封神演義(WJ)
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回顧録 参
夜も更け、人々が深い眠りに着いている時間帯。この西岐城では夜番が目を光らせていた。今宵は小望月。視界は良好で曲者を見つけるにも都合が良い。
櫓に就いたその見張りの目を掻い潜り、闇に紛れてそろそろと駆ける怪しい影が一つ。影は身のこなし軽く屋根を伝い、このちょうど櫓から死角になる場所へ腰を落ち着けた。
月明かり良好、追っ手なし、一帯を眺望できる。この上なく絶好の場所だと太公望は懐から桃を一つ取り出した。先程、倉庫からこっそりくすねてきたもの。熟れた実はしゃくりと歯ざわりが良く、甘味と酸味が織り成す絶妙の美味さ。さることながら、穏やかな星空を眺めながら食べる桃は絶品だと舌鼓を打った。
ものの数分で一つ目の桃を平らげ、二つ目をと懐に手を入れたところであった。ふと、下方で人の動きを認知し、そっと覗き込む。影が二つ、注意深く目を凝らすとそれは天化と霧華のようだった。何か話をしているようだが、流石にここまでは聞こえてこない。話の途中、天化は後頭部をガシガシと掻く仕草を見せる。まあ、ここで誰が話していようと自分には関係のないことだ。見つかる前にと頭を引っ込めて、二つ目の桃にかぶりついた。
夜空に走る一筋の光を偶然にも目にした。流れ星とはまた珍しい。そんなことをぼんやりと思いながら二つ目の桃を平らげる直前、人の気配を感じたと同時に声をかけられた。
「桃ドロボー見つけたさ」
先ほどまで下に居たはずの天化がひょいと隣の屋根から飛び移ってきた。一度ぎくりと肩を跳ねさせた太公望だったが、最後の一口を頬張り、飲み込んだ。
「……バレてしまったか。しかし、もう食ってしまったから証拠はない」
「別にあーたが隠れてコソコソ桃食べてたことなんてどーでもいいさ」
「む。では……もしや周公旦に言われてわしを探しに」
「そのつもりだったんだがね」
太公望の隣に胡坐をかいて「気が変わったんさ」と笑みを浮かべた。
確か今夜の夜番は天化とその父親飛虎のはず。ということは丁度交替した帰りということ。二人が夜番の時は霧華が差し入れを必ず持っていくことも太公望は知っていた。恐らくは見張り交替の帰りに「軍師を探してこい」とでも頼まれたのであろう。
「もう寝ようと思ってた所にあーたを探してこいって言われちまって。俺っちは探し屋じゃねーっての」
「ご苦労なことよ」
「んで、さっきそこで霧華に会ったんさ。『師叔は日頃から頭を使って疲れていらっしゃるんだから、今日ぐらいは見逃してあげて』って」
そんな話をしていたのか。度々彼女の気づかいにほろりと涙ぐみそうになる。
屋根の上にごろりと寝転がった天化は真上で流れた星の軌跡を見つけた。
「だから今日はあーたを見逃すさ」
「これは霧華に頭が上がらないのう。……にしても、おぬしと霧華は本当に仲睦まじい」
「ん、そうかい?あー…男兄弟ばっかだったし、妹みたいで可愛くて仕方ないさね」
「ふむ」
本当にそれだけか、とは敢えて問うことは止めておく。少しこの男が羨ましいと感じたのかもしれなかった。自分にも妹がいた。有り得たかもしれない自分たち兄妹の姿、この二人を自然に重ねて見ていた。もし、霧華が自分の妹弟子だったら。間違いなく同じように可愛がっていただろう。
「おぬしのような兄弟子が居ると、霧華も嫁に行く時さぞ大変だろうて」
「嫁、ねえ。まあ、どこの馬の骨かもわかんねえ野郎に霧華は渡せねえ。どうしてもって食い下がってくんなら、俺っちに勝って認めさせてもらわねーとな」
「……永遠に嫁げなさそうだのう」
冗談と本音が半々の台詞を吐き、まだ当分は彼女の帰る場所を譲る気はないと天化は笑った。呆れた太公望の脳裏には「やはりシスコンだ」とよぎる。
「ああ、そうだ。師叔、あんたには話しておかねーと」
「妹弟子自慢なら聞かぬぞ」
「何言ってるさ。……まあ、霧華の事ってのは間違ってねえけど」
軽く反動をつけて上体を起こした天化は胡坐を掻きなおした。落ちた視線から明るい話題ではないことを早々に太公望は察する。
「あいつの宝貝、もうどんなのかは知ってんだろ?」
「うむ。広範囲に攻撃を防ぐ結界を張る事ができ、触れた者の治癒能力を引き出す。後者は仙術との掛け合わせであろう。この上なく使い勝手の良い宝貝ではあるが……但し、持ち主の体力を消耗する。それも大きな結界を張れば張るだけ、深い傷を癒そうとすればするほど同等に消耗する。道徳の元で修行しているおかげか、そう簡単には倒れることもなさそうだが」
天化は正直に驚いていた。この短期間でそこまで彼女の宝貝を見抜いている。この軍師の洞察力は伊達じゃない。複雑な心境ながらも天化は称賛した。
「さすが、師叔さね。……何でもお見通しってわけだ」
「して、まだわしの知らない事をおぬしが知っておるという訳だ」
宝珠の首飾りは崑崙十二仙の太乙真人が製作したもの。ひし形の台座に取り付けられた緑碧の宝石は主の力を波動へと変換させる。太公望は一度その宝貝を手に取ったことがある。違和感は特に無かったが、宝石の内部で渦巻く力が可視されていることに気が付いた。
天化は空に浮かぶ細かい星を見ていた。話を持ち掛けておいて中々切り出さない。それでも太公望は痺れを切らす様子もなく、ただじっと待っていた。やがて、ぽつりと天化が話し始めた。
「あいつの宝貝、ただ守ったり癒したりするだけじゃねえんさ。相手の攻撃を吸収して、分散させる能力がある。それに耐えられるならいい。ただ持ち主のキャパシティーを超えた場合は」
致命傷を負うことになる。そう、天化の口から重々しい言葉が漏れた。
宝貝の扱いにまだ慣れていない時に三日三晩寝込むことがあったそうだ。流石に様子がおかしいと製作者に問いただした所、この事実が判明したという。
「何故黙っていたのだ。おぬしも、霧華も。……霧華は優しすぎる。大切な者を守る為ならば自己犠牲も厭わないであろう。それだけは何としても避けたい」
「俺っちも同じ気持ちさ。あいつが自分の限界まで力を使い切るような場面になんねえように、誰よりも強くならなきゃなんねえ。霧華を守んのは俺っちの役目さね」
すっと腕を伸ばした天化の指先には触れるはずのない何光年も離れた星の数々。それを掴むように拳を握り締めた。
固い絆で結ばれた兄妹弟子。決して解けることのない結び目。何人もその領域を侵すことは不可能だ。太公望はやんわりと笑みを浮かべてみせた。
「霧華の兄弟子はおぬしにしか務まらぬな」
「誰にも譲る気はねーさ」
「そういえば。おぬし耳飾りを贈ったのか」
「聞いたんか?オシャレに興味持つ年頃だろうしなーって」
「大層嬉しそうに話しておったぞ」
妹弟子の喜ぶ顔を思い浮かべたのか、照れを僅かに含んだ笑みを見せる天化。
相手を思いやる気持ちが別の感情に変化するのもそう遠くはなさそうだ。太公望は一人物思いに耽り、徐に懐から三つ目の桃を取り出して噛り付いた。
「師叔……あーた何個食う気さ」
「桃は別腹と言うであろう」
夜も更け、人々が深い眠りに着いている時間帯。この西岐城では夜番が目を光らせていた。今宵は小望月。視界は良好で曲者を見つけるにも都合が良い。
櫓に就いたその見張りの目を掻い潜り、闇に紛れてそろそろと駆ける怪しい影が一つ。影は身のこなし軽く屋根を伝い、このちょうど櫓から死角になる場所へ腰を落ち着けた。
月明かり良好、追っ手なし、一帯を眺望できる。この上なく絶好の場所だと太公望は懐から桃を一つ取り出した。先程、倉庫からこっそりくすねてきたもの。熟れた実はしゃくりと歯ざわりが良く、甘味と酸味が織り成す絶妙の美味さ。さることながら、穏やかな星空を眺めながら食べる桃は絶品だと舌鼓を打った。
ものの数分で一つ目の桃を平らげ、二つ目をと懐に手を入れたところであった。ふと、下方で人の動きを認知し、そっと覗き込む。影が二つ、注意深く目を凝らすとそれは天化と霧華のようだった。何か話をしているようだが、流石にここまでは聞こえてこない。話の途中、天化は後頭部をガシガシと掻く仕草を見せる。まあ、ここで誰が話していようと自分には関係のないことだ。見つかる前にと頭を引っ込めて、二つ目の桃にかぶりついた。
夜空に走る一筋の光を偶然にも目にした。流れ星とはまた珍しい。そんなことをぼんやりと思いながら二つ目の桃を平らげる直前、人の気配を感じたと同時に声をかけられた。
「桃ドロボー見つけたさ」
先ほどまで下に居たはずの天化がひょいと隣の屋根から飛び移ってきた。一度ぎくりと肩を跳ねさせた太公望だったが、最後の一口を頬張り、飲み込んだ。
「……バレてしまったか。しかし、もう食ってしまったから証拠はない」
「別にあーたが隠れてコソコソ桃食べてたことなんてどーでもいいさ」
「む。では……もしや周公旦に言われてわしを探しに」
「そのつもりだったんだがね」
太公望の隣に胡坐をかいて「気が変わったんさ」と笑みを浮かべた。
確か今夜の夜番は天化とその父親飛虎のはず。ということは丁度交替した帰りということ。二人が夜番の時は霧華が差し入れを必ず持っていくことも太公望は知っていた。恐らくは見張り交替の帰りに「軍師を探してこい」とでも頼まれたのであろう。
「もう寝ようと思ってた所にあーたを探してこいって言われちまって。俺っちは探し屋じゃねーっての」
「ご苦労なことよ」
「んで、さっきそこで霧華に会ったんさ。『師叔は日頃から頭を使って疲れていらっしゃるんだから、今日ぐらいは見逃してあげて』って」
そんな話をしていたのか。度々彼女の気づかいにほろりと涙ぐみそうになる。
屋根の上にごろりと寝転がった天化は真上で流れた星の軌跡を見つけた。
「だから今日はあーたを見逃すさ」
「これは霧華に頭が上がらないのう。……にしても、おぬしと霧華は本当に仲睦まじい」
「ん、そうかい?あー…男兄弟ばっかだったし、妹みたいで可愛くて仕方ないさね」
「ふむ」
本当にそれだけか、とは敢えて問うことは止めておく。少しこの男が羨ましいと感じたのかもしれなかった。自分にも妹がいた。有り得たかもしれない自分たち兄妹の姿、この二人を自然に重ねて見ていた。もし、霧華が自分の妹弟子だったら。間違いなく同じように可愛がっていただろう。
「おぬしのような兄弟子が居ると、霧華も嫁に行く時さぞ大変だろうて」
「嫁、ねえ。まあ、どこの馬の骨かもわかんねえ野郎に霧華は渡せねえ。どうしてもって食い下がってくんなら、俺っちに勝って認めさせてもらわねーとな」
「……永遠に嫁げなさそうだのう」
冗談と本音が半々の台詞を吐き、まだ当分は彼女の帰る場所を譲る気はないと天化は笑った。呆れた太公望の脳裏には「やはりシスコンだ」とよぎる。
「ああ、そうだ。師叔、あんたには話しておかねーと」
「妹弟子自慢なら聞かぬぞ」
「何言ってるさ。……まあ、霧華の事ってのは間違ってねえけど」
軽く反動をつけて上体を起こした天化は胡坐を掻きなおした。落ちた視線から明るい話題ではないことを早々に太公望は察する。
「あいつの宝貝、もうどんなのかは知ってんだろ?」
「うむ。広範囲に攻撃を防ぐ結界を張る事ができ、触れた者の治癒能力を引き出す。後者は仙術との掛け合わせであろう。この上なく使い勝手の良い宝貝ではあるが……但し、持ち主の体力を消耗する。それも大きな結界を張れば張るだけ、深い傷を癒そうとすればするほど同等に消耗する。道徳の元で修行しているおかげか、そう簡単には倒れることもなさそうだが」
天化は正直に驚いていた。この短期間でそこまで彼女の宝貝を見抜いている。この軍師の洞察力は伊達じゃない。複雑な心境ながらも天化は称賛した。
「さすが、師叔さね。……何でもお見通しってわけだ」
「して、まだわしの知らない事をおぬしが知っておるという訳だ」
宝珠の首飾りは崑崙十二仙の太乙真人が製作したもの。ひし形の台座に取り付けられた緑碧の宝石は主の力を波動へと変換させる。太公望は一度その宝貝を手に取ったことがある。違和感は特に無かったが、宝石の内部で渦巻く力が可視されていることに気が付いた。
天化は空に浮かぶ細かい星を見ていた。話を持ち掛けておいて中々切り出さない。それでも太公望は痺れを切らす様子もなく、ただじっと待っていた。やがて、ぽつりと天化が話し始めた。
「あいつの宝貝、ただ守ったり癒したりするだけじゃねえんさ。相手の攻撃を吸収して、分散させる能力がある。それに耐えられるならいい。ただ持ち主のキャパシティーを超えた場合は」
致命傷を負うことになる。そう、天化の口から重々しい言葉が漏れた。
宝貝の扱いにまだ慣れていない時に三日三晩寝込むことがあったそうだ。流石に様子がおかしいと製作者に問いただした所、この事実が判明したという。
「何故黙っていたのだ。おぬしも、霧華も。……霧華は優しすぎる。大切な者を守る為ならば自己犠牲も厭わないであろう。それだけは何としても避けたい」
「俺っちも同じ気持ちさ。あいつが自分の限界まで力を使い切るような場面になんねえように、誰よりも強くならなきゃなんねえ。霧華を守んのは俺っちの役目さね」
すっと腕を伸ばした天化の指先には触れるはずのない何光年も離れた星の数々。それを掴むように拳を握り締めた。
固い絆で結ばれた兄妹弟子。決して解けることのない結び目。何人もその領域を侵すことは不可能だ。太公望はやんわりと笑みを浮かべてみせた。
「霧華の兄弟子はおぬしにしか務まらぬな」
「誰にも譲る気はねーさ」
「そういえば。おぬし耳飾りを贈ったのか」
「聞いたんか?オシャレに興味持つ年頃だろうしなーって」
「大層嬉しそうに話しておったぞ」
妹弟子の喜ぶ顔を思い浮かべたのか、照れを僅かに含んだ笑みを見せる天化。
相手を思いやる気持ちが別の感情に変化するのもそう遠くはなさそうだ。太公望は一人物思いに耽り、徐に懐から三つ目の桃を取り出して噛り付いた。
「師叔……あーた何個食う気さ」
「桃は別腹と言うであろう」