リズム怪盗R
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パリの怪盗 後編
天井から吊り下がった無数のランプの灯りが部屋を煌々と照らしていた。
所狭しと飾られた数々の美術品がぼんやりとライトアップされているようだ。
宝飾品、彫刻、絵画など様々な美術品に四方を囲まれているこの地下室。
ひんやりとした空気がすこし肌寒くも感じる。
ラルフは壁際に立てかけた絵をじっと覗き込んでいた。
それは一枚の肖像画。青い瞳の女性が描かれている。
女性の表情は憂い気に満ちた微笑を浮かべていた。
絵の隅々までを穴が空くほど調べ、ある一点へ注目する。
洋服の肩の模様に目を凝らしていたが、期待していた物とは違ったのか息を吐いた。
自分が探している紋章かと思いきやどうやらハズレのようだった。これはただの模様に過ぎなかった。
「残念だったな、フォンデュ」
ラルフの側に行儀よく控えていた愛犬が切なそうに鼻を鳴らす。
「でも、どうしてキリカさんはこの絵を嫌っているんだろう」
先日の話から推測するに、自分の容姿に劣等感を抱いているようだった。
人間は差別をする生き物だ。自分と少しでも違えば相手を攻撃する。
きっと幼少時代は好奇の視線に耐えながら過ごしてきたのだろう。
「僕は素敵だと思うんだけどな」
この青い瞳も黒い髪もラルフは気に入っていた。
初めて会った時から魅力的な存在に思えていたのだ。
それが何かとは具体的には答えられないが、あえて挙げるならこの二つも含まれる。
ぼうっと絵を眺めていた主人にフォンデュがワンと鳴いた。
「わかってるよ。返しに行かなきゃな。キリカさんもう帰ってきてるかな」
振り子時計の針は20時を示していた。
そろそろ仕事から帰ってくる時間だろう。
「動かない絵を眺めているよりも、本物に会いに行った方がいいしな」
重い腰をあげたラルフは右手の長い指をパチンと鳴らした。
*
ゆらゆらと揺れるアロマキャンドルの炎が部屋を照らしている。
今夜は天気がよく、満月と星が綺麗に見えていた。
パリのイルミネーションも好きだが、空の星空を眺める方が好きだ。
こんな夜は電気を点けるよりもキャンドルを灯してのんびり過ごすのがいい。
それに明日は休日だから少し夜更かしをしても大丈夫だ。
キリカは机に向かって本を読んでいた。
手元を橙色の光がゆらゆらと照らす。
文字を読むには少し暗いが、このぐらいの演出の方がゆったりと出来る。
ハーブティーでも淹れようか。
そう考えていた時、キャンドルの炎が一度だけ大きく揺れた。
反射的に窓の方を向いたキリカはハッと息を飲んだ。
「今夜は良い月が浮かんでるね」
そこには窓によりかかる怪盗Rが夜空を見上げていた。
いつの間に現れたのだろうか。
整った彼の横顔を月明かりが照らしている。
「こんばんは」
「こんばんは。なにもそんなに驚かなくてもいいだろ?」
「ごめんなさい。びっくりして……でもどうして」
Rがこちらを向いたが、月明かりとキャンドルの灯りではよく表情が覗えない。
口許が三日月のように笑いかけていた。
「どうしてって、君に会いたくなったから。なんて理由じゃダメかい」
「えっ」
ぽっとキリカの頬に熱が走る。
不意打ちに発せられた言葉に動揺を隠しきれていないが、冷静に返した。
「物好きな人」
「そうかな。その物好きな怪盗が少し話をしていっても?」
「どうぞ。今ハーブティーを淹れようと思ったの、良かったら貴方も飲んでいって」
「君も十分物好きだよ。怪盗にお茶を薦めるなんてね」
それじゃあ物好き同士でお茶会でもしましょう。
くすりと笑うキリカの表情からは緊張の色は見えなかった。
なぜか初めて話す気がしない。そう思いながらお茶の用意を始めた。
Rに椅子を勧めたのだが、自分はここでいいと窓側の壁に腕を組んでもたれ掛けていた。
「熱いから気をつけて。本当に椅子はいいの?」
「心遣いだけ貰っておくよ、ありがとう。その椅子は君に使ってほしいんだ。優しい君にね」
「おだてても何も出ないわ」
「そんなことない。君が淹れてくれたお茶が飲めるからね。良い香りだ」
キリカから受け取ったカップから芳しい香りがただよう。
口に含むと甘い味がじんわりと染み込むように広がる。
「うん、美味しい。流石君がブレンドしたハーブティーだ」
「どうして知っているの?」
「怪盗は情報収集を欠かさない仕事なんだ。君が調合したハーブティーは美味しいって評判だよ」
「なんだか、恥ずかしいわ。でも、ありがとう」
「これはなんのハーブなんだい?」
心が安らぐ香りだ。
つい気を緩めて、素が出てしまいそうなくらい落ち着いている。
「カモミールとラベンダー。私は寝る前によく飲むの。ぐっすり眠れるから」
「へえ。これは今の時間にしか飲めなさそうだ。昼間に飲んだら居眠りしてしまいそうだし」
「そうね。……ねえ、本当は何をしに来たの?」
キリカは正体がわからない相手をじっと見つめた。
カップを持つ仕草に気品を感じる。
Rはカップを持ち上げたまま唇に笑みを浮かべた。
「絵を返しに来たんだ」
Rの視線が足元へ。そこには額縁の絵が立て掛けられている。
それと壁とを交互に見比べるキリカ。絵があった場所には写真とポストカードが貼ってある。
「ところで、どうして警察に連絡しなかったんだい?」
「貴方は悪い人じゃないって噂だし、それに、その絵は私には必要ないものだから」
「どうしてそう思うんだい。こんなに素敵な絵なのに」
お世辞でそう言ったつもりはない。
しかし、キリカにはそれがそう聞こえたのか彼女は目を伏せて寂しげに笑っていた。
いつかの昼間に見たのと同じ表情だ。
やはり自分がハーフであり、眼と髪の色を気にしているのか。
「僕はその青空のような眼も、夜空のような髪の色も好きだよ」
「……ありがとう。不思議ね。貴方とは初めて会ったのになんだか初めて会った気がしないわ」
「そういうのって運命の出会いって言うんじゃない」
「口がお上手ね」
嫌味のない笑い顔にRも笑みを返す。
窓から吹き込んだ夜風がキャンドルの灯りと二人の髪を揺らした。
顔の影がちらちらと揺れ動く。
ハーブティに視線を落とすと自分の顔が映り込んでいた。
キリカはそこにいた自分としばし見つめあい、やがてゆっくりと目を閉じた。
「私、昔から気にしていたの。どうして私はみんなと違うんだろう。日本に居た時は青い眼、こっちに来てからは黒い髪。周りの目が気になって仕方が無かった。でも、親からもらったものだし、染めたりはしなかったけど」
薄い唇が昔話を思い出すように紡ぎ始めていた。
その話を遮ることなく、ただ黙ってRは聞いている。
「貴方みたいに『気にすることじゃない』って言ってくれる人もたくさんいた。それでも私はどこか捻くれていたのね。口ではそう言っていても、心の中では『変わってる』とかそう思っているんじゃないかって」
「随分悩んでいたんだね。確かに上辺だけの人もいるだろうけど。僕は君がどんな色を持ってい たとしても君は君だから、素敵だと思うよ」
「なんだか口説かれている気分だわ。それに、夢を見ているみたい」
ふわふわとした夢心地に包まれていた。
これは夢なのか現実なのか。
「もしこれが夢だったら悲しいよ。君は僕と話したことを忘れてしまうだろうし」
「忘れないわ」
「本当に?」
「ええ。貴方みたいな素敵な人と話したこと忘れたりしないわ」
先ほどのRの台詞を真似てくすくすと笑いながらRを見つめる。
冗談か否か。どちらにせよ一本取られたと照れを隠すように帽子を直した。
「その言葉を信じて、そろそろ僕はお暇させてもらうよ」
「もう帰ってしまうの?」
「君が望むならまた来るよ」
「ええ、またお話がしたいわ」
Rは空になったカップをベッド脇のサイドテーブルの上に置いた。
「良かった。僕も君とまた話がしたいと思っていたんだ。お茶ご馳走さまでした。カップはここに置いておくよ」
「あ……その絵、持っていってくれない?」
手元には置いておきたくない。
正直まだ自信がないのだ。自分と向き合う自信が。
絵に視線をおとしたRはしばらく無言を保っていた。
その間に断られると予想していたキリカはRの言葉を待つ。
「じゃあ、こうしよう。これは僕がしばらく預かる。返して欲しくなったらいつでも言って」
「……いいの?」
「コルクボードにされたら絵の中の君が可哀想だからね」
「ありがとう、お願いします」
「キリカ。君は聡明で美しい女性だ。だからもっと、自信をもって」
一歩、二歩とゆっくりキリカに近づいたRは片手を取る。
その手の甲にそっと口づけた。
触れられた手と頬がかあっと熱を帯びた。
Rが帽子のツバを人差し指で上げた時に一瞬だけ見えたのだが、気に留める余裕すらない。
印象に残ったのはその時に見せた笑みだけ。
「それじゃあ良い夢を。おやすみキリカ」
あの日の夜のようにRは絵を抱えてひらりと窓を飛び越えていった。
天井から吊り下がった無数のランプの灯りが部屋を煌々と照らしていた。
所狭しと飾られた数々の美術品がぼんやりとライトアップされているようだ。
宝飾品、彫刻、絵画など様々な美術品に四方を囲まれているこの地下室。
ひんやりとした空気がすこし肌寒くも感じる。
ラルフは壁際に立てかけた絵をじっと覗き込んでいた。
それは一枚の肖像画。青い瞳の女性が描かれている。
女性の表情は憂い気に満ちた微笑を浮かべていた。
絵の隅々までを穴が空くほど調べ、ある一点へ注目する。
洋服の肩の模様に目を凝らしていたが、期待していた物とは違ったのか息を吐いた。
自分が探している紋章かと思いきやどうやらハズレのようだった。これはただの模様に過ぎなかった。
「残念だったな、フォンデュ」
ラルフの側に行儀よく控えていた愛犬が切なそうに鼻を鳴らす。
「でも、どうしてキリカさんはこの絵を嫌っているんだろう」
先日の話から推測するに、自分の容姿に劣等感を抱いているようだった。
人間は差別をする生き物だ。自分と少しでも違えば相手を攻撃する。
きっと幼少時代は好奇の視線に耐えながら過ごしてきたのだろう。
「僕は素敵だと思うんだけどな」
この青い瞳も黒い髪もラルフは気に入っていた。
初めて会った時から魅力的な存在に思えていたのだ。
それが何かとは具体的には答えられないが、あえて挙げるならこの二つも含まれる。
ぼうっと絵を眺めていた主人にフォンデュがワンと鳴いた。
「わかってるよ。返しに行かなきゃな。キリカさんもう帰ってきてるかな」
振り子時計の針は20時を示していた。
そろそろ仕事から帰ってくる時間だろう。
「動かない絵を眺めているよりも、本物に会いに行った方がいいしな」
重い腰をあげたラルフは右手の長い指をパチンと鳴らした。
*
ゆらゆらと揺れるアロマキャンドルの炎が部屋を照らしている。
今夜は天気がよく、満月と星が綺麗に見えていた。
パリのイルミネーションも好きだが、空の星空を眺める方が好きだ。
こんな夜は電気を点けるよりもキャンドルを灯してのんびり過ごすのがいい。
それに明日は休日だから少し夜更かしをしても大丈夫だ。
キリカは机に向かって本を読んでいた。
手元を橙色の光がゆらゆらと照らす。
文字を読むには少し暗いが、このぐらいの演出の方がゆったりと出来る。
ハーブティーでも淹れようか。
そう考えていた時、キャンドルの炎が一度だけ大きく揺れた。
反射的に窓の方を向いたキリカはハッと息を飲んだ。
「今夜は良い月が浮かんでるね」
そこには窓によりかかる怪盗Rが夜空を見上げていた。
いつの間に現れたのだろうか。
整った彼の横顔を月明かりが照らしている。
「こんばんは」
「こんばんは。なにもそんなに驚かなくてもいいだろ?」
「ごめんなさい。びっくりして……でもどうして」
Rがこちらを向いたが、月明かりとキャンドルの灯りではよく表情が覗えない。
口許が三日月のように笑いかけていた。
「どうしてって、君に会いたくなったから。なんて理由じゃダメかい」
「えっ」
ぽっとキリカの頬に熱が走る。
不意打ちに発せられた言葉に動揺を隠しきれていないが、冷静に返した。
「物好きな人」
「そうかな。その物好きな怪盗が少し話をしていっても?」
「どうぞ。今ハーブティーを淹れようと思ったの、良かったら貴方も飲んでいって」
「君も十分物好きだよ。怪盗にお茶を薦めるなんてね」
それじゃあ物好き同士でお茶会でもしましょう。
くすりと笑うキリカの表情からは緊張の色は見えなかった。
なぜか初めて話す気がしない。そう思いながらお茶の用意を始めた。
Rに椅子を勧めたのだが、自分はここでいいと窓側の壁に腕を組んでもたれ掛けていた。
「熱いから気をつけて。本当に椅子はいいの?」
「心遣いだけ貰っておくよ、ありがとう。その椅子は君に使ってほしいんだ。優しい君にね」
「おだてても何も出ないわ」
「そんなことない。君が淹れてくれたお茶が飲めるからね。良い香りだ」
キリカから受け取ったカップから芳しい香りがただよう。
口に含むと甘い味がじんわりと染み込むように広がる。
「うん、美味しい。流石君がブレンドしたハーブティーだ」
「どうして知っているの?」
「怪盗は情報収集を欠かさない仕事なんだ。君が調合したハーブティーは美味しいって評判だよ」
「なんだか、恥ずかしいわ。でも、ありがとう」
「これはなんのハーブなんだい?」
心が安らぐ香りだ。
つい気を緩めて、素が出てしまいそうなくらい落ち着いている。
「カモミールとラベンダー。私は寝る前によく飲むの。ぐっすり眠れるから」
「へえ。これは今の時間にしか飲めなさそうだ。昼間に飲んだら居眠りしてしまいそうだし」
「そうね。……ねえ、本当は何をしに来たの?」
キリカは正体がわからない相手をじっと見つめた。
カップを持つ仕草に気品を感じる。
Rはカップを持ち上げたまま唇に笑みを浮かべた。
「絵を返しに来たんだ」
Rの視線が足元へ。そこには額縁の絵が立て掛けられている。
それと壁とを交互に見比べるキリカ。絵があった場所には写真とポストカードが貼ってある。
「ところで、どうして警察に連絡しなかったんだい?」
「貴方は悪い人じゃないって噂だし、それに、その絵は私には必要ないものだから」
「どうしてそう思うんだい。こんなに素敵な絵なのに」
お世辞でそう言ったつもりはない。
しかし、キリカにはそれがそう聞こえたのか彼女は目を伏せて寂しげに笑っていた。
いつかの昼間に見たのと同じ表情だ。
やはり自分がハーフであり、眼と髪の色を気にしているのか。
「僕はその青空のような眼も、夜空のような髪の色も好きだよ」
「……ありがとう。不思議ね。貴方とは初めて会ったのになんだか初めて会った気がしないわ」
「そういうのって運命の出会いって言うんじゃない」
「口がお上手ね」
嫌味のない笑い顔にRも笑みを返す。
窓から吹き込んだ夜風がキャンドルの灯りと二人の髪を揺らした。
顔の影がちらちらと揺れ動く。
ハーブティに視線を落とすと自分の顔が映り込んでいた。
キリカはそこにいた自分としばし見つめあい、やがてゆっくりと目を閉じた。
「私、昔から気にしていたの。どうして私はみんなと違うんだろう。日本に居た時は青い眼、こっちに来てからは黒い髪。周りの目が気になって仕方が無かった。でも、親からもらったものだし、染めたりはしなかったけど」
薄い唇が昔話を思い出すように紡ぎ始めていた。
その話を遮ることなく、ただ黙ってRは聞いている。
「貴方みたいに『気にすることじゃない』って言ってくれる人もたくさんいた。それでも私はどこか捻くれていたのね。口ではそう言っていても、心の中では『変わってる』とかそう思っているんじゃないかって」
「随分悩んでいたんだね。確かに上辺だけの人もいるだろうけど。僕は君がどんな色を持ってい たとしても君は君だから、素敵だと思うよ」
「なんだか口説かれている気分だわ。それに、夢を見ているみたい」
ふわふわとした夢心地に包まれていた。
これは夢なのか現実なのか。
「もしこれが夢だったら悲しいよ。君は僕と話したことを忘れてしまうだろうし」
「忘れないわ」
「本当に?」
「ええ。貴方みたいな素敵な人と話したこと忘れたりしないわ」
先ほどのRの台詞を真似てくすくすと笑いながらRを見つめる。
冗談か否か。どちらにせよ一本取られたと照れを隠すように帽子を直した。
「その言葉を信じて、そろそろ僕はお暇させてもらうよ」
「もう帰ってしまうの?」
「君が望むならまた来るよ」
「ええ、またお話がしたいわ」
Rは空になったカップをベッド脇のサイドテーブルの上に置いた。
「良かった。僕も君とまた話がしたいと思っていたんだ。お茶ご馳走さまでした。カップはここに置いておくよ」
「あ……その絵、持っていってくれない?」
手元には置いておきたくない。
正直まだ自信がないのだ。自分と向き合う自信が。
絵に視線をおとしたRはしばらく無言を保っていた。
その間に断られると予想していたキリカはRの言葉を待つ。
「じゃあ、こうしよう。これは僕がしばらく預かる。返して欲しくなったらいつでも言って」
「……いいの?」
「コルクボードにされたら絵の中の君が可哀想だからね」
「ありがとう、お願いします」
「キリカ。君は聡明で美しい女性だ。だからもっと、自信をもって」
一歩、二歩とゆっくりキリカに近づいたRは片手を取る。
その手の甲にそっと口づけた。
触れられた手と頬がかあっと熱を帯びた。
Rが帽子のツバを人差し指で上げた時に一瞬だけ見えたのだが、気に留める余裕すらない。
印象に残ったのはその時に見せた笑みだけ。
「それじゃあ良い夢を。おやすみキリカ」
あの日の夜のようにRは絵を抱えてひらりと窓を飛び越えていった。