リズム怪盗R
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響き
ヴァイオリンの音色が聞こえた。
シャンゼリゼ通りは普段の通行人にプラスして観光客で賑わっている。
夜空のバックには大きな観覧車。
ちょうどツリーのライトアップ時間なのか、樹木の端から流れるように灯りがついた。
この時間にここを通るのは初めて。
ヴァイオリンの音色が光をより煌びやかに演出している気がする。
特にパリの祭典を控えているから、いつも以上に賑やかだ。
日本とはまた違ったお祭りの雰囲気。
この賑やかさは嫌いじゃない。
少し早いけど、その雰囲気を味わいたくて仕事帰りに寄り道しにきていた。
雑踏の中で一際目立つ弦を弾く音。
凛とした滑らかな音色を奏でている。
誰が弾いているのだろう。
こんなに素敵な音を出す人の顔を見てみたい。
引き寄せられるように私はヴァイオリンの音をたどっていく。
通行人の合間から金髪の少女の頭が見えた。
ヴァイオリンを弾いている。
そのすぐ傍に、帽子を被ったスーツの男の人がいた気がした。
視界が人の流れに度々遮られて『誰か』と特定するのが難しい。
彼が一度だけこちらを向いた気がしたのだけど、すぐに反対側へ駆けていってしまった。
その後を追うように数人の警官が私を追い越していく。
あの人は、もしかして。
幾つもの風船が夜空に吸い込まれていった。
風船売りの人が手を離してしまったのだろう。
私はようやく少女の元へ辿り着いた。
呆然と向こう側を見つめている少女に声をかける。
彼女はヴァイオリンを片手に私の方を驚いた目で見つめてきた。
「ごめんなさいね。素敵な音色だったからつい声をかけたくて」
「あ、いえ。ありがとうございます」
「こちらこそ素敵な曲をありがとう。……さっき、あのスーツの」
彼を見なかったか。そう聞こうと口を開いた。
でも、やっぱりと思って首を左右に振る。
見間違いかもしれない。
それにむやみに彼のことを探るような言い方は控えた方がいい。
どこで警官が耳を済ませているかわからないのだから。
「なんでもないわ。もう暗くなってきているし、帰るときは気をつけてね」
「はい」
まだ遅くないとは言え、一人で出歩くのは危ない。
最近は特に妙な噂を聞いているから余計に心配だった。
私も少しこの辺りを歩いたら家に帰ろう。
通りの賑やかな雰囲気を目で、耳で感じながら歩く。
楽しそうだと思う反面、心はどこか上の空だった。
今朝の新聞の一面に大々的に彼の記事が載っていた。
内容は確か『怪盗R、今度の獲物はルーヴル美術館のティアマトの腕輪』だ。
彼が予告した時間は過ぎている。
もう彼は美術品を手にして逃げているのだろうか。
それならばさっきのは見間違いじゃないかもしれない。
警官が検問を始めているようだ。
彼が上手く見つからずに逃げられればいいのだけど。
*
朝の日差しがキラキラと眩しい。
今日も良い日でありますようにと太陽の恵みに感謝した。
でも仕事の次の日は正直この眩しさは辛いものがある。
美術品をチェックしていたらいつの間にか時間がだいぶ過ぎていることが多々。
昨夜もマリアが眠った後にティアマトの腕輪を調べていた。
調べても手元の資料や知識だけではわからない部分がある。
結果、やはりノートルダム大聖堂に行かなければ解明できないという事に行き着いた。
マリアの素晴らしいヴァイオリンの音色を目覚ましに、僕たちはアパートを出た。
目指す場所はノートルダム大聖堂。
交差点の信号を待つ間、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。
指先がポケットの中身に触れる。
そうだ。忘れていた。
「マリア。大聖堂に行く前に寄り道してもいいかな」
「いいわ。どこにいくの?」
「通り道にある花屋だよ。ちょっと人に渡すものがあるんだ」
「わかった。早く行きましょ」
「ありがとう。マリア」
本当はあの時渡せばよかったんだ。
偶然シャンゼリゼ通りにいた彼女を見つけたけど、またもパリ市警にじゃまをされてしまった。
あそこで捕まるわけにもいかないから、仕方がなく逃げたんだけど。
早くこれをあの人に渡さなきゃな。
信号が緑に変わる。
一斉に人々が動き出した。
*
パン屋の二軒先がキリカさんの働いている花屋。
まだ開店準備の途中なのか店先に出ている花が少ない。
花が入ったバケツを運ぶキリカさんがちょうど店から出てきた。
「おはようございます、キリカさん」
「あら、おはよう。……貴女は昨日のヴァイオリンを弾いていた」
「はい。昨日はありがとうございました」
あれ。二人は知り合いなのか。
二人の関係を不思議に思っていると、キリカさんがにこりと微笑んだ。
「昨日、シャンゼリゼ通りでヴァイオリンを弾いているのを見かけたの」
「ちょうど貴方と会ったあとぐらいだったかな。お二人もお知り合いだったんですね」
「ええ。二人でどこか出かけるの?」
「はい。ちょっとその前にここに寄ろうと思って。……えっと、マリア悪いんだけどちょっと待ってて」
「いいわよ」
「お花を見ているわ」とマリアが少し離れた店先の花を眺めにいった。
会って間もないのに気を使わせちゃってるみたいで何だか悪い気もする。
「私に何か用なの?」
「これ、キリカさんにあげます」
ポケットから取り出した物を手の平に乗せて差し出す。
それは押し花を樹脂で固めて作ったアンティーク調のペンダント。
一昨日雑貨屋で見つけた。
これを見た時にキリカさんの顔がすぐに浮かんだ。
こういうの好きそうだし、似合いそうだと思って。
「いいの?こんなに素敵なペンダント」
「キリカさんに似合いそうだと思ったから。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「すごく気に入ったわ。ありがとう、大切にするね」
「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。本当は昨日渡すつもりだったんだけど、ね」
キリカさんはペンダントを愛おしそうな目で見つめていた。
顔を上げたその目は安堵の色。
ああ、やっぱり心配させちゃったみたいだ。
「やっぱり貴方だったのね。でも、無事にラルフくんにこうして会えたから良かったわ」
「ごめん。心配かけちゃったみたいだね」
例えどんなに厳しい警備だろうと怪盗を辞めるわけにはいかない。
そして絶対に捕まりはしない。
そうじゃないと、余計に彼女を悲しませてしまう。
ただ、今回ばかりは何か妙な胸騒ぎを感じていた。
もしかしたら彼女に会える時間が減るかもしれない。
そんな気がしていた。
ヴァイオリンの音色が聞こえた。
シャンゼリゼ通りは普段の通行人にプラスして観光客で賑わっている。
夜空のバックには大きな観覧車。
ちょうどツリーのライトアップ時間なのか、樹木の端から流れるように灯りがついた。
この時間にここを通るのは初めて。
ヴァイオリンの音色が光をより煌びやかに演出している気がする。
特にパリの祭典を控えているから、いつも以上に賑やかだ。
日本とはまた違ったお祭りの雰囲気。
この賑やかさは嫌いじゃない。
少し早いけど、その雰囲気を味わいたくて仕事帰りに寄り道しにきていた。
雑踏の中で一際目立つ弦を弾く音。
凛とした滑らかな音色を奏でている。
誰が弾いているのだろう。
こんなに素敵な音を出す人の顔を見てみたい。
引き寄せられるように私はヴァイオリンの音をたどっていく。
通行人の合間から金髪の少女の頭が見えた。
ヴァイオリンを弾いている。
そのすぐ傍に、帽子を被ったスーツの男の人がいた気がした。
視界が人の流れに度々遮られて『誰か』と特定するのが難しい。
彼が一度だけこちらを向いた気がしたのだけど、すぐに反対側へ駆けていってしまった。
その後を追うように数人の警官が私を追い越していく。
あの人は、もしかして。
幾つもの風船が夜空に吸い込まれていった。
風船売りの人が手を離してしまったのだろう。
私はようやく少女の元へ辿り着いた。
呆然と向こう側を見つめている少女に声をかける。
彼女はヴァイオリンを片手に私の方を驚いた目で見つめてきた。
「ごめんなさいね。素敵な音色だったからつい声をかけたくて」
「あ、いえ。ありがとうございます」
「こちらこそ素敵な曲をありがとう。……さっき、あのスーツの」
彼を見なかったか。そう聞こうと口を開いた。
でも、やっぱりと思って首を左右に振る。
見間違いかもしれない。
それにむやみに彼のことを探るような言い方は控えた方がいい。
どこで警官が耳を済ませているかわからないのだから。
「なんでもないわ。もう暗くなってきているし、帰るときは気をつけてね」
「はい」
まだ遅くないとは言え、一人で出歩くのは危ない。
最近は特に妙な噂を聞いているから余計に心配だった。
私も少しこの辺りを歩いたら家に帰ろう。
通りの賑やかな雰囲気を目で、耳で感じながら歩く。
楽しそうだと思う反面、心はどこか上の空だった。
今朝の新聞の一面に大々的に彼の記事が載っていた。
内容は確か『怪盗R、今度の獲物はルーヴル美術館のティアマトの腕輪』だ。
彼が予告した時間は過ぎている。
もう彼は美術品を手にして逃げているのだろうか。
それならばさっきのは見間違いじゃないかもしれない。
警官が検問を始めているようだ。
彼が上手く見つからずに逃げられればいいのだけど。
*
朝の日差しがキラキラと眩しい。
今日も良い日でありますようにと太陽の恵みに感謝した。
でも仕事の次の日は正直この眩しさは辛いものがある。
美術品をチェックしていたらいつの間にか時間がだいぶ過ぎていることが多々。
昨夜もマリアが眠った後にティアマトの腕輪を調べていた。
調べても手元の資料や知識だけではわからない部分がある。
結果、やはりノートルダム大聖堂に行かなければ解明できないという事に行き着いた。
マリアの素晴らしいヴァイオリンの音色を目覚ましに、僕たちはアパートを出た。
目指す場所はノートルダム大聖堂。
交差点の信号を待つ間、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。
指先がポケットの中身に触れる。
そうだ。忘れていた。
「マリア。大聖堂に行く前に寄り道してもいいかな」
「いいわ。どこにいくの?」
「通り道にある花屋だよ。ちょっと人に渡すものがあるんだ」
「わかった。早く行きましょ」
「ありがとう。マリア」
本当はあの時渡せばよかったんだ。
偶然シャンゼリゼ通りにいた彼女を見つけたけど、またもパリ市警にじゃまをされてしまった。
あそこで捕まるわけにもいかないから、仕方がなく逃げたんだけど。
早くこれをあの人に渡さなきゃな。
信号が緑に変わる。
一斉に人々が動き出した。
*
パン屋の二軒先がキリカさんの働いている花屋。
まだ開店準備の途中なのか店先に出ている花が少ない。
花が入ったバケツを運ぶキリカさんがちょうど店から出てきた。
「おはようございます、キリカさん」
「あら、おはよう。……貴女は昨日のヴァイオリンを弾いていた」
「はい。昨日はありがとうございました」
あれ。二人は知り合いなのか。
二人の関係を不思議に思っていると、キリカさんがにこりと微笑んだ。
「昨日、シャンゼリゼ通りでヴァイオリンを弾いているのを見かけたの」
「ちょうど貴方と会ったあとぐらいだったかな。お二人もお知り合いだったんですね」
「ええ。二人でどこか出かけるの?」
「はい。ちょっとその前にここに寄ろうと思って。……えっと、マリア悪いんだけどちょっと待ってて」
「いいわよ」
「お花を見ているわ」とマリアが少し離れた店先の花を眺めにいった。
会って間もないのに気を使わせちゃってるみたいで何だか悪い気もする。
「私に何か用なの?」
「これ、キリカさんにあげます」
ポケットから取り出した物を手の平に乗せて差し出す。
それは押し花を樹脂で固めて作ったアンティーク調のペンダント。
一昨日雑貨屋で見つけた。
これを見た時にキリカさんの顔がすぐに浮かんだ。
こういうの好きそうだし、似合いそうだと思って。
「いいの?こんなに素敵なペンダント」
「キリカさんに似合いそうだと思ったから。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「すごく気に入ったわ。ありがとう、大切にするね」
「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。本当は昨日渡すつもりだったんだけど、ね」
キリカさんはペンダントを愛おしそうな目で見つめていた。
顔を上げたその目は安堵の色。
ああ、やっぱり心配させちゃったみたいだ。
「やっぱり貴方だったのね。でも、無事にラルフくんにこうして会えたから良かったわ」
「ごめん。心配かけちゃったみたいだね」
例えどんなに厳しい警備だろうと怪盗を辞めるわけにはいかない。
そして絶対に捕まりはしない。
そうじゃないと、余計に彼女を悲しませてしまう。
ただ、今回ばかりは何か妙な胸騒ぎを感じていた。
もしかしたら彼女に会える時間が減るかもしれない。
そんな気がしていた。