S・H人形劇
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Continue and, Happy end.
ぼくは今夜、ホームズの家に泊まることになった。
泊まるといってもついこの間までここにぼくも住んでいたから、なんだか妙な気分だ。
妻のメアリーが二泊三日の旅行に行っている。
ところが、ぼくはうっかり鍵を忘れて家を出てしまった。ぼくの後にメアリーが家を出たから、外から入れない状態だ。
おかげで我が家にはあと二日経たないと入れないというわけだ。
そこで、急遽ホームズの家に訪ねた。
断る理由もないしと、ぼくを快く出迎えてくれた。
彼の妻、キリカも「久しぶりに三人で夕飯が食べられるわね」と嬉しそうにしていた。
夕飯とシャワーも済ませ、それぞれ就寝時間まで三人同じ部屋で過ごしていた。
ホームズは机に向かって何かの記録を残している。
彼女は壁際のソファでぼくが貸した本を読んでいた。読むのが早い。もう半分以上読み終わっている。
ぼくはというと、そんな二人を観察しながら鞄の中身を整理していた。
十分も経っただろうか。
突然、すすり泣く声が聞こえてきた。
異変に気づいたホームズも手元から顔を上げ、ソファの方を見た。そこで本を読んでいたキリカが涙を零していた。
一体何があったんだ。だって、さっきまで普通にしていたじゃないか。
「どうしたんだい、キリカ。」
ぼくがそう尋ねても彼女は口元を手で押さえて首を振るばかりだ。
閉じた瞳から溢れた涙が頬を伝っていった。
そんな彼女を気遣うように、ホームズが隣に腰掛けた。
「どこか痛むの?苦しい?」
いいえ、違うわ。と言葉の代わりに彼女は首を左右に振った。
横隔膜が痙攣を始めたのか、彼女の肩が上下に小さく揺れる。
「何か悲しいことでもあったのかい。ホームズが構ってくれないとか」
違うわ。と今度は声を震わせながら答える。
ぼくの質問にホームズがすかさず睨みつけてきた。
「失礼だな、君は」
「だって他に考えられないもの。キリカ、大丈夫?」
「……ええ。だいじょうぶ」
しゃっくりはすぐに止まったのか、聞き取れるくらいまで普通に喋れるようになっていた。
ぼくは彼女の前に膝をついて、顔色を窺う。そして優しく尋ねた。
「落ち着いた?」
指で涙を払っている彼女にホームズがハンカチを差し出していた。
それを受け取って小声で「ありがとう」と言い、こくりと頷いた。
「……ごめんなさい。なんでもないの、大丈夫よ」
「でも」
「心身に異常は見られない、ぼくのせいでもない。となると、原因は一つに絞られる。この本だ」
ホームズが彼女の膝に置かれた本を長い指で示した。
ぼくが貸した本が原因だと言うのか。一体どうして。
「そうなのかい、キリカ」
「……ええ。主人公が死んでしまって、悲しくて……気づいたら涙が止まらなくなってたの」
「ああ、確かそれ、主人公が探偵で」
ぼくがまだ話をしている途中でホームズがその本を取り上げた。
挟んでいた紙の栞がひらひらと床に落ちていく。
「この本はもう読まない方がいい」
「でも。あと少しで読み終わるわ」
彼女が口論するも、ホームズは口元を歪め眉を顰めた。
そしてはっきりとこう言ったんだ。
「ぼくはこれ以上、君が空想の世界のせいで涙を流すのを見ていられない」
あんまりな言い草だった。
確かに彼は小説が嫌いだ。だからって好きで読んでいる人から本を取り上げるなんて。
そんな風に他人事に考えていたら、思わぬ火の粉が降り注いできた。
「それに、この本を持ってきたワトソンが悪い」
「ぼくのせいだって言うのかい!」
「二人とも、落ち着いて。ね?私もう大丈夫だから」
彼女はぼくらの顔を何度も見比べ、馬を宥めるようにしていた。
ここで声を荒げて争う気はない。彼女に免じて、だ。でも、どうも腹の虫がすぐに治まりそうにない。
ぼくは立ち上がってコート掛けから自分のコートを乱暴に掴んだ。
「少し散歩してくるよ」
そう言ってジョンは玄関を出て行った。
きっとまだ怒っている。彼は小説が好きで、それが原因だと言われたから。
そもそも私が泣かなければこんなことにはならなかったと思う。
でも、泣かずにはいられなかった。
「ごめんなさい。私が泣いたりしたせいで」
「君が謝ることじゃない」
シャーロックは私から取り上げた本をジョンの鞄の上に置いた。
実はというと、まだ続きが気になっている。けど、続きを読み出したらまたきっと泣いてしまう。
本を置いて戻ってきた彼が私の隣に腰を下ろした。さっきよりも距離が近い、肩が触れるぐらい。
彼は小さなため息をついて、前屈みに背を丸めて両手の指先を胸元で合わせた。
私の視線に気づいたシャーロックがこっちを見たから、慌てて首を振る。
「なんでもないわ。……ただ、」
「ただ?」
「……さっきの小説の主人公、探偵だったの。頭が良くて、機転が利いて、でもちょっとどこか人付き合いが悪くて。読んでいるうちに貴方の姿を自然と重ねてしまった。……だから、彼が死んだ時とても悲しくて」
小説の登場人物に感情移入することはよくある。だから、まるで彼が死んでしまったかのように感じてしまった。
私の旦那様がシャーロック・ホームズじゃなかったら、ここまで主人公の死を悲しまなかったかもしれない。
こんなことを話したら大袈裟だと言いそう。でも、彼の口から意外な言葉を聞く事ができた。
「ぼくは当分死ぬつもりはないし、君を置いて先に死んだりしない」
「シャーロック」
彼は私の顔を見ながらそう言った。
何の根拠もない、わからないことなのに。そう言ってくれただけで、胸に溜まっていた悲しい気持ちがすっと解けていった。
すぐに彼は私から目を逸らした。照れていたり、気恥ずかしかったりするとこうやって目を逸らす癖がある。
「私も頑張って長生きするわね。……でも、それだけの話だったのにジョンにあんなに怒るなんて、どうしたの?」
「彼はぼくが君を放置している、と言った。むしろぼくが気に入らない点はそっちだ。まるで全く構っていないみたいな言い方じゃないか」
彼の苛立ちのポイントは本じゃなくて、ジョンの言葉だったみたい。
「ホームズが構ってくれないから寂しくて泣いている。新婚なのにね」という意味合いが含まれていたのかも。
シャーロックの性格上、そう思われてしまったのかもしれなかった。私にとってはそんなこと全くないのに。
「そんなことないわ。私は貴方から抱えきれないぐらい、溢れる愛情をもらってる。それに、日本まで迎えに来てくれたんだもの。嬉しかった」
イギリスでのホームスティを終えた後、私は単身で日本に帰った。
彼らが突然現れた時は本当に驚いた。夢を見ているんじゃないかって思った。
王子様が迎えに来てくれた。なんて思ったことはまだ彼に話していない。話したらきっとフクザツな顔するもの。
「きっとジョンには貴女の愛情がわからないのね」
「彼に理解されても困る」
「ふふ。もしそうだったら私ヤキモチ焼いてしまうわ」
「ぼくはいつも焼いてるよ。心配してしまうぐらい。君たち二人は仲が良いから」
機嫌の損ね方も子どもみたいに拗ねた表情もあの頃と全く変わらない。
私はそれが少しおかしくて、つい笑ってしまう。
触れていた彼の肩に頭を預けて、そっと寄り添った。
「私、貴方からもらったファミリーネームは一生捨てないから、心配しないで」
シャーロックはその返事に言葉ではなくて、腕をそっと回してくれた。
ぼくは今夜、ホームズの家に泊まることになった。
泊まるといってもついこの間までここにぼくも住んでいたから、なんだか妙な気分だ。
妻のメアリーが二泊三日の旅行に行っている。
ところが、ぼくはうっかり鍵を忘れて家を出てしまった。ぼくの後にメアリーが家を出たから、外から入れない状態だ。
おかげで我が家にはあと二日経たないと入れないというわけだ。
そこで、急遽ホームズの家に訪ねた。
断る理由もないしと、ぼくを快く出迎えてくれた。
彼の妻、キリカも「久しぶりに三人で夕飯が食べられるわね」と嬉しそうにしていた。
夕飯とシャワーも済ませ、それぞれ就寝時間まで三人同じ部屋で過ごしていた。
ホームズは机に向かって何かの記録を残している。
彼女は壁際のソファでぼくが貸した本を読んでいた。読むのが早い。もう半分以上読み終わっている。
ぼくはというと、そんな二人を観察しながら鞄の中身を整理していた。
十分も経っただろうか。
突然、すすり泣く声が聞こえてきた。
異変に気づいたホームズも手元から顔を上げ、ソファの方を見た。そこで本を読んでいたキリカが涙を零していた。
一体何があったんだ。だって、さっきまで普通にしていたじゃないか。
「どうしたんだい、キリカ。」
ぼくがそう尋ねても彼女は口元を手で押さえて首を振るばかりだ。
閉じた瞳から溢れた涙が頬を伝っていった。
そんな彼女を気遣うように、ホームズが隣に腰掛けた。
「どこか痛むの?苦しい?」
いいえ、違うわ。と言葉の代わりに彼女は首を左右に振った。
横隔膜が痙攣を始めたのか、彼女の肩が上下に小さく揺れる。
「何か悲しいことでもあったのかい。ホームズが構ってくれないとか」
違うわ。と今度は声を震わせながら答える。
ぼくの質問にホームズがすかさず睨みつけてきた。
「失礼だな、君は」
「だって他に考えられないもの。キリカ、大丈夫?」
「……ええ。だいじょうぶ」
しゃっくりはすぐに止まったのか、聞き取れるくらいまで普通に喋れるようになっていた。
ぼくは彼女の前に膝をついて、顔色を窺う。そして優しく尋ねた。
「落ち着いた?」
指で涙を払っている彼女にホームズがハンカチを差し出していた。
それを受け取って小声で「ありがとう」と言い、こくりと頷いた。
「……ごめんなさい。なんでもないの、大丈夫よ」
「でも」
「心身に異常は見られない、ぼくのせいでもない。となると、原因は一つに絞られる。この本だ」
ホームズが彼女の膝に置かれた本を長い指で示した。
ぼくが貸した本が原因だと言うのか。一体どうして。
「そうなのかい、キリカ」
「……ええ。主人公が死んでしまって、悲しくて……気づいたら涙が止まらなくなってたの」
「ああ、確かそれ、主人公が探偵で」
ぼくがまだ話をしている途中でホームズがその本を取り上げた。
挟んでいた紙の栞がひらひらと床に落ちていく。
「この本はもう読まない方がいい」
「でも。あと少しで読み終わるわ」
彼女が口論するも、ホームズは口元を歪め眉を顰めた。
そしてはっきりとこう言ったんだ。
「ぼくはこれ以上、君が空想の世界のせいで涙を流すのを見ていられない」
あんまりな言い草だった。
確かに彼は小説が嫌いだ。だからって好きで読んでいる人から本を取り上げるなんて。
そんな風に他人事に考えていたら、思わぬ火の粉が降り注いできた。
「それに、この本を持ってきたワトソンが悪い」
「ぼくのせいだって言うのかい!」
「二人とも、落ち着いて。ね?私もう大丈夫だから」
彼女はぼくらの顔を何度も見比べ、馬を宥めるようにしていた。
ここで声を荒げて争う気はない。彼女に免じて、だ。でも、どうも腹の虫がすぐに治まりそうにない。
ぼくは立ち上がってコート掛けから自分のコートを乱暴に掴んだ。
「少し散歩してくるよ」
そう言ってジョンは玄関を出て行った。
きっとまだ怒っている。彼は小説が好きで、それが原因だと言われたから。
そもそも私が泣かなければこんなことにはならなかったと思う。
でも、泣かずにはいられなかった。
「ごめんなさい。私が泣いたりしたせいで」
「君が謝ることじゃない」
シャーロックは私から取り上げた本をジョンの鞄の上に置いた。
実はというと、まだ続きが気になっている。けど、続きを読み出したらまたきっと泣いてしまう。
本を置いて戻ってきた彼が私の隣に腰を下ろした。さっきよりも距離が近い、肩が触れるぐらい。
彼は小さなため息をついて、前屈みに背を丸めて両手の指先を胸元で合わせた。
私の視線に気づいたシャーロックがこっちを見たから、慌てて首を振る。
「なんでもないわ。……ただ、」
「ただ?」
「……さっきの小説の主人公、探偵だったの。頭が良くて、機転が利いて、でもちょっとどこか人付き合いが悪くて。読んでいるうちに貴方の姿を自然と重ねてしまった。……だから、彼が死んだ時とても悲しくて」
小説の登場人物に感情移入することはよくある。だから、まるで彼が死んでしまったかのように感じてしまった。
私の旦那様がシャーロック・ホームズじゃなかったら、ここまで主人公の死を悲しまなかったかもしれない。
こんなことを話したら大袈裟だと言いそう。でも、彼の口から意外な言葉を聞く事ができた。
「ぼくは当分死ぬつもりはないし、君を置いて先に死んだりしない」
「シャーロック」
彼は私の顔を見ながらそう言った。
何の根拠もない、わからないことなのに。そう言ってくれただけで、胸に溜まっていた悲しい気持ちがすっと解けていった。
すぐに彼は私から目を逸らした。照れていたり、気恥ずかしかったりするとこうやって目を逸らす癖がある。
「私も頑張って長生きするわね。……でも、それだけの話だったのにジョンにあんなに怒るなんて、どうしたの?」
「彼はぼくが君を放置している、と言った。むしろぼくが気に入らない点はそっちだ。まるで全く構っていないみたいな言い方じゃないか」
彼の苛立ちのポイントは本じゃなくて、ジョンの言葉だったみたい。
「ホームズが構ってくれないから寂しくて泣いている。新婚なのにね」という意味合いが含まれていたのかも。
シャーロックの性格上、そう思われてしまったのかもしれなかった。私にとってはそんなこと全くないのに。
「そんなことないわ。私は貴方から抱えきれないぐらい、溢れる愛情をもらってる。それに、日本まで迎えに来てくれたんだもの。嬉しかった」
イギリスでのホームスティを終えた後、私は単身で日本に帰った。
彼らが突然現れた時は本当に驚いた。夢を見ているんじゃないかって思った。
王子様が迎えに来てくれた。なんて思ったことはまだ彼に話していない。話したらきっとフクザツな顔するもの。
「きっとジョンには貴女の愛情がわからないのね」
「彼に理解されても困る」
「ふふ。もしそうだったら私ヤキモチ焼いてしまうわ」
「ぼくはいつも焼いてるよ。心配してしまうぐらい。君たち二人は仲が良いから」
機嫌の損ね方も子どもみたいに拗ねた表情もあの頃と全く変わらない。
私はそれが少しおかしくて、つい笑ってしまう。
触れていた彼の肩に頭を預けて、そっと寄り添った。
「私、貴方からもらったファミリーネームは一生捨てないから、心配しないで」
シャーロックはその返事に言葉ではなくて、腕をそっと回してくれた。