がんばれゴエモン
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その横顔に
昼過ぎにサスケさんは村の外れに出かけていった。
花火を打ち上げる準備だと言っていた。
本当は花火だけを見る予定だったのだけど、ゴエモンさんに誘われてお祭りに行くことになった。
お祭りが賑わい始める日の暮れた頃。私は茜色の浴衣に着替えて、桜色の巾着を手首に提げた。
火の元を確認してから外へ出る。
桶を積み上げた所にトラ猫が座っていた。
傾いているのに、少しも体勢を崩さず顔を洗っている。
私の視線に気づいたのか、顔を上げてじっと見つめてきた。
「にゃあ」
小さく鳴いたその子はごろごろと喉を鳴らす。
すっかりこの長屋に住み着いちゃったみたい。
その子の頭を撫で、喉を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らして目を細めていた。
隣の戸がからりと開き、ゴエモンさんが現れた。
「おう、待たせちまったか?」
「私もさっき支度を終えたばかりですよ」
「そうかい。んじゃあ丁度良かったな」
ゴエモンさんは紺青色の浴衣を纏っていた。
普段は朱色に中黄色の縁取りをした装束を着ているけれど、浴衣姿も似合っている。
「ゴエモンさん、渋い色合いもお似合いですね」
「なんでい照れるじゃねえか」
お世辞と受け取られたのか、笑いながら猫の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その子は毛並みが乱れたのを気にして、また顔を洗い始める。
「留守番よろしく頼むぜトラ次郎」
「ゴエモンさん。この子、女の子ですよ」
「そうだったか?まあ、細けえ事は気にすんな」
歩き出したゴエモンさんの後についていく途中、長屋を振り返った。
トラ次郎が大きな伸びをして、ひょいと屋根に上っていくところだった。
長屋から大きな通りに出ると、賑わいが増した。
普段よりも人の流れが多く、浴衣を着ている人が多いような気がする。
町の明かりよりも出店の明かりが目立っていた。
まずは出店を見物にと私達もその波に乗る。
「やっぱ祭りは活気があっていいねえ」
「この雰囲気がいいですよね。でも、良かったんですか?」
「ん?何がでい」
「おみつさんと行く予定だったんじゃないかと」
あんみつ屋で働いているおみつさんとゴエモンさんは仲が良い。
だから、お祭りも二人で行くものだと思っていた。
土地勘の無い私に気を使ってくれたのかと思う、と申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ああ、そんなこと気にしてたのか。おみっちゃんは出店の手伝いで忙しいってよ」
「そうだったんですか。じゃあ、どこかで会えるかもしれないですね」
「そうだな。おっ、お囃子が聞こえてきたぜ」
段々と祭りのお囃子が近付いてきた。澄んだ笛の音が心地よい。
どん、どんと太鼓を打つ音が響き渡る。
人のざわめきも一層大きくなってきているようだった。
赤と白の提灯が色々な屋台を温かな色で照らしている。
小さな子が群がっている店は金魚掬いの店。赤い金魚を追い掛けて、楽しそうにはしゃいでいる。
男の子や若い人は射的に夢中になっていた。ぽんっと的を撃つ音に歓喜の声。
誰もが楽しそうに笑っていて、見ているだけで楽しい気持ちになってくる。
ろうそくを灯すように、私の思い出の中にぽっと浮かんだ。
「りんご飴、売っているお店どこにあるんでしょうね」
「そういやまだ見かけてねえなあ。食べてえのかい?」
「はい。お祭りに来る度にりんご飴を買っていたのを思い出して」
「そんじゃ、売ってる店を探すとするか」
「はい」
食べ物を売っている屋台がずらりと並んでいた。
やきそば、饅頭、お団子、お好み焼き。色んな食べ物を売っている。
どれも美味しそうな匂いを漂わせて、目移りしてしまいそう。
こんなにたくさんの店があるのに、目的の物を見つけられない。
実は通り道にあったのに、見逃してしまったのかも。
すれ違う人がりんご飴を持っていたから、どこかにお店はあるはず。
あ。今、のぼりに"りんご飴"って書いてあった気がした。
私は人ごみをかきわけて、そのお店の前に行こうとする。
のぼりの字を確かめるのに夢中で、前方に人がいたことに気がつかなかった。
うっかりからだごとその人にぶつかってしまい、反動で仰け反る。
「ご、ごめんなさい」
謝ったのはいいものの、その相手は随分と大柄な男の人だった。
言っては悪いのだけど、少々柄が悪そうに見える。
予想が的中したのか大柄な男の人がぎろりと私を睨みつけた。
「おうおう、娘さんよう。人にぶつかっておいてそれだけかい?」
野太い声が辺り一面に響いた。
私の周りに居た人たちが反射的に一歩、二歩と下がっていく。
一種の見世物を見物する人だかりのようなものが出来あがる。
怖気ついていた私は何も言い返すことが出来ず、ただその男の人を見上げていた。
「慰謝料として有り金置いていきな。それで許してやらんこともない」
下手に反論をしてもどうにかなる事じゃない。
お金を渡してそれで住むなら、素直にそうした方がいい。
私は巾着に手を入れてがま口を掴んだ。
「おいおい、若い娘をとっ捕まえて金を巻き上げるなんざあ、器が小せえ男だな」
「なんだてめえは」
どよめきが一層大きくなった。いつの間にか私の隣にゴエモンさんが立っていた。
危険を察したのか、見物客がまた一歩下がる。
「男なら笑って許してやるくれえ出来ねえのかい」
「なんだとお?てめえは関係ねえだろ、すっこんでやがれ!」
大柄の男が太い腕を振り下ろしてきた。
危ない。悲鳴を上げる暇も無く、私は口許に手を当てて息を飲んだ。
けれど、その心配は無用だった。素早くゴエモンさんは高く飛び上がり、くるっと身を翻して男の真後ろに着地する。
その身軽さにも驚いたけれど、更にゴエモンさんは男を後ろから蹴り飛ばしてしまった。
二歩下がるのがもう少しでも遅れていたら、男の下敷きになるところだった。
男は倒れたきり、びくともしない。気絶してしまったのだろうか。
「なんでい。口ほどにもねえやつだな」
「ゴエモンさん」
「怪我はねえかい」
「はい。有難うございます」
「なあにお安い御用でい。…ちいと目を離した隙に、すまねえな」
私が前方不注意だったせいだったのだから、ゴエモンさんが謝る事ないのに。
首を横に振って違うと言えば、苦笑いを浮かべていた。
周りに出来ていた人だかりはいつの間にか無くなっていた。
何事も無かったように、それでもちらちらとこちらを気にする人の流れ。
「おやっさん、二つ頼むぜ」
「あいよ。さっき見てたが、あんた腕っぷしが強いねえ」
「そうかい?」
「あいつはここいらじゃ評判の悪い奴でな。あんたが倒してくれてスカッとしたわい。礼と言っちゃあなんだが、持っていってくれ」
「悪いな。有り難く頂くとするぜ」
その会話のやり取りをぼうっと聞いていたら、目の前にゴエモンさんがやってきた。
笑顔で真っ赤なりんご飴を私に差し出す。
「ほらよ。見つかって良かったな」
「あ、えっと、お金」
「娘さんそいつはとっときな。腕っぷしの強い兄ちゃんが恋人で良かったねえ」
「ち、違いますー!」
慌てて否定をするものの、おじさんとゴエモンさんは可笑しそうに笑っていた。
きっと今の私はりんごみたいに真っ赤になってるに違いない。
周りからはそんな風に見られているのかな。全然そんな関係じゃないのに、恥ずかしい。
「ほら、行くぜ。そろそろ花火が始まる頃だ」
「ひ、引っ張らないでください!」
手をぐいと引かれて歩き出したのは、来た道と逆の方向。
出店から離れていく。どこに行くんだろう。
「どこに行くんですか?」
「花火を見る特等席は昔っから決まってんだ。ま、ついてくればわかるって」
私達は来た道をどんどんと戻っていく。
やがてお囃子は遠ざかって聞こえなくなり、人もまばらになってきた。
辺りは薄暗くなって、祭りの明かりは遥か遠くに見えていた。
ゴエモンさんが立ち止まった場所は、私達が住む長屋の前。
すると、不意にゴエモンさんが私を抱きかかえて、積み上げた桶の上に飛び乗った。
「わっ」
「よっと」
私を抱えているにも関わらず、とん、とんと高い場所へ飛び移っていく。
その拍子に足元から桶が一つ転がり、からんと地面に落ちた。
屋根に上ったゴエモンさんは私をゆっくりと下ろしてくれた。
そこは足場が悪いし、暗くてよく見えない。
一度滑り落ちそうになったけど、支えてくれたおかげで落ちずにすんだ。
結構、高い。ここからは町並みが見渡すことが出来て、お祭りの明かりがよく見えた。
小気味良い音が一つ、空に響き渡った。次にお腹に響く大きな音が弾ける。
夜空に金色の花が咲いていた。
一定の間隔を保ちながら打ちあがる花火。赤、青、黄、どれも大輪の花を咲かせる。
「わあ…きれい。ゴエモンさんの言ったとおり、特等席ですね」
「へへっ。毎年こっから眺めてんだ。気に入ってもらえたかい?」
「とっても」
満足そうにゴエモンさんは笑い、屋根の上に座る。
私も座りたいけど、崩れないかが心配で躊躇していた。
大丈夫だと声をかけられて、そっと膝をつく。
屋根が崩れる心配も無く、立って見るよりもずっと花火が見易い。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
りんご飴を片手に私達は花火に向かって声を掛ける。
花火をこうして眺めるのはいつぶりだろう。なんだか懐かしい。
甘酸っぱいりんご飴を舐めながら、一際大きい花火に感嘆の声を漏らした。
「なあ、キリカ」
「なんですか?」
「一生懸命に思い出すのも悪くはねえが、こっちでの思い出も作っておいたらどうだ?」
ゴエモンさんの横顔に淡い赤の光が映っていた。
思わず私は見惚れてしまって、何発かの花火を見損ねてしまう。
「毎日難しい顔してるよりも、その方がずっと楽しいってもんだろ」
「…私、そんなに難しい顔してましたか」
「ああ。眉間に皺寄せてな」
振り向いたゴエモンさんは自分の眉間に指を当てて、笑っていた。
確かにそうかもしれない。ふと気がつけば、記憶のかけらを拾おうとして考え込んでいた。
なるべく人前では考えないようにしていたのに、いつの間にか見られていたんだ。
「良い思い出たくさん作ってよ、それ持って帰ったらいいんじゃねえか」
「じゃあ、今日のも良い思い出にして、持って帰りますね」
「そりゃあいいな。しっかり目に焼き付けておけよ」
「はい」
花火が連続で打ち上がった。
小さな花火が集まって、まるで花束のよう。
焦らないでゆっくり、ゆっくり思い出していこう。
今を楽しむことが大切だって気づかせてくれた人がいるから。
昼過ぎにサスケさんは村の外れに出かけていった。
花火を打ち上げる準備だと言っていた。
本当は花火だけを見る予定だったのだけど、ゴエモンさんに誘われてお祭りに行くことになった。
お祭りが賑わい始める日の暮れた頃。私は茜色の浴衣に着替えて、桜色の巾着を手首に提げた。
火の元を確認してから外へ出る。
桶を積み上げた所にトラ猫が座っていた。
傾いているのに、少しも体勢を崩さず顔を洗っている。
私の視線に気づいたのか、顔を上げてじっと見つめてきた。
「にゃあ」
小さく鳴いたその子はごろごろと喉を鳴らす。
すっかりこの長屋に住み着いちゃったみたい。
その子の頭を撫で、喉を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らして目を細めていた。
隣の戸がからりと開き、ゴエモンさんが現れた。
「おう、待たせちまったか?」
「私もさっき支度を終えたばかりですよ」
「そうかい。んじゃあ丁度良かったな」
ゴエモンさんは紺青色の浴衣を纏っていた。
普段は朱色に中黄色の縁取りをした装束を着ているけれど、浴衣姿も似合っている。
「ゴエモンさん、渋い色合いもお似合いですね」
「なんでい照れるじゃねえか」
お世辞と受け取られたのか、笑いながら猫の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その子は毛並みが乱れたのを気にして、また顔を洗い始める。
「留守番よろしく頼むぜトラ次郎」
「ゴエモンさん。この子、女の子ですよ」
「そうだったか?まあ、細けえ事は気にすんな」
歩き出したゴエモンさんの後についていく途中、長屋を振り返った。
トラ次郎が大きな伸びをして、ひょいと屋根に上っていくところだった。
長屋から大きな通りに出ると、賑わいが増した。
普段よりも人の流れが多く、浴衣を着ている人が多いような気がする。
町の明かりよりも出店の明かりが目立っていた。
まずは出店を見物にと私達もその波に乗る。
「やっぱ祭りは活気があっていいねえ」
「この雰囲気がいいですよね。でも、良かったんですか?」
「ん?何がでい」
「おみつさんと行く予定だったんじゃないかと」
あんみつ屋で働いているおみつさんとゴエモンさんは仲が良い。
だから、お祭りも二人で行くものだと思っていた。
土地勘の無い私に気を使ってくれたのかと思う、と申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ああ、そんなこと気にしてたのか。おみっちゃんは出店の手伝いで忙しいってよ」
「そうだったんですか。じゃあ、どこかで会えるかもしれないですね」
「そうだな。おっ、お囃子が聞こえてきたぜ」
段々と祭りのお囃子が近付いてきた。澄んだ笛の音が心地よい。
どん、どんと太鼓を打つ音が響き渡る。
人のざわめきも一層大きくなってきているようだった。
赤と白の提灯が色々な屋台を温かな色で照らしている。
小さな子が群がっている店は金魚掬いの店。赤い金魚を追い掛けて、楽しそうにはしゃいでいる。
男の子や若い人は射的に夢中になっていた。ぽんっと的を撃つ音に歓喜の声。
誰もが楽しそうに笑っていて、見ているだけで楽しい気持ちになってくる。
ろうそくを灯すように、私の思い出の中にぽっと浮かんだ。
「りんご飴、売っているお店どこにあるんでしょうね」
「そういやまだ見かけてねえなあ。食べてえのかい?」
「はい。お祭りに来る度にりんご飴を買っていたのを思い出して」
「そんじゃ、売ってる店を探すとするか」
「はい」
食べ物を売っている屋台がずらりと並んでいた。
やきそば、饅頭、お団子、お好み焼き。色んな食べ物を売っている。
どれも美味しそうな匂いを漂わせて、目移りしてしまいそう。
こんなにたくさんの店があるのに、目的の物を見つけられない。
実は通り道にあったのに、見逃してしまったのかも。
すれ違う人がりんご飴を持っていたから、どこかにお店はあるはず。
あ。今、のぼりに"りんご飴"って書いてあった気がした。
私は人ごみをかきわけて、そのお店の前に行こうとする。
のぼりの字を確かめるのに夢中で、前方に人がいたことに気がつかなかった。
うっかりからだごとその人にぶつかってしまい、反動で仰け反る。
「ご、ごめんなさい」
謝ったのはいいものの、その相手は随分と大柄な男の人だった。
言っては悪いのだけど、少々柄が悪そうに見える。
予想が的中したのか大柄な男の人がぎろりと私を睨みつけた。
「おうおう、娘さんよう。人にぶつかっておいてそれだけかい?」
野太い声が辺り一面に響いた。
私の周りに居た人たちが反射的に一歩、二歩と下がっていく。
一種の見世物を見物する人だかりのようなものが出来あがる。
怖気ついていた私は何も言い返すことが出来ず、ただその男の人を見上げていた。
「慰謝料として有り金置いていきな。それで許してやらんこともない」
下手に反論をしてもどうにかなる事じゃない。
お金を渡してそれで住むなら、素直にそうした方がいい。
私は巾着に手を入れてがま口を掴んだ。
「おいおい、若い娘をとっ捕まえて金を巻き上げるなんざあ、器が小せえ男だな」
「なんだてめえは」
どよめきが一層大きくなった。いつの間にか私の隣にゴエモンさんが立っていた。
危険を察したのか、見物客がまた一歩下がる。
「男なら笑って許してやるくれえ出来ねえのかい」
「なんだとお?てめえは関係ねえだろ、すっこんでやがれ!」
大柄の男が太い腕を振り下ろしてきた。
危ない。悲鳴を上げる暇も無く、私は口許に手を当てて息を飲んだ。
けれど、その心配は無用だった。素早くゴエモンさんは高く飛び上がり、くるっと身を翻して男の真後ろに着地する。
その身軽さにも驚いたけれど、更にゴエモンさんは男を後ろから蹴り飛ばしてしまった。
二歩下がるのがもう少しでも遅れていたら、男の下敷きになるところだった。
男は倒れたきり、びくともしない。気絶してしまったのだろうか。
「なんでい。口ほどにもねえやつだな」
「ゴエモンさん」
「怪我はねえかい」
「はい。有難うございます」
「なあにお安い御用でい。…ちいと目を離した隙に、すまねえな」
私が前方不注意だったせいだったのだから、ゴエモンさんが謝る事ないのに。
首を横に振って違うと言えば、苦笑いを浮かべていた。
周りに出来ていた人だかりはいつの間にか無くなっていた。
何事も無かったように、それでもちらちらとこちらを気にする人の流れ。
「おやっさん、二つ頼むぜ」
「あいよ。さっき見てたが、あんた腕っぷしが強いねえ」
「そうかい?」
「あいつはここいらじゃ評判の悪い奴でな。あんたが倒してくれてスカッとしたわい。礼と言っちゃあなんだが、持っていってくれ」
「悪いな。有り難く頂くとするぜ」
その会話のやり取りをぼうっと聞いていたら、目の前にゴエモンさんがやってきた。
笑顔で真っ赤なりんご飴を私に差し出す。
「ほらよ。見つかって良かったな」
「あ、えっと、お金」
「娘さんそいつはとっときな。腕っぷしの強い兄ちゃんが恋人で良かったねえ」
「ち、違いますー!」
慌てて否定をするものの、おじさんとゴエモンさんは可笑しそうに笑っていた。
きっと今の私はりんごみたいに真っ赤になってるに違いない。
周りからはそんな風に見られているのかな。全然そんな関係じゃないのに、恥ずかしい。
「ほら、行くぜ。そろそろ花火が始まる頃だ」
「ひ、引っ張らないでください!」
手をぐいと引かれて歩き出したのは、来た道と逆の方向。
出店から離れていく。どこに行くんだろう。
「どこに行くんですか?」
「花火を見る特等席は昔っから決まってんだ。ま、ついてくればわかるって」
私達は来た道をどんどんと戻っていく。
やがてお囃子は遠ざかって聞こえなくなり、人もまばらになってきた。
辺りは薄暗くなって、祭りの明かりは遥か遠くに見えていた。
ゴエモンさんが立ち止まった場所は、私達が住む長屋の前。
すると、不意にゴエモンさんが私を抱きかかえて、積み上げた桶の上に飛び乗った。
「わっ」
「よっと」
私を抱えているにも関わらず、とん、とんと高い場所へ飛び移っていく。
その拍子に足元から桶が一つ転がり、からんと地面に落ちた。
屋根に上ったゴエモンさんは私をゆっくりと下ろしてくれた。
そこは足場が悪いし、暗くてよく見えない。
一度滑り落ちそうになったけど、支えてくれたおかげで落ちずにすんだ。
結構、高い。ここからは町並みが見渡すことが出来て、お祭りの明かりがよく見えた。
小気味良い音が一つ、空に響き渡った。次にお腹に響く大きな音が弾ける。
夜空に金色の花が咲いていた。
一定の間隔を保ちながら打ちあがる花火。赤、青、黄、どれも大輪の花を咲かせる。
「わあ…きれい。ゴエモンさんの言ったとおり、特等席ですね」
「へへっ。毎年こっから眺めてんだ。気に入ってもらえたかい?」
「とっても」
満足そうにゴエモンさんは笑い、屋根の上に座る。
私も座りたいけど、崩れないかが心配で躊躇していた。
大丈夫だと声をかけられて、そっと膝をつく。
屋根が崩れる心配も無く、立って見るよりもずっと花火が見易い。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
りんご飴を片手に私達は花火に向かって声を掛ける。
花火をこうして眺めるのはいつぶりだろう。なんだか懐かしい。
甘酸っぱいりんご飴を舐めながら、一際大きい花火に感嘆の声を漏らした。
「なあ、キリカ」
「なんですか?」
「一生懸命に思い出すのも悪くはねえが、こっちでの思い出も作っておいたらどうだ?」
ゴエモンさんの横顔に淡い赤の光が映っていた。
思わず私は見惚れてしまって、何発かの花火を見損ねてしまう。
「毎日難しい顔してるよりも、その方がずっと楽しいってもんだろ」
「…私、そんなに難しい顔してましたか」
「ああ。眉間に皺寄せてな」
振り向いたゴエモンさんは自分の眉間に指を当てて、笑っていた。
確かにそうかもしれない。ふと気がつけば、記憶のかけらを拾おうとして考え込んでいた。
なるべく人前では考えないようにしていたのに、いつの間にか見られていたんだ。
「良い思い出たくさん作ってよ、それ持って帰ったらいいんじゃねえか」
「じゃあ、今日のも良い思い出にして、持って帰りますね」
「そりゃあいいな。しっかり目に焼き付けておけよ」
「はい」
花火が連続で打ち上がった。
小さな花火が集まって、まるで花束のよう。
焦らないでゆっくり、ゆっくり思い出していこう。
今を楽しむことが大切だって気づかせてくれた人がいるから。