がんばれゴエモン
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まだ気づかない
はぐれ町に夜明けが訪れた。
まだ薄っすらと濃い青みが残る空。日中の気温は高くとも、早朝は清々しいもんだ。
サスケが居候するようになってから朝早く目を覚ますようになった。
叩き起こされている、に近いものだが。
冷たい井戸の水が肌に気持ち良い。
首にかけていた手拭いで顔を拭う。
同じく顔を拭いていたサスケが隣の借家に目を向けていた。
「どうしたんでい、サスケ」
「おかしいでござる」
「何がだ?」
「いつもならばキリカ殿はもう起きているはず」
確かに隣は静まり返っていた。
人間たまには寝坊することだってある。
まだ寝ているんじゃあないかとサスケに言うが、納得のいかない顔をしていた。
「拙者、様子を見てくるでござる」
「おいサスケ!」
止める事も聞かずに、戸を開けて中へ入っていった。
寝起きを叩き起こされるのは良い気分じゃない。
普段温厚なキリカも流石に怒るんじゃないかと思っていた。
だが、その考えもサスケの大声に吹っ飛んでいった。
「ゴエモン殿!大変でござる!」
桶を蹴飛ばす勢いで家の中へ飛び込む。
ただごとじゃない声色に草履を脱ぎ捨てて上がりこんだ。
「何があったんでい!」
サスケはまだ寝ているキリカの額に丸い手を当てていた。
キリカの表情は苦しそうだ。
「すごい熱でござる!」
「おい、キリカ!しっかりしろい!」
声をかけても返事は無く、苦しそうに呼吸を繰り返すばかりだ。
額に手を当てると、熱い。熱過ぎる。
「拙者、医者を呼んで来るでござる!」
「頼んだぜサスケ!」
医者を呼ぶのはサスケに任せ、再びキリカに声をかけるが相変わらず返事は無い。
とにかく冷やすのが先決だ。外へ出て、井戸の釣瓶を落とし、水を桶に汲み上げる。
濡らした手拭いを額に乗せて、少しでも熱を冷まそうとした。
まさか流行病か。そんな考えが頭をよぎる。
「…っくそ、他に出来ることはねえのか」
手拭いは熱を吸収してすぐに温くなってしまう。
水に浸した手拭いを絞り直し、額に乗せる。それを二、三度繰り返すことしか出来ずにいた。
桶の水が次第に温くなってきた頃、医者を背負ったサスケが帰ってきた。
「医者でござる!」
「朝早くにすまねえ、熱がすげえ高えんだ」
サスケの小さな背から下りた老医者がゆっくりと歩いて来た。
温い手拭いを桶の縁に掛け、キリカの額に手を当てる。
それから聴診器を胸に当てて音を聞いているようだった。
診察の最中に桶の水を取り替えに行った。
釣瓶を井戸に落とす。木が石壁にぶつかる音が響いた。
真っ直ぐにそれを引き上げて、水を桶に移し変える。手拭いをその中に浸しておく。
桶を持って帰る頃、医者の診察が終わっていたようだった。
「先生、キリカ殿は大丈夫でござるか」
「まさか、流行病じゃ…」
二人で医者に詰め寄る勢いで訊ねる。彼はそれに動じず薬を鞄から探していた。
紙に包まれた薬を三つ。ゆっくりとした動作がやっと一段落ついた。
「いいや、違う。日頃の疲れが溜まったもんじゃろうて」
「疲労でこんなに熱が出るのでござるか」
「そうじゃ。人間働き過ぎるとこうして倒れてしまう」
「成程、一理あるでござる」
「薬を飲ませて、ゆっくり休ませておけば直に良くなるじゃろ」
「はあ…流行病じゃなくてほっとしたぜ」
ここまで高い熱を出されると驚いてしまうもの。
医者は手拭いを固く絞り、キリカの額に乗せてから帰っていった。
キリカは相変わらず苦しそうにしている。いずれ良くなるとは言え、心配だ。
「キリカ殿…早く熱が下がると良いのでござるが」
「ああ。ここんとこ疲れた顔してたからな。もうちっと早く気づいてやりゃあ良かった」
「これからはもっと気を使った方がいいでござるな」
ここ数日、時折聞こえた溜息が気にならなかったわけじゃない。
尋ねても「なんでもない」とかわされていた。
迷惑をかけまいとした行動なのだろうが、それも心配になってくるものだ。
「しかし…起きてくれねえと薬も飲めねえよな」
「このままでは熱が下がらないでござる。ゴエモン殿、ここは口移しで飲ませるでござる」
「くっ口移しい?!」
「拙者は無理でござるので、ゴエモン殿に任せるでござる」
「いや、それはちょっとマズイんじゃねえか…?」
本人の許可無くそうするのもどうかと。その本人に意思を請うことも出来ない。
自分も熱があるのではないかと思うぐらい、熱い。
そしてサスケの視線が妙に突き刺さるように痛かった。なんだその目は、と睨めば睨み返される。
「ゴエモン殿がここまでヘタレとは思わなかったでござる。しからば、拙者エビス丸殿を呼んでくるでござる」「だあーっ!ちょっと待てい!」
今にも走り出しそうなサスケの髷をひっしと掴み、引き戻す。
代わりにエビス丸にさせようというのだろう。心の奥でそれは駄目だと自然に手が伸びていた。
髷を引っ張られたサスケは「痛いでござる」と睨みつけてきた。
「嫌ならちゃんと飲ませるでござる」
「わ、わーったよ」
「拙者は朝飯の支度にかかるでござる」
サスケは今から玄関へ飛び降り、水を汲みに外へ出た。
吐き出した溜息が聞こえてなければいいが。
額に乗せてある手拭いがもう温くなっていた。それを水に浸し、何度かすすいでから固く絞る。
水滴か汗かわからないが、それらを拭き取ってから乗せた。
頬にそっと触れると焼けた石の様な熱が伝わってくる。
「ゴエモン殿」
外から戻ってきたサスケに声をかけられ、不覚にも肩を震わせた。
まだ飲ませていないのか、という声と視線。
「もたもたしているとキリカ殿が死んでしまうでござる」
「えっ縁起でもねえこと言うんじゃねえ!」
そう言い返したものの、高熱が続けば冗談では済まないことになる。
再度エビス丸を呼びに行くと言い出さないうちに、湯呑みに水を注ぐ。
畳まれている薬包紙を開き、鶯色の粉末状の薬を半分口に含む。
その苦さに思わず顔が歪んだ。次に湯呑みから水を少量含んで、キリカの上半身を起こして肩を抱くように支える。
手ぬぐいがぽとりと布団の上に落ちた。片手で顎を軽く持ち上げ、ゆっくり顔を近づけたのだが。
どおおおおん
すぐ傍で突然聞こえた爆発音に驚き、口に含んでいた物を飲み込んでしまった。
慌てて玄関の方を見れば、もうもうと煙が上がっている。
「な、何事でい!」
煙の中にサスケの影がゆらゆらと揺れていた。
何者かが攻撃を仕掛けてきたのかと思いきや、そうではなかった。
「拙者の花火爆弾が釜戸に入ってしまったでござる」
「おいおい、大丈夫か?」
「問題無いでござる。すぐに元通りにしてみせるでござる」
吹き込んできた風で煙が散っていく。
玄関の周りには釜戸の破片があちこちに飛び散っていた。
これ以上長屋を壊しては大家に怒鳴られそうだ。それだけならいいが、最悪追い出されるかもしれない。
伏せられていたキリカの睫毛が僅かに動いた。
薄っすらと瞼を持ち上げ、ぼんやりとした瞳をみせた。
「キリカ、目が覚めたか」
「……わたし、どうしたんですか。それに、今大きな物音が」
「きっ気のせいでい!それより、さっき医者が置いていった薬を飲んだ方がいい」
釜戸が吹っ飛んだなんて言えば、余計に熱が上がってしまうのではないか。
玄関先が見えないように回り込み、薬の包みと湯呑みを渡した。
割と意識がはっきりしているようだ。薬包紙から薬を滑らせ、水で飲み込む動作も安定している。
こくこくと水を飲む姿を見て、残念なような、そうでもないような気分になった。
「風邪、引いたんでしょうか」
「医者は疲れが溜まってるせいだって言ってたぜ」
「そうでしたか。…お医者さん、呼んでくれたんですね」
「サスケが担いで来たんでい。おいらはまあ、その、看病ってやつをだな」
まさか口移しで薬を飲ませようとしていたなど、言えるはずもない。
キリカは上半身を起こしたままぼうっとしていた。
薬も飲んだし、まだ寝ていた方がいい。そう言って寝かしつける。
落ちた手拭いを拾って水に浸し、前髪をよけて額に乗せた。
「ゴエモンさん、有難う」
「いいってことよ。…それより、もう少しばかり頼ってくれよ」
「でも」
「今日みたいに倒れちまったら大変だろ?もっと甘えてくれて構わねえからさ」
目を伏せてキリカはこくりと頷いた。
そうは言ったが、実際にそうしてくれるかはわからない。
今までの距離よりもほんの僅か近付いてくれればいい。そう願っている自分が居た。
はぐれ町に夜明けが訪れた。
まだ薄っすらと濃い青みが残る空。日中の気温は高くとも、早朝は清々しいもんだ。
サスケが居候するようになってから朝早く目を覚ますようになった。
叩き起こされている、に近いものだが。
冷たい井戸の水が肌に気持ち良い。
首にかけていた手拭いで顔を拭う。
同じく顔を拭いていたサスケが隣の借家に目を向けていた。
「どうしたんでい、サスケ」
「おかしいでござる」
「何がだ?」
「いつもならばキリカ殿はもう起きているはず」
確かに隣は静まり返っていた。
人間たまには寝坊することだってある。
まだ寝ているんじゃあないかとサスケに言うが、納得のいかない顔をしていた。
「拙者、様子を見てくるでござる」
「おいサスケ!」
止める事も聞かずに、戸を開けて中へ入っていった。
寝起きを叩き起こされるのは良い気分じゃない。
普段温厚なキリカも流石に怒るんじゃないかと思っていた。
だが、その考えもサスケの大声に吹っ飛んでいった。
「ゴエモン殿!大変でござる!」
桶を蹴飛ばす勢いで家の中へ飛び込む。
ただごとじゃない声色に草履を脱ぎ捨てて上がりこんだ。
「何があったんでい!」
サスケはまだ寝ているキリカの額に丸い手を当てていた。
キリカの表情は苦しそうだ。
「すごい熱でござる!」
「おい、キリカ!しっかりしろい!」
声をかけても返事は無く、苦しそうに呼吸を繰り返すばかりだ。
額に手を当てると、熱い。熱過ぎる。
「拙者、医者を呼んで来るでござる!」
「頼んだぜサスケ!」
医者を呼ぶのはサスケに任せ、再びキリカに声をかけるが相変わらず返事は無い。
とにかく冷やすのが先決だ。外へ出て、井戸の釣瓶を落とし、水を桶に汲み上げる。
濡らした手拭いを額に乗せて、少しでも熱を冷まそうとした。
まさか流行病か。そんな考えが頭をよぎる。
「…っくそ、他に出来ることはねえのか」
手拭いは熱を吸収してすぐに温くなってしまう。
水に浸した手拭いを絞り直し、額に乗せる。それを二、三度繰り返すことしか出来ずにいた。
桶の水が次第に温くなってきた頃、医者を背負ったサスケが帰ってきた。
「医者でござる!」
「朝早くにすまねえ、熱がすげえ高えんだ」
サスケの小さな背から下りた老医者がゆっくりと歩いて来た。
温い手拭いを桶の縁に掛け、キリカの額に手を当てる。
それから聴診器を胸に当てて音を聞いているようだった。
診察の最中に桶の水を取り替えに行った。
釣瓶を井戸に落とす。木が石壁にぶつかる音が響いた。
真っ直ぐにそれを引き上げて、水を桶に移し変える。手拭いをその中に浸しておく。
桶を持って帰る頃、医者の診察が終わっていたようだった。
「先生、キリカ殿は大丈夫でござるか」
「まさか、流行病じゃ…」
二人で医者に詰め寄る勢いで訊ねる。彼はそれに動じず薬を鞄から探していた。
紙に包まれた薬を三つ。ゆっくりとした動作がやっと一段落ついた。
「いいや、違う。日頃の疲れが溜まったもんじゃろうて」
「疲労でこんなに熱が出るのでござるか」
「そうじゃ。人間働き過ぎるとこうして倒れてしまう」
「成程、一理あるでござる」
「薬を飲ませて、ゆっくり休ませておけば直に良くなるじゃろ」
「はあ…流行病じゃなくてほっとしたぜ」
ここまで高い熱を出されると驚いてしまうもの。
医者は手拭いを固く絞り、キリカの額に乗せてから帰っていった。
キリカは相変わらず苦しそうにしている。いずれ良くなるとは言え、心配だ。
「キリカ殿…早く熱が下がると良いのでござるが」
「ああ。ここんとこ疲れた顔してたからな。もうちっと早く気づいてやりゃあ良かった」
「これからはもっと気を使った方がいいでござるな」
ここ数日、時折聞こえた溜息が気にならなかったわけじゃない。
尋ねても「なんでもない」とかわされていた。
迷惑をかけまいとした行動なのだろうが、それも心配になってくるものだ。
「しかし…起きてくれねえと薬も飲めねえよな」
「このままでは熱が下がらないでござる。ゴエモン殿、ここは口移しで飲ませるでござる」
「くっ口移しい?!」
「拙者は無理でござるので、ゴエモン殿に任せるでござる」
「いや、それはちょっとマズイんじゃねえか…?」
本人の許可無くそうするのもどうかと。その本人に意思を請うことも出来ない。
自分も熱があるのではないかと思うぐらい、熱い。
そしてサスケの視線が妙に突き刺さるように痛かった。なんだその目は、と睨めば睨み返される。
「ゴエモン殿がここまでヘタレとは思わなかったでござる。しからば、拙者エビス丸殿を呼んでくるでござる」「だあーっ!ちょっと待てい!」
今にも走り出しそうなサスケの髷をひっしと掴み、引き戻す。
代わりにエビス丸にさせようというのだろう。心の奥でそれは駄目だと自然に手が伸びていた。
髷を引っ張られたサスケは「痛いでござる」と睨みつけてきた。
「嫌ならちゃんと飲ませるでござる」
「わ、わーったよ」
「拙者は朝飯の支度にかかるでござる」
サスケは今から玄関へ飛び降り、水を汲みに外へ出た。
吐き出した溜息が聞こえてなければいいが。
額に乗せてある手拭いがもう温くなっていた。それを水に浸し、何度かすすいでから固く絞る。
水滴か汗かわからないが、それらを拭き取ってから乗せた。
頬にそっと触れると焼けた石の様な熱が伝わってくる。
「ゴエモン殿」
外から戻ってきたサスケに声をかけられ、不覚にも肩を震わせた。
まだ飲ませていないのか、という声と視線。
「もたもたしているとキリカ殿が死んでしまうでござる」
「えっ縁起でもねえこと言うんじゃねえ!」
そう言い返したものの、高熱が続けば冗談では済まないことになる。
再度エビス丸を呼びに行くと言い出さないうちに、湯呑みに水を注ぐ。
畳まれている薬包紙を開き、鶯色の粉末状の薬を半分口に含む。
その苦さに思わず顔が歪んだ。次に湯呑みから水を少量含んで、キリカの上半身を起こして肩を抱くように支える。
手ぬぐいがぽとりと布団の上に落ちた。片手で顎を軽く持ち上げ、ゆっくり顔を近づけたのだが。
どおおおおん
すぐ傍で突然聞こえた爆発音に驚き、口に含んでいた物を飲み込んでしまった。
慌てて玄関の方を見れば、もうもうと煙が上がっている。
「な、何事でい!」
煙の中にサスケの影がゆらゆらと揺れていた。
何者かが攻撃を仕掛けてきたのかと思いきや、そうではなかった。
「拙者の花火爆弾が釜戸に入ってしまったでござる」
「おいおい、大丈夫か?」
「問題無いでござる。すぐに元通りにしてみせるでござる」
吹き込んできた風で煙が散っていく。
玄関の周りには釜戸の破片があちこちに飛び散っていた。
これ以上長屋を壊しては大家に怒鳴られそうだ。それだけならいいが、最悪追い出されるかもしれない。
伏せられていたキリカの睫毛が僅かに動いた。
薄っすらと瞼を持ち上げ、ぼんやりとした瞳をみせた。
「キリカ、目が覚めたか」
「……わたし、どうしたんですか。それに、今大きな物音が」
「きっ気のせいでい!それより、さっき医者が置いていった薬を飲んだ方がいい」
釜戸が吹っ飛んだなんて言えば、余計に熱が上がってしまうのではないか。
玄関先が見えないように回り込み、薬の包みと湯呑みを渡した。
割と意識がはっきりしているようだ。薬包紙から薬を滑らせ、水で飲み込む動作も安定している。
こくこくと水を飲む姿を見て、残念なような、そうでもないような気分になった。
「風邪、引いたんでしょうか」
「医者は疲れが溜まってるせいだって言ってたぜ」
「そうでしたか。…お医者さん、呼んでくれたんですね」
「サスケが担いで来たんでい。おいらはまあ、その、看病ってやつをだな」
まさか口移しで薬を飲ませようとしていたなど、言えるはずもない。
キリカは上半身を起こしたままぼうっとしていた。
薬も飲んだし、まだ寝ていた方がいい。そう言って寝かしつける。
落ちた手拭いを拾って水に浸し、前髪をよけて額に乗せた。
「ゴエモンさん、有難う」
「いいってことよ。…それより、もう少しばかり頼ってくれよ」
「でも」
「今日みたいに倒れちまったら大変だろ?もっと甘えてくれて構わねえからさ」
目を伏せてキリカはこくりと頷いた。
そうは言ったが、実際にそうしてくれるかはわからない。
今までの距離よりもほんの僅か近付いてくれればいい。そう願っている自分が居た。