S・H人形劇
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ゆきんこ
一面の雪景色。
ぼくはこの銀世界に胸が高鳴った。
オーストラリアじゃ雪なんてちっとも降らないんだ。
雪を見るのは何年ぶりだろう。
「ホームズ!見てごらん、雪が降ってるよ!」
朝目を覚ましたら、外で雪がちらちらと降っていた。
窓から見える煉瓦道、外灯、草木、遠くに見える校舎の屋根。
全てが薄っすらと雪化粧に包まれていた。
寝間着のまま外を眺めていたぼくの後ろにホームズがやってきた。
欠伸を一つ洩らした彼も横から窓の外を見た。
溶けないかな、積もるかな。とわくわくしていたそんなぼくに一言。
「君が雪を見慣れてないのはわかるけど、そこまではしゃぐものじゃない」
相変わらずクールだ。氷のように冷たい。
確かにぼくは幼少時にしかイギリスにいなかったから、雪は久しぶりだ。
ずっとイギリスに居たであろうホームズにとっては冬がやってきたか、ぐらいの感想しか持たないんだ。
ぼくにとってはこの真っ白に染まった景色も、ひらひらと舞うように降る雪も大事件なんだよ。
今すぐにでも外に飛び出したい。
だけど残念なことに今日は平日。一日中授業がある。
外に出れそうなのは昼休みの間ぐらい。それまで雪が溶けなければいいんだけど。
できればもっと雪が降り続きますように。ぼくは天にそうお祈りをしてフェイスタオルを手に取った。
ホームズはもう身支度を終えてしまい、薬草の図鑑をソファで眺めていた。
*
午前中の授業がやっと終わり、ようやく待ち望んでいた昼休みが訪れた。
授業時間は変わらないはずなのに、いつもより長く感じていた。
ぼくらは昼食を済ませた後に中庭にやってきた。ホームズと、勿論キリカにも声をかけて。
中庭の全てが真っ白だった。いつも座っていたベンチは雪が積もって丸みを帯びているし、植え込みも雪で丸く包まれている。
地面は数センチの雪が積もっていて、この風景を見ているだけでわくわくしてきた。
「結構積もったわね。授業中もずっと降っていたし」
「溶けてしまわないかずっと心配だったよ」
「ジョンは今日窓の方ばかり見てたわね」
「あ、わかった?どうしても気になってね」
「気にしすぎだよ。おかげで気が散って仕方がなかった」
ホームズはそう言うけど、君はいつだって授業中寝ているじゃないか。気が散るも何もないだろ。
「雪が降るとわくわくする気持ち、ちょっとわかるわ」
「そうだよね!君ならわかってくれると信じてたよ。あっ、足跡つけてくる!」
ぼくは廊下から真っ白な雪原へ飛び出した。
雪を踏みしめる靴からぎゅっ、ぎゅっと音が出る。
じんわりと冷たい感覚が少し遅れてぼくの足に伝わってきた。
後ろを振り向くと、ぼくが歩いてきた足跡が一列にずっと繋がっていた。
ホームズとキリカはまださっきの場所から動こうとしていない。
二人で顔を見合わせて、面白い話だったのか彼女が笑っていた。
ぼくはそんな二人に大きな声をかけた。
「二人とも来ないのかい!」
「今行くわ」
ぼくが残した足跡を追いかけるようにキリカ、ホームズの順にやってきた。
真っ白な世界に紺色、赤、黒とぼくらの色が加わる。
ぼくらの首もとには色鮮やかなマフラー。彼女が編んでくれたものだ。
彼女も自分で編んだものを巻いていた。ぼくらはお揃いなんだ。それが余計に嬉しくてはしゃぎたくなる。
「二人で何か面白い話でもしてたのかい」
「君がレトリバーのようだと」
「レトリバーって、犬の?」
「うん」
「どうして?」
犬なら色々種類がいるのに、どうして大型犬のレトリバーなんだ。
その謎を解明しているうちに彼女は堪えきれなくなった笑い声を漏らした。その笑い方も控えめで上品だ。育ちが良かったんだろうなと思わせる。
そんなことを考えながらもぼくは首を傾げるばかりだ。
見かねたホームズがさっきのやりとりを話し始める。
「日本のわらべうたに雪が降ると犬は喜んで庭を駆け回る、というのがあるそうだ」
「それで、まるでジョンみたいねって」
「君の体格はチワワじゃない。レトリバーだ」
「チワワも可愛いけどね」
「その唄、猫はコタツで丸くなるっていう歌詞もあるのよ」
「じゃあその猫はホームズだ。気まぐれな所もそっくりだよ」
「寒いのは別に嫌いじゃない。それに気まぐれでもない」
寒さで鼻の頭が真っ赤なホームズはマフラーに顔をうずめた。
目を逸らして、こっちを見ようとはしない。こういうときは案外拗ねている。
この雪景色の中にはぼくらが一番乗りだと思っていた。
だけど、どうやら先客がいたようだ。
中庭の隅っこの方で誰がせっせと雪だるまを作っている。
ダンカン・ロスだ。彼は大きな雪玉を重たそうに転がしていた。
ぼくらは彼に近づいて声をかけた。
「ロス。雪だるまを作っているの?」
「やあ、君たちか。雪を見ていたら急に作りたくなって」
「その気持ちわかりますよ!ぼくも雪を見たらじっとしていられなくって」
ロス先輩とは気が合いそうだ。
ぼくは芸術に詳しくはないけど、絵画クラブの先輩が作る雪だるまに興味を引かれた。
一体どんな雪だるまが出来上がるんだろうか。
「雪のアートだなんて、さすが絵画クラブね」
「よかったら君たちも作ったら?まだこれだけ雪があるんだ、人数分作れるよ」
「よーし、とびきり大きいの作るぞ!」
さっそく地面の雪を両手でかき集めて、小さな雪玉を形成した。
ぼくの傍らでホームズは佇んだまま、やれやれと肩をすくめて見せる。
彼は参加するつもりが全くないようだ。
二つ目の雪玉を転がしていたロス先輩が手を止めてホームズに声をかけた。
「ホームズは作らないのかい?……ああ、美術は嫌いなんだっけ?ノートン先生がこの前君の作った石膏像を見ながら嘆いてたよ」
「ああ、あのカバの」
美術の時間に作り上げた石膏像。彼が作ったのはどう見てもカバじゃない、あれはピーナッツみたいだった。
その全形をを思い出したぼくは吹き出してしまう。そんな思い出し笑いに彼女がどうしたのと首を傾げている。
今はもう跡形もなく残っていないから、彼女に見せられなくて非常に残念だ。
すると、急にホームズがバカにするなと言う風に声を張り上げた。
「雪だるまぐらい作れる」
「よし、じゃあ誰が一番大きいのを作れるか勝負しよう」
「負けないぞー!」
こうしてぼくらは誰が一番大きな雪だるまを作れるか。一斉に雪玉を転がし始めた。
この辺りはもう雪がなくて、地面の草が見え始めていた。離れたところまで転がして雪を集めていく。
キリカは「私は別の物を作るわ」と手の平で雪玉の形をきれいに整えていた。
ぼくは結構な時間をかけて一番下の胴体部分を作り終えた。
雪に触るのがなにせ久しぶりだからちょっと手間取っていたんだ。
その間にロス先輩は頭の部分を作っていて、目や鼻のパーツも飾りつけ始めていた。
ホームズはやけに楕円形をした胴体を整えている。レモンのような、ラグビーボールのような形だ。
この中で一番進んでいるのはロス先輩の雪だるまで、それを見た彼女が不思議そうに尋ねてきた。
「雪だるま、三段目があるの?」
「え?雪だるまは三段だろ。日本は違うのかい」
「ええ、二段よ。体と頭で二つ。三段あると背が高く見えるわね」
「じゃあこっちの方がかっこいいだろ」
「うん。三人の雪だるまができるの楽しみ」
そう言われたらとびきりいいのを作るしかない。
ぼくははりきって二つ目の雪玉を転がし始めた。
それからしばらくして、雪だるまがそれぞれ出来上がった。
建物の壁に沿って三つ。背格好が不揃いの雪だるまが整列している。
左から順にホームズ、ぼく、ロス先輩のだ。
この中で一番格好良く見えるのはロス先輩が作った雪だるま。
やっぱり絵画クラブの部員には敵わない。手先が器用で、形も雪だるまらしい。
目鼻が彩りのある落ち葉で飾られていて、口も木の実を何個も使って表現している。
ぼくのはと言うと、ちょっと不恰好ながらも大き目の雪だるまができた。表面がでこぼこしているし、その辺に落ちていた木の実を目に使った。
そして、ホームズのなんだけど。一風変わった雪だるまだ。まず、背が異様に高い。それもそのはずだ、どれも楕円形の雪玉を積み重ねていたし、斜めになっていたりと積み方がおかしい。よく倒れないもんだよ。
顔も目の位置が左右ずれていたり、口もひん曲がっている。腕に使った木の枝も長くて垂れ下がっていて、まるでお化けみたいだ。
独特なセンスが発揮された雪だるまを見たロス先輩が「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「これは、いいね。雪だるまの常識を覆している。とても芸術的だよホームズ」
「一応、お褒めの言葉として受け取っておくよ」
「どうかな、絵画クラブに入らない?」
「それはお断りだ。ぼくの作品を嘲笑う顧問がいるからね」
「残念だ」
ホームズは先輩に誉められて満更でもなさそうだった。口ではああ言ってるけどね。
ぼくとキリカは彼らに聞こえないよう、頭を寄せてひそひそと小声で話をした。
「ぼくには芸術の良さがわからないな」
「なんというか……独特よね。シャーロックの雪だるまの顔、ふくわらいみたい」
「フクワライ?」
「お正月に遊ぶゲームのことよ。目鼻がバラバラのパーツを目隠しをして並べるの」
「へえ。じゃあ、ホームズは目隠ししながらきっとつけたんだ」
じゃなきゃあんなに位置が違わないもの。と、ぼくは笑った。
その直後に先輩に声をかけられたから、思わず体が跳ね上がる。
もしかして今の話が聞かれていたのかな。そう心配もしたんだけど、ぼくじゃなくてキリカに声をかけたみたいだった。
「キリカは何を作ったの?手の平サイズで可愛らしいものだね」
「雪ウサギよ。赤い実があったからちょうどいいと思って」
彼女の手の平に背中を丸めた小さな雪の塊が乗っていた。
赤い木の実が目になっていて、細長い葉っぱの耳がついている。
小さくてカワイイ。そのユキウサギをロス先輩が作った雪だるまの上にちょこんと乗せた。
「可憐な雪の妖精がぼくの雪だるまに留まった。ということは、ぼくの勝ちかな」
「あ、私そういうつもりじゃ……」
「いや、ロス先輩の勝ちですよ。ぼくらじゃ到底敵わない、」
突然、ぼくの頭の横を雪玉が通り過ぎていった。それは先輩の顔にべしゃあっと当たって弾ける。
よろけた先輩が地面に尻餅をついて転んでしまった。ああ、痛そうだ。顔もお尻も。
振り返ると、雪玉を空中に放り投げで弄んでいるホームズがいた。
聞くまでもない、彼が雪玉を投げた犯人だ。
「……ホームズ!不意打ちは卑怯だぞ!」
「体育の成績なら君よりも上だという自信がある。まだ鐘が鳴るまで時間があるし、勝負してもいい」
「言ったな。後悔するんじゃないぞ!」
ロス先輩はすばやく雪玉を作って、転んだままの体勢でホームズに投げつけた。
それをひょいとホームズは避ける。そういえば座学の授業は寝てばかりだけど、運動神経は良い方なんだよな。
ぼくと彼女を挟んで雪玉がひょいひょいと行き交い始めた。
「やれやれ。普段「子どもじゃない」とか言ってるくせに。自分が一番子どもっぽいじゃないか」
「楽しそうだからいいじゃない」
ぼくたちがこの雪合戦に巻き込まれるまでにそう時間はかからなかった。
一面の雪景色。
ぼくはこの銀世界に胸が高鳴った。
オーストラリアじゃ雪なんてちっとも降らないんだ。
雪を見るのは何年ぶりだろう。
「ホームズ!見てごらん、雪が降ってるよ!」
朝目を覚ましたら、外で雪がちらちらと降っていた。
窓から見える煉瓦道、外灯、草木、遠くに見える校舎の屋根。
全てが薄っすらと雪化粧に包まれていた。
寝間着のまま外を眺めていたぼくの後ろにホームズがやってきた。
欠伸を一つ洩らした彼も横から窓の外を見た。
溶けないかな、積もるかな。とわくわくしていたそんなぼくに一言。
「君が雪を見慣れてないのはわかるけど、そこまではしゃぐものじゃない」
相変わらずクールだ。氷のように冷たい。
確かにぼくは幼少時にしかイギリスにいなかったから、雪は久しぶりだ。
ずっとイギリスに居たであろうホームズにとっては冬がやってきたか、ぐらいの感想しか持たないんだ。
ぼくにとってはこの真っ白に染まった景色も、ひらひらと舞うように降る雪も大事件なんだよ。
今すぐにでも外に飛び出したい。
だけど残念なことに今日は平日。一日中授業がある。
外に出れそうなのは昼休みの間ぐらい。それまで雪が溶けなければいいんだけど。
できればもっと雪が降り続きますように。ぼくは天にそうお祈りをしてフェイスタオルを手に取った。
ホームズはもう身支度を終えてしまい、薬草の図鑑をソファで眺めていた。
*
午前中の授業がやっと終わり、ようやく待ち望んでいた昼休みが訪れた。
授業時間は変わらないはずなのに、いつもより長く感じていた。
ぼくらは昼食を済ませた後に中庭にやってきた。ホームズと、勿論キリカにも声をかけて。
中庭の全てが真っ白だった。いつも座っていたベンチは雪が積もって丸みを帯びているし、植え込みも雪で丸く包まれている。
地面は数センチの雪が積もっていて、この風景を見ているだけでわくわくしてきた。
「結構積もったわね。授業中もずっと降っていたし」
「溶けてしまわないかずっと心配だったよ」
「ジョンは今日窓の方ばかり見てたわね」
「あ、わかった?どうしても気になってね」
「気にしすぎだよ。おかげで気が散って仕方がなかった」
ホームズはそう言うけど、君はいつだって授業中寝ているじゃないか。気が散るも何もないだろ。
「雪が降るとわくわくする気持ち、ちょっとわかるわ」
「そうだよね!君ならわかってくれると信じてたよ。あっ、足跡つけてくる!」
ぼくは廊下から真っ白な雪原へ飛び出した。
雪を踏みしめる靴からぎゅっ、ぎゅっと音が出る。
じんわりと冷たい感覚が少し遅れてぼくの足に伝わってきた。
後ろを振り向くと、ぼくが歩いてきた足跡が一列にずっと繋がっていた。
ホームズとキリカはまださっきの場所から動こうとしていない。
二人で顔を見合わせて、面白い話だったのか彼女が笑っていた。
ぼくはそんな二人に大きな声をかけた。
「二人とも来ないのかい!」
「今行くわ」
ぼくが残した足跡を追いかけるようにキリカ、ホームズの順にやってきた。
真っ白な世界に紺色、赤、黒とぼくらの色が加わる。
ぼくらの首もとには色鮮やかなマフラー。彼女が編んでくれたものだ。
彼女も自分で編んだものを巻いていた。ぼくらはお揃いなんだ。それが余計に嬉しくてはしゃぎたくなる。
「二人で何か面白い話でもしてたのかい」
「君がレトリバーのようだと」
「レトリバーって、犬の?」
「うん」
「どうして?」
犬なら色々種類がいるのに、どうして大型犬のレトリバーなんだ。
その謎を解明しているうちに彼女は堪えきれなくなった笑い声を漏らした。その笑い方も控えめで上品だ。育ちが良かったんだろうなと思わせる。
そんなことを考えながらもぼくは首を傾げるばかりだ。
見かねたホームズがさっきのやりとりを話し始める。
「日本のわらべうたに雪が降ると犬は喜んで庭を駆け回る、というのがあるそうだ」
「それで、まるでジョンみたいねって」
「君の体格はチワワじゃない。レトリバーだ」
「チワワも可愛いけどね」
「その唄、猫はコタツで丸くなるっていう歌詞もあるのよ」
「じゃあその猫はホームズだ。気まぐれな所もそっくりだよ」
「寒いのは別に嫌いじゃない。それに気まぐれでもない」
寒さで鼻の頭が真っ赤なホームズはマフラーに顔をうずめた。
目を逸らして、こっちを見ようとはしない。こういうときは案外拗ねている。
この雪景色の中にはぼくらが一番乗りだと思っていた。
だけど、どうやら先客がいたようだ。
中庭の隅っこの方で誰がせっせと雪だるまを作っている。
ダンカン・ロスだ。彼は大きな雪玉を重たそうに転がしていた。
ぼくらは彼に近づいて声をかけた。
「ロス。雪だるまを作っているの?」
「やあ、君たちか。雪を見ていたら急に作りたくなって」
「その気持ちわかりますよ!ぼくも雪を見たらじっとしていられなくって」
ロス先輩とは気が合いそうだ。
ぼくは芸術に詳しくはないけど、絵画クラブの先輩が作る雪だるまに興味を引かれた。
一体どんな雪だるまが出来上がるんだろうか。
「雪のアートだなんて、さすが絵画クラブね」
「よかったら君たちも作ったら?まだこれだけ雪があるんだ、人数分作れるよ」
「よーし、とびきり大きいの作るぞ!」
さっそく地面の雪を両手でかき集めて、小さな雪玉を形成した。
ぼくの傍らでホームズは佇んだまま、やれやれと肩をすくめて見せる。
彼は参加するつもりが全くないようだ。
二つ目の雪玉を転がしていたロス先輩が手を止めてホームズに声をかけた。
「ホームズは作らないのかい?……ああ、美術は嫌いなんだっけ?ノートン先生がこの前君の作った石膏像を見ながら嘆いてたよ」
「ああ、あのカバの」
美術の時間に作り上げた石膏像。彼が作ったのはどう見てもカバじゃない、あれはピーナッツみたいだった。
その全形をを思い出したぼくは吹き出してしまう。そんな思い出し笑いに彼女がどうしたのと首を傾げている。
今はもう跡形もなく残っていないから、彼女に見せられなくて非常に残念だ。
すると、急にホームズがバカにするなと言う風に声を張り上げた。
「雪だるまぐらい作れる」
「よし、じゃあ誰が一番大きいのを作れるか勝負しよう」
「負けないぞー!」
こうしてぼくらは誰が一番大きな雪だるまを作れるか。一斉に雪玉を転がし始めた。
この辺りはもう雪がなくて、地面の草が見え始めていた。離れたところまで転がして雪を集めていく。
キリカは「私は別の物を作るわ」と手の平で雪玉の形をきれいに整えていた。
ぼくは結構な時間をかけて一番下の胴体部分を作り終えた。
雪に触るのがなにせ久しぶりだからちょっと手間取っていたんだ。
その間にロス先輩は頭の部分を作っていて、目や鼻のパーツも飾りつけ始めていた。
ホームズはやけに楕円形をした胴体を整えている。レモンのような、ラグビーボールのような形だ。
この中で一番進んでいるのはロス先輩の雪だるまで、それを見た彼女が不思議そうに尋ねてきた。
「雪だるま、三段目があるの?」
「え?雪だるまは三段だろ。日本は違うのかい」
「ええ、二段よ。体と頭で二つ。三段あると背が高く見えるわね」
「じゃあこっちの方がかっこいいだろ」
「うん。三人の雪だるまができるの楽しみ」
そう言われたらとびきりいいのを作るしかない。
ぼくははりきって二つ目の雪玉を転がし始めた。
それからしばらくして、雪だるまがそれぞれ出来上がった。
建物の壁に沿って三つ。背格好が不揃いの雪だるまが整列している。
左から順にホームズ、ぼく、ロス先輩のだ。
この中で一番格好良く見えるのはロス先輩が作った雪だるま。
やっぱり絵画クラブの部員には敵わない。手先が器用で、形も雪だるまらしい。
目鼻が彩りのある落ち葉で飾られていて、口も木の実を何個も使って表現している。
ぼくのはと言うと、ちょっと不恰好ながらも大き目の雪だるまができた。表面がでこぼこしているし、その辺に落ちていた木の実を目に使った。
そして、ホームズのなんだけど。一風変わった雪だるまだ。まず、背が異様に高い。それもそのはずだ、どれも楕円形の雪玉を積み重ねていたし、斜めになっていたりと積み方がおかしい。よく倒れないもんだよ。
顔も目の位置が左右ずれていたり、口もひん曲がっている。腕に使った木の枝も長くて垂れ下がっていて、まるでお化けみたいだ。
独特なセンスが発揮された雪だるまを見たロス先輩が「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「これは、いいね。雪だるまの常識を覆している。とても芸術的だよホームズ」
「一応、お褒めの言葉として受け取っておくよ」
「どうかな、絵画クラブに入らない?」
「それはお断りだ。ぼくの作品を嘲笑う顧問がいるからね」
「残念だ」
ホームズは先輩に誉められて満更でもなさそうだった。口ではああ言ってるけどね。
ぼくとキリカは彼らに聞こえないよう、頭を寄せてひそひそと小声で話をした。
「ぼくには芸術の良さがわからないな」
「なんというか……独特よね。シャーロックの雪だるまの顔、ふくわらいみたい」
「フクワライ?」
「お正月に遊ぶゲームのことよ。目鼻がバラバラのパーツを目隠しをして並べるの」
「へえ。じゃあ、ホームズは目隠ししながらきっとつけたんだ」
じゃなきゃあんなに位置が違わないもの。と、ぼくは笑った。
その直後に先輩に声をかけられたから、思わず体が跳ね上がる。
もしかして今の話が聞かれていたのかな。そう心配もしたんだけど、ぼくじゃなくてキリカに声をかけたみたいだった。
「キリカは何を作ったの?手の平サイズで可愛らしいものだね」
「雪ウサギよ。赤い実があったからちょうどいいと思って」
彼女の手の平に背中を丸めた小さな雪の塊が乗っていた。
赤い木の実が目になっていて、細長い葉っぱの耳がついている。
小さくてカワイイ。そのユキウサギをロス先輩が作った雪だるまの上にちょこんと乗せた。
「可憐な雪の妖精がぼくの雪だるまに留まった。ということは、ぼくの勝ちかな」
「あ、私そういうつもりじゃ……」
「いや、ロス先輩の勝ちですよ。ぼくらじゃ到底敵わない、」
突然、ぼくの頭の横を雪玉が通り過ぎていった。それは先輩の顔にべしゃあっと当たって弾ける。
よろけた先輩が地面に尻餅をついて転んでしまった。ああ、痛そうだ。顔もお尻も。
振り返ると、雪玉を空中に放り投げで弄んでいるホームズがいた。
聞くまでもない、彼が雪玉を投げた犯人だ。
「……ホームズ!不意打ちは卑怯だぞ!」
「体育の成績なら君よりも上だという自信がある。まだ鐘が鳴るまで時間があるし、勝負してもいい」
「言ったな。後悔するんじゃないぞ!」
ロス先輩はすばやく雪玉を作って、転んだままの体勢でホームズに投げつけた。
それをひょいとホームズは避ける。そういえば座学の授業は寝てばかりだけど、運動神経は良い方なんだよな。
ぼくと彼女を挟んで雪玉がひょいひょいと行き交い始めた。
「やれやれ。普段「子どもじゃない」とか言ってるくせに。自分が一番子どもっぽいじゃないか」
「楽しそうだからいいじゃない」
ぼくたちがこの雪合戦に巻き込まれるまでにそう時間はかからなかった。