S・H人形劇
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ヤキモチヤキ2
「ハドソン夫人、私も手伝います」
「あら、いつもありがとう。さあ、みんなひとり一枚ずつとってね~!」
キリカとハドソン夫人が恒例のクッキーの配膳を始めた。
彼女が席を外すより二十分前。そう、事の発端はそこから始まったんだ。
夕食の時間、ぼくらはいつも通り食堂へ向かった。
席順は決まっていないから、空いている席に適当に座るんだ。
今夜はホームズの隣にぼく、向かい側にキリカが座っていた。ここまではいつも通りだ。
だけど、あとからロス先輩がやってきて「ここ、空いてる?今日は席を取り損ねちゃってね」と彼女の隣に座ったんだ。
間髪いれずホームズが「あっちの席も空いてますよ」と指を差したけど、直後に別の生徒が腰掛けてしまった。
だから、必然的にダンカン・ロスはここに座るしかなくなった。
ホームズの機嫌は急降下。イライラ指数は最高潮で、冷静でいて不機嫌な様子。
ぼくには温かいスープがとても冷たく感じた。むしろ味がわからないぐらい、この場の空気が凍り付いていた。
こんなぼくの心境とホームズの様子も知らず、先輩とキリカは楽しそうに会話を弾ませていた。
「ロスは雪が降った後も外で絵を描くの?」
「もちろん。冬こそ雪の積もった景色が美しいからね。白の世界が素敵なんだ」
「夢中になりすぎて凍ってしまわないようにね」
「ははっ。雪だるまにならないように気を付けるよ」
実に楽しそうだ。
テーブル一つ挟んだだけなのに、随分と温度差がある。
さっきからホームズは黙々と食事をしていた。
彼は推理に集中していると黙ることが多い。そういう時は話しかけても反応がないか「うるさい」と返される。
その時とはまた違った無言の怖さがある。こんなにもホームズの無言が怖いと思ったのは初めてだ。
パンを千切る手つきも少々乱暴な気がしてならない。
「ワトソンはクラブに入らないのかい?」
「い、今はまだ考えてないんです。クラブに入ったら壁新聞を書く時間もなくなるしなあと思って」
急に話を振られたぼくは思わず飛び上がりそうになった。
声が裏返ってしまうし、きっと口元も引きつっていたに違いない。
「壁新聞、いつも読ませてもらってるよ。君たち名コンビだと思う」
「私もそう思うわ」
「あ、ありがとう」
壁新聞のことを誉められて嬉しいはずが、今はちっともそんな気持ちが湧かなかった。
それでも、嬉しくて照れてしまうなあというジェスチャーを見せた。
そうだ。これを皮切りにこの場の雰囲気をどうにかできるかもしれない。
話の糸口さえ掴めれば。そう意気込んだ矢先、ハドソン夫人がデザートのクッキーを配る時間になったんだ。
大きなバスケットに零れ落ちそうなほど山盛りのクッキーを乗せて、歌いながらテーブルを回り始める。
彼女はいつも夫人の手伝いをしていた。今日も例に漏れず、クッキーを配るのを手伝いに行ったというわけだ。
数分後。ぼくも一緒に行けば良かったと後悔していた。
いや、でもこの二人だけを残しても険悪な雰囲気は続いたままだろう。
むしろ悪化していたかもしれない。
それならぼくがストッパーとして役立つなら、席に留まっていた方がいい。
ぼくは前向きにそう考えて、小さなパンを千切って欠片を口に放り込んだ。
とは言え、無言の晩餐が続いていた。
沈黙がやっぱり辛い。何か差し障りのない話題はないだろうか。
つい最近の面白い出来事を思い出し、かつホームズも話にくいついてくれそうな話題を探していた。
「ホームズ。ぼくがここに座ったことが余程気に入らないみたいだね」
ぼくが頭を捻って考えていた努力も空しく、ロス先輩が先に話を切り出してしまった。
しかも直球すぎる質問。思わずぼくはホームズの方を振り向いた。
彼は涼しげな顔でグラスの水を飲んでいる。
「ご冗談を」
「そうかな?さっきから随分不機嫌そうだけど」
「気のせいじゃないですか」
ホームズの声に抑揚はない。
ピリピリとした空気を肌で感じ取れる。一触即発とはまさにこのことじゃないか。
なんだか前にも似たようなことがあった気がする。その時も先輩が関わっていたような。
遠くのテーブルからハドソン夫人の陽気な歌声が聞こえてくる。
「相変わらず愛想がない。君らしいと言えば君らしいのかな」
「何が言いたいんです」
彼の声に苛立ちの色が見えた。
ふと視線を下げてみると、既に食事を終えていた。
お皿にナイフとフォークがきれいに揃えてある。
逆にぼくの皿の上はまだチキンと野菜が残っていた。
「あんまり突っぱねてると、彼女に愛想尽かされるんじゃないかってこと」
「別にぼくは彼女の前で突っぱねたことはないですよ」
「……自由奔放に振舞ってはいるけどね」
つい、口が滑ってしまった。
二人のやり取りに口を挟むつもりはなかったんだけど。つい。
ホームズの視線がぼくに突き刺さる。せめて何か言ってくれればいいのに、何も言わない。
ぼくは慌てて口をつぐんだ。
すると目の前でロス先輩が面白そうに笑い出した。
「君たち、本当に面白いな。それに彼女、キリカも君たちと居ると楽しそうだ」
「……あの、先輩はいつからキリカと知り合いなんですか?」
「ぼくかい。結構前だよ。彼女が留学してきた頃じゃないかな。校内で迷子になってたから案内したんだ」
「へえ。そうだったんですか。先輩、いい所あるんですね」
「どうも。彼女、人見知りが激しかったけど今じゃもうすっかり慣れてる。英語も上手くなった」
先輩は愛おしそうな、それでいて見守るような目を隣のテーブルに向けた。
そこにはハドソン夫人と共にクッキーを配り歩いているキリカがいる。
あの頃と比べればよく笑うようになったと思う。それはぼくも同じように感じていた。
ロス先輩の口元に笑みが綻んだ。
「健気で努力家で、可愛いよね」
「あの、もしかして先輩は」
「うん。もちろん、彼女のこと好きだよ」
にこにこと笑いながら先輩はそう言った。
それが友達としてなのか、異性としてなのか。ぼくには聞くことができなかった。
ホームズの目が僅かに見開いた気がした。
普段、誰が誰を好きになろうと興味なんて持たない。自分には関係ないと言っていた彼がだ。
この時ばかりは動揺の色が見えた気がした。
でも、先輩の言っていることが本当かどうかはわからない。もしかしたらぼく達をからかっているのかも。
人が心の中で何を考えているか、他人の目には見えないものだ。
だから心から人を信頼するのは難しい。そう言っていたのはホームズだ。
ホームズが軽蔑するような冷たい目を先輩に向けた。まるで威圧的で、睨みつけるような感じだ。
「そういう風に軽い気持ちで近づくと痛い目に合いますよ」
「厳しい言い方だな。彼女が魔性の女とでも言いたいのか?ぼくはそう思わないけど。彼女、とてもいい子だよ」
「知ってますよ」
なんともいえない、この微妙な空気。気のせいか息苦しくも感じられた。
一方は真顔で冷静沈着だし、もう一方は笑顔でいてどこか裏がありそうだ。
とにかく、この温度差にぼくは到底慣れることができそうになかった。
誰か救いの手をと祈る始末で、その時ちょうどぼくの願いが届いた。
「あらあら。ここはなんだか空気が悪いわねえ。ほら、私が焼いたクッキーでも食べて機嫌を直しなさいな」
「結構です」
「ぼくは頂きます。ありがとうございます」
「あ、ぼくも」
ホームズはぴしゃりと断っていたけど、先輩とぼくは素直にハドソン夫人からクッキーを貰った。
ぼくらの後ろにいるキリカがバスケットを持ったまま体をかがめた。そしてぼくたち二人だけに聞こえるように囁く。
「今日は私が生地をこねたから、大丈夫よ」と、わざわざ教えてくれた。
そしてホームズの皿に一枚クッキーを乗せた。
彼は何も言わない。テーブルに肘をついてそっぽを向いている。
もう限界だ。ぼくは彼女に手招きをして、こっそり耳打ちをした。
「そろそろ戻ってきてくれないかな」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
君のことでこの一角だけが険悪になっている、なんてとても言えない。
けど、これ以上耐えられないし、ぼくにどうにか出来そうもなかった。
キリカは持っていたバスケットをハドソン夫人に預けて、自分の席に回りこんだ。
席に着くと、実に心配そうにぼくらの顔を見回す。
「何かあったの?」
「いや、なにも。配膳お疲れさま、キリカ」
「ありがとう、ロス」
このテーブルであった出来事を彼女に打ち明けたのは遠い未来。
その時は笑い話になるだろうけど、今は知らない方がいいと思った。
だから、ぼくは「君と話がしたかったんだよ」と誤魔化しておいたんだ。
「ハドソン夫人、私も手伝います」
「あら、いつもありがとう。さあ、みんなひとり一枚ずつとってね~!」
キリカとハドソン夫人が恒例のクッキーの配膳を始めた。
彼女が席を外すより二十分前。そう、事の発端はそこから始まったんだ。
夕食の時間、ぼくらはいつも通り食堂へ向かった。
席順は決まっていないから、空いている席に適当に座るんだ。
今夜はホームズの隣にぼく、向かい側にキリカが座っていた。ここまではいつも通りだ。
だけど、あとからロス先輩がやってきて「ここ、空いてる?今日は席を取り損ねちゃってね」と彼女の隣に座ったんだ。
間髪いれずホームズが「あっちの席も空いてますよ」と指を差したけど、直後に別の生徒が腰掛けてしまった。
だから、必然的にダンカン・ロスはここに座るしかなくなった。
ホームズの機嫌は急降下。イライラ指数は最高潮で、冷静でいて不機嫌な様子。
ぼくには温かいスープがとても冷たく感じた。むしろ味がわからないぐらい、この場の空気が凍り付いていた。
こんなぼくの心境とホームズの様子も知らず、先輩とキリカは楽しそうに会話を弾ませていた。
「ロスは雪が降った後も外で絵を描くの?」
「もちろん。冬こそ雪の積もった景色が美しいからね。白の世界が素敵なんだ」
「夢中になりすぎて凍ってしまわないようにね」
「ははっ。雪だるまにならないように気を付けるよ」
実に楽しそうだ。
テーブル一つ挟んだだけなのに、随分と温度差がある。
さっきからホームズは黙々と食事をしていた。
彼は推理に集中していると黙ることが多い。そういう時は話しかけても反応がないか「うるさい」と返される。
その時とはまた違った無言の怖さがある。こんなにもホームズの無言が怖いと思ったのは初めてだ。
パンを千切る手つきも少々乱暴な気がしてならない。
「ワトソンはクラブに入らないのかい?」
「い、今はまだ考えてないんです。クラブに入ったら壁新聞を書く時間もなくなるしなあと思って」
急に話を振られたぼくは思わず飛び上がりそうになった。
声が裏返ってしまうし、きっと口元も引きつっていたに違いない。
「壁新聞、いつも読ませてもらってるよ。君たち名コンビだと思う」
「私もそう思うわ」
「あ、ありがとう」
壁新聞のことを誉められて嬉しいはずが、今はちっともそんな気持ちが湧かなかった。
それでも、嬉しくて照れてしまうなあというジェスチャーを見せた。
そうだ。これを皮切りにこの場の雰囲気をどうにかできるかもしれない。
話の糸口さえ掴めれば。そう意気込んだ矢先、ハドソン夫人がデザートのクッキーを配る時間になったんだ。
大きなバスケットに零れ落ちそうなほど山盛りのクッキーを乗せて、歌いながらテーブルを回り始める。
彼女はいつも夫人の手伝いをしていた。今日も例に漏れず、クッキーを配るのを手伝いに行ったというわけだ。
数分後。ぼくも一緒に行けば良かったと後悔していた。
いや、でもこの二人だけを残しても険悪な雰囲気は続いたままだろう。
むしろ悪化していたかもしれない。
それならぼくがストッパーとして役立つなら、席に留まっていた方がいい。
ぼくは前向きにそう考えて、小さなパンを千切って欠片を口に放り込んだ。
とは言え、無言の晩餐が続いていた。
沈黙がやっぱり辛い。何か差し障りのない話題はないだろうか。
つい最近の面白い出来事を思い出し、かつホームズも話にくいついてくれそうな話題を探していた。
「ホームズ。ぼくがここに座ったことが余程気に入らないみたいだね」
ぼくが頭を捻って考えていた努力も空しく、ロス先輩が先に話を切り出してしまった。
しかも直球すぎる質問。思わずぼくはホームズの方を振り向いた。
彼は涼しげな顔でグラスの水を飲んでいる。
「ご冗談を」
「そうかな?さっきから随分不機嫌そうだけど」
「気のせいじゃないですか」
ホームズの声に抑揚はない。
ピリピリとした空気を肌で感じ取れる。一触即発とはまさにこのことじゃないか。
なんだか前にも似たようなことがあった気がする。その時も先輩が関わっていたような。
遠くのテーブルからハドソン夫人の陽気な歌声が聞こえてくる。
「相変わらず愛想がない。君らしいと言えば君らしいのかな」
「何が言いたいんです」
彼の声に苛立ちの色が見えた。
ふと視線を下げてみると、既に食事を終えていた。
お皿にナイフとフォークがきれいに揃えてある。
逆にぼくの皿の上はまだチキンと野菜が残っていた。
「あんまり突っぱねてると、彼女に愛想尽かされるんじゃないかってこと」
「別にぼくは彼女の前で突っぱねたことはないですよ」
「……自由奔放に振舞ってはいるけどね」
つい、口が滑ってしまった。
二人のやり取りに口を挟むつもりはなかったんだけど。つい。
ホームズの視線がぼくに突き刺さる。せめて何か言ってくれればいいのに、何も言わない。
ぼくは慌てて口をつぐんだ。
すると目の前でロス先輩が面白そうに笑い出した。
「君たち、本当に面白いな。それに彼女、キリカも君たちと居ると楽しそうだ」
「……あの、先輩はいつからキリカと知り合いなんですか?」
「ぼくかい。結構前だよ。彼女が留学してきた頃じゃないかな。校内で迷子になってたから案内したんだ」
「へえ。そうだったんですか。先輩、いい所あるんですね」
「どうも。彼女、人見知りが激しかったけど今じゃもうすっかり慣れてる。英語も上手くなった」
先輩は愛おしそうな、それでいて見守るような目を隣のテーブルに向けた。
そこにはハドソン夫人と共にクッキーを配り歩いているキリカがいる。
あの頃と比べればよく笑うようになったと思う。それはぼくも同じように感じていた。
ロス先輩の口元に笑みが綻んだ。
「健気で努力家で、可愛いよね」
「あの、もしかして先輩は」
「うん。もちろん、彼女のこと好きだよ」
にこにこと笑いながら先輩はそう言った。
それが友達としてなのか、異性としてなのか。ぼくには聞くことができなかった。
ホームズの目が僅かに見開いた気がした。
普段、誰が誰を好きになろうと興味なんて持たない。自分には関係ないと言っていた彼がだ。
この時ばかりは動揺の色が見えた気がした。
でも、先輩の言っていることが本当かどうかはわからない。もしかしたらぼく達をからかっているのかも。
人が心の中で何を考えているか、他人の目には見えないものだ。
だから心から人を信頼するのは難しい。そう言っていたのはホームズだ。
ホームズが軽蔑するような冷たい目を先輩に向けた。まるで威圧的で、睨みつけるような感じだ。
「そういう風に軽い気持ちで近づくと痛い目に合いますよ」
「厳しい言い方だな。彼女が魔性の女とでも言いたいのか?ぼくはそう思わないけど。彼女、とてもいい子だよ」
「知ってますよ」
なんともいえない、この微妙な空気。気のせいか息苦しくも感じられた。
一方は真顔で冷静沈着だし、もう一方は笑顔でいてどこか裏がありそうだ。
とにかく、この温度差にぼくは到底慣れることができそうになかった。
誰か救いの手をと祈る始末で、その時ちょうどぼくの願いが届いた。
「あらあら。ここはなんだか空気が悪いわねえ。ほら、私が焼いたクッキーでも食べて機嫌を直しなさいな」
「結構です」
「ぼくは頂きます。ありがとうございます」
「あ、ぼくも」
ホームズはぴしゃりと断っていたけど、先輩とぼくは素直にハドソン夫人からクッキーを貰った。
ぼくらの後ろにいるキリカがバスケットを持ったまま体をかがめた。そしてぼくたち二人だけに聞こえるように囁く。
「今日は私が生地をこねたから、大丈夫よ」と、わざわざ教えてくれた。
そしてホームズの皿に一枚クッキーを乗せた。
彼は何も言わない。テーブルに肘をついてそっぽを向いている。
もう限界だ。ぼくは彼女に手招きをして、こっそり耳打ちをした。
「そろそろ戻ってきてくれないかな」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
君のことでこの一角だけが険悪になっている、なんてとても言えない。
けど、これ以上耐えられないし、ぼくにどうにか出来そうもなかった。
キリカは持っていたバスケットをハドソン夫人に預けて、自分の席に回りこんだ。
席に着くと、実に心配そうにぼくらの顔を見回す。
「何かあったの?」
「いや、なにも。配膳お疲れさま、キリカ」
「ありがとう、ロス」
このテーブルであった出来事を彼女に打ち明けたのは遠い未来。
その時は笑い話になるだろうけど、今は知らない方がいいと思った。
だから、ぼくは「君と話がしたかったんだよ」と誤魔化しておいたんだ。