鋼の錬金術師
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義理か本命か
「あ」
テレビから流れるチョコレートのCM。
お馴染みのフレーズが聞こえてきた。
この時期になると発売される冬季限定のチョコレートだ。
私も昨年、職場の人からもらって食べた。
ふわっと口の中でとろけて、美味しかった記憶がある。
でも今思い出したのはそのチョコレートのことじゃない。
バレンタインデーの存在だ。
「どうかしたのか?」
「……あ、大したことじゃないんだけど」
私たちは絨毯の上に座ってソファを背もたれにしている。
そこでエドは本を読んで、私はクッションを抱えながらテレビを見ている。
日常的になってきた夜八時過ぎの光景。
「バレンタインのこと思い出したの」
「……ああ、あれか。お菓子会社の陰謀とかいうイベント」
まさか年頃の少年からそんな台詞を聞けると思わなかった。
しかもかなり冷めた視線で、興味がまったくないと感じられるほど。
今どき珍しいな。そうも思ったけど、エドには馴染みがないせいかもしれない。
ただ、最初にかなり捻くれた知識に触れてしまったせいだろう。
「まあ、間違ってはいないけどね。この時期にしか売ってない美味しいチョコもあるし」
好きな人に告白するために、頑張ってチョコを作る。
前日はとても意気込んでいるけど、当日になると期待と不安で胸が満たされる。
いざ渡す直前になるともう、心臓がウルサイぐらい鳴り出す。
そんな経験が私にもあった。
大人になった今は自分のご褒美にとちょっと高いチョコを買うぐらいだ。
去年は職場でお世話になってます、と女性同士で持ち寄ったけど。
今年はそれもなくて、イベントそのものをすっかり忘れていた。
「エドは甘いもの大丈夫?」
「極端に甘くなきゃ平気だけど」
「良かった。じゃあ」
私はそう言うと壁際に置いてあるノートパソコンを取りに行く。
テーブルの上にそれを置いて電源を入れた。
白の光沢がある薄型ボディ。
少し動作はもったりしているけど、気に入っている。
ロゴマークが浮かび上がってしばらくしてから海辺の壁紙が映った。
ぽつ、ぽつとアイコンが隅の方へ現れる。
「何か調べるのか」
エドが本を片手にウィンドウ画面を覗き込んでくる。
私は職場でパソコンを使っているから、家ではあまり使わないようにしていた。
一日中画面を見ていたら目も疲れるし、肩が凝ってくるもの。
たまに友達のブログを見にいったり、レシピを調べるときぐらいしか使っていない。
彼には使い方を一応教えてあるから自由に使わせている。
でも、最初に「情報量は多いけど、真偽は確かじゃない」と説明したせいか、紙媒体の本をメインに調べているみたい。
「うん。チョコレート系のお菓子のレシピを探そうと思って。何か食べたいものとか、リクエストある?」
「作ってくれる、のか?」
「しばらくぶりだから、上手くいくかはわからないけど。どうせならエドが食べたいものにしようと思って」
自分の為に作るよりも誰かの為に作った方が気合の入れ方も違うもの。
だけど、本当にお菓子作りは久々だ。
学生の頃は手作りのクッキーやトリュフをよく作っていた。
簡単なものでも美味しいって言ってくれた顔が懐かしい。
いつも見ているレシピサイトからお菓子のカテゴリを選ぶ。
そこでマウスをバトンタッチした。
「写真もついてるから、好きなやつ選んでいいよ」
「お、おう」
カチカチとマウスのホイールが鳴る。
チョコチップクッキー、チョコドーナツ、パウンドケーキ、マフィン。
どれも美味しそうな写真が添えられていた。
「なあ、こういうのってさ」
「ん、大丈夫だよ。お休みの日に作るから」
「いや、そうじゃなくて」
てっきり時間のことを気にしているんだと思った。
平日帰ってきてからじゃ時間がかかると心配していたのかと。
「好きな奴にやるもんだろ、義理じゃなくてこういう手作りのって」
「言われてみればそうね。義理には既製品、本命の人には手作り」
いつからそう決められていたんだろうか。
好きだけど、心遣い程度の気持ちは義理。
本当に好きな人には真心こめた手作りのチョコを贈る。
ああ、そうか。彼は自分が好きな人以外からは受け取りにくい。
そういうタイプなのかもしれない。
「そうね。エドが好きな人に悪いし……じゃあ、明日既製品のチョコを買ってくるね」
「は?なんだよそれ」
まったく訳がわからない。そんな風にエドが私を見てくる。
私の推測が違ったのかな。
彼は「はあ」と大きな溜息をついて右腕で頬杖をついた。
「オレはキリカが作ったもんが食いたいの。他の誰かからとかじゃなくて」
「いいの?」
「いーの」
「わかったわ。でも、エド。今から眉間に皺寄せてたらクセになっちゃうわよ」
もともとつり目の顔で眉間に皺を寄せると目つきがもっと悪くなる。
彼のクセなのか悩んでいる時や機嫌が悪いと眉間に皺を寄せていることが多い。
「寄せたくもなるっつーの」
「ん、何か言った?」
「なにも。あ、これ美味そう」
ページを送る手を止めたエドは画面を示した。
そこにはブラウニーの写真と作り方が載っている。
材料もシンプルなもので、足りないものを二、三買い足せばすぐに作れそうだ。
「美味しそう。次の休みに材料買ってきて作るね。上手く作れるといいな」
「キリカなら大丈夫だって。普段の料理だって美味いんだし。……あ、でも楽しみにしてっから」
「ありがとうエド。そう言われたら頑張らなきゃね」
ブラウニーは初めて作るお菓子。
お菓子は料理と違って分量を少しでも増やしたり減らしたりすると上手くいかないことが多い。
このレシピだと二人分には少し多いかも。
職場に少しおすそ分けしようか。なんて聞いたらエドに怒られてしまった。
「オレが全部食う」って。だから「食べ過ぎると肥えちゃうよ」と返す。
「頭使ってるから糖分も必要なんだ」
だって。
私が考えてる以上に彼は難しいことを考えているみたい。
そんな彼の為にも久しぶりに作る手作りお菓子、美味しく作れますように。
「あ」
テレビから流れるチョコレートのCM。
お馴染みのフレーズが聞こえてきた。
この時期になると発売される冬季限定のチョコレートだ。
私も昨年、職場の人からもらって食べた。
ふわっと口の中でとろけて、美味しかった記憶がある。
でも今思い出したのはそのチョコレートのことじゃない。
バレンタインデーの存在だ。
「どうかしたのか?」
「……あ、大したことじゃないんだけど」
私たちは絨毯の上に座ってソファを背もたれにしている。
そこでエドは本を読んで、私はクッションを抱えながらテレビを見ている。
日常的になってきた夜八時過ぎの光景。
「バレンタインのこと思い出したの」
「……ああ、あれか。お菓子会社の陰謀とかいうイベント」
まさか年頃の少年からそんな台詞を聞けると思わなかった。
しかもかなり冷めた視線で、興味がまったくないと感じられるほど。
今どき珍しいな。そうも思ったけど、エドには馴染みがないせいかもしれない。
ただ、最初にかなり捻くれた知識に触れてしまったせいだろう。
「まあ、間違ってはいないけどね。この時期にしか売ってない美味しいチョコもあるし」
好きな人に告白するために、頑張ってチョコを作る。
前日はとても意気込んでいるけど、当日になると期待と不安で胸が満たされる。
いざ渡す直前になるともう、心臓がウルサイぐらい鳴り出す。
そんな経験が私にもあった。
大人になった今は自分のご褒美にとちょっと高いチョコを買うぐらいだ。
去年は職場でお世話になってます、と女性同士で持ち寄ったけど。
今年はそれもなくて、イベントそのものをすっかり忘れていた。
「エドは甘いもの大丈夫?」
「極端に甘くなきゃ平気だけど」
「良かった。じゃあ」
私はそう言うと壁際に置いてあるノートパソコンを取りに行く。
テーブルの上にそれを置いて電源を入れた。
白の光沢がある薄型ボディ。
少し動作はもったりしているけど、気に入っている。
ロゴマークが浮かび上がってしばらくしてから海辺の壁紙が映った。
ぽつ、ぽつとアイコンが隅の方へ現れる。
「何か調べるのか」
エドが本を片手にウィンドウ画面を覗き込んでくる。
私は職場でパソコンを使っているから、家ではあまり使わないようにしていた。
一日中画面を見ていたら目も疲れるし、肩が凝ってくるもの。
たまに友達のブログを見にいったり、レシピを調べるときぐらいしか使っていない。
彼には使い方を一応教えてあるから自由に使わせている。
でも、最初に「情報量は多いけど、真偽は確かじゃない」と説明したせいか、紙媒体の本をメインに調べているみたい。
「うん。チョコレート系のお菓子のレシピを探そうと思って。何か食べたいものとか、リクエストある?」
「作ってくれる、のか?」
「しばらくぶりだから、上手くいくかはわからないけど。どうせならエドが食べたいものにしようと思って」
自分の為に作るよりも誰かの為に作った方が気合の入れ方も違うもの。
だけど、本当にお菓子作りは久々だ。
学生の頃は手作りのクッキーやトリュフをよく作っていた。
簡単なものでも美味しいって言ってくれた顔が懐かしい。
いつも見ているレシピサイトからお菓子のカテゴリを選ぶ。
そこでマウスをバトンタッチした。
「写真もついてるから、好きなやつ選んでいいよ」
「お、おう」
カチカチとマウスのホイールが鳴る。
チョコチップクッキー、チョコドーナツ、パウンドケーキ、マフィン。
どれも美味しそうな写真が添えられていた。
「なあ、こういうのってさ」
「ん、大丈夫だよ。お休みの日に作るから」
「いや、そうじゃなくて」
てっきり時間のことを気にしているんだと思った。
平日帰ってきてからじゃ時間がかかると心配していたのかと。
「好きな奴にやるもんだろ、義理じゃなくてこういう手作りのって」
「言われてみればそうね。義理には既製品、本命の人には手作り」
いつからそう決められていたんだろうか。
好きだけど、心遣い程度の気持ちは義理。
本当に好きな人には真心こめた手作りのチョコを贈る。
ああ、そうか。彼は自分が好きな人以外からは受け取りにくい。
そういうタイプなのかもしれない。
「そうね。エドが好きな人に悪いし……じゃあ、明日既製品のチョコを買ってくるね」
「は?なんだよそれ」
まったく訳がわからない。そんな風にエドが私を見てくる。
私の推測が違ったのかな。
彼は「はあ」と大きな溜息をついて右腕で頬杖をついた。
「オレはキリカが作ったもんが食いたいの。他の誰かからとかじゃなくて」
「いいの?」
「いーの」
「わかったわ。でも、エド。今から眉間に皺寄せてたらクセになっちゃうわよ」
もともとつり目の顔で眉間に皺を寄せると目つきがもっと悪くなる。
彼のクセなのか悩んでいる時や機嫌が悪いと眉間に皺を寄せていることが多い。
「寄せたくもなるっつーの」
「ん、何か言った?」
「なにも。あ、これ美味そう」
ページを送る手を止めたエドは画面を示した。
そこにはブラウニーの写真と作り方が載っている。
材料もシンプルなもので、足りないものを二、三買い足せばすぐに作れそうだ。
「美味しそう。次の休みに材料買ってきて作るね。上手く作れるといいな」
「キリカなら大丈夫だって。普段の料理だって美味いんだし。……あ、でも楽しみにしてっから」
「ありがとうエド。そう言われたら頑張らなきゃね」
ブラウニーは初めて作るお菓子。
お菓子は料理と違って分量を少しでも増やしたり減らしたりすると上手くいかないことが多い。
このレシピだと二人分には少し多いかも。
職場に少しおすそ分けしようか。なんて聞いたらエドに怒られてしまった。
「オレが全部食う」って。だから「食べ過ぎると肥えちゃうよ」と返す。
「頭使ってるから糖分も必要なんだ」
だって。
私が考えてる以上に彼は難しいことを考えているみたい。
そんな彼の為にも久しぶりに作る手作りお菓子、美味しく作れますように。