封神演義(WJ)
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回顧録 壱
風が止まった。先程まで渦を巻くように吹き荒れていた風は四方に散っていく。それと同時に源であった少年が地面に膝を折り、伏した。
薄れゆく意識の中、少年誰かが己の前に背を向けて立っていたのを見る。それを境に意識を手放した。
太公望は様々な夢を見たような気がしていた。その内容は目を開ける瞬間にまで覚えていたはずが、眩い光が双眼に差し込んでくるなりすっかり忘れてしまった。
ぼんやりと天井を眺めていると、視界にすっと若い娘の顔が入る。
はて、この娘は誰だったか。西岐の町娘、いやそれにしては服装が変わっている。人間界というよりは仙界に住む者に近しい。
娘は太公望が目を覚ましたことに心底安堵した表情をして、優しい声を掛ける。
「太公望師叔、御気分はいかがですか」
「……あまり良くはないのう」
「直に良くなります。三日も寝ていたのですから」
「三日……おぬしは」
誰かと口にするより先に娘が「私、天兄達に報せてきます!」と弾むように言い、束ねた長い髪を翻して行ってしまった。ぱたぱたと駆けて行く足音が遠ざかっていくのを聞き、太公望は静かに目を瞑る。
覚醒しきれていない頭でバラバラに散らばっていた記憶の破片を繋ぎ合わせ、あの対峙から三日も経ったのかと長い溜息をついた。体中に傷を負いながらも風の壁で仲間を護り、力が尽きる感覚を今でもはっきりと思い出せる。ところが、体の傷はほぼ癒えていた。上衣の裾をたくし上げ、腹部を見るが傷口はない。あったはずの箇所を指でなぞると体の内側で悲鳴を上げた。どうやら表面上、傷口は塞がっているだけのようだ。
このような処置ができる者が味方に居ただろうか。そういえば、あの若い娘は天兄と言っていた。という事は、黄家の者か。随分兄弟の多い家系だと一つ息を吐きだす。
足音が二つ、この部屋に近づいてきた。今さっき出ていった娘とその兄である天化の話し声。遠くからでもわかる和気藹々とした会話から兄妹仲は良いのだろう。
「よー師叔。具合はどうだい?」
ぴっと片手を上げて挨拶を交わした天化。その横に先ほどの娘が並んで立っている。娘の胸元で宝珠の首飾りが緑碧色に輝いていた。不思議な輝きを放っているとそちらに目を取られていると、それに気づいた天化が徐に若い娘の頭をぽんと叩いた。
「あーた霧華に感謝するさ。聞仲の攻撃で深手を負ってた俺っちたちを結界で護った上に傷も治したんさね」
「では、これはおぬしの力か」
すっと前に歩み出た霧華は寝台の横に片膝をつき、拱手し頭を垂れた。
「太公望師叔、お目にかかれて光栄です。申し遅れました、私は清虚道徳真君が師父、黄天化を兄弟子とする霧華と申します。以後御身知りおきを」
「霧華、そんなに畏まんなくてもいーって。後から礼儀正しくしてたのがバカバカしくなるさ」
「天化。それはどういう意味かのう。それより、おぬし妹弟子がいたのか」
「あれ、言ってなかったさ?あー…バタバタしてて言う機会なかったかもな。ホントは俺っちと一緒に来るハズだったんさ」
西岐に味方が増えるのは喜ばしいこと。先の話を聞くに、霧華は前線で戦う性質ではない。補助、防御の要に成り得る可能性を秘めている。これでまた策の幅が広がると太公望は一人頷いた。視線を下げると未だその場で膝をつき、黒い眼を太公望へと向ける霧華。兄弟子にも似た強い眼差し、その中には慈悲深さを感じられる。
ところで、目を合わせたきり双方どちらも逸らそうとしない。否、逸らすに逸らせない状況に陥っていた。これでは傍から見つめ合っている男女ではないか。堪らずたじろいだ太公望はついと横へ視線を動かした。その様子を見ていた天化が可笑しそうに噴き出す。
「そんなに見つめてたら師叔に穴が空いちまうって。霧華は師叔のこと尊敬してるんさ」
「是!心から尊敬しております!貴方様のお力添えになりたいと思うております」
「そ、そうか。よろしく頼むぞ。……しかし、初対面でみっともない所を見せてしまったのう」
「何言ってるんさ。あーたはいつもこんなんさね」
「天化よ……さっきからおぬし刺々しくはないか」
口の端に煙草を銜え直した天化はニィっと笑って「さあねえ」とだけ言った。
風が止まった。先程まで渦を巻くように吹き荒れていた風は四方に散っていく。それと同時に源であった少年が地面に膝を折り、伏した。
薄れゆく意識の中、少年誰かが己の前に背を向けて立っていたのを見る。それを境に意識を手放した。
太公望は様々な夢を見たような気がしていた。その内容は目を開ける瞬間にまで覚えていたはずが、眩い光が双眼に差し込んでくるなりすっかり忘れてしまった。
ぼんやりと天井を眺めていると、視界にすっと若い娘の顔が入る。
はて、この娘は誰だったか。西岐の町娘、いやそれにしては服装が変わっている。人間界というよりは仙界に住む者に近しい。
娘は太公望が目を覚ましたことに心底安堵した表情をして、優しい声を掛ける。
「太公望師叔、御気分はいかがですか」
「……あまり良くはないのう」
「直に良くなります。三日も寝ていたのですから」
「三日……おぬしは」
誰かと口にするより先に娘が「私、天兄達に報せてきます!」と弾むように言い、束ねた長い髪を翻して行ってしまった。ぱたぱたと駆けて行く足音が遠ざかっていくのを聞き、太公望は静かに目を瞑る。
覚醒しきれていない頭でバラバラに散らばっていた記憶の破片を繋ぎ合わせ、あの対峙から三日も経ったのかと長い溜息をついた。体中に傷を負いながらも風の壁で仲間を護り、力が尽きる感覚を今でもはっきりと思い出せる。ところが、体の傷はほぼ癒えていた。上衣の裾をたくし上げ、腹部を見るが傷口はない。あったはずの箇所を指でなぞると体の内側で悲鳴を上げた。どうやら表面上、傷口は塞がっているだけのようだ。
このような処置ができる者が味方に居ただろうか。そういえば、あの若い娘は天兄と言っていた。という事は、黄家の者か。随分兄弟の多い家系だと一つ息を吐きだす。
足音が二つ、この部屋に近づいてきた。今さっき出ていった娘とその兄である天化の話し声。遠くからでもわかる和気藹々とした会話から兄妹仲は良いのだろう。
「よー師叔。具合はどうだい?」
ぴっと片手を上げて挨拶を交わした天化。その横に先ほどの娘が並んで立っている。娘の胸元で宝珠の首飾りが緑碧色に輝いていた。不思議な輝きを放っているとそちらに目を取られていると、それに気づいた天化が徐に若い娘の頭をぽんと叩いた。
「あーた霧華に感謝するさ。聞仲の攻撃で深手を負ってた俺っちたちを結界で護った上に傷も治したんさね」
「では、これはおぬしの力か」
すっと前に歩み出た霧華は寝台の横に片膝をつき、拱手し頭を垂れた。
「太公望師叔、お目にかかれて光栄です。申し遅れました、私は清虚道徳真君が師父、黄天化を兄弟子とする霧華と申します。以後御身知りおきを」
「霧華、そんなに畏まんなくてもいーって。後から礼儀正しくしてたのがバカバカしくなるさ」
「天化。それはどういう意味かのう。それより、おぬし妹弟子がいたのか」
「あれ、言ってなかったさ?あー…バタバタしてて言う機会なかったかもな。ホントは俺っちと一緒に来るハズだったんさ」
西岐に味方が増えるのは喜ばしいこと。先の話を聞くに、霧華は前線で戦う性質ではない。補助、防御の要に成り得る可能性を秘めている。これでまた策の幅が広がると太公望は一人頷いた。視線を下げると未だその場で膝をつき、黒い眼を太公望へと向ける霧華。兄弟子にも似た強い眼差し、その中には慈悲深さを感じられる。
ところで、目を合わせたきり双方どちらも逸らそうとしない。否、逸らすに逸らせない状況に陥っていた。これでは傍から見つめ合っている男女ではないか。堪らずたじろいだ太公望はついと横へ視線を動かした。その様子を見ていた天化が可笑しそうに噴き出す。
「そんなに見つめてたら師叔に穴が空いちまうって。霧華は師叔のこと尊敬してるんさ」
「是!心から尊敬しております!貴方様のお力添えになりたいと思うております」
「そ、そうか。よろしく頼むぞ。……しかし、初対面でみっともない所を見せてしまったのう」
「何言ってるんさ。あーたはいつもこんなんさね」
「天化よ……さっきからおぬし刺々しくはないか」
口の端に煙草を銜え直した天化はニィっと笑って「さあねえ」とだけ言った。