がんばれゴエモン
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用心棒
「ゴエモンさん、次の公演はいつなんですか?」
前々から気になっていたことを尋ねた。
この長屋に仮住まいをさせてもらってから、もうだいぶ経つような気がしている。
その半分程は隣人が留守にしていた。それも各地で公演の旅をしているかだと。
ところが、私の問い掛けにゴエモンさんはぽかんとした表情を浮かべていた。
瞬きを繰り返し、傾きかけた湯呑みからお茶が零れそうになっていた。
一体何の話をしているんだ、とでも言いたそう。
「一体何の公演でい?」
「え、歌舞伎の…ゴエモンさん、歌舞伎役者ですよね」
この部屋全体が静寂に包まれた気がした。まるで時が止まってしまったかのように。
その中でサスケさんが茶を啜る音だけが動いている。
不意にサスケさんが堪えていた笑いを噴出した。
それを境に二人が大笑いを始める。あまりの可笑しさに畳をぱんっぱんと叩いていた。
「…ゴエモン殿が、歌舞伎役者でござるか?」
「どこからそんな話が出てきたんでい」
気の済むまで笑ったサスケさんの声は震えていた。
ゴエモンさんの目尻には涙も浮かんでいる。
ああ、もしかして私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
「歌舞伎役者ねえ…そいつも悪くねえな」
「てっきりそうだとばかり…」
両手で頬を覆うと熱を帯びていた。
勘違いで恥をかいたこの真っ赤な顔を見られたくなくて、二人から目を逸らす。
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。入れる穴が無いから、火照りが収まるまで待つしかないのだけど。
「ゴエモン殿は演技が下手でござるから、役者には向かないでござる」
「そうなんですか。…じゃあ、普段は何をしてるんですか?」
「普段ねえ。困っている人を助けるというか…まあ、なんでも屋ってとこだな」
顎に手を当てて考える仕草が渋くて、かっこいい。
ゴエモンさんはサスケさんを見て、同意を求めていた。
サスケさんが頷いたところを見ると、サスケさんを含め何人かで一緒にやっているんだろう。
「なんでも屋?なんでもするんですか」
「名前の通り、そういうこった。困ったことがあればいつでも力になるぜい」
「ありがとうございます。…あ、ボディーガードって引き受けてもらえますか」
「"ぼでぃがあど"とはなんでござるか?」
「ええと、ここの言葉に直すと用心棒って意味です」
聞きなれない言葉に首を傾げていた二人だったけれど、急に目つきが変わる様子を感じた。
これは話そうかどうか迷っていたことだった。
先日熱を出してお二人に迷惑をかけてしまったばかりだったから。
でも、怖くて外に出かけるのも躊躇ってしまう。
「実は、最近妙に外で視線を感じるんです。…気のせいだと思いたいんですけど」
「それでおいら達に用心棒を頼もうってわけか」
「はい。なんだか怖くて出掛けられなくて…」
「任せるでござる!キリカ殿を付け狙う悪党を成敗致す」
悪党までいくと少し大袈裟な気もする。
大船に乗ったつもりで任せろと言わんばかりに、二人は胸をどんと叩いた。
「じゃあお願いしますね。お礼は弾みますから」
「気にすんなって。団子の一つでも奢ってくれりゃあ十分だぜ」
「他の誰でもない、キリカ殿の頼みでござる」
頼みごとを聞いてくれて、お金もいらない。こんなにも甘えてしまっていいのだろうか。
私の申し訳ないという気持ちが顔に出ていたのか、ゴエモンさんが頭を撫でてくれた。
やっと顔の火照りが引いたのに、かあっとまた熱くなる。
「そんな心配そうな顔すんじゃねえって。おいら達が守ってやるからよ」
「あっ有難うございます。早速なんですけど、これから出掛けてもいいですか?」
「勿論でござる。何処に出掛けるでござるか?」
「ちょうどお昼時だから、蕎麦屋さんにでもと思って」
「よーし、それじゃ行くか!」
お腹も空いたことだから、私達は蕎麦屋へ出かけることにした。
私は湯呑みを片付けて、身支度を始めた。ゴエモンさん達は外で待っていてくれている。
長い髪を束ねている髪紐を解き、整えて結い直す。以前使っていた青色の髪紐は切れてしまった。
今はゴエモンさんが買ってくれた赤い髪紐で結っている。
最初は上手く結べなかった。普段は髪ゴムで纏めていたから。高い位置で結いたくても、紐では中々難しくて結うことが出来ない。
がま口の中身を確かめてから巾着に収めた。
草履を履いて、外で待っている二人に声をかけた。
「お待たせしました。行きましょうか」
「行くでござる」
「今日は私の奢りです。引越し蕎麦も結局お渡し出来ずにいたので」
「そんなに気い遣わなくていいのによ」
「私がそうしたいだけですから。サスケさんも遠慮せずにご馳走になってくださいね」
「かたじけない」
積み上げた桶にトラ次郎が丸くなって寝ていた。この子の名前もすっかり定着してしまった。
サスケさんが丸い手で頭を撫でている。トラ次郎は一瞬、ぴくりと耳を動かして顔を上げた。
同時にサスケさんもトラ次郎と同じ方向を見る。
「どうしたんでい、サスケ?」
「…いや、気のせいでござった。何でもないでござる」
トラ次郎の視線がまだ宙を捉えている中、私達は長屋を後にする。
そこでサスケさんが再度振り返ったことを、私は知らずにいた。
「ゴエモンさん、次の公演はいつなんですか?」
前々から気になっていたことを尋ねた。
この長屋に仮住まいをさせてもらってから、もうだいぶ経つような気がしている。
その半分程は隣人が留守にしていた。それも各地で公演の旅をしているかだと。
ところが、私の問い掛けにゴエモンさんはぽかんとした表情を浮かべていた。
瞬きを繰り返し、傾きかけた湯呑みからお茶が零れそうになっていた。
一体何の話をしているんだ、とでも言いたそう。
「一体何の公演でい?」
「え、歌舞伎の…ゴエモンさん、歌舞伎役者ですよね」
この部屋全体が静寂に包まれた気がした。まるで時が止まってしまったかのように。
その中でサスケさんが茶を啜る音だけが動いている。
不意にサスケさんが堪えていた笑いを噴出した。
それを境に二人が大笑いを始める。あまりの可笑しさに畳をぱんっぱんと叩いていた。
「…ゴエモン殿が、歌舞伎役者でござるか?」
「どこからそんな話が出てきたんでい」
気の済むまで笑ったサスケさんの声は震えていた。
ゴエモンさんの目尻には涙も浮かんでいる。
ああ、もしかして私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
「歌舞伎役者ねえ…そいつも悪くねえな」
「てっきりそうだとばかり…」
両手で頬を覆うと熱を帯びていた。
勘違いで恥をかいたこの真っ赤な顔を見られたくなくて、二人から目を逸らす。
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。入れる穴が無いから、火照りが収まるまで待つしかないのだけど。
「ゴエモン殿は演技が下手でござるから、役者には向かないでござる」
「そうなんですか。…じゃあ、普段は何をしてるんですか?」
「普段ねえ。困っている人を助けるというか…まあ、なんでも屋ってとこだな」
顎に手を当てて考える仕草が渋くて、かっこいい。
ゴエモンさんはサスケさんを見て、同意を求めていた。
サスケさんが頷いたところを見ると、サスケさんを含め何人かで一緒にやっているんだろう。
「なんでも屋?なんでもするんですか」
「名前の通り、そういうこった。困ったことがあればいつでも力になるぜい」
「ありがとうございます。…あ、ボディーガードって引き受けてもらえますか」
「"ぼでぃがあど"とはなんでござるか?」
「ええと、ここの言葉に直すと用心棒って意味です」
聞きなれない言葉に首を傾げていた二人だったけれど、急に目つきが変わる様子を感じた。
これは話そうかどうか迷っていたことだった。
先日熱を出してお二人に迷惑をかけてしまったばかりだったから。
でも、怖くて外に出かけるのも躊躇ってしまう。
「実は、最近妙に外で視線を感じるんです。…気のせいだと思いたいんですけど」
「それでおいら達に用心棒を頼もうってわけか」
「はい。なんだか怖くて出掛けられなくて…」
「任せるでござる!キリカ殿を付け狙う悪党を成敗致す」
悪党までいくと少し大袈裟な気もする。
大船に乗ったつもりで任せろと言わんばかりに、二人は胸をどんと叩いた。
「じゃあお願いしますね。お礼は弾みますから」
「気にすんなって。団子の一つでも奢ってくれりゃあ十分だぜ」
「他の誰でもない、キリカ殿の頼みでござる」
頼みごとを聞いてくれて、お金もいらない。こんなにも甘えてしまっていいのだろうか。
私の申し訳ないという気持ちが顔に出ていたのか、ゴエモンさんが頭を撫でてくれた。
やっと顔の火照りが引いたのに、かあっとまた熱くなる。
「そんな心配そうな顔すんじゃねえって。おいら達が守ってやるからよ」
「あっ有難うございます。早速なんですけど、これから出掛けてもいいですか?」
「勿論でござる。何処に出掛けるでござるか?」
「ちょうどお昼時だから、蕎麦屋さんにでもと思って」
「よーし、それじゃ行くか!」
お腹も空いたことだから、私達は蕎麦屋へ出かけることにした。
私は湯呑みを片付けて、身支度を始めた。ゴエモンさん達は外で待っていてくれている。
長い髪を束ねている髪紐を解き、整えて結い直す。以前使っていた青色の髪紐は切れてしまった。
今はゴエモンさんが買ってくれた赤い髪紐で結っている。
最初は上手く結べなかった。普段は髪ゴムで纏めていたから。高い位置で結いたくても、紐では中々難しくて結うことが出来ない。
がま口の中身を確かめてから巾着に収めた。
草履を履いて、外で待っている二人に声をかけた。
「お待たせしました。行きましょうか」
「行くでござる」
「今日は私の奢りです。引越し蕎麦も結局お渡し出来ずにいたので」
「そんなに気い遣わなくていいのによ」
「私がそうしたいだけですから。サスケさんも遠慮せずにご馳走になってくださいね」
「かたじけない」
積み上げた桶にトラ次郎が丸くなって寝ていた。この子の名前もすっかり定着してしまった。
サスケさんが丸い手で頭を撫でている。トラ次郎は一瞬、ぴくりと耳を動かして顔を上げた。
同時にサスケさんもトラ次郎と同じ方向を見る。
「どうしたんでい、サスケ?」
「…いや、気のせいでござった。何でもないでござる」
トラ次郎の視線がまだ宙を捉えている中、私達は長屋を後にする。
そこでサスケさんが再度振り返ったことを、私は知らずにいた。