S・H人形劇
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
nostalgia
ベイカー寮に続く廊下から私は空を覗き込んだ。
空全体が薄暗くて、濃い灰色の厚い雲がどこまでも広がっている。
雨がしとしと降っていた。
冬に降る雨はとても冷たい。ここに居るだけでも体がすっかり冷え切ってしまいそうだった。
私は右手を屋根よりも外側に差し出した。
細かく降る雨粒が手の平に落ちる。
廊下の屋根から落ちてきた大きな雫が手の平を伝って地面に吸い込まれていった。
だんだんと右手が氷みたいに冷えて、鈍く、かじかんできた。
私は手を引っ込めて、両手に温かい息を吹きかける。
両手から零れた吐息は白く雲って消えた。
こんな所で寄り道をして、風を引いてしまったら明後日のお芝居見に行けなくなるわよ。
……だって、カサをわすれたんだもの。朝はあんなに天気がよかったのに。
あらあら、困った子ね。だから持って行った方がいいって言ったでしょ。
おかあさん。どうして私がここにいるってわかったの?
貴方がどこで雨宿りしているかなんて、わかるわよ。貴女の母親ですもの。
屋根を打ち鳴らす雨音に混ざって、母の声が聞こえたような気がした。
あの日、傘を忘れてしまった私を迎えに来てくれた。
口を尖らせて拗ねた私に大きな赤い傘を傾けて、一緒にその傘に入って家まで帰った。
いつだって、母の声は優しかった。
「キリカ」
私の名前を呼ぶ声に、振り向いた。
そこには背が高くて、プラチナブロンドの髪の毛の男性が立っている。
シャーロックの姿を見て私は思い出した。今から彼の部屋を訪ねるつもりだったことを。
「こんな所で何を?なかなか来ないから、様子を見に来たんだ。先生に捉まっているのかと」
「ううん。違うの、ごめんなさい。ちょっと寄り道をしてたの。……最近雨の日が多いと思って」
授業が終わった後、職員室に呼ばれていた私はその事を彼に告げていた。
私が来るのが遅いから、きっとまたロイロット先生にでも叱られているんじゃないかって、そう思ったんだわ。
中庭に目を向けると、彼も私の見ている方へ視線を向けた。
草木が頭を重そうに垂れている。ここ数日はずっと灰色の世界を見ているような気がした。
シャーロックは組んでいた腕を解き、長い指先を揃えた手を空に向けた。
「人間は雨が続くと憂鬱な気分になる。君が最近元気がないのもそのせいだよ」
「うん。そうね」
「明日は久々に晴れるそうだ。さあ、こんな所にいたら冷えてしまう。さっきハドソン夫人が紅茶を持ってきてくれたんだ。冷めないうちに」
「ええ」
彼は空に向けていた手を廊下の奥へ向けて、私に進むよう促してくれた。
この国の男性は紳士的で、最初は戸惑うことが多かった。
日本ではレディファーストの習慣がなかったもの。
そういえば、どうしてシャーロックは私のいる場所がわかったのかしら。
ここは彼の部屋の窓からは遠すぎて見えないはず。
「ねえ、シャーロック。どうして私の居場所がわかったの?」
「そんなの簡単さ。君は職員室に寄っていた。そこからベイカー寮に続く道はこの廊下を通るか、中庭を横切るかだ。雨が降っているから、屋根のある道を君は選ぶはずだ。だからこの廊下を辿っていけばいずれ君と出会える」
「私の行動パターンって、読みやすいのかしら」
「そうとも言い切れない。……何かおかしいことでも?」
彼が怪訝そうな顔で私を見ていた。
それもそのはず。いつの間にか私は思い出し笑いをしていた。
彼に「なんでもない」と答えると、彼の眉がより一層ひそめられた。
私がどこに居ても見つけ出してくれそうな人がもう一人いた。
ひょっとして、もしかしたら私の母も探偵だったのかも。
そんな想像をしたら、おかしくてつい。
おかげで憂鬱だった気分がちょっとだけ晴れた。
ベイカー寮に続く廊下から私は空を覗き込んだ。
空全体が薄暗くて、濃い灰色の厚い雲がどこまでも広がっている。
雨がしとしと降っていた。
冬に降る雨はとても冷たい。ここに居るだけでも体がすっかり冷え切ってしまいそうだった。
私は右手を屋根よりも外側に差し出した。
細かく降る雨粒が手の平に落ちる。
廊下の屋根から落ちてきた大きな雫が手の平を伝って地面に吸い込まれていった。
だんだんと右手が氷みたいに冷えて、鈍く、かじかんできた。
私は手を引っ込めて、両手に温かい息を吹きかける。
両手から零れた吐息は白く雲って消えた。
こんな所で寄り道をして、風を引いてしまったら明後日のお芝居見に行けなくなるわよ。
……だって、カサをわすれたんだもの。朝はあんなに天気がよかったのに。
あらあら、困った子ね。だから持って行った方がいいって言ったでしょ。
おかあさん。どうして私がここにいるってわかったの?
貴方がどこで雨宿りしているかなんて、わかるわよ。貴女の母親ですもの。
屋根を打ち鳴らす雨音に混ざって、母の声が聞こえたような気がした。
あの日、傘を忘れてしまった私を迎えに来てくれた。
口を尖らせて拗ねた私に大きな赤い傘を傾けて、一緒にその傘に入って家まで帰った。
いつだって、母の声は優しかった。
「キリカ」
私の名前を呼ぶ声に、振り向いた。
そこには背が高くて、プラチナブロンドの髪の毛の男性が立っている。
シャーロックの姿を見て私は思い出した。今から彼の部屋を訪ねるつもりだったことを。
「こんな所で何を?なかなか来ないから、様子を見に来たんだ。先生に捉まっているのかと」
「ううん。違うの、ごめんなさい。ちょっと寄り道をしてたの。……最近雨の日が多いと思って」
授業が終わった後、職員室に呼ばれていた私はその事を彼に告げていた。
私が来るのが遅いから、きっとまたロイロット先生にでも叱られているんじゃないかって、そう思ったんだわ。
中庭に目を向けると、彼も私の見ている方へ視線を向けた。
草木が頭を重そうに垂れている。ここ数日はずっと灰色の世界を見ているような気がした。
シャーロックは組んでいた腕を解き、長い指先を揃えた手を空に向けた。
「人間は雨が続くと憂鬱な気分になる。君が最近元気がないのもそのせいだよ」
「うん。そうね」
「明日は久々に晴れるそうだ。さあ、こんな所にいたら冷えてしまう。さっきハドソン夫人が紅茶を持ってきてくれたんだ。冷めないうちに」
「ええ」
彼は空に向けていた手を廊下の奥へ向けて、私に進むよう促してくれた。
この国の男性は紳士的で、最初は戸惑うことが多かった。
日本ではレディファーストの習慣がなかったもの。
そういえば、どうしてシャーロックは私のいる場所がわかったのかしら。
ここは彼の部屋の窓からは遠すぎて見えないはず。
「ねえ、シャーロック。どうして私の居場所がわかったの?」
「そんなの簡単さ。君は職員室に寄っていた。そこからベイカー寮に続く道はこの廊下を通るか、中庭を横切るかだ。雨が降っているから、屋根のある道を君は選ぶはずだ。だからこの廊下を辿っていけばいずれ君と出会える」
「私の行動パターンって、読みやすいのかしら」
「そうとも言い切れない。……何かおかしいことでも?」
彼が怪訝そうな顔で私を見ていた。
それもそのはず。いつの間にか私は思い出し笑いをしていた。
彼に「なんでもない」と答えると、彼の眉がより一層ひそめられた。
私がどこに居ても見つけ出してくれそうな人がもう一人いた。
ひょっとして、もしかしたら私の母も探偵だったのかも。
そんな想像をしたら、おかしくてつい。
おかげで憂鬱だった気分がちょっとだけ晴れた。