封神演義(WJ)
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4.停電日
前触れもなく室内の灯りがふっと消えた。時刻は昼下がり。外は轟々と音を立てて吹雪いており、窓から差す光は心もとない。真っ暗闇とまではいかないが、まるで夜明け前のような明るさであった。
室内灯が消えると同時に温かい風を送っていたストーブもしんと静まる。この事象から停電が起きたのだと容易に察することができた。
「停電、かな。……この天気ですもんね」
「送電線にあれだけ雪が付着すれば起こり得ることよ。電気とは便利なようで不便だのう」
「文明っていつの時代もそうだと思いますよ。万能で完全な物なんて存在しない。……せっかくのお休みなのに」
恨めしそうに呟いた霧華の手には映画のDVDケース。今まさにこれから映画鑑賞という所、絶妙なタイミングで邪魔をされてしまった。雪での停電となるといつ復旧するか見当はつかない。大人しくソファに腰掛け直すも、休日の予定は早々に番狂わせとなった。
何よりもこの真冬に暖を取る術をしばらく失うこととなる。反射的に肩を擦っていた霧華を宥めるかのように厚手の毛布が包み込んだ。横を向くと自分の横に座っていた太公望も毛布に包まっている。つまり、二人羽織で共に暖を取る形となっていた。
「自然相手では仕方ない。映画はまた次の機会に見れば良い」
「それは、良いんだけど……あの」
「ん?」
寒さを凌ぐ代わりにと毛布を提供されたはいいが、毛布を巻きつける太公望の腕が脇腹に当たっている。相手の訴える内容をわざと知りながら殊更に自分の方へと太公望は抱き寄せた。
距離がぐっと縮まったことにより、危なく顔をぶつけそうになる。呼吸が聞こえる程の近さに思わず霧華は赤面した。心拍数がトントン拍子に上がっていく。これではまるで恋人同士がやるものではないか。それを承知の上でこの男は、いや、或いは全くそのつもりはないのかもしれない。
「すでに体が冷えておるではないか」
「……私、冷えやすいから。ほら」
「ぎゃー?!つ、つつ冷たい!氷ではないか!」
「あだ名が雪女でしたから」
頬にぺたりと手を当てると、予想通りの反応を見せた太公望を笑う。あまりの驚き様だったのですぐに手を放したが、触れた頬は思いの外温かく、指先にじんわりと名残を感じた。
小さな悪戯が成功して面白いとくすくす笑う華奢な体をぎゅっと抱きしめた。氷柱に抱き着いているような感覚、それほどまでに霧華は冷えていた。
「……ったく。温まるまで放さんからな」
まんまとしてやられた先の悪戯に不満を覚えるも、このまま冷え切っている霧華を放っておくことはできない。己の体温を押し付ける様に分け与える。毛布の保温効果が効いているのか、冷えた体が温まるまでにそう時間は費やさなかった。
秒針が時を刻む音。窓の外で荒れ狂う雪と風の音。それ以外に音は聞こえてこなかった。腕の中に収まっている霧華があまりにも静かなので眠ってしまったかと見れば、案の定眠たそうに舟を漕いでいた。
こうした事に嫌がる様子を見せないので、少なくとも嫌われてはいない。だが、つまりそれは全く意識されていないか警戒心が薄いかのどちらかでもある。ふと、昔馴染みが口を酸っぱくして忠告をしていた台詞が浮かぶ。思い出し笑いに反応した霧華が眠そうな目を太公望の方へ小首を傾げながら持ち上げる。全く、心臓に悪いことをさらりとしてくれるものだと苦虫を噛み潰した。
「……太公望さん?」
「いや、なに……こうしてお主の体温を感じていると、夢ではなかったと思えるのだ。鼓動を聞くと、生きているのだと、安心する」
太公望の口調は何処か物悲しさを語るようであった。その言葉に隠された真意を尋ねるより先に「ところで」と話を切り返した。
「おぬし、最近わしに対して余所余所しいではないか。敬語にさん付け、おまけのおまけに名前もそう呼んでくれぬ!」
ぱちぱちと目を瞬かせる霧華。眠気はすっかり飛んでしまったようで、呆然としていた。ブーイングを発した太公望は口を尖らせて拗ねている。
その言い分はご尤も。指摘された霧華自身もわかっていての言動だった。太公望という人物がとんでもない存在だと知ってから、粗相がないようにと気を使ってきたのだ。
上から注がれる薄目の視線がなんとも気まずい。
「わしが仙道だと知った頃からやけに敬語が増えていた。気がつかないとでも思っておったか」
「それは、失礼にならないようと思って」
「おぬしの礼節を弁える姿勢は称賛に価する。だが、それが逆に失礼だということもある。わしは後者の方だのう」
「…その、年上だと思うと、敬わなきゃいけない気がして」
霧華にとっては自分よりも遥かに年上。想像もつかないほどの年月を過ごし、歴史を傍観してきた者にそう容易く話しかけてはいけない。尊い存在だという概念が芽生えていたのだ。
「時々、素に戻って話してくれてるような気もするが」
「それは、見た目と中身のギャップが……」
「ほほう。随分とちぐはぐな理由だのう?」
何度言い返しても上手く丸め込まれてしまう。偉い人という格付けをしたものの、まだ彼女の中では線引きが曖昧なのだ。物凄く高尚な発言をしたと思えば、子どものように不貞腐れたり駄々をこねる。どうしたらいいのか正直わからない。だが、霧華の性格上「わかった」と軽々しく返答もできずにいた。
ぐるぐると頭を悩ませていた霧華の表情は険しい。それを見ていた太公望は思わず笑いを零した。
「そんなに悩むことでもなかろうて。くくっ」
喉をくつくつと鳴らして笑われ、ようやくからかわれたのだと気づいた。今度は霧華が口を尖らせてぷいとそっぽを向く。目尻に涙まで浮かべた太公望はその頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「すまんすまん。少しからかいすぎた。おぬしが話しやすいようにしてくれれば良い。意識しすぎて口を利いてくれなくなるよりはマシだからのう。まあ、欲を言えば……もっとわしの名を呼んでほしい」
そっぽを向いたままの霧華から「善処します」と返ってきた。
前触れもなく室内の灯りがふっと消えた。時刻は昼下がり。外は轟々と音を立てて吹雪いており、窓から差す光は心もとない。真っ暗闇とまではいかないが、まるで夜明け前のような明るさであった。
室内灯が消えると同時に温かい風を送っていたストーブもしんと静まる。この事象から停電が起きたのだと容易に察することができた。
「停電、かな。……この天気ですもんね」
「送電線にあれだけ雪が付着すれば起こり得ることよ。電気とは便利なようで不便だのう」
「文明っていつの時代もそうだと思いますよ。万能で完全な物なんて存在しない。……せっかくのお休みなのに」
恨めしそうに呟いた霧華の手には映画のDVDケース。今まさにこれから映画鑑賞という所、絶妙なタイミングで邪魔をされてしまった。雪での停電となるといつ復旧するか見当はつかない。大人しくソファに腰掛け直すも、休日の予定は早々に番狂わせとなった。
何よりもこの真冬に暖を取る術をしばらく失うこととなる。反射的に肩を擦っていた霧華を宥めるかのように厚手の毛布が包み込んだ。横を向くと自分の横に座っていた太公望も毛布に包まっている。つまり、二人羽織で共に暖を取る形となっていた。
「自然相手では仕方ない。映画はまた次の機会に見れば良い」
「それは、良いんだけど……あの」
「ん?」
寒さを凌ぐ代わりにと毛布を提供されたはいいが、毛布を巻きつける太公望の腕が脇腹に当たっている。相手の訴える内容をわざと知りながら殊更に自分の方へと太公望は抱き寄せた。
距離がぐっと縮まったことにより、危なく顔をぶつけそうになる。呼吸が聞こえる程の近さに思わず霧華は赤面した。心拍数がトントン拍子に上がっていく。これではまるで恋人同士がやるものではないか。それを承知の上でこの男は、いや、或いは全くそのつもりはないのかもしれない。
「すでに体が冷えておるではないか」
「……私、冷えやすいから。ほら」
「ぎゃー?!つ、つつ冷たい!氷ではないか!」
「あだ名が雪女でしたから」
頬にぺたりと手を当てると、予想通りの反応を見せた太公望を笑う。あまりの驚き様だったのですぐに手を放したが、触れた頬は思いの外温かく、指先にじんわりと名残を感じた。
小さな悪戯が成功して面白いとくすくす笑う華奢な体をぎゅっと抱きしめた。氷柱に抱き着いているような感覚、それほどまでに霧華は冷えていた。
「……ったく。温まるまで放さんからな」
まんまとしてやられた先の悪戯に不満を覚えるも、このまま冷え切っている霧華を放っておくことはできない。己の体温を押し付ける様に分け与える。毛布の保温効果が効いているのか、冷えた体が温まるまでにそう時間は費やさなかった。
秒針が時を刻む音。窓の外で荒れ狂う雪と風の音。それ以外に音は聞こえてこなかった。腕の中に収まっている霧華があまりにも静かなので眠ってしまったかと見れば、案の定眠たそうに舟を漕いでいた。
こうした事に嫌がる様子を見せないので、少なくとも嫌われてはいない。だが、つまりそれは全く意識されていないか警戒心が薄いかのどちらかでもある。ふと、昔馴染みが口を酸っぱくして忠告をしていた台詞が浮かぶ。思い出し笑いに反応した霧華が眠そうな目を太公望の方へ小首を傾げながら持ち上げる。全く、心臓に悪いことをさらりとしてくれるものだと苦虫を噛み潰した。
「……太公望さん?」
「いや、なに……こうしてお主の体温を感じていると、夢ではなかったと思えるのだ。鼓動を聞くと、生きているのだと、安心する」
太公望の口調は何処か物悲しさを語るようであった。その言葉に隠された真意を尋ねるより先に「ところで」と話を切り返した。
「おぬし、最近わしに対して余所余所しいではないか。敬語にさん付け、おまけのおまけに名前もそう呼んでくれぬ!」
ぱちぱちと目を瞬かせる霧華。眠気はすっかり飛んでしまったようで、呆然としていた。ブーイングを発した太公望は口を尖らせて拗ねている。
その言い分はご尤も。指摘された霧華自身もわかっていての言動だった。太公望という人物がとんでもない存在だと知ってから、粗相がないようにと気を使ってきたのだ。
上から注がれる薄目の視線がなんとも気まずい。
「わしが仙道だと知った頃からやけに敬語が増えていた。気がつかないとでも思っておったか」
「それは、失礼にならないようと思って」
「おぬしの礼節を弁える姿勢は称賛に価する。だが、それが逆に失礼だということもある。わしは後者の方だのう」
「…その、年上だと思うと、敬わなきゃいけない気がして」
霧華にとっては自分よりも遥かに年上。想像もつかないほどの年月を過ごし、歴史を傍観してきた者にそう容易く話しかけてはいけない。尊い存在だという概念が芽生えていたのだ。
「時々、素に戻って話してくれてるような気もするが」
「それは、見た目と中身のギャップが……」
「ほほう。随分とちぐはぐな理由だのう?」
何度言い返しても上手く丸め込まれてしまう。偉い人という格付けをしたものの、まだ彼女の中では線引きが曖昧なのだ。物凄く高尚な発言をしたと思えば、子どものように不貞腐れたり駄々をこねる。どうしたらいいのか正直わからない。だが、霧華の性格上「わかった」と軽々しく返答もできずにいた。
ぐるぐると頭を悩ませていた霧華の表情は険しい。それを見ていた太公望は思わず笑いを零した。
「そんなに悩むことでもなかろうて。くくっ」
喉をくつくつと鳴らして笑われ、ようやくからかわれたのだと気づいた。今度は霧華が口を尖らせてぷいとそっぽを向く。目尻に涙まで浮かべた太公望はその頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「すまんすまん。少しからかいすぎた。おぬしが話しやすいようにしてくれれば良い。意識しすぎて口を利いてくれなくなるよりはマシだからのう。まあ、欲を言えば……もっとわしの名を呼んでほしい」
そっぽを向いたままの霧華から「善処します」と返ってきた。