封神演義(WJ)
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回顧録 弐
太公望が西岐の軍師としての命を受けてから数日が経過した。殷との戦に向けて戦略を練るにも先ずは土地の特性、風習を知る必要がある。使える知識や情報ならば幾らでも会得しておいて損はない。それはいいが、その為に一日中執務室に籠りっきりは正直しんどいと身体が悲鳴を上げていた。
基より一か所に留まって書物を読み漁る作業は向いていない。集中力はとうに分散しており、飽きを通り越してうんざりしていた。
机や棚は紙の束で山積み。唯一ソファだけが小奇麗な状態だ。そこで一休みの時に寝転がれるようわざわざ空けてあるのだ。
本日三度目の休憩に入ろうと太公望はソファに倒れ込んだ。横になってだらだら過ごしていた折、ドアをノックする音が。それにぴくりと耳が反応し、咄嗟に跳ね起きた。サボっているととやかく口煩い人間が来たらまた殴られてしまう。
ソファに今しがた腰掛けた所だという場面を演出した太公望だったが、要らぬ心配のよう。開いたドアから顔を出したのは崑崙の道士、霧華。黄天化の妹弟子だ。
彼女の白い手が丸い盆を支えている。その上には湯呑と急須が乗っていた。
「師叔、お身体の調子はいかがですか」
「おお、霧華。お陰様でだいぶ良い」
聞仲との対戦で深手を負い、疲労も相まっていた太公望を霧華はしばらくの間気にかけていた。その間も怪我を負った者達を順に尋ね、治癒の力を施す。対象者の治癒力を一時的に高める一種の仙術にも似たその力、宝珠の首飾りが彼女の胸元で緑碧の光を宿していた。彼女は後に慈悲の道士という二つ名を得ることになる。
「皆も回復が早い。武成王などもう完治しておったぞ。天化も普通に鍛錬しておるし……黄家はタフな男が多いのう」
太公望は「わしはまだ動けぬ」とだらりとソファの背にもたれかかった。ここで楊ゼンや周公旦ならばすかさず喝を入れてくるというもの。それに代わってこの娘は労りの目を向けてくる。しかも「師叔は策を巡らせておりますから、その分疲労も溜まります。ご無理なさらない程度に」と思わずほろりと泣きたくなる程優しい言葉をかけてくるのだ。
「おぬしくらいだのう。わしを労わってくれるのは」
「皆も同じ思いですよ。ただ、言葉にしないだけです」
「その割にはスパルタが多い気もするが」
「お疲れでしたらいつでもお声をかけてくださいませ。私の宝貝がお役に立ちますので」
霧華は一度打ち解ければ信頼関係を築くのが早い方であった。西岐に着いて間もないにも関わらず、半分以上の者が存在を認めている。負傷者の手当てをして歩いたのが功を奏したのだ。天化の妹弟子という事もあり特に黄家とは親しい間柄、家族同然に接しているようだった。天翔の「おねえちゃん!」と呼ぶ元気な声をあちこちで耳にする。
場に馴染むのは大いに結構だが、紅一点なだけに目立つ。ゆえに疑問点を太公望は見出していた。
「おぬしは道徳の弟子なのであろう?どこからどう見ても体育会系とは思えん」
「はい。最低限の武術はこなせますが、やはり不得手です。私の得手は守りですから」
「ふむ……結界を張り、負傷者の傷を癒す。前衛ではなく後衛が一番良い立ち位置であろうな」
まだこの道士の戦いの術を知らない。早々に見極めておいた方が良いと考えていた太公望の意志が伝わったのか、霧華は両手を合わせてこう言った。
「明日、天化兄様と組手を致します。師叔も是非ご覧にいらしてください」
「うむ、そうさせてもらおう。丁度おぬしの実力を見ておきたいと思うておったところだ」
「その後、飛虎様に稽古をつけていただきますので」
「んなっ!?」
いくら道徳の弟子とは言え、天然道士の黄飛虎に挑むのは如何なものか。体力に違いがありすぎる。これが天化や他の男なら止めはしない。線が細い印象を与える霧華、さっきの言葉を聞けば誰であろうと驚き止めに入るだろう。
「大丈夫です。加減はして頂きますし、天化兄様と共に挑みますので。……ただ、天化兄様が熱くなりすぎて止める手立てがなくなりました時は師叔、よろしくお頼み申します」
「わ、わしに白熱したあの親子を止めろと言うのか」
観戦者の責任が重大となった今、やはり行くの止めようかと太公望は考えたという。
太公望が西岐の軍師としての命を受けてから数日が経過した。殷との戦に向けて戦略を練るにも先ずは土地の特性、風習を知る必要がある。使える知識や情報ならば幾らでも会得しておいて損はない。それはいいが、その為に一日中執務室に籠りっきりは正直しんどいと身体が悲鳴を上げていた。
基より一か所に留まって書物を読み漁る作業は向いていない。集中力はとうに分散しており、飽きを通り越してうんざりしていた。
机や棚は紙の束で山積み。唯一ソファだけが小奇麗な状態だ。そこで一休みの時に寝転がれるようわざわざ空けてあるのだ。
本日三度目の休憩に入ろうと太公望はソファに倒れ込んだ。横になってだらだら過ごしていた折、ドアをノックする音が。それにぴくりと耳が反応し、咄嗟に跳ね起きた。サボっているととやかく口煩い人間が来たらまた殴られてしまう。
ソファに今しがた腰掛けた所だという場面を演出した太公望だったが、要らぬ心配のよう。開いたドアから顔を出したのは崑崙の道士、霧華。黄天化の妹弟子だ。
彼女の白い手が丸い盆を支えている。その上には湯呑と急須が乗っていた。
「師叔、お身体の調子はいかがですか」
「おお、霧華。お陰様でだいぶ良い」
聞仲との対戦で深手を負い、疲労も相まっていた太公望を霧華はしばらくの間気にかけていた。その間も怪我を負った者達を順に尋ね、治癒の力を施す。対象者の治癒力を一時的に高める一種の仙術にも似たその力、宝珠の首飾りが彼女の胸元で緑碧の光を宿していた。彼女は後に慈悲の道士という二つ名を得ることになる。
「皆も回復が早い。武成王などもう完治しておったぞ。天化も普通に鍛錬しておるし……黄家はタフな男が多いのう」
太公望は「わしはまだ動けぬ」とだらりとソファの背にもたれかかった。ここで楊ゼンや周公旦ならばすかさず喝を入れてくるというもの。それに代わってこの娘は労りの目を向けてくる。しかも「師叔は策を巡らせておりますから、その分疲労も溜まります。ご無理なさらない程度に」と思わずほろりと泣きたくなる程優しい言葉をかけてくるのだ。
「おぬしくらいだのう。わしを労わってくれるのは」
「皆も同じ思いですよ。ただ、言葉にしないだけです」
「その割にはスパルタが多い気もするが」
「お疲れでしたらいつでもお声をかけてくださいませ。私の宝貝がお役に立ちますので」
霧華は一度打ち解ければ信頼関係を築くのが早い方であった。西岐に着いて間もないにも関わらず、半分以上の者が存在を認めている。負傷者の手当てをして歩いたのが功を奏したのだ。天化の妹弟子という事もあり特に黄家とは親しい間柄、家族同然に接しているようだった。天翔の「おねえちゃん!」と呼ぶ元気な声をあちこちで耳にする。
場に馴染むのは大いに結構だが、紅一点なだけに目立つ。ゆえに疑問点を太公望は見出していた。
「おぬしは道徳の弟子なのであろう?どこからどう見ても体育会系とは思えん」
「はい。最低限の武術はこなせますが、やはり不得手です。私の得手は守りですから」
「ふむ……結界を張り、負傷者の傷を癒す。前衛ではなく後衛が一番良い立ち位置であろうな」
まだこの道士の戦いの術を知らない。早々に見極めておいた方が良いと考えていた太公望の意志が伝わったのか、霧華は両手を合わせてこう言った。
「明日、天化兄様と組手を致します。師叔も是非ご覧にいらしてください」
「うむ、そうさせてもらおう。丁度おぬしの実力を見ておきたいと思うておったところだ」
「その後、飛虎様に稽古をつけていただきますので」
「んなっ!?」
いくら道徳の弟子とは言え、天然道士の黄飛虎に挑むのは如何なものか。体力に違いがありすぎる。これが天化や他の男なら止めはしない。線が細い印象を与える霧華、さっきの言葉を聞けば誰であろうと驚き止めに入るだろう。
「大丈夫です。加減はして頂きますし、天化兄様と共に挑みますので。……ただ、天化兄様が熱くなりすぎて止める手立てがなくなりました時は師叔、よろしくお頼み申します」
「わ、わしに白熱したあの親子を止めろと言うのか」
観戦者の責任が重大となった今、やはり行くの止めようかと太公望は考えたという。