封神演義(WJ)
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回顧録 肆
周軍が朝歌へと侵攻を始め、あと二日もすれば殷の軍勢と鉢合わせる。そんな折、兵の指揮を執っていた軍師が前触れもなく留守にするという事態が発生。霊獣に跨った太公望は周囲の反感を気にもとめずに仙人界へと向かっていった。
太公望が仙人界へ赴いた理由は二つ、否もう一つある。かつて此処で修行を積んでいた太子の裏切りの報告。これからに備え迎え撃つ為の策を入手した後、相棒の四不象にもう一箇所寄って欲しいと頼んでいた。すると「寄り道っスか?そんな暇ないっスよ!」と嗜めてきたが「だあほ。れっきとした用事だ」という主人の言葉を渋々信じて目的地へ飛んでいった。
間もなくして到着した場所は太乙真人が居る乾元山。入口に降り立ってすぐに機械の作業音が聞こえてきた。四不象にしばらくしたら迎えにくるよう伝え、太公望は太乙の元へ向かう。
「太乙よ、おるか」
これだけの騒音を響かせておいて、留守なはずがない。だが、あえてそう声をかけた。すると、珍しい来客に気付いた此処の主が特殊な防護眼鏡を親指で額の方へずらし、視界に太公望を映す。彼の来訪にパッと明るい顔を見せた。
「やあ。君が私の所を訪ねてくるなんて珍し……まさか、あの子がまた何か問題を」
「安心せい。起きとらん、今の所はな」
「引っかかる言い方だなあ。じゃあ、何の用だい?確か君たちは朝歌へ向けて進軍中のはずだろ」
作業台には何やら細かい部品がごちゃごちゃと散らばっている。何に使うのか全く想像もできないガラクタの様な物まであった。これがひとたび太乙真人の手にかかればあらゆる物を産み出すのだから、不思議で仕方がないと太公望は思っていた。さて、無駄話をしている暇はないと懐から首飾りを取り出し、太乙に差し出す。すっかり光を失った宝玉はその辺に落ちている石ころと差ほど変わりがない。
これを見た太乙の瞳孔が僅かに見開いた。両手でそれを受け取るも、微かな震えが止まらない。道徳から事の顛末を聞き、知っていたのだ。
「これは……あの娘の。でも、どうして太公望が」
「うむ。霧華の兄弟子から託された。…これはわしの側に置いておいた方が良い、その方が報われる、と。わしは兄弟子の彼奴が持っていた方が良いと言ったのだが」
形見となった首飾りの宝貝。一番に親しかった兄弟子が持った方がと一度は返したが、その後に語られた話を聞いて無下に突き返すこともできなくなってしまったのだ。
「太公望のことを崇拝レベルで尊敬していたからね、あの娘」
「……今でも何故そこまで慕われておったかわからん。もう、本人に聞くことも出来ぬからな。…この宝貝、持ち主を失ってから石と化した。以前は煌々と光を放っていたのだが」
「ふうむ」
「これを作ったのがおぬしと聞いてな。どうにか元に戻せぬかと思って訪ねたのだよ」
あらゆる角度から首飾りを観察していた太乙が唸り声をあげる。その反応からして良い答えは聞けなさそうであった。
「やってみよう。少し時間を貰えるかな。適当にその辺に座っててよ」
「頼んだぞ」
数十分後。ソファでくつろいでいた太公望の元へくたびれた顔の太乙がやって来た。やはり駄目だったかと、横にしていた体を起こして座り直す。
「ごめん、無理みたいだ。宝玉の石が完全に反応しないんだ。心を閉ざして石化して、まるで天岩戸に篭った天照大神のようだよ」
「……すまぬが、分かるように話してはくれんか?」
「あれ、天照大神知らない?近からず遠からずの国の話で」
「いや、それは知っておる。わしが知りたいのはその前、心を閉ざしていると」
疲れ目で瞬きを繰り返し、短く頷いた太乙は首飾りの宝玉を指示した。先程と何ら変わりのない、灰色の石。これがどういった意味を成しているのか。驚愕の事実を知ることとなった。
「宝貝としての反応は無い。けど、核には僅かに反応が見られるんだ。魂魄反応がね」
「魂魄反応?」
「そう、霧華ちゃんの魂魄。恐らくは彼女が消滅した後、何かの拍子に魂魄の一部がこの首飾りに引っかかったんだ。分離してしまった魂魄は片割れを探して彷徨っているかもしれないね。…何故心を閉ざしてしまったかは分からない。もしかしたら……」
「……魂魄が封神台へ向かわないように」
己の考えと一致した太公望に満足気な笑みを浮かべた。あくまで仮定でしかない。仮にそうだとして、残りの魂魄は人間界を彷徨っているか或いは輪廻へと向かっているか。真実を知る事は不可能、この宝玉は何も語りはしないのだから。
「もしも、輪廻転生したとしても記憶は大方きれいさっぱり抜け落ちてしまっているだろうね。自分の生い立ちや出逢った人々の事も。断定はできないけど。……それにしても、本当に不思議だよ。この宝貝、元は水晶をベースにしていたんだ」
「水晶だと?しかし、霧華が身に付けていた時は緑碧の光を宿していた。とても水晶とは思えん輝きで」
「そう、そうなんだよ。不可思議な現象は彼女が仙人界に居た時から起きていたんだ。私が作った時は確かに氷の様に透明な水晶だった。それなのに、彼女に渡してから変化したんだ。君が言う緑碧の宝石に。持ち主の力に反応したのか、それとも別の何かが」
最初は落ち着いて話していた太乙だが、段々と熱い口調で語り始めた。聞いていない事までペラペラと喋り出したのでうんざりと口元を引きつらせる。ごほんと太公望が咳払いをして「わしも先を急ぐのだが」と一言。ハッと我に返った太乙は照れたように笑い、首飾りを太公望へ返した。
「ああ、ごめんごめん。…とにかく、僕ではどうしようもないってこと。でも、大切にしてくれ」
「わかっておる。肌身離さず守るとしよう」
「それを聞いて安心したよ。あとは、」
もう一つ話を付け加えようと口を開くも、外から飛んできた四不象の「御主人~!もうそろそろ行かないと、遅刻するっス!」と太公望を捲し立てたので伝え損ねてしまった。
足早に飛び去って行く姿を見送りながら太乙は「まあ、そのうち気づくかな」と呟いた。
周軍が朝歌へと侵攻を始め、あと二日もすれば殷の軍勢と鉢合わせる。そんな折、兵の指揮を執っていた軍師が前触れもなく留守にするという事態が発生。霊獣に跨った太公望は周囲の反感を気にもとめずに仙人界へと向かっていった。
太公望が仙人界へ赴いた理由は二つ、否もう一つある。かつて此処で修行を積んでいた太子の裏切りの報告。これからに備え迎え撃つ為の策を入手した後、相棒の四不象にもう一箇所寄って欲しいと頼んでいた。すると「寄り道っスか?そんな暇ないっスよ!」と嗜めてきたが「だあほ。れっきとした用事だ」という主人の言葉を渋々信じて目的地へ飛んでいった。
間もなくして到着した場所は太乙真人が居る乾元山。入口に降り立ってすぐに機械の作業音が聞こえてきた。四不象にしばらくしたら迎えにくるよう伝え、太公望は太乙の元へ向かう。
「太乙よ、おるか」
これだけの騒音を響かせておいて、留守なはずがない。だが、あえてそう声をかけた。すると、珍しい来客に気付いた此処の主が特殊な防護眼鏡を親指で額の方へずらし、視界に太公望を映す。彼の来訪にパッと明るい顔を見せた。
「やあ。君が私の所を訪ねてくるなんて珍し……まさか、あの子がまた何か問題を」
「安心せい。起きとらん、今の所はな」
「引っかかる言い方だなあ。じゃあ、何の用だい?確か君たちは朝歌へ向けて進軍中のはずだろ」
作業台には何やら細かい部品がごちゃごちゃと散らばっている。何に使うのか全く想像もできないガラクタの様な物まであった。これがひとたび太乙真人の手にかかればあらゆる物を産み出すのだから、不思議で仕方がないと太公望は思っていた。さて、無駄話をしている暇はないと懐から首飾りを取り出し、太乙に差し出す。すっかり光を失った宝玉はその辺に落ちている石ころと差ほど変わりがない。
これを見た太乙の瞳孔が僅かに見開いた。両手でそれを受け取るも、微かな震えが止まらない。道徳から事の顛末を聞き、知っていたのだ。
「これは……あの娘の。でも、どうして太公望が」
「うむ。霧華の兄弟子から託された。…これはわしの側に置いておいた方が良い、その方が報われる、と。わしは兄弟子の彼奴が持っていた方が良いと言ったのだが」
形見となった首飾りの宝貝。一番に親しかった兄弟子が持った方がと一度は返したが、その後に語られた話を聞いて無下に突き返すこともできなくなってしまったのだ。
「太公望のことを崇拝レベルで尊敬していたからね、あの娘」
「……今でも何故そこまで慕われておったかわからん。もう、本人に聞くことも出来ぬからな。…この宝貝、持ち主を失ってから石と化した。以前は煌々と光を放っていたのだが」
「ふうむ」
「これを作ったのがおぬしと聞いてな。どうにか元に戻せぬかと思って訪ねたのだよ」
あらゆる角度から首飾りを観察していた太乙が唸り声をあげる。その反応からして良い答えは聞けなさそうであった。
「やってみよう。少し時間を貰えるかな。適当にその辺に座っててよ」
「頼んだぞ」
数十分後。ソファでくつろいでいた太公望の元へくたびれた顔の太乙がやって来た。やはり駄目だったかと、横にしていた体を起こして座り直す。
「ごめん、無理みたいだ。宝玉の石が完全に反応しないんだ。心を閉ざして石化して、まるで天岩戸に篭った天照大神のようだよ」
「……すまぬが、分かるように話してはくれんか?」
「あれ、天照大神知らない?近からず遠からずの国の話で」
「いや、それは知っておる。わしが知りたいのはその前、心を閉ざしていると」
疲れ目で瞬きを繰り返し、短く頷いた太乙は首飾りの宝玉を指示した。先程と何ら変わりのない、灰色の石。これがどういった意味を成しているのか。驚愕の事実を知ることとなった。
「宝貝としての反応は無い。けど、核には僅かに反応が見られるんだ。魂魄反応がね」
「魂魄反応?」
「そう、霧華ちゃんの魂魄。恐らくは彼女が消滅した後、何かの拍子に魂魄の一部がこの首飾りに引っかかったんだ。分離してしまった魂魄は片割れを探して彷徨っているかもしれないね。…何故心を閉ざしてしまったかは分からない。もしかしたら……」
「……魂魄が封神台へ向かわないように」
己の考えと一致した太公望に満足気な笑みを浮かべた。あくまで仮定でしかない。仮にそうだとして、残りの魂魄は人間界を彷徨っているか或いは輪廻へと向かっているか。真実を知る事は不可能、この宝玉は何も語りはしないのだから。
「もしも、輪廻転生したとしても記憶は大方きれいさっぱり抜け落ちてしまっているだろうね。自分の生い立ちや出逢った人々の事も。断定はできないけど。……それにしても、本当に不思議だよ。この宝貝、元は水晶をベースにしていたんだ」
「水晶だと?しかし、霧華が身に付けていた時は緑碧の光を宿していた。とても水晶とは思えん輝きで」
「そう、そうなんだよ。不可思議な現象は彼女が仙人界に居た時から起きていたんだ。私が作った時は確かに氷の様に透明な水晶だった。それなのに、彼女に渡してから変化したんだ。君が言う緑碧の宝石に。持ち主の力に反応したのか、それとも別の何かが」
最初は落ち着いて話していた太乙だが、段々と熱い口調で語り始めた。聞いていない事までペラペラと喋り出したのでうんざりと口元を引きつらせる。ごほんと太公望が咳払いをして「わしも先を急ぐのだが」と一言。ハッと我に返った太乙は照れたように笑い、首飾りを太公望へ返した。
「ああ、ごめんごめん。…とにかく、僕ではどうしようもないってこと。でも、大切にしてくれ」
「わかっておる。肌身離さず守るとしよう」
「それを聞いて安心したよ。あとは、」
もう一つ話を付け加えようと口を開くも、外から飛んできた四不象の「御主人~!もうそろそろ行かないと、遅刻するっス!」と太公望を捲し立てたので伝え損ねてしまった。
足早に飛び去って行く姿を見送りながら太乙は「まあ、そのうち気づくかな」と呟いた。