S・H人形劇
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I look for it.
やっぱり見つからない。
私は部屋中を見渡したあと、肩を落とした。
机、鞄の中、ベッドサイド、制服のポケット。思い当たる場所はみんな探したけれど、見つからなかった。
失くし物に気づいたのは美術の授業が終わった後だった。
授業が始まる前までは確かにあったと思う。
だから、きっと美術室のどこかに落としてきてしまったんだと。
今から探しに行こうか、どうしようか。私は迷っていた。
もう夕食の時間は始まっていたし、薄暗い廊下を通って美術室に向かうのも怖い。
でも、あれは大事な物だし、誰かに拾われてしまったら二度と返ってこないかも。
誰かに拾われる前に探しに行かないと。
私は胸元に拳をあて、ぎゅっと握った。
今から美術室に向かおう。
そう、決心した矢先にドアがノックされたものだから短い悲鳴をあげてしまった。
「キリカ!」
部屋のドアが勢い任せに開けられて、そこには血相を変えたシャーロックが立っていた。
返事の変わりに悲鳴を上げてしまったから、何事かと心配しているんだわ。
「キリカ、大丈夫かい」
「え、ええ。何ともないわ。ごめんなさい、考え事をしてたからびっくりしただけよ」
「それならいい。夕食の時間になっても君が来ないから心配になってね。席はワトソンが取っておいてくれてる」
「ありがとう。でも、私」
あれを見つけるまでは食堂に向かうことはできないし、安心できない。
でも、彼になんて説明をすればいいのか。素直に言ってしまった方がいいに決まっているけど、怖くて言えなかった。
私が言葉にまごついていると彼は細長い指先を丸め、顎に当てる仕草をした。そしてぽつりと話し始める。
「君は探し物をしている。とても大事な物だ。そうだね?」
「……ええ。すごく大事な物よ。私、それを探さないと」
「部屋の中にはなかった。だから別の場所に探しに行こうとしていた。心当たりがあるのは?」
「美術室。今日の最後の授業が美術だったでしょう。その時、落としたかもしれないの」
「じゃあそこへ行こう」
「あ、待って」
私は咄嗟に彼の袖を掴んで引き止めた。
一緒に探してくれようとしているのは嬉しい。でも、失くし物が彼にバレてしまう。
「あ、あのね。一緒に探してくれるのは嬉しいんだけど、もう夕食が始まっているし」
「そのことなら気にしなくていい。それに話を聞いてしまった以上、君を一人で美術室に向かわせるわけにはいかないよ」
「でも」
「君も聞いた事あるはずだ。美術室の奇妙な噂、七不思議とも呼ばれてる」
「……泣いたり、笑ったりする石膏像の話?」
ビートン校七不思議の話を以前友達から聞いたことがある。
そのうちの一つが美術室の怪で、夜に巡回していた先生が美術室にある石膏像が涙を流すのを見た、笑い声を聞いたというもの。
私はこの手の話が全くダメで、日本の学校の怪談も怖くて泣いてしまったことがある。肝試しなんて夜の学校でするものじゃないわ。
こんな話を聞いてしまった以上、一人で向かうなんて私には到底できない。
「シャーロック、あの……一緒についてきてもらってもいい?」
「もちろん」
私は無意識に掴んでいた袖を放した。行き場のなくなった手をもみ合わせてから、体の前で組みなおす。
快く頷いてくれたシャーロックのおかげで、心細くはならない。
ただ、彼が見つけてしまうより先に失くし物を見つけられればいいのだけど。
すでに薄暗い回廊は不気味だった。立ち並ぶ甲冑の鎧が今にも動き出しそうで怖い。
点々とあるガス灯が風に揺れて時々消えそうになる。その度に薄暗がりが闇に包まれて、恐怖が増していた。
手足が震えるのを必死に抑えて、シャーロックの数歩後ろをついていく。
回廊には私たちの他、誰もいない。二つ分の足音が余計に響いている気がした。
「誰も、いないわね」
「この時間に出歩いてるのはお腹が空いていない生徒か、ぼくらみたいに特別な用事がある生徒ぐらいだよ」
「シャーロック、お腹空いてない?私のせいで夕食に遅れてしまって、ごめんなさい」
「ぼくは元々小食だ」
彼の返事は答えになっていないけど、気を使ってくれているんだとわかった。
それを声に表したらきっと拗ねてしまうだろうから、私は黙って歩いていた。
それにしても。美術室までの道のりがこんなに遠く感じたのは初めて。
「美術室の石膏像、本当に泣いたり笑ったりするのかしら」
「まさか。誰かがイタズラでやっていることだよ」
「シャーロックは真相を知っているのね」
「あれは、」
話の途中だった。急にシャーロックに腕を強く引かれて、壁際に追い込まれてしまう。
廊下に並んでいる鎧の後ろ、隙間に身を潜めるように私たちは隠れていた。
響く足音が一つ、聞こえてくる。
彼が私を庇うように体を寄せてくるせいで、息遣いがすぐそこに聞こえる。
「静かに」と囁く越えも、顔も近くて。私の心臓は早鐘を鳴らすように打ち始めた。
じっと身を潜めていると、足音が段々近づいてくるのがわかる。
人の姿が彼の肩越しに少しだけ見えた。
ここは鎧の影になっているし、ちょうど灯りも避けている。おかげで私たちに気づかなかったよう。
その足音は何も知らずに通り過ぎていった。
シャーロックは足音の主が完全に消えるまでじっと廊下に目を向けていた。
しばらくして、溜め込んでいた息を吐き出す。
「行ったみたいだ」
「あ、あの。シャーロック」
私が遠慮がちに声をかけると、彼は振り向いた途端に驚いて目を見開いた。
大袈裟に私から一歩飛び退いた後、取り乱している様は彼らしくもない。
目を泳がせ、咳払いをして、単語にならない発音を繰り返していた。
「その、……気を悪くしたらごめん。先生の足音が聞こえたから」
「ううん、私、足音気づかなかったから……見つからなくて良かった。先、急ぎましょうか」
「そうしよう」
さっきよりも私たちは急ぎ足で歩き始めた。
お互いにさっきのことは口にしない。してしまったら、気まずくなってしまうから。
それに私の顔は真っ赤になっていたと思う。だからこの薄暗さに感謝してしまうほど。
怯えていた気持ちもどこかへ吹き飛んでしまっていた。
美術室の戸が静かに開けられた。
中は静まり返っていて、壁際に並べられた石膏像が不気味に佇んでいる。
私たち生徒が作ったものだけど、夜に見ると怖い。
中を探すのは容易じゃなくて、灯りがないと机にぶつかりながら歩いてしまいそう。
幸いにも今夜は月が明るい。それを頼りにまずは自分が座っていた席の辺りを探していた。
机の中にはない。周りにも落ちていなさそうだった。
私が周囲を探している間、シャーロックは教室の後ろを見ていた。
そして急に「君の使っているエプロンはどこに掛けてある?」と聞いてきた。
「確か、真ん中辺り。水色で、ポケットにイニシャルの刺繍があるわ」
「これか」
どうして彼は私のエプロンのある場所を尋ねてきたのかしら。
私は躓かないようにゆっくり歩いて彼の側に寄った。
彼が私のエプロンのポケットに手を入れて、驚いたことにそこから私の探していた物を取り出して見せた。
思わず、息を呑んだ。彼の手に硝子のループタイが乗せられている。
「君が探していたのはこれだ」
「どうして、どうしてわかったの?私、一言も話してないわ」
「今の君はタイをしていない。美術の前の時間まではしていた。君は日ごとにタイとスカーフを付け替えている。けど、一日の間に何度も付け替えるなんて君の性格からは考えにくい。そこで慌てて探しているものといえば、だ」
「黙っていてごめんなさい。……失くしたと思って、気が気じゃなかったの。貴方に知られたら軽蔑されてしまうんじゃないかと」
「ぼくが?そんなこと有り得ない。むしろ、君が大事にしてくれているのがわかって嬉しいよ」
「大事な宝物よ」
シャーロックから受け取ったループタイを両手で包み込む。
紐を首に通し、胸元に収めた。これでやっと落ち着いた。
美術の時間、絵を描く前にエプロンをかけた。その時に外してポケットに入れたのをすっかり忘れていた。
「さあ、食堂へ急ごう。今からならまだ夕食にありつけるよ」
「ええ」
「足元に気をつけて。誰かの絵の具道具が転がっている」
そう言ってシャーロックは私の手を優しく引いてくれた。
やっぱり見つからない。
私は部屋中を見渡したあと、肩を落とした。
机、鞄の中、ベッドサイド、制服のポケット。思い当たる場所はみんな探したけれど、見つからなかった。
失くし物に気づいたのは美術の授業が終わった後だった。
授業が始まる前までは確かにあったと思う。
だから、きっと美術室のどこかに落としてきてしまったんだと。
今から探しに行こうか、どうしようか。私は迷っていた。
もう夕食の時間は始まっていたし、薄暗い廊下を通って美術室に向かうのも怖い。
でも、あれは大事な物だし、誰かに拾われてしまったら二度と返ってこないかも。
誰かに拾われる前に探しに行かないと。
私は胸元に拳をあて、ぎゅっと握った。
今から美術室に向かおう。
そう、決心した矢先にドアがノックされたものだから短い悲鳴をあげてしまった。
「キリカ!」
部屋のドアが勢い任せに開けられて、そこには血相を変えたシャーロックが立っていた。
返事の変わりに悲鳴を上げてしまったから、何事かと心配しているんだわ。
「キリカ、大丈夫かい」
「え、ええ。何ともないわ。ごめんなさい、考え事をしてたからびっくりしただけよ」
「それならいい。夕食の時間になっても君が来ないから心配になってね。席はワトソンが取っておいてくれてる」
「ありがとう。でも、私」
あれを見つけるまでは食堂に向かうことはできないし、安心できない。
でも、彼になんて説明をすればいいのか。素直に言ってしまった方がいいに決まっているけど、怖くて言えなかった。
私が言葉にまごついていると彼は細長い指先を丸め、顎に当てる仕草をした。そしてぽつりと話し始める。
「君は探し物をしている。とても大事な物だ。そうだね?」
「……ええ。すごく大事な物よ。私、それを探さないと」
「部屋の中にはなかった。だから別の場所に探しに行こうとしていた。心当たりがあるのは?」
「美術室。今日の最後の授業が美術だったでしょう。その時、落としたかもしれないの」
「じゃあそこへ行こう」
「あ、待って」
私は咄嗟に彼の袖を掴んで引き止めた。
一緒に探してくれようとしているのは嬉しい。でも、失くし物が彼にバレてしまう。
「あ、あのね。一緒に探してくれるのは嬉しいんだけど、もう夕食が始まっているし」
「そのことなら気にしなくていい。それに話を聞いてしまった以上、君を一人で美術室に向かわせるわけにはいかないよ」
「でも」
「君も聞いた事あるはずだ。美術室の奇妙な噂、七不思議とも呼ばれてる」
「……泣いたり、笑ったりする石膏像の話?」
ビートン校七不思議の話を以前友達から聞いたことがある。
そのうちの一つが美術室の怪で、夜に巡回していた先生が美術室にある石膏像が涙を流すのを見た、笑い声を聞いたというもの。
私はこの手の話が全くダメで、日本の学校の怪談も怖くて泣いてしまったことがある。肝試しなんて夜の学校でするものじゃないわ。
こんな話を聞いてしまった以上、一人で向かうなんて私には到底できない。
「シャーロック、あの……一緒についてきてもらってもいい?」
「もちろん」
私は無意識に掴んでいた袖を放した。行き場のなくなった手をもみ合わせてから、体の前で組みなおす。
快く頷いてくれたシャーロックのおかげで、心細くはならない。
ただ、彼が見つけてしまうより先に失くし物を見つけられればいいのだけど。
すでに薄暗い回廊は不気味だった。立ち並ぶ甲冑の鎧が今にも動き出しそうで怖い。
点々とあるガス灯が風に揺れて時々消えそうになる。その度に薄暗がりが闇に包まれて、恐怖が増していた。
手足が震えるのを必死に抑えて、シャーロックの数歩後ろをついていく。
回廊には私たちの他、誰もいない。二つ分の足音が余計に響いている気がした。
「誰も、いないわね」
「この時間に出歩いてるのはお腹が空いていない生徒か、ぼくらみたいに特別な用事がある生徒ぐらいだよ」
「シャーロック、お腹空いてない?私のせいで夕食に遅れてしまって、ごめんなさい」
「ぼくは元々小食だ」
彼の返事は答えになっていないけど、気を使ってくれているんだとわかった。
それを声に表したらきっと拗ねてしまうだろうから、私は黙って歩いていた。
それにしても。美術室までの道のりがこんなに遠く感じたのは初めて。
「美術室の石膏像、本当に泣いたり笑ったりするのかしら」
「まさか。誰かがイタズラでやっていることだよ」
「シャーロックは真相を知っているのね」
「あれは、」
話の途中だった。急にシャーロックに腕を強く引かれて、壁際に追い込まれてしまう。
廊下に並んでいる鎧の後ろ、隙間に身を潜めるように私たちは隠れていた。
響く足音が一つ、聞こえてくる。
彼が私を庇うように体を寄せてくるせいで、息遣いがすぐそこに聞こえる。
「静かに」と囁く越えも、顔も近くて。私の心臓は早鐘を鳴らすように打ち始めた。
じっと身を潜めていると、足音が段々近づいてくるのがわかる。
人の姿が彼の肩越しに少しだけ見えた。
ここは鎧の影になっているし、ちょうど灯りも避けている。おかげで私たちに気づかなかったよう。
その足音は何も知らずに通り過ぎていった。
シャーロックは足音の主が完全に消えるまでじっと廊下に目を向けていた。
しばらくして、溜め込んでいた息を吐き出す。
「行ったみたいだ」
「あ、あの。シャーロック」
私が遠慮がちに声をかけると、彼は振り向いた途端に驚いて目を見開いた。
大袈裟に私から一歩飛び退いた後、取り乱している様は彼らしくもない。
目を泳がせ、咳払いをして、単語にならない発音を繰り返していた。
「その、……気を悪くしたらごめん。先生の足音が聞こえたから」
「ううん、私、足音気づかなかったから……見つからなくて良かった。先、急ぎましょうか」
「そうしよう」
さっきよりも私たちは急ぎ足で歩き始めた。
お互いにさっきのことは口にしない。してしまったら、気まずくなってしまうから。
それに私の顔は真っ赤になっていたと思う。だからこの薄暗さに感謝してしまうほど。
怯えていた気持ちもどこかへ吹き飛んでしまっていた。
美術室の戸が静かに開けられた。
中は静まり返っていて、壁際に並べられた石膏像が不気味に佇んでいる。
私たち生徒が作ったものだけど、夜に見ると怖い。
中を探すのは容易じゃなくて、灯りがないと机にぶつかりながら歩いてしまいそう。
幸いにも今夜は月が明るい。それを頼りにまずは自分が座っていた席の辺りを探していた。
机の中にはない。周りにも落ちていなさそうだった。
私が周囲を探している間、シャーロックは教室の後ろを見ていた。
そして急に「君の使っているエプロンはどこに掛けてある?」と聞いてきた。
「確か、真ん中辺り。水色で、ポケットにイニシャルの刺繍があるわ」
「これか」
どうして彼は私のエプロンのある場所を尋ねてきたのかしら。
私は躓かないようにゆっくり歩いて彼の側に寄った。
彼が私のエプロンのポケットに手を入れて、驚いたことにそこから私の探していた物を取り出して見せた。
思わず、息を呑んだ。彼の手に硝子のループタイが乗せられている。
「君が探していたのはこれだ」
「どうして、どうしてわかったの?私、一言も話してないわ」
「今の君はタイをしていない。美術の前の時間まではしていた。君は日ごとにタイとスカーフを付け替えている。けど、一日の間に何度も付け替えるなんて君の性格からは考えにくい。そこで慌てて探しているものといえば、だ」
「黙っていてごめんなさい。……失くしたと思って、気が気じゃなかったの。貴方に知られたら軽蔑されてしまうんじゃないかと」
「ぼくが?そんなこと有り得ない。むしろ、君が大事にしてくれているのがわかって嬉しいよ」
「大事な宝物よ」
シャーロックから受け取ったループタイを両手で包み込む。
紐を首に通し、胸元に収めた。これでやっと落ち着いた。
美術の時間、絵を描く前にエプロンをかけた。その時に外してポケットに入れたのをすっかり忘れていた。
「さあ、食堂へ急ごう。今からならまだ夕食にありつけるよ」
「ええ」
「足元に気をつけて。誰かの絵の具道具が転がっている」
そう言ってシャーロックは私の手を優しく引いてくれた。