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I have a cold.シャドウ
丸っこい黄色の生物が玄関の前に佇んでいた。
長い両耳をぺたりと下げており、じっとドアを見つめている。
だが、そのドアが開く様子は一向にない。
頭をうな垂れたピカチュウは辺りをきょろきょろと見渡した。
シャドウはその時にピカチュウと目が合ったようだった。
耳をピンッと立てたピカチュウがシャドウの所へ駆け寄ってきた。
「どうしたんだ」
「ピーカ、ピカ!」
言葉に付け加えて身振り手振りで状態を伝えようとしている。
一通り喋り終えると、シャドウの返事も待たずにまた家の方へと戻っていった。
玄関の前ではなく、中の様子が窺える窓の方へ駆けていく。
窓際に置いてある木箱の上にピカチュウが飛び乗った。
シャドウもその後を追い掛け、ピカチュウの頭上から中を覗き込んだ。
彼が言うには今朝からキリカの姿を見かけていないそうだ。
何かあったのではないか。そう思い家の前まで来たはいいが、いくら呼んでも返事がなかった。
しかし、自分ではドアノブを回す事も出来ないしどうしようか。
そう悩んでいた所にシャドウが通りかかったようだった。
窓から中を覗き込み、部屋の様子を窺う。
特に変わった様子はなかった。荒らされている様子もない。
朝早くにどこかへ出かけたのではないか。
そう思いながらシャドウは視線を左へ向けた。
そこに何かを見つけたシャドウは窓から離れて玄関へ足を向ける。
「ピカ?」
へばりつくように窓を覗きこんでいたピカチュウは首を傾げていた。
シャドウは玄関の前に立ち、ドアノブへ手をかける。
何の抵抗もなくドアが手前に開いた。
それに眉をひそめつつ、家の中へと入っていった。
テーブルの上には部屋の明かりに使っているランプ。
それとマグカップが置かれていた。飲みかけなのか珈琲が半分残っていた。
部屋の奥へ目をやるとベッドが視界に映った。
どうやら予想通り家の主はまだベッドの中のようだ。
シャドウが近付いてもぴくりとも動かずに横になっていた。
キリカは目を閉じたまま苦しそうに呼吸を繰り返している上に、顔が赤みを差している。
額に手を当てるとじわりと熱が伝わってくる。
これも彼の予想した通りだった。彼女は熱を出して寝込んでいるのだ。
シャドウがキッチンへ向かうと同時にピカチュウがベッドに飛び乗った。
キリカの肩を両手で揺すり、声をかけている。
「ピカ、ピーカ。ピカチュ」
小さな揺さぶりをかけた後、くぐもったキリカの声がした。
彼女は薄っすらと目を開けて、視界に映る黄色をぼんやりと眺めていた。
「…ピカチュウ?」
「ピカ。ピカピカ、ピカチュウ」
「朝から君を見かけていないと、彼が心配をしていた」
キッチンから戻ってきたシャドウの手には洗面器が握られていた。
それには浅く水が張られており、白いタオルが浸されている。
ベッドの側にあるサイドテーブルへそれを置き、タオルの水を丁寧に絞る。
たたんだタオルを無言で差し出すと、キリカが仰向けになったのでそれを額に乗せてやった。
「冷たい」
「君は無用心すぎる。鍵はかけていない、おまけに主は病で寝込んでいる」
「ごめんなさい」
「彼が気づいたからいいものの、誰も来なかったらどうするつもりだったんだ」
キリカの声に声量が無く、聞き取りにくかった。
熱で喉もやられてしまっているのだろう。
眉間に皺を寄せるようなシャドウの態度に恐縮しているのか、布団で顔半分を隠してしまった。
妙に重い沈黙が流れていた。ピカチュウは二人の顔を交互に見ては耳を下げている。
しばらく腕を組んでいた彼は踵を返した。そのまま何も言わずに玄関へと歩いていってしまう。
「ピカ!」
「君は彼女を見張っていてくれ。僕は医者を連れてくる」
ピカチュウが一度呼び止めると、顔だけを振り向かせてシャドウはそう言った。
ドアが静かに閉められた後、キリカは小さな吐息を漏らした。
「見張りって…私、こんなんじゃどこにも行けないのに」
「ピカピーカ」
随分熱が高いのか、数分でタオルはすっかり温くなってしまった。
横にある洗面器にタオルを浸そうと上半身を起こすが、ピカチュウに止められてしまう。
彼は自らの胸をどんっと叩き、二度頷く。その顔は自信に満ち溢れている。
「じゃあ、お願い」
「ピカピカ!」
ピカチュウにタオルを渡すと、彼はそれを洗面器の水に浸した。
そこまでは良かったのだが、水をたくさん含んだタオルは意外に重たいようだった。
それに水を絞るためには高く持ち上げなければいけない。短い手足では結構大変な仕事だ。
彼なりに水をなんとか絞り、また両手に乗せてキリカの額に運んでいった。
さっきよりも多めに水を含んだタオルが彼女の両目を覆っている。
「ありがとう。…でもこれだと見えないかな」
「ピカ、ピカピカ」
頭を掻いて苦笑いを浮かべるピカチュウ。
それからタオルを額の方へとずらして持っていった。
キリカは額から流れてくる雫を手の甲で拭い、ピカチュウに笑いかけた。
そして五分と経たないうちにシャドウが戻ってきたようだ。
玄関の方からぼんやりとした二人の輪郭がキリカの目に映る。
「医者を連れてきた」
「こんにちはキリカさん」
「…医者って」
ようやく顔を認識出来ると、見知った顔に目を丸くして驚いた。
ここに居るのは白衣を着て聴診器を首から提げている男性。
しかし普段は赤い作業着に帽子が特徴のマリオだった。
「マリオさん。お仕事、配管工じゃないんですか」
「昔ちょっと医療もやってまして。Dr.マリオと呼んでください」
Dr.マリオはキリカの額に手を当て、それから問診と聴診器で簡単な診察を始めた。
その間、シャドウはキリカに背を向けていた。ピカチュウも彼の腕に抱えられている。
「これは疲れから来る風邪ですね。何か無茶をされたのでは」
「…そういえば昨日、カービィと遊んでたら池に落ちて」
「そのまま遊び続けましたね」
キリカは肩をすぼめて頷く。
聞こえてくる会話にシャドウが溜息をついた。
「二、三日ゆっくり休めば治りますよ。風邪薬を」
Dr.マリオが鞄から紙袋を取り出してキリカに手渡した。
その袋には見覚えのある葉っぱのマークが描かれている。
「さっきすま村のたぬきスーパーから買ってきたので、食後に飲んでください」
「あ、ありがとうございます。…お薬は処方できないんですか」
「医者と言っても引退したようなものなので。では、お大事にしてください」
キリカにぺこりと頭を下げてからDr.マリオは帰っていった。
玄関のドアが閉まるとピカチュウがシャドウの腕から抜け出し、キリカの側へ飛び降りた。
心配そうにキリカの顔を見上げている。
「ピカ…」
「心配かけてごめんね。お薬ももらったし、もう大丈夫」
「ちゃー」
「シャドウもありがとう」
「病人を放っておくわけにはいかないからな」
当然のことをしたまでだとシャドウは言う。
その素っ気無い態度に対して「優しいんだね」とキリカが言うものだから、軽く目を見開いて横を向いてしまった。
「僕はこれで失礼する」
踵を返したシャドウにキリカは声をかけた。
「もう帰っちゃうの?」
「ピカピーカ」
まるでキリカの代弁をするかのようにピカチュウが必死に訴えている。
だが、あまりわがままを言っても相手が困るだけ。
それを知っている彼女はピカチュウの頭にそっと手を置いた。
悲しそうに振り向いた彼に首を横に振る。
「引き止めてごめんね。今日はありがとう」
シャドウは片手を腰に当てたまま二人をじっと見ていた。
それこそ表情を一つも変えはしないが、溜息を一つ吐き出す。
「長居しても君の体に障る。…夕方までは君の傍に居よう」
「いいの?」
「君さえよければ僕は構わない」
「ピカ!」
嬉しそうにピカチュウはベッドの上でジャンプをする。
ピカチュウを持ち上げてシャドウは「病人のベッドで跳ねるな」と注意をした。
「薬を飲む前に何か食べた方がいい」
「うん。でも、あまり食欲が無いかも」
「少量でもいいから栄養を摂らなければ治らない。キッチンを借してくれ」
シャドウはピカチュウを連れたままキッチンに向かった。
黄色い尻尾がゆらゆらと揺れている。
キリカは洗面器に浸しておいたタオルをきつく絞り、額に乗せた。
キッチンからは二人の話し声が聞こえてくる。ピカチュウも手伝っているのだろう。
重い瞼を閉じて、遠くの声を聞いていた。調理器具を落としたのか、その音も時折聞こえてきた。
何十分と経っただろうか。
自分を呼び起こす声が聞こえ、それが段々はっきりとしたところで目を覚ました。
「眠っていたところすまない」
「…こっちこそ、ごめんね。…いい匂い」
寝惚けた声でそう応えて、シャドウの持っているトレイに目をやる。
湯気が立つリゾットが白い器に盛られている。それとグラスに飲み物が入っていた。
「リゾットぐらいなら食べられるだろ」
「うん。美味しそう」
「それとジューサーがあったからリンゴを使わせてもらった」
グラスの中身はリンゴジュースで、小皿にはウサギの形をしたリンゴが五つ乗っていた。
料理が出来るというだけで驚いたのに、リンゴをウサギの形にするとは随分器用なものだ。
本人は至って真顔なのであえてその事には触れないでおくことにした。
「ああ、それと…」
「ピーカピカチューウ」
ベッド脇に用意された二つの椅子のうちの一つにピカチュウが満面の笑みで飛び乗った。
彼は真っ赤なケチャップが入った容器を抱いている。
ご機嫌なのか体を左右に揺らしていた。
「いくら言っても離そうとしないんだ」
「ちゃ~」
「ピカチュウはケチャップが好きなのかな…?」
「どうやらそうらしい」
何がそんなに気に入ったのか、ケチャップに頬ずりまでしていた。
シャドウが作ったリゾットの味はどこか懐かしい感じがした。
食欲が無いと言っていたがこれなら全部食べられそうだと、スプーンでリゾットをすくいあげる。
食べ終わった後に水の入ったグラスをシャドウから受け取り、錠剤の薬を飲み込んだ。
「少し眠った方がいいんじゃないか」
「うん。…シャドウ?」
不意にシャドウが自分の額に額をくっ付けてきた。
熱のせいかシャドウの体温は感じられない。彼はまるで祈るように数秒間目を瞑っていた。
彼が離れてからも不思議そうに目を瞬かせるキリカ。
「こうすると早く治る」
「え、そうなの?知らなかった」
一種のまじないのようなものだろうか。それを信じている一面も意外だと感じていた。
今日はシャドウの意外な面を知ることが出来たと思った矢先にキリカは咳き込んだ。
これ以上悪化しなければいいが。そう考えながら顔を上げると訝しげにしているシャドウと目が合った。
「気が変わった。君の風邪が治るまで看病させてもらう」
「え」
ピカチュウがケチャップを抱えたまま頷いていた。
心配性の彼が帰ったのはそれから三日後のことだった。
丸っこい黄色の生物が玄関の前に佇んでいた。
長い両耳をぺたりと下げており、じっとドアを見つめている。
だが、そのドアが開く様子は一向にない。
頭をうな垂れたピカチュウは辺りをきょろきょろと見渡した。
シャドウはその時にピカチュウと目が合ったようだった。
耳をピンッと立てたピカチュウがシャドウの所へ駆け寄ってきた。
「どうしたんだ」
「ピーカ、ピカ!」
言葉に付け加えて身振り手振りで状態を伝えようとしている。
一通り喋り終えると、シャドウの返事も待たずにまた家の方へと戻っていった。
玄関の前ではなく、中の様子が窺える窓の方へ駆けていく。
窓際に置いてある木箱の上にピカチュウが飛び乗った。
シャドウもその後を追い掛け、ピカチュウの頭上から中を覗き込んだ。
彼が言うには今朝からキリカの姿を見かけていないそうだ。
何かあったのではないか。そう思い家の前まで来たはいいが、いくら呼んでも返事がなかった。
しかし、自分ではドアノブを回す事も出来ないしどうしようか。
そう悩んでいた所にシャドウが通りかかったようだった。
窓から中を覗き込み、部屋の様子を窺う。
特に変わった様子はなかった。荒らされている様子もない。
朝早くにどこかへ出かけたのではないか。
そう思いながらシャドウは視線を左へ向けた。
そこに何かを見つけたシャドウは窓から離れて玄関へ足を向ける。
「ピカ?」
へばりつくように窓を覗きこんでいたピカチュウは首を傾げていた。
シャドウは玄関の前に立ち、ドアノブへ手をかける。
何の抵抗もなくドアが手前に開いた。
それに眉をひそめつつ、家の中へと入っていった。
テーブルの上には部屋の明かりに使っているランプ。
それとマグカップが置かれていた。飲みかけなのか珈琲が半分残っていた。
部屋の奥へ目をやるとベッドが視界に映った。
どうやら予想通り家の主はまだベッドの中のようだ。
シャドウが近付いてもぴくりとも動かずに横になっていた。
キリカは目を閉じたまま苦しそうに呼吸を繰り返している上に、顔が赤みを差している。
額に手を当てるとじわりと熱が伝わってくる。
これも彼の予想した通りだった。彼女は熱を出して寝込んでいるのだ。
シャドウがキッチンへ向かうと同時にピカチュウがベッドに飛び乗った。
キリカの肩を両手で揺すり、声をかけている。
「ピカ、ピーカ。ピカチュ」
小さな揺さぶりをかけた後、くぐもったキリカの声がした。
彼女は薄っすらと目を開けて、視界に映る黄色をぼんやりと眺めていた。
「…ピカチュウ?」
「ピカ。ピカピカ、ピカチュウ」
「朝から君を見かけていないと、彼が心配をしていた」
キッチンから戻ってきたシャドウの手には洗面器が握られていた。
それには浅く水が張られており、白いタオルが浸されている。
ベッドの側にあるサイドテーブルへそれを置き、タオルの水を丁寧に絞る。
たたんだタオルを無言で差し出すと、キリカが仰向けになったのでそれを額に乗せてやった。
「冷たい」
「君は無用心すぎる。鍵はかけていない、おまけに主は病で寝込んでいる」
「ごめんなさい」
「彼が気づいたからいいものの、誰も来なかったらどうするつもりだったんだ」
キリカの声に声量が無く、聞き取りにくかった。
熱で喉もやられてしまっているのだろう。
眉間に皺を寄せるようなシャドウの態度に恐縮しているのか、布団で顔半分を隠してしまった。
妙に重い沈黙が流れていた。ピカチュウは二人の顔を交互に見ては耳を下げている。
しばらく腕を組んでいた彼は踵を返した。そのまま何も言わずに玄関へと歩いていってしまう。
「ピカ!」
「君は彼女を見張っていてくれ。僕は医者を連れてくる」
ピカチュウが一度呼び止めると、顔だけを振り向かせてシャドウはそう言った。
ドアが静かに閉められた後、キリカは小さな吐息を漏らした。
「見張りって…私、こんなんじゃどこにも行けないのに」
「ピカピーカ」
随分熱が高いのか、数分でタオルはすっかり温くなってしまった。
横にある洗面器にタオルを浸そうと上半身を起こすが、ピカチュウに止められてしまう。
彼は自らの胸をどんっと叩き、二度頷く。その顔は自信に満ち溢れている。
「じゃあ、お願い」
「ピカピカ!」
ピカチュウにタオルを渡すと、彼はそれを洗面器の水に浸した。
そこまでは良かったのだが、水をたくさん含んだタオルは意外に重たいようだった。
それに水を絞るためには高く持ち上げなければいけない。短い手足では結構大変な仕事だ。
彼なりに水をなんとか絞り、また両手に乗せてキリカの額に運んでいった。
さっきよりも多めに水を含んだタオルが彼女の両目を覆っている。
「ありがとう。…でもこれだと見えないかな」
「ピカ、ピカピカ」
頭を掻いて苦笑いを浮かべるピカチュウ。
それからタオルを額の方へとずらして持っていった。
キリカは額から流れてくる雫を手の甲で拭い、ピカチュウに笑いかけた。
そして五分と経たないうちにシャドウが戻ってきたようだ。
玄関の方からぼんやりとした二人の輪郭がキリカの目に映る。
「医者を連れてきた」
「こんにちはキリカさん」
「…医者って」
ようやく顔を認識出来ると、見知った顔に目を丸くして驚いた。
ここに居るのは白衣を着て聴診器を首から提げている男性。
しかし普段は赤い作業着に帽子が特徴のマリオだった。
「マリオさん。お仕事、配管工じゃないんですか」
「昔ちょっと医療もやってまして。Dr.マリオと呼んでください」
Dr.マリオはキリカの額に手を当て、それから問診と聴診器で簡単な診察を始めた。
その間、シャドウはキリカに背を向けていた。ピカチュウも彼の腕に抱えられている。
「これは疲れから来る風邪ですね。何か無茶をされたのでは」
「…そういえば昨日、カービィと遊んでたら池に落ちて」
「そのまま遊び続けましたね」
キリカは肩をすぼめて頷く。
聞こえてくる会話にシャドウが溜息をついた。
「二、三日ゆっくり休めば治りますよ。風邪薬を」
Dr.マリオが鞄から紙袋を取り出してキリカに手渡した。
その袋には見覚えのある葉っぱのマークが描かれている。
「さっきすま村のたぬきスーパーから買ってきたので、食後に飲んでください」
「あ、ありがとうございます。…お薬は処方できないんですか」
「医者と言っても引退したようなものなので。では、お大事にしてください」
キリカにぺこりと頭を下げてからDr.マリオは帰っていった。
玄関のドアが閉まるとピカチュウがシャドウの腕から抜け出し、キリカの側へ飛び降りた。
心配そうにキリカの顔を見上げている。
「ピカ…」
「心配かけてごめんね。お薬ももらったし、もう大丈夫」
「ちゃー」
「シャドウもありがとう」
「病人を放っておくわけにはいかないからな」
当然のことをしたまでだとシャドウは言う。
その素っ気無い態度に対して「優しいんだね」とキリカが言うものだから、軽く目を見開いて横を向いてしまった。
「僕はこれで失礼する」
踵を返したシャドウにキリカは声をかけた。
「もう帰っちゃうの?」
「ピカピーカ」
まるでキリカの代弁をするかのようにピカチュウが必死に訴えている。
だが、あまりわがままを言っても相手が困るだけ。
それを知っている彼女はピカチュウの頭にそっと手を置いた。
悲しそうに振り向いた彼に首を横に振る。
「引き止めてごめんね。今日はありがとう」
シャドウは片手を腰に当てたまま二人をじっと見ていた。
それこそ表情を一つも変えはしないが、溜息を一つ吐き出す。
「長居しても君の体に障る。…夕方までは君の傍に居よう」
「いいの?」
「君さえよければ僕は構わない」
「ピカ!」
嬉しそうにピカチュウはベッドの上でジャンプをする。
ピカチュウを持ち上げてシャドウは「病人のベッドで跳ねるな」と注意をした。
「薬を飲む前に何か食べた方がいい」
「うん。でも、あまり食欲が無いかも」
「少量でもいいから栄養を摂らなければ治らない。キッチンを借してくれ」
シャドウはピカチュウを連れたままキッチンに向かった。
黄色い尻尾がゆらゆらと揺れている。
キリカは洗面器に浸しておいたタオルをきつく絞り、額に乗せた。
キッチンからは二人の話し声が聞こえてくる。ピカチュウも手伝っているのだろう。
重い瞼を閉じて、遠くの声を聞いていた。調理器具を落としたのか、その音も時折聞こえてきた。
何十分と経っただろうか。
自分を呼び起こす声が聞こえ、それが段々はっきりとしたところで目を覚ました。
「眠っていたところすまない」
「…こっちこそ、ごめんね。…いい匂い」
寝惚けた声でそう応えて、シャドウの持っているトレイに目をやる。
湯気が立つリゾットが白い器に盛られている。それとグラスに飲み物が入っていた。
「リゾットぐらいなら食べられるだろ」
「うん。美味しそう」
「それとジューサーがあったからリンゴを使わせてもらった」
グラスの中身はリンゴジュースで、小皿にはウサギの形をしたリンゴが五つ乗っていた。
料理が出来るというだけで驚いたのに、リンゴをウサギの形にするとは随分器用なものだ。
本人は至って真顔なのであえてその事には触れないでおくことにした。
「ああ、それと…」
「ピーカピカチューウ」
ベッド脇に用意された二つの椅子のうちの一つにピカチュウが満面の笑みで飛び乗った。
彼は真っ赤なケチャップが入った容器を抱いている。
ご機嫌なのか体を左右に揺らしていた。
「いくら言っても離そうとしないんだ」
「ちゃ~」
「ピカチュウはケチャップが好きなのかな…?」
「どうやらそうらしい」
何がそんなに気に入ったのか、ケチャップに頬ずりまでしていた。
シャドウが作ったリゾットの味はどこか懐かしい感じがした。
食欲が無いと言っていたがこれなら全部食べられそうだと、スプーンでリゾットをすくいあげる。
食べ終わった後に水の入ったグラスをシャドウから受け取り、錠剤の薬を飲み込んだ。
「少し眠った方がいいんじゃないか」
「うん。…シャドウ?」
不意にシャドウが自分の額に額をくっ付けてきた。
熱のせいかシャドウの体温は感じられない。彼はまるで祈るように数秒間目を瞑っていた。
彼が離れてからも不思議そうに目を瞬かせるキリカ。
「こうすると早く治る」
「え、そうなの?知らなかった」
一種のまじないのようなものだろうか。それを信じている一面も意外だと感じていた。
今日はシャドウの意外な面を知ることが出来たと思った矢先にキリカは咳き込んだ。
これ以上悪化しなければいいが。そう考えながら顔を上げると訝しげにしているシャドウと目が合った。
「気が変わった。君の風邪が治るまで看病させてもらう」
「え」
ピカチュウがケチャップを抱えたまま頷いていた。
心配性の彼が帰ったのはそれから三日後のことだった。