封神演義(WJ)
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回想録 懐かしい夢を見た
「天化!」
快活で辺り一帯に響くような声が黒髪の少年の名を呼んだ。片手のみで己の体を支えて腕立て伏せをしていた少年が七十を数えた所で静止する。顔を上げた先には己の師父ともう一人知らない少女がいた。
体を猫のように撓らせて体勢を整え立つ様は身軽なこと。さすが我が弟子と清虚道徳真君は頷く。
「コーチ、そっちの女の子は誰さ」
「紹介しよう、君の妹弟子だ!」
「へ?」
あまりにも突然の事に少年はその目を真ん丸く見開いた。次に疑り深い様子で師父に問う。
無理もない。己の勧誘時が半ば強制的だったのだから。またそれを繰り返しているのかと疑いたくもなる。
「コーチ……まさかまた無理やり」
「さあ、ご挨拶して!」
「人の話聞いてないさ」
少年は溜息をつきながらも、まだ汗の引かない額を手の甲で拭う。師父の隣に目線を下げると、己よりも頭二つ分ほど低い背の少女。十代前半といった所だろうか。髪は自分と同じ艶のある黒で、肩まで伸びた髪が風に柔らかく揺れた。
少女は初めて会う人間を前に恥じらいながらも、明るい笑顔をぱっと綻ばせた。
「はじめまして。今日からお世話になります、よろしくお願いします天化にいさま!」
見た目よりもだいぶしっかりとした話し方。言葉遣いもだが礼儀も正しい。ぺこりと頭を下げた少女に少年は頬を人差し指でかくような仕草を見せた。
「俺っちは黄天化。天化でいーさ。なんかにいさまって呼ばれっと背中がムズムズしちまう」
右手で少女の小さな頭を優しく撫でる。その頭は片手に収まりそうなぐらい小さかった。少年の脳裏にふと人間界に居る家族、弟の顔が浮かぶ。もう一人妹ができたみたいだと少年の表情が綻んだ。
少女はと言うと、何と呼べばいいのか困惑していたようだが、じゃあと応えた。
「天兄!」
「お、いーね。なんか新鮮さ」
*
俺っちの妹弟子は年齢や体格をちっともハンデだと思わせなかった。むしろそれを自分の得手として日々成長していく。こいつは負けられねえと自身の修行にも身が入った。
今まで一人で修行していた時間が二人で組む方が多くなって、それが当たり前になっていった。組手で勝つのはいつも俺っちさ。流石にこれで負けたら男としてのプライドってもんがな。敗者の捨て台詞はいつも「絶対にいつか天兄に勝ってやるんだから!」って言ってたな。結局、それが叶う日は来やしなかった。
あいつは優しい性格で、どんな小さな命も大切にしていた。エライ、だなんて褒めたら命に大小は関係ないって怒られたこともあったな、そういや。ただ戦闘向きじゃないんさ。遠近のどちらも得意じゃない、攻めるよりも補助に向いてるんじゃないかと俺っちは気づいた。じゃあどうしてコーチの弟子になったのか。やっぱり無理やり連れて来たのか、ある日それを聞いたら実にコーチらしい答えが返ってきた。
「彼女は守りに秀でている。攻撃は最大の防御とも言うが逆もまた然り。接近戦向きの天化とペアを組めば最強になれる!」
そう簡単に言ってくれる。けど、ペアったって相性悪かったらどうすんのかね。幸い俺っちたちは仲良かったけどさ。
宝貝を貰い受けたのはほぼ同時だった。お互い初めて手にする宝貝に胸が高鳴るのを抑えられないのと、扱い方にだいぶ苦戦もした。力の使い過ぎでよくあいつはへばってたさ。それでもコンビネーションは上手くいってたと思う。
俺っちが莫邪の宝剣の扱いに慣れてきた折だった。やけに真面目な顔をしたコーチからある話を聞いた。それで人間界に降りる決断をした。
個室のドアをノックしてから中に声をかける。少し気だるそうな返事が聞こえたので静かに部屋に入った。
数日前に宝貝の力を使いすぎて倒れたけど、本人は意外と元気そうにしていた。寝台に上半身だけ起こしている。俺っちの顔を見ると読んでいた本を閉じた。
「天兄」
「だいぶ顔色良くなったみたいさ」
「うん。雲中子様のお薬のおかげ」
「……それ、大丈夫なんか。副作用とか」
あの人が作る薬は良くも悪くも評判という噂。熱が出てないかと額に手を当てると、肩を上下に震わせて笑われる。
「大丈夫よ。なんともないから」
「異常がないんならいーさ」
「天兄、今日はもう鍛錬終わったの?」
「……ああ。実は人間界に降りることになった。俺っちの家族が朝歌から西岐に向かってる」
その準備をすると話したところで、目の前から笑顔がすっと消えた。細い眉を顰めて、口元を引き締めて小さな声で「天兄」と呼ばれる。今、人間界で起きていることは仙界の仙道たちの耳にも入っている。
「私も、私も行くっ!天兄の家族の力になりたい」
「そーゆうと思ったぜ。そう慌てなさんな、コーチは二人で人間界に行けって言ってたさ」
「じゃあ」
「但し、万全の体調になってから。ってな」
「……」
喜んだと思えば落ち込んで、昔から表情がコロコロ変わる。本当に見てて飽きないし、放っておけない妹弟子だった。今の状態だと自分が足手まといになると充分わかってる。負けず嫌いな所はどうやら俺っちに似ちまったみたいだが、物分かりはこいつの方が良い。
寝台の端に腰を下ろして、いつものように頭を撫でてやると唇を真一文字に結ぶ。いや、やっぱ悔しそうさね。
「早く元気になって、追いかけて来いよ。待ってっから」
「うん。……私、すぐ追いつくから。だから、待ってて」
「あ。そういや、親父たちは太公望師叔と合流すっかもしんねえって」
「太公望師叔と!?」
太公望師叔という単語に目の色を変えて反応、詰め寄ってきたから思わず身を引いた。目がキラキラしてるさ。憧れっていう気持ちはホントに動力源になる。もう怪しさ満点の薬なんか飲まなくても良さそうさ。
「お、おお」
「……太公望師叔に会える。私、すぐ行くから!師叔のお力にもなりたい」
「お、元気でたさ。霧華には薬よりも師叔の話の方が効果てき面さね」
あいつの笑い声が聞こえた気がして、目を開けた。寝起きの身体を寝台から起こして、周りを見渡す。そこには誰もいない。欠伸を一つ逃がして、頭の後ろを掻いた。
居るはずのない姿がないのは当たり前。何千年も前の懐かしい夢。胸の辺りが柔らかい温かさに包まれたような気がした。
じわりと目尻に滲んだもの。それを片手で覆い隠すように両の目に。
「……今、何処でなにしてるんさ。霧華」
「天化!」
快活で辺り一帯に響くような声が黒髪の少年の名を呼んだ。片手のみで己の体を支えて腕立て伏せをしていた少年が七十を数えた所で静止する。顔を上げた先には己の師父ともう一人知らない少女がいた。
体を猫のように撓らせて体勢を整え立つ様は身軽なこと。さすが我が弟子と清虚道徳真君は頷く。
「コーチ、そっちの女の子は誰さ」
「紹介しよう、君の妹弟子だ!」
「へ?」
あまりにも突然の事に少年はその目を真ん丸く見開いた。次に疑り深い様子で師父に問う。
無理もない。己の勧誘時が半ば強制的だったのだから。またそれを繰り返しているのかと疑いたくもなる。
「コーチ……まさかまた無理やり」
「さあ、ご挨拶して!」
「人の話聞いてないさ」
少年は溜息をつきながらも、まだ汗の引かない額を手の甲で拭う。師父の隣に目線を下げると、己よりも頭二つ分ほど低い背の少女。十代前半といった所だろうか。髪は自分と同じ艶のある黒で、肩まで伸びた髪が風に柔らかく揺れた。
少女は初めて会う人間を前に恥じらいながらも、明るい笑顔をぱっと綻ばせた。
「はじめまして。今日からお世話になります、よろしくお願いします天化にいさま!」
見た目よりもだいぶしっかりとした話し方。言葉遣いもだが礼儀も正しい。ぺこりと頭を下げた少女に少年は頬を人差し指でかくような仕草を見せた。
「俺っちは黄天化。天化でいーさ。なんかにいさまって呼ばれっと背中がムズムズしちまう」
右手で少女の小さな頭を優しく撫でる。その頭は片手に収まりそうなぐらい小さかった。少年の脳裏にふと人間界に居る家族、弟の顔が浮かぶ。もう一人妹ができたみたいだと少年の表情が綻んだ。
少女はと言うと、何と呼べばいいのか困惑していたようだが、じゃあと応えた。
「天兄!」
「お、いーね。なんか新鮮さ」
*
俺っちの妹弟子は年齢や体格をちっともハンデだと思わせなかった。むしろそれを自分の得手として日々成長していく。こいつは負けられねえと自身の修行にも身が入った。
今まで一人で修行していた時間が二人で組む方が多くなって、それが当たり前になっていった。組手で勝つのはいつも俺っちさ。流石にこれで負けたら男としてのプライドってもんがな。敗者の捨て台詞はいつも「絶対にいつか天兄に勝ってやるんだから!」って言ってたな。結局、それが叶う日は来やしなかった。
あいつは優しい性格で、どんな小さな命も大切にしていた。エライ、だなんて褒めたら命に大小は関係ないって怒られたこともあったな、そういや。ただ戦闘向きじゃないんさ。遠近のどちらも得意じゃない、攻めるよりも補助に向いてるんじゃないかと俺っちは気づいた。じゃあどうしてコーチの弟子になったのか。やっぱり無理やり連れて来たのか、ある日それを聞いたら実にコーチらしい答えが返ってきた。
「彼女は守りに秀でている。攻撃は最大の防御とも言うが逆もまた然り。接近戦向きの天化とペアを組めば最強になれる!」
そう簡単に言ってくれる。けど、ペアったって相性悪かったらどうすんのかね。幸い俺っちたちは仲良かったけどさ。
宝貝を貰い受けたのはほぼ同時だった。お互い初めて手にする宝貝に胸が高鳴るのを抑えられないのと、扱い方にだいぶ苦戦もした。力の使い過ぎでよくあいつはへばってたさ。それでもコンビネーションは上手くいってたと思う。
俺っちが莫邪の宝剣の扱いに慣れてきた折だった。やけに真面目な顔をしたコーチからある話を聞いた。それで人間界に降りる決断をした。
個室のドアをノックしてから中に声をかける。少し気だるそうな返事が聞こえたので静かに部屋に入った。
数日前に宝貝の力を使いすぎて倒れたけど、本人は意外と元気そうにしていた。寝台に上半身だけ起こしている。俺っちの顔を見ると読んでいた本を閉じた。
「天兄」
「だいぶ顔色良くなったみたいさ」
「うん。雲中子様のお薬のおかげ」
「……それ、大丈夫なんか。副作用とか」
あの人が作る薬は良くも悪くも評判という噂。熱が出てないかと額に手を当てると、肩を上下に震わせて笑われる。
「大丈夫よ。なんともないから」
「異常がないんならいーさ」
「天兄、今日はもう鍛錬終わったの?」
「……ああ。実は人間界に降りることになった。俺っちの家族が朝歌から西岐に向かってる」
その準備をすると話したところで、目の前から笑顔がすっと消えた。細い眉を顰めて、口元を引き締めて小さな声で「天兄」と呼ばれる。今、人間界で起きていることは仙界の仙道たちの耳にも入っている。
「私も、私も行くっ!天兄の家族の力になりたい」
「そーゆうと思ったぜ。そう慌てなさんな、コーチは二人で人間界に行けって言ってたさ」
「じゃあ」
「但し、万全の体調になってから。ってな」
「……」
喜んだと思えば落ち込んで、昔から表情がコロコロ変わる。本当に見てて飽きないし、放っておけない妹弟子だった。今の状態だと自分が足手まといになると充分わかってる。負けず嫌いな所はどうやら俺っちに似ちまったみたいだが、物分かりはこいつの方が良い。
寝台の端に腰を下ろして、いつものように頭を撫でてやると唇を真一文字に結ぶ。いや、やっぱ悔しそうさね。
「早く元気になって、追いかけて来いよ。待ってっから」
「うん。……私、すぐ追いつくから。だから、待ってて」
「あ。そういや、親父たちは太公望師叔と合流すっかもしんねえって」
「太公望師叔と!?」
太公望師叔という単語に目の色を変えて反応、詰め寄ってきたから思わず身を引いた。目がキラキラしてるさ。憧れっていう気持ちはホントに動力源になる。もう怪しさ満点の薬なんか飲まなくても良さそうさ。
「お、おお」
「……太公望師叔に会える。私、すぐ行くから!師叔のお力にもなりたい」
「お、元気でたさ。霧華には薬よりも師叔の話の方が効果てき面さね」
あいつの笑い声が聞こえた気がして、目を開けた。寝起きの身体を寝台から起こして、周りを見渡す。そこには誰もいない。欠伸を一つ逃がして、頭の後ろを掻いた。
居るはずのない姿がないのは当たり前。何千年も前の懐かしい夢。胸の辺りが柔らかい温かさに包まれたような気がした。
じわりと目尻に滲んだもの。それを片手で覆い隠すように両の目に。
「……今、何処でなにしてるんさ。霧華」