鬼灯の冷徹
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予知夢
第五閻魔大王の法廷内。
罪人を裁く裁判が間もなく始まるのだが、妙にざわついていた。
「鬼灯様、どうしましょう」
「これでは開廷したとしても……」
「開廷はできるでしょう。ただ、できたとしても効率が非常に悪い」
「これじゃあ亡者達に示しがつきませんぜ」
数人の鬼が鬼灯を囲み、どうするどうすると喚いていた。
そんな中、一人冷静に解決策を考えている鬼灯。
彼を覗き込むように閻魔大王は見下ろした。
「どうする?鬼灯くん。いっそのこと閉廷しちゃう?」
「それはいけません。なにがなんでも開廷します。裁きを待つ亡者達が溜まって大変になるのは貴方ですよ」
「すみませんでした」
やけに頭が低い返答には理由がある。鬼灯が蛇のような睨みを利かせていたからだ。
蛇に睨まれた大王は大きな体を縮こませていた。
事の次第はこうだ。
記録課に所属する書類整理班の担当者が高熱を出して寝込んでしまった。
彼はとても出勤できる状態ではない、と葉鶏頭が鬼灯に相談を持ちかけた。
他の者を回せばいいと一度は断ったのだが、記録するのに手いっぱいだと。
たかが資料整理、とも思われがちだがその数は膨大だ。
何百という亡者の生涯を記録した巻物を整理、保管する。
記録係はマメな性格と正確さを必要とされる。
日本人の中の日本人が就ける場所だ。と、以前葉鶏頭が言っていたのを鬼灯は思い出した。
代理を探そうにもどこも人手不足。まさに猫の手も借りたい状況。
今から代理を探しても皆自分の仕事が忙しくて見つからないだろう。
鬼灯自身がやってもいいのだが、いかんせん自分の仕事が増えて面倒である。
それゆえに、どうにか回避しようと頭を捻らせていた。
**
閻魔庁で人手が足りないと話をしていた頃。
地獄の門を呆然と見上げている女性がいた。
女性以外に人の姿は見当たらず、周囲はしんと静まりかえっている。
本来ならば門番が二人、いや二頭いるはずなのだが。
誰もいないこの空間。当然ながら女性に声をかける者は誰もいない。
この虚しさに女性は乾いた笑いを浮かべた。
「……夢でも冗談きついわ」
女性の眼前にそびえ立つのは地獄の門。
なぜわかるのかと言えば、立札に「ここから地獄」とご丁寧に書かれていた。
つまり、この先は文字通り地獄。
罪を犯した者が死んだ末に行き着く場所。
自分は真正直に生き、人に優しく、悪いこともしていない。
とは胸を張って言えない。誰しもそうじゃないだろうか。
小さな嘘はつくし、仮病やズル休み、見て見ぬふりだってするだろう。
まさか地獄に落とされるとは。ただただ喪失感に包まれている。
それよりも、死んだことすら身に覚えがないのはこれいかに。
「あっ!早いなあ。お姉さん一番乗りだよ」
「え?」
どこからか人の声が聞こえた。
女性がきょろきょろとあたりを見渡すと、すぐ側に背の低い白髪の子どもがいた。
天パのような髪に半月の形をした目。
そして髪の間から生えている三本の角。
これを見てすぐに思いついたのは『鬼』という存在だった。
背格好からして子どもの鬼か、それとも小鬼なのか。
この際どちらでも構わない。急にその鬼に女性は手を掴まれた。
「こっちこっち!俺が迷わないように案内しますね」
「え、ちょ……案内って、待ってよ!」
「れっつごーれっつごー!」
鬼に手を引かれた女性は連れられるまま地獄の先へ先へと歩いていく。
その手を振り払うのは簡単なはず。だが、自分の意思の通りに身体が動かない。
嗚呼、やはりこれは夢の世界だろう。夢の中では自分の意思通りに動けないものだ。
それならば目が覚めるまで夢の世界に付き合うしかない。
不思議な歌詞の歌を口ずさみ始めた鬼を見下ろし、そっと溜息をついた。
どうもぼんやりとして、気分がすぐれない。
意識は確かにあるのだが、心ここにあらずといった気分だった。
不思議なもので、夢の世界だというのに気持ちが悪いといった感覚はある。
そして、気がつけば大きな広間に辿り着いていた。
そこには数人の鬼が集まっており、彼らの視線は広間に入ってきた女性に釘付けになっている。
どれも呆気にとられたような表情。中には「見てはいけないものを見てしまった」という青ざめた者もいた。
裁判台にスタンバイしている閻魔大王も大きな口をあんぐりと開けている。
その横で考え事をしていた鬼灯すら固まって動かない。
女性の手を引いてきた白髪の鬼、茄子は小首を傾げた。
どうしてみんな固まっているのか。もうとっくに業務時間は始まってるはず。
では連れてきた女性が原因なのだろうかと女性の顔をまじまじと見る。
考えてみたがやはりわからない。亡者にしてはちょっと変わった格好をしているぐらいではないか。
呆気に取られていた閻魔大王がようやく口を静かに動かした。
「君、生者だよね?なんでここにいるの?」
その一言で周囲が途端にざわつき始める。
「やっぱり生者だ」
「なんで此処にいるんだ」
「意味がわからない」
皆口々に言い始め、次々と顔を青ざめる。
まるで幽霊でも見たかのように。
女性はというと、ぼんやりしていた気分はどこへやら。
いつの間にかたくさんの鬼に囲まれて、じろじろと見られている。
ここでようやく冴えた頭が自分の置かれた状況を理解した。
これは悪い夢だ。きっとそうに違いない、いや絶対そうだ。
女性は必死にそう言い聞かせていた。
「皆さん落ち着いてください。生者が迷い込むのはそう珍しいことではないでしょう」
鬼灯の低い声があたりのざわつきを静めた。
彼は慌てた様子など一つもなく、実に落ち着いている。
「でも滅多にないよね。篁くん以来じゃない?あの井戸だって塞いだんじゃ」
「そうそう。それにあっても幽体離脱みたいなやつばっかでしたし」
「これ、完璧に実体で来ちゃってますよね」
言われてみればそうだ。
一人の鬼の鋭いツッコミに鬼灯は一度頷き、女性を改めて見た。
女性はひどく怯えた様子。彼女にとっては現世で見たことのない鬼達に囲まれているから無理もない。
だが、こちらにしてみれば普段亡者しか相手にしていない。逆に生きた者をお化けみたいに恐れている。
「ところで、貴女お名前は」
「お姉さん、お姉さんってば」
「えっ?は、はいっ?」
「名前。鬼灯さまが聞いてるよ」
茄子が腕をぶんぶんと振ると、女性がはっと我に返った。
鋭い視線にたじろぎながらも、掠れた声で名前を答える。
「葉月、霧華」
まるで蚊の鳴く声。それでも充分広間にいる全員の耳に聞こえた。
「葉月さんですか。貴女、物を片付けることはお好きですか。または文字はお嫌いではないですか」
「はあ……まあ、どちらも嫌いじゃないですけど」
「それは好都合。では、今日一日此処で働いてもらいます」
「ちょ、ちょっと鬼灯くん。まさかこの方に記録課の書類整理を?」
再び周囲がざわつき始めた。
しかし、反論させる隙も見せずに鬼灯はしれっと言い放った。
「いいじゃないですか。この生者をどうするか、書類整理の代理をどうするか。いっぺんに片付くじゃないですか」
「……君ってやつは」
「どうせ迷い込んだ生者を管理下に置かなければならないんですから、これぞ好都合ってやつです」
はい、決まり。と言わんばかりに鬼灯はぱんっと手を打ち、声を響かせた。
「これで問題は解決。さあ、皆さんもうとっくに就業時間です、持ち場に戻ってください!駆け足!」
鶴の一声。蜘蛛の子が散るように鬼たちは広間から退散していく。
これじゃあどっちが上司かわからないな、と閻魔大王は胸中で呟いていた。
「茄子さん、あとで詳しいお話を伺います。どこでこの生者と出逢ったのか、なぜ秦広庁ではなく閻魔庁へ連れてきたのか」
「は、はいっ!」
ただならぬ殺気を纏う鬼灯。
ぴんと背筋を伸ばした茄子から冷や汗がつーっと伝っていた。
「さて、それでは葉月さん。まずこちらの書類に記入をお願いします」
「……臨時雇用届け?」
嗚呼、夢にしては随分と律義でしっかりとした内容だ。
鬼灯に差し出された一枚の書類を受け取った霧華はどうにでもなれと、半笑いを浮かべているのであった。
第五閻魔大王の法廷内。
罪人を裁く裁判が間もなく始まるのだが、妙にざわついていた。
「鬼灯様、どうしましょう」
「これでは開廷したとしても……」
「開廷はできるでしょう。ただ、できたとしても効率が非常に悪い」
「これじゃあ亡者達に示しがつきませんぜ」
数人の鬼が鬼灯を囲み、どうするどうすると喚いていた。
そんな中、一人冷静に解決策を考えている鬼灯。
彼を覗き込むように閻魔大王は見下ろした。
「どうする?鬼灯くん。いっそのこと閉廷しちゃう?」
「それはいけません。なにがなんでも開廷します。裁きを待つ亡者達が溜まって大変になるのは貴方ですよ」
「すみませんでした」
やけに頭が低い返答には理由がある。鬼灯が蛇のような睨みを利かせていたからだ。
蛇に睨まれた大王は大きな体を縮こませていた。
事の次第はこうだ。
記録課に所属する書類整理班の担当者が高熱を出して寝込んでしまった。
彼はとても出勤できる状態ではない、と葉鶏頭が鬼灯に相談を持ちかけた。
他の者を回せばいいと一度は断ったのだが、記録するのに手いっぱいだと。
たかが資料整理、とも思われがちだがその数は膨大だ。
何百という亡者の生涯を記録した巻物を整理、保管する。
記録係はマメな性格と正確さを必要とされる。
日本人の中の日本人が就ける場所だ。と、以前葉鶏頭が言っていたのを鬼灯は思い出した。
代理を探そうにもどこも人手不足。まさに猫の手も借りたい状況。
今から代理を探しても皆自分の仕事が忙しくて見つからないだろう。
鬼灯自身がやってもいいのだが、いかんせん自分の仕事が増えて面倒である。
それゆえに、どうにか回避しようと頭を捻らせていた。
**
閻魔庁で人手が足りないと話をしていた頃。
地獄の門を呆然と見上げている女性がいた。
女性以外に人の姿は見当たらず、周囲はしんと静まりかえっている。
本来ならば門番が二人、いや二頭いるはずなのだが。
誰もいないこの空間。当然ながら女性に声をかける者は誰もいない。
この虚しさに女性は乾いた笑いを浮かべた。
「……夢でも冗談きついわ」
女性の眼前にそびえ立つのは地獄の門。
なぜわかるのかと言えば、立札に「ここから地獄」とご丁寧に書かれていた。
つまり、この先は文字通り地獄。
罪を犯した者が死んだ末に行き着く場所。
自分は真正直に生き、人に優しく、悪いこともしていない。
とは胸を張って言えない。誰しもそうじゃないだろうか。
小さな嘘はつくし、仮病やズル休み、見て見ぬふりだってするだろう。
まさか地獄に落とされるとは。ただただ喪失感に包まれている。
それよりも、死んだことすら身に覚えがないのはこれいかに。
「あっ!早いなあ。お姉さん一番乗りだよ」
「え?」
どこからか人の声が聞こえた。
女性がきょろきょろとあたりを見渡すと、すぐ側に背の低い白髪の子どもがいた。
天パのような髪に半月の形をした目。
そして髪の間から生えている三本の角。
これを見てすぐに思いついたのは『鬼』という存在だった。
背格好からして子どもの鬼か、それとも小鬼なのか。
この際どちらでも構わない。急にその鬼に女性は手を掴まれた。
「こっちこっち!俺が迷わないように案内しますね」
「え、ちょ……案内って、待ってよ!」
「れっつごーれっつごー!」
鬼に手を引かれた女性は連れられるまま地獄の先へ先へと歩いていく。
その手を振り払うのは簡単なはず。だが、自分の意思の通りに身体が動かない。
嗚呼、やはりこれは夢の世界だろう。夢の中では自分の意思通りに動けないものだ。
それならば目が覚めるまで夢の世界に付き合うしかない。
不思議な歌詞の歌を口ずさみ始めた鬼を見下ろし、そっと溜息をついた。
どうもぼんやりとして、気分がすぐれない。
意識は確かにあるのだが、心ここにあらずといった気分だった。
不思議なもので、夢の世界だというのに気持ちが悪いといった感覚はある。
そして、気がつけば大きな広間に辿り着いていた。
そこには数人の鬼が集まっており、彼らの視線は広間に入ってきた女性に釘付けになっている。
どれも呆気にとられたような表情。中には「見てはいけないものを見てしまった」という青ざめた者もいた。
裁判台にスタンバイしている閻魔大王も大きな口をあんぐりと開けている。
その横で考え事をしていた鬼灯すら固まって動かない。
女性の手を引いてきた白髪の鬼、茄子は小首を傾げた。
どうしてみんな固まっているのか。もうとっくに業務時間は始まってるはず。
では連れてきた女性が原因なのだろうかと女性の顔をまじまじと見る。
考えてみたがやはりわからない。亡者にしてはちょっと変わった格好をしているぐらいではないか。
呆気に取られていた閻魔大王がようやく口を静かに動かした。
「君、生者だよね?なんでここにいるの?」
その一言で周囲が途端にざわつき始める。
「やっぱり生者だ」
「なんで此処にいるんだ」
「意味がわからない」
皆口々に言い始め、次々と顔を青ざめる。
まるで幽霊でも見たかのように。
女性はというと、ぼんやりしていた気分はどこへやら。
いつの間にかたくさんの鬼に囲まれて、じろじろと見られている。
ここでようやく冴えた頭が自分の置かれた状況を理解した。
これは悪い夢だ。きっとそうに違いない、いや絶対そうだ。
女性は必死にそう言い聞かせていた。
「皆さん落ち着いてください。生者が迷い込むのはそう珍しいことではないでしょう」
鬼灯の低い声があたりのざわつきを静めた。
彼は慌てた様子など一つもなく、実に落ち着いている。
「でも滅多にないよね。篁くん以来じゃない?あの井戸だって塞いだんじゃ」
「そうそう。それにあっても幽体離脱みたいなやつばっかでしたし」
「これ、完璧に実体で来ちゃってますよね」
言われてみればそうだ。
一人の鬼の鋭いツッコミに鬼灯は一度頷き、女性を改めて見た。
女性はひどく怯えた様子。彼女にとっては現世で見たことのない鬼達に囲まれているから無理もない。
だが、こちらにしてみれば普段亡者しか相手にしていない。逆に生きた者をお化けみたいに恐れている。
「ところで、貴女お名前は」
「お姉さん、お姉さんってば」
「えっ?は、はいっ?」
「名前。鬼灯さまが聞いてるよ」
茄子が腕をぶんぶんと振ると、女性がはっと我に返った。
鋭い視線にたじろぎながらも、掠れた声で名前を答える。
「葉月、霧華」
まるで蚊の鳴く声。それでも充分広間にいる全員の耳に聞こえた。
「葉月さんですか。貴女、物を片付けることはお好きですか。または文字はお嫌いではないですか」
「はあ……まあ、どちらも嫌いじゃないですけど」
「それは好都合。では、今日一日此処で働いてもらいます」
「ちょ、ちょっと鬼灯くん。まさかこの方に記録課の書類整理を?」
再び周囲がざわつき始めた。
しかし、反論させる隙も見せずに鬼灯はしれっと言い放った。
「いいじゃないですか。この生者をどうするか、書類整理の代理をどうするか。いっぺんに片付くじゃないですか」
「……君ってやつは」
「どうせ迷い込んだ生者を管理下に置かなければならないんですから、これぞ好都合ってやつです」
はい、決まり。と言わんばかりに鬼灯はぱんっと手を打ち、声を響かせた。
「これで問題は解決。さあ、皆さんもうとっくに就業時間です、持ち場に戻ってください!駆け足!」
鶴の一声。蜘蛛の子が散るように鬼たちは広間から退散していく。
これじゃあどっちが上司かわからないな、と閻魔大王は胸中で呟いていた。
「茄子さん、あとで詳しいお話を伺います。どこでこの生者と出逢ったのか、なぜ秦広庁ではなく閻魔庁へ連れてきたのか」
「は、はいっ!」
ただならぬ殺気を纏う鬼灯。
ぴんと背筋を伸ばした茄子から冷や汗がつーっと伝っていた。
「さて、それでは葉月さん。まずこちらの書類に記入をお願いします」
「……臨時雇用届け?」
嗚呼、夢にしては随分と律義でしっかりとした内容だ。
鬼灯に差し出された一枚の書類を受け取った霧華はどうにでもなれと、半笑いを浮かべているのであった。
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