封神演義(WJ)
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回想録 帰る場所
仙人界へ来てからというもの、毎晩の鍛錬が日課になっていた。
星と月の明かりさえあれば充分周りが見える。最近は夜目も利くようになったおかげで、視界の範囲は昼間とさほど変わらなくなった。集中し過ぎで足踏み外しそうになることもなくなった。あん時はマジで落ちるかと思ったさ。
汗を流してから夜風に当たることも暑い季節ならではの習慣。火照った体と髪が乾いてから部屋に戻ると日付が変わるか変わらないかぐらいの深夜帯。睡眠も大事だというのは知っているから、鍛錬後は大人しく眠っている。
今夜も夜風に当たって、部屋に戻ろうとしていた。昨日、あまり眠れなかったせいか欠伸がさっきから出てくる。自分の部屋に向かう途中、霧華の部屋の前を通り過ぎた。そん時に聞こえた声に足を止めた。
泣いている声が聞こえた。
ほんの僅かに開いたドアの隙間。そこから声を押し殺して泣いている声が聞こえてくる。手の平で押し開けたドアは音も無く静かに動いた。
中を覗くと、窓から差し込んだ月明かりが室内を青白く浮かび上がらせている。部屋の造りは同じはずなのに、人の部屋だとそれがやけに不思議な感じを演出していた。
壁際の寝台に丸みのある塊が乗っている。近づいてわかったのはそれが毛布を頭から被っている霧華だということ。霧華は膝を抱えて、顔を伏せて、肩を震わせていた。俺っちが入ってきた事にも気が付かなかったようで、目の前にしゃがんで「どうした」と声をかけてようやく伏せていた顔を上げる。丸い目からは涙がボロボロ零れていて、小さな口をへの字に曲げて、俺っちを見て「天兄」と息を詰まらせながら喋った。
「どっか痛いんさ?」
頭を横に二回大きく振る。
「コワい夢でも見た?」
また、同じように頭を横に振る。
夜が怖い、とは考えにくかった。それならもっと前から気づけるはずだし。それが違うなら、直感的に思いついたのはこれだ。
「故郷が恋しいんか。寂しいんさ?」
霧華は間を置いて、それから、小さく頷いた。こんな歳で、独りで遠く離れた場所で暮らしているんだ。寂しくないわけがない。自分だって故郷や家族が恋しい時ある。
俯いた小さな頭を毛布の上からよしよしと撫でる。そんなに泣いちまったら目が真っ赤になるよ。
「…でも、でもね。わたし、おかあさんも、おとうさんもいない、から……帰るところ、もう、…ないの」
霧華の両親は仙道同士の争いに巻き込まれて命を落とした。帰る場所を無くした霧華を偶然見つけた師父が仙界に連れてきたのだと。この事を知ったのはしばらく月日が流れてからだった。
丸めた背中はとても小さく見えて、このまま夜の闇に圧し潰されてしまうんじゃないか。縋れる場所も無くて、泣きじゃくってもあやしてくれる母ちゃんもいない。瞼の裏に父母の姿がふっと浮かんだ。
「あるさ」
「……?」
「霧華の帰る場所、ここにある」
そう言って自分の胸を拳でトンと叩いた。帰る場所がないなら作ればいい。
「俺っちが霧華の帰る場所になる。霧華は大事な妹弟子さ。だから、寂しかったらいつでもここに来ればいいんさ」
「天兄」
「俺っちがついてる。そしたら寂しくないだろ?」
「……うん。ありがと」
「ほらそんなに泣いたら目ぇ真っ赤になるさね。今夜は俺っちココにいるから、もう横になって寝た方がいい」
横になった霧華に毛布を肩まで掛け直す。寝台の端に腰掛けて、頭を優しく撫でてやる。そのまま目を閉じて眠るかと思いきや、じっとこちらを見てきた。
「どうしたんさ」
「……天兄、手、つないでもいい?」
「そんなのお安い御用さ」
毛布の横から伸びてきた左手を握り返した。すると霧華はちょっとだけはにかんで、目を瞑った。
この一回り小さな手の平がとても愛おしいと思えたんだ。
仙人界へ来てからというもの、毎晩の鍛錬が日課になっていた。
星と月の明かりさえあれば充分周りが見える。最近は夜目も利くようになったおかげで、視界の範囲は昼間とさほど変わらなくなった。集中し過ぎで足踏み外しそうになることもなくなった。あん時はマジで落ちるかと思ったさ。
汗を流してから夜風に当たることも暑い季節ならではの習慣。火照った体と髪が乾いてから部屋に戻ると日付が変わるか変わらないかぐらいの深夜帯。睡眠も大事だというのは知っているから、鍛錬後は大人しく眠っている。
今夜も夜風に当たって、部屋に戻ろうとしていた。昨日、あまり眠れなかったせいか欠伸がさっきから出てくる。自分の部屋に向かう途中、霧華の部屋の前を通り過ぎた。そん時に聞こえた声に足を止めた。
泣いている声が聞こえた。
ほんの僅かに開いたドアの隙間。そこから声を押し殺して泣いている声が聞こえてくる。手の平で押し開けたドアは音も無く静かに動いた。
中を覗くと、窓から差し込んだ月明かりが室内を青白く浮かび上がらせている。部屋の造りは同じはずなのに、人の部屋だとそれがやけに不思議な感じを演出していた。
壁際の寝台に丸みのある塊が乗っている。近づいてわかったのはそれが毛布を頭から被っている霧華だということ。霧華は膝を抱えて、顔を伏せて、肩を震わせていた。俺っちが入ってきた事にも気が付かなかったようで、目の前にしゃがんで「どうした」と声をかけてようやく伏せていた顔を上げる。丸い目からは涙がボロボロ零れていて、小さな口をへの字に曲げて、俺っちを見て「天兄」と息を詰まらせながら喋った。
「どっか痛いんさ?」
頭を横に二回大きく振る。
「コワい夢でも見た?」
また、同じように頭を横に振る。
夜が怖い、とは考えにくかった。それならもっと前から気づけるはずだし。それが違うなら、直感的に思いついたのはこれだ。
「故郷が恋しいんか。寂しいんさ?」
霧華は間を置いて、それから、小さく頷いた。こんな歳で、独りで遠く離れた場所で暮らしているんだ。寂しくないわけがない。自分だって故郷や家族が恋しい時ある。
俯いた小さな頭を毛布の上からよしよしと撫でる。そんなに泣いちまったら目が真っ赤になるよ。
「…でも、でもね。わたし、おかあさんも、おとうさんもいない、から……帰るところ、もう、…ないの」
霧華の両親は仙道同士の争いに巻き込まれて命を落とした。帰る場所を無くした霧華を偶然見つけた師父が仙界に連れてきたのだと。この事を知ったのはしばらく月日が流れてからだった。
丸めた背中はとても小さく見えて、このまま夜の闇に圧し潰されてしまうんじゃないか。縋れる場所も無くて、泣きじゃくってもあやしてくれる母ちゃんもいない。瞼の裏に父母の姿がふっと浮かんだ。
「あるさ」
「……?」
「霧華の帰る場所、ここにある」
そう言って自分の胸を拳でトンと叩いた。帰る場所がないなら作ればいい。
「俺っちが霧華の帰る場所になる。霧華は大事な妹弟子さ。だから、寂しかったらいつでもここに来ればいいんさ」
「天兄」
「俺っちがついてる。そしたら寂しくないだろ?」
「……うん。ありがと」
「ほらそんなに泣いたら目ぇ真っ赤になるさね。今夜は俺っちココにいるから、もう横になって寝た方がいい」
横になった霧華に毛布を肩まで掛け直す。寝台の端に腰掛けて、頭を優しく撫でてやる。そのまま目を閉じて眠るかと思いきや、じっとこちらを見てきた。
「どうしたんさ」
「……天兄、手、つないでもいい?」
「そんなのお安い御用さ」
毛布の横から伸びてきた左手を握り返した。すると霧華はちょっとだけはにかんで、目を瞑った。
この一回り小さな手の平がとても愛おしいと思えたんだ。