから、見かねた霧華が優しく声をかけた。
「師叔。私に出来ることがあればお手伝い致します」
「……おお。鬼のような天化と違い、おぬしは心優しい天使だのう」
「霧華、あんまし師叔を甘やかしたらダメさ」
「それはおぬしが言えた台詞ではなかろう!手伝ってくれると言っておるのだ、構わんだろうに!」
このぐうたら師叔は何としてでも霧華を味方につけたいようだ。仕事の量を減らす理由とは言え、なんか面白くないさ。頭をガシガシと掻いた後に溜息を吐きだした。
「だったら俺っちも手伝うさ。ヒマだかんね」
「ほー。珍しいこともあるのう」
「人手が欲しいんだろ?明日までに終わんなくて、あーたがハリセンですぱすぱ殴られようが俺っちには関係ねーけどさ」
「ぐっ……やはりおぬし鬼であろう」
「バカ言ってないでさっさと片付けるさ」
似たようなやりとりを続け、文句を垂れていた割にてきぱきと片付けていく。やればできるんさ。どうして今までそうして来なかったんかね。
そんな中、頭脳戦に向いている霧華は師叔と意見を交わすことも少なくなかった。資料に基づいて分析した的確な意見を述べる霧華を周の軍師が重宝しているのも見てわかる。
真剣な表情で話に耳を傾けていた師叔が一度頷いた。
「そのような捉え方もある、か。やはり男と女では考え方が違う。この矛盾を埋めていけば良い案が出そうだ」
「お役に立てて光栄です」
顔を上げたのは何となくだった。長い時間下を向いていたせいで首が痛くなって、資料から目を離した。偶然目に留まったのは頬を赤らめている霧華の顔。途端にチクリとした胸の痛みを感じ、喉を絞められたような息苦しさを覚えた。それにイライラしてくる。
見なきゃよかった。どこかでそう後悔していた自分がいた。気を紛らわせようとまた手元の資料に目を落とす。
もやもやとした不快な感情が渦巻くまま、時間が過ぎていった。
昼から始めた作業は夕餉の時間まで続き、山積みだった資料を五分の一程度の量にまとめ終えた。
机に突っ伏した師叔はまとめた資料を握り締めて力ない声を出している。
「お、終わった……これもおぬしら二人が手伝ってくれたおかげだ」
「お疲れ様です。師叔がテキパキと師叔進めてくださったからですよ」
「能ある鷹は爪を隠すと言うからのう!」
「自惚れんのはいーから、さっさと渡してくるさ」
いい加減首と肩が固まりそうで、ソファの背もたれに寄りかかる。左右に首を動かすとぼきぼきと音が鳴った。組んだ足を抱えつつ、師叔を睨み付ける。けど、何も言い返してこないからおかしいと思ったら、したり顔でニヤニヤ意地悪く笑い出す。それが無性にムカついて、僅かに片眉がぴくりと動いた。
「ほほう。天化、どうした?随分とご機嫌斜めのようだのう」
「……あーたのその顔ムカつくさ」
「わしは元々このような顔であるぞ?…ふふ、まあよいわ。さて、わしはこの書類を渡しに行ってくる。おぬしらは先に夕餉にいっておれ。わしも後で合流しよう」
「では、お先に。お待ちしております」
自分とは正反対に上機嫌だ。一種のあれかもしれない、徹夜すると無意味にハイになるってやつ。
なんにせよ、このムカムカした気持ちは治まる事を知らなかった。師叔の執務室を出てから食堂に向かう途中、煙草に火を点ける。肺に吸い込んだ煙を細く、吐き出す。風がないのか真っすぐに立ち上って消えていった。
回廊も半ばまで来た所で不意に「天兄」と呼ばれた。
「疲れてない?」
「ん……慣れない作業だったかんな。やっぱ俺っちには体動かしてる方が性に合ってるさ」
見上げられた目が弓なりに細められて、笑った。釣られてこちらの口元も緩む。
昼間、資料の分析に貢献していた霧華。その隣にいた師叔が、その二人が似合いのように思えて。そう、考え付いた所で歩みを止める。急に立ち止まった事を不審に感じたのか、また天兄と呼ばれた。
「霧華は師叔が好きなんか」
今さら聞くような事でもなかった。封神計画が始まってからというもの、霧華は師叔のことばかり話していたから。あの頃はフツーに笑って返していたのに。今じゃ、愛想笑いすら浮かべられない自分が居る。
「好きっていうよりも……尊敬に近い感情。私の他にも同じような理想を持っている人がいたんだって。だから今は少しでもその手伝いができて嬉しいの。できる事ならそれをやり遂げるまで見届けたい」
屈託のない笑みを向けられて、気の無い返事しかできずにいた。今の自分がどんな表情をしているかなんて考える余裕もない。
自分と師叔どっちが好きなんだ。そう尋ねたらきっと、困るんだろう。それに、その答えを知りたくない。臆病風を吹かせて退いた自分自身に腹を立てていた。
いつか自分から離れていく時は心から笑って送り出せるんだろうか。
きっと、無理だ。