S・H人形劇
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昔々、ある所に
普段は早くに寝付くはずの彼が珍しく10時を過ぎても起きていた。
私は彼よりも少しだけ夜更かしをする。読書に夢中になっている時はいつの間にか日付変更線を越えることも。
そんな夜の次の朝は決まって「もう少し早めに切り上げて寝た方がいい」と彼に言われる。
まるで見ていたように私のしていたことを言い当てるから、つくづく彼には嘘がつけないなと思う。
10時を過ぎてもリビングの椅子で考え事をしている彼を見て少し心配になった。
「シャーロック。眠れないの?」
「眠気が全くやって来ないんだ」
「昼間、頭を使いすぎたせいかしら」
「違いない。稀にみる面白い事件だったからね」
午後2時頃、英国紳士が難解不可解な依頼を持ち込んだ。
依頼人の話を聞いていくほどに彼は目を輝かせていた。
いつだったか「本人にしては深刻な悩みだとしても、それがホームズにとっては最高の面白い事件なんだ」とジョンが言っていた。
ここしばらく退屈を持て余していた彼だから、余計に今日の事件がスパイスになったみたい。
気持ちが昂ぶっていて未だ冷めやらず、ってところかしら。
椅子に腰掛けている彼の目はこの時間にしては爛々としていた。
まだ活動できそうなほど余力がありそう。
このまま彼をリビングで一人にしておくのも気が引けるし、余計なお世話とも思いながら私は彼に一つ提案をした。
「眠れないなら、お話でもしましょうか?」
「子どもじゃない」
「あら、私眠れない人を寝かしつけるの自信あるわよ」
子ども扱いされて拗ねる彼を寝室に追いやる。もう寝巻きには着替えていたから、そのままベッドに押し込んだ。
私は木の丸椅子をベッドサイドに持ってきて腰掛けた。
まだ渋ってる彼の額に細くて整った眉がきゅっと寄っている。
「目を閉じていた方が眠りやすいわ。……何の話がいいかしら」
「どうせなら君の国の話がいい」
「そうね……じゃあ、」
自然と頭に浮かんだ昔話を私はゆっくりと語り始めた。
昔、まだ私が小さい頃によく母親から聞かせてもらった話。
「昔々、ある所に竹を切って生活をするお爺さんがいました。お爺さんは毎日竹林へ竹を切りに出かけています。ある日、竹林の中で見慣れない竹を見つけました。竹の一節が黄金色に光り輝いていました。これは奇妙なものだとお爺さんは竹を切ってみます。すると、その竹の中にすっぽりと納まっている小さな 赤ん坊がいました」
かぐや姫は何度も何度も聞かされたお話。私は小さい頃この話が好きだったみたいで、よく駄々をこねていたらしい。
所詮は作り話だと彼は聞く耳を持たないかも。そう思っていたけど、彼は黙って私の話を聞いてくれていた。
時々、もぞもぞと体の向きを変えて居心地の良い場所を探している。
「その赤ん坊はすくすくと育ち、お爺さんは竹林でしばしば金を見つけるようになります。そして、娘は美しく成長し、かぐやという名前をもらいました。お爺さんとお婆さんの暮らしも金のおかげでとても裕福になっていきました」
シャーロックが微動だにしないから、もう寝てしまったのかと思った。
そこで口を閉じると、彼から「まだ寝てない」と小さな声が聞こえてきた。それを聞いて私は安心した。
だって、これ以上聞きたくなければ狸寝入りしてしまえばいいもの。
「美しいかぐや姫にたくさんの男性が結婚を申し出ました。しかし、かぐや姫は首を縦に振りません。あまりにしつこいので無理難題を彼らにぶつけます。その難題に誰一人として応えることができませんでした。こうして月日が流れ、八月のことです。かぐや姫は月を見上げてはさめざめと泣く日々を過ごすことが多くなりました。お爺さんが理由を尋ねると『私は十五日の日に月へ帰らなければなりません。私はこの国の人間ではないのです』とかぐや姫は言いました。お爺さんはかぐや姫を迎えに来る月の住人を追い返そうと、大勢の兵士を庭へ集めました。しかし、月の住人達に兵士たちは成す術もなく、お爺さんと一緒にただ茫然とかぐや姫が月へ帰っていくのを見送りました」
おしまい。
最後まで物語のあらすじを話して、私は一息ついた。
覚えている日本の昔話を英語で組み直すのは少し大変だった。
うまく伝わっているといいんだけど。
私はシャーロックをそっと窺った。
彼はブランケットを顔の半分まで被って、寝息を静かに立てていた。
今度は狸寝入りの様子もないし、本当に眠ってしまったんだと思う。
胸にぽかぽかとした優しい気持ちが溢れていた。
幼い私を寝かしつけていた母もきっとこんな気持ちだったのかも。
物音を立てないよう椅子から立ち上がる。
彼に「おやすみなさい」と微笑んでから寝室のドアを閉めた。
翌日。事件の捜査に出かけた彼が昼過ぎに帰ってきた。
お帰りなさい、と声をかけようとしたのだけど。それよりも先に彼が抱えている本の量に驚いてしまった。
「どうしたの、この本」
「立ち寄った本屋で見つけたんだ」
明るい声で彼はそう答えた。
厚みのない、料理本と同じぐらいの本。
ローテーブルに広げられたそれらの表紙は英国風のイラストが描かれていた。
花が咲いた木の下に白髪のお爺さんが立っている。この絵、もしかして。
「これ、日本の昔話?」
「その通り。文章は英語と日本語の両方で書かれている」
「リーディングに使う本ね。……こんなにあるなんてすごいわ」
「昨夜、君が話してくれたカグヤヒメもある」
君の声が心地よくて、途中で寝てしまった。だから続きが気になって、と話しながら本をぺらぺらとめくる。
どの辺りで寝てしまったのか私にはわからない。頭の中で英文にするの結構大変だったから。
これらの本の表現の仕方は子どもっぽくなかった。
かぐや姫は竹取物語と同じぐらい内容が濃いかもしれない。
「かぐや姫だけじゃなくて、他のお話も買ってきたのね」
「興味が沸いたんだ」
なんて、子どもみたいに楽しそうに話すものだから。「物語は嫌いなんじゃなかった?」とはとても言えなかった。
ジョンにこのことを話したら「エイプリルフールはまだ先だよ」と信じてもらえなさそう。
立ったまま本を広げて、かぐや姫を読み始めた彼がなんだかおかしくて、私は堪えきれずに笑ってしまった。
普段は早くに寝付くはずの彼が珍しく10時を過ぎても起きていた。
私は彼よりも少しだけ夜更かしをする。読書に夢中になっている時はいつの間にか日付変更線を越えることも。
そんな夜の次の朝は決まって「もう少し早めに切り上げて寝た方がいい」と彼に言われる。
まるで見ていたように私のしていたことを言い当てるから、つくづく彼には嘘がつけないなと思う。
10時を過ぎてもリビングの椅子で考え事をしている彼を見て少し心配になった。
「シャーロック。眠れないの?」
「眠気が全くやって来ないんだ」
「昼間、頭を使いすぎたせいかしら」
「違いない。稀にみる面白い事件だったからね」
午後2時頃、英国紳士が難解不可解な依頼を持ち込んだ。
依頼人の話を聞いていくほどに彼は目を輝かせていた。
いつだったか「本人にしては深刻な悩みだとしても、それがホームズにとっては最高の面白い事件なんだ」とジョンが言っていた。
ここしばらく退屈を持て余していた彼だから、余計に今日の事件がスパイスになったみたい。
気持ちが昂ぶっていて未だ冷めやらず、ってところかしら。
椅子に腰掛けている彼の目はこの時間にしては爛々としていた。
まだ活動できそうなほど余力がありそう。
このまま彼をリビングで一人にしておくのも気が引けるし、余計なお世話とも思いながら私は彼に一つ提案をした。
「眠れないなら、お話でもしましょうか?」
「子どもじゃない」
「あら、私眠れない人を寝かしつけるの自信あるわよ」
子ども扱いされて拗ねる彼を寝室に追いやる。もう寝巻きには着替えていたから、そのままベッドに押し込んだ。
私は木の丸椅子をベッドサイドに持ってきて腰掛けた。
まだ渋ってる彼の額に細くて整った眉がきゅっと寄っている。
「目を閉じていた方が眠りやすいわ。……何の話がいいかしら」
「どうせなら君の国の話がいい」
「そうね……じゃあ、」
自然と頭に浮かんだ昔話を私はゆっくりと語り始めた。
昔、まだ私が小さい頃によく母親から聞かせてもらった話。
「昔々、ある所に竹を切って生活をするお爺さんがいました。お爺さんは毎日竹林へ竹を切りに出かけています。ある日、竹林の中で見慣れない竹を見つけました。竹の一節が黄金色に光り輝いていました。これは奇妙なものだとお爺さんは竹を切ってみます。すると、その竹の中にすっぽりと納まっている小さな 赤ん坊がいました」
かぐや姫は何度も何度も聞かされたお話。私は小さい頃この話が好きだったみたいで、よく駄々をこねていたらしい。
所詮は作り話だと彼は聞く耳を持たないかも。そう思っていたけど、彼は黙って私の話を聞いてくれていた。
時々、もぞもぞと体の向きを変えて居心地の良い場所を探している。
「その赤ん坊はすくすくと育ち、お爺さんは竹林でしばしば金を見つけるようになります。そして、娘は美しく成長し、かぐやという名前をもらいました。お爺さんとお婆さんの暮らしも金のおかげでとても裕福になっていきました」
シャーロックが微動だにしないから、もう寝てしまったのかと思った。
そこで口を閉じると、彼から「まだ寝てない」と小さな声が聞こえてきた。それを聞いて私は安心した。
だって、これ以上聞きたくなければ狸寝入りしてしまえばいいもの。
「美しいかぐや姫にたくさんの男性が結婚を申し出ました。しかし、かぐや姫は首を縦に振りません。あまりにしつこいので無理難題を彼らにぶつけます。その難題に誰一人として応えることができませんでした。こうして月日が流れ、八月のことです。かぐや姫は月を見上げてはさめざめと泣く日々を過ごすことが多くなりました。お爺さんが理由を尋ねると『私は十五日の日に月へ帰らなければなりません。私はこの国の人間ではないのです』とかぐや姫は言いました。お爺さんはかぐや姫を迎えに来る月の住人を追い返そうと、大勢の兵士を庭へ集めました。しかし、月の住人達に兵士たちは成す術もなく、お爺さんと一緒にただ茫然とかぐや姫が月へ帰っていくのを見送りました」
おしまい。
最後まで物語のあらすじを話して、私は一息ついた。
覚えている日本の昔話を英語で組み直すのは少し大変だった。
うまく伝わっているといいんだけど。
私はシャーロックをそっと窺った。
彼はブランケットを顔の半分まで被って、寝息を静かに立てていた。
今度は狸寝入りの様子もないし、本当に眠ってしまったんだと思う。
胸にぽかぽかとした優しい気持ちが溢れていた。
幼い私を寝かしつけていた母もきっとこんな気持ちだったのかも。
物音を立てないよう椅子から立ち上がる。
彼に「おやすみなさい」と微笑んでから寝室のドアを閉めた。
翌日。事件の捜査に出かけた彼が昼過ぎに帰ってきた。
お帰りなさい、と声をかけようとしたのだけど。それよりも先に彼が抱えている本の量に驚いてしまった。
「どうしたの、この本」
「立ち寄った本屋で見つけたんだ」
明るい声で彼はそう答えた。
厚みのない、料理本と同じぐらいの本。
ローテーブルに広げられたそれらの表紙は英国風のイラストが描かれていた。
花が咲いた木の下に白髪のお爺さんが立っている。この絵、もしかして。
「これ、日本の昔話?」
「その通り。文章は英語と日本語の両方で書かれている」
「リーディングに使う本ね。……こんなにあるなんてすごいわ」
「昨夜、君が話してくれたカグヤヒメもある」
君の声が心地よくて、途中で寝てしまった。だから続きが気になって、と話しながら本をぺらぺらとめくる。
どの辺りで寝てしまったのか私にはわからない。頭の中で英文にするの結構大変だったから。
これらの本の表現の仕方は子どもっぽくなかった。
かぐや姫は竹取物語と同じぐらい内容が濃いかもしれない。
「かぐや姫だけじゃなくて、他のお話も買ってきたのね」
「興味が沸いたんだ」
なんて、子どもみたいに楽しそうに話すものだから。「物語は嫌いなんじゃなかった?」とはとても言えなかった。
ジョンにこのことを話したら「エイプリルフールはまだ先だよ」と信じてもらえなさそう。
立ったまま本を広げて、かぐや姫を読み始めた彼がなんだかおかしくて、私は堪えきれずに笑ってしまった。