鬼灯の冷徹
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白昼夢
白昼夢とはなにか。
目を開けたまま見る、非現実的な出来事を映像として捉えることだ。
今の私にはその言葉が一番しっくりしていた。
右を向いても鬼、左を向いても鬼。さらには室内を小さな妖精が飛び回っている。
そんな非現実的な存在に囲まれた中、私は文机に向かって筆を取っているのだから笑えてくる。
最初の説明では書類の整理をと頼まれていた。が、やはりそれだけで済むはずもなく。
人手が足りないと次々と仕事を押し付けられる。雇用書通りに雇われるなんてことは何処も同じようだ。
そんな不遇な扱いにはとうに慣れていた。私は嫌な顔一つせずに、はいはいと仕事をこなしていた。
記録課という部署で仕事を回され続け、ほんの二時間前に腰を落ち着けたのはこの文机だった。
仕事内容を要約すると、飛び回るあの妖精が書いたメモを清書するのだ。
文字を書くことは嫌いじゃない。ただ、慣れない筆に苦戦していた。
それでも書いていくうちに見てくれが良くなっていく。伊達にペン字の検定を持っていない。
「……ふむ。悪くない仕事ぶりです」
そして現在。雇用人の鬼灯さんが様子を見に来ていた。
私が綴った巻物を見ながら満足げに頷く。仕事の出来が失望されるようなレベルじゃないことだけは確かだ。
「ところで。資料整理のはずが何故記録係りに就いているのですか」
「記録係りの方が一人倒れてしまいまして。急遽その代打です」
「今朝といい、大丈夫かこの課」
「私が言うのもなんですが、長期間就いていると発狂しそうな雰囲気があります」
「この課の視察を近々しなければ」
鬼灯さんの手の内で巻物がきれいに収まっていく。
巻物を綺麗に巻ける人を初めて見た。昔、実家で家系図を見たとき上手く巻けなくて、何度も巻きなおした。
こんな風に巻物を巻ける人はかっこよく見える。 ああ、人じゃなくて鬼だったか。
「誤字、脱字もありませんね。この仕事のプロになれそうですよ」
「ありがとうございます」
「こちらも大助かりです。と、言っておきながらですが、何故貴女は此処に?」
あの井戸はだいぶ前に塞いだはずだ。他にも現世の人間が迷い込むポイントがあるのだろうか。
巻物に視線をぶつけていた鬼灯さんが独り言を呟いていた。
こことはつまり地獄のことなんだろう。
さっきの様子や、鬼灯さんの口ぶりからして私はここに居てはいけない世界。
正確には、生きている私が来るべき所ではない。
「それが私にもよくわかりません。……もしかしたら、此処は私が見ている夢の世界かもしれないです。真昼に見るような夢というか」
「貴女は実に愉快な空想世界を見ているようですね。年頃の女性が普通こんな世界想像しますか。此処は貴女の夢物語ではありません。現実に存在している場所です。地獄です」
夢ではない。淡々と真っ向から否定をされてしまった。
では、どこにその証拠があるのか。
だって何の脈絡もなく、突然ここにやってきた。呆然と見上げた大きな門。
私の悶々とした思考は伸びてきた手に遮られてしまった。
鬼灯さんの手が私の頬を容赦なく抓りあげてくる。
思わず叫びたくなるほど痛い。痛い、痛いと声を荒らげるとパッと手が離れた。
「人は夢か現実か確かめる為に頬を抓るそうです」
「後から説明しないでくださいよ!」
「ね、痛かったでしょう?」
首を傾げる仕草自体は可愛らしいけど、全くの無表情でやられると逆に恐怖を感じた。
確かに痛みを感じた。そして、目の前の世界が揺らぐことなく、全く消えようとしない。
これは現実の出来事なんだろうか。
ひりひりと痛む頬をさすっていると、鬼灯さんが金棒を持ち上げた。
「まだ信じられないと言うなら、軽く一発お見舞いしましょうか」
「それ全然軽くないです」
「冗談ですよ。人の貴女にやったら確実に死にますからね」
真顔で冗談と言われても、冗談に聞こえない。
表情って大切なんだなあと私は改めて実感した。
金棒を地面に下ろす時にごんっと音が響いた。
着物の懐から懐中時計を取り出し、時間を確認するとすぐに収めた。
「あと十分で昼休みです。また後で来ますから、貴女はここで待っていてください」
「わかりました」
「それでは」
この人、いやこの鬼は怖い人なのかそれとも良い鬼なのか。
とりあえず昔話に出てくるように、とって喰われるなんてことはなさそうだ。
文机に向かい、次の巻物を広げた。
硯に墨を足し、筆をつける。ふと顔を上げて、周りを見渡した。
周囲の後頭部には角が生えているのが見える。
これが夢じゃないというなら、やはり現実に起きている出来事なんだろうか。
誰か、『どっきりです!』という札を持ってきてくれやしないだろうか。
白昼夢とはなにか。
目を開けたまま見る、非現実的な出来事を映像として捉えることだ。
今の私にはその言葉が一番しっくりしていた。
右を向いても鬼、左を向いても鬼。さらには室内を小さな妖精が飛び回っている。
そんな非現実的な存在に囲まれた中、私は文机に向かって筆を取っているのだから笑えてくる。
最初の説明では書類の整理をと頼まれていた。が、やはりそれだけで済むはずもなく。
人手が足りないと次々と仕事を押し付けられる。雇用書通りに雇われるなんてことは何処も同じようだ。
そんな不遇な扱いにはとうに慣れていた。私は嫌な顔一つせずに、はいはいと仕事をこなしていた。
記録課という部署で仕事を回され続け、ほんの二時間前に腰を落ち着けたのはこの文机だった。
仕事内容を要約すると、飛び回るあの妖精が書いたメモを清書するのだ。
文字を書くことは嫌いじゃない。ただ、慣れない筆に苦戦していた。
それでも書いていくうちに見てくれが良くなっていく。伊達にペン字の検定を持っていない。
「……ふむ。悪くない仕事ぶりです」
そして現在。雇用人の鬼灯さんが様子を見に来ていた。
私が綴った巻物を見ながら満足げに頷く。仕事の出来が失望されるようなレベルじゃないことだけは確かだ。
「ところで。資料整理のはずが何故記録係りに就いているのですか」
「記録係りの方が一人倒れてしまいまして。急遽その代打です」
「今朝といい、大丈夫かこの課」
「私が言うのもなんですが、長期間就いていると発狂しそうな雰囲気があります」
「この課の視察を近々しなければ」
鬼灯さんの手の内で巻物がきれいに収まっていく。
巻物を綺麗に巻ける人を初めて見た。昔、実家で家系図を見たとき上手く巻けなくて、何度も巻きなおした。
こんな風に巻物を巻ける人はかっこよく見える。 ああ、人じゃなくて鬼だったか。
「誤字、脱字もありませんね。この仕事のプロになれそうですよ」
「ありがとうございます」
「こちらも大助かりです。と、言っておきながらですが、何故貴女は此処に?」
あの井戸はだいぶ前に塞いだはずだ。他にも現世の人間が迷い込むポイントがあるのだろうか。
巻物に視線をぶつけていた鬼灯さんが独り言を呟いていた。
こことはつまり地獄のことなんだろう。
さっきの様子や、鬼灯さんの口ぶりからして私はここに居てはいけない世界。
正確には、生きている私が来るべき所ではない。
「それが私にもよくわかりません。……もしかしたら、此処は私が見ている夢の世界かもしれないです。真昼に見るような夢というか」
「貴女は実に愉快な空想世界を見ているようですね。年頃の女性が普通こんな世界想像しますか。此処は貴女の夢物語ではありません。現実に存在している場所です。地獄です」
夢ではない。淡々と真っ向から否定をされてしまった。
では、どこにその証拠があるのか。
だって何の脈絡もなく、突然ここにやってきた。呆然と見上げた大きな門。
私の悶々とした思考は伸びてきた手に遮られてしまった。
鬼灯さんの手が私の頬を容赦なく抓りあげてくる。
思わず叫びたくなるほど痛い。痛い、痛いと声を荒らげるとパッと手が離れた。
「人は夢か現実か確かめる為に頬を抓るそうです」
「後から説明しないでくださいよ!」
「ね、痛かったでしょう?」
首を傾げる仕草自体は可愛らしいけど、全くの無表情でやられると逆に恐怖を感じた。
確かに痛みを感じた。そして、目の前の世界が揺らぐことなく、全く消えようとしない。
これは現実の出来事なんだろうか。
ひりひりと痛む頬をさすっていると、鬼灯さんが金棒を持ち上げた。
「まだ信じられないと言うなら、軽く一発お見舞いしましょうか」
「それ全然軽くないです」
「冗談ですよ。人の貴女にやったら確実に死にますからね」
真顔で冗談と言われても、冗談に聞こえない。
表情って大切なんだなあと私は改めて実感した。
金棒を地面に下ろす時にごんっと音が響いた。
着物の懐から懐中時計を取り出し、時間を確認するとすぐに収めた。
「あと十分で昼休みです。また後で来ますから、貴女はここで待っていてください」
「わかりました」
「それでは」
この人、いやこの鬼は怖い人なのかそれとも良い鬼なのか。
とりあえず昔話に出てくるように、とって喰われるなんてことはなさそうだ。
文机に向かい、次の巻物を広げた。
硯に墨を足し、筆をつける。ふと顔を上げて、周りを見渡した。
周囲の後頭部には角が生えているのが見える。
これが夢じゃないというなら、やはり現実に起きている出来事なんだろうか。
誰か、『どっきりです!』という札を持ってきてくれやしないだろうか。