S・H人形劇
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紙飛行機の謎2 後編
放課後。私が校内を散策していた時だった。
ちょうど音楽室の前を通りかかった時、中から弦楽器の音色が聞こえてきた。
静かに、優しい子守唄のような音の調べ。
一体誰がヴァイオリンを弾いているんだろう。
私は音楽室の前に立ち止まって、ドアをそっと開けた。ヴァイオリンの音色が一際響いてくる。
ドアの隙間から窺うと、彼が、シャーロックがヴァイオリンを奏でていた。
室内の埃が西日に照らされてきらきらとしている。
まるで一枚の絵画のよう。厳かな雰囲気が漂う中、彼は優雅に弾いていた。
それを見た私は中に入るのに踏みとどまっていた。邪魔をしちゃいけない。
そう思ったのもあるけれど、この優しい音色をまだ聞いていたかった。
彼は独特の才能を持っていて、度々私を驚かせてくれる。
成績は悪い、なんて自負していたけど化学はずば抜けて良い。
考え方も理論的で筋が通っているし、周りが見落としがちな小さなことも見逃さない。
とても同い年には見えないもの。それとも、私が幼すぎるのかしら。
シャーロックだけじゃなく、ジョンだって日本人の同年代と比べたら大人びている。
ヴァイオリンが奏でていた響きがおさまった。ゆっくりと彼が弓を持つ手を下ろす。
そのタイミングを見計らって私はドアの隙間から体を滑り込ませた。
両手をぱちぱちと打ち鳴らす。振り向いた彼はすごく驚いていた。
「すごい。なんて素晴らしいの。……あっ、こっそり聞いててごめんなさい」
「いや、構わない。来ていたのに気がつかなかったよ」
「ついさっき来たの。シャーロック、ヴァイオリンが弾けるのね」
彼はあまり自分のことを話したがらない。時々思い立ったように好きなものを語ったりする。
部屋ではいつも化学の実験をしている。それ以外は事件の謎解きをしているのをよく見かけた。
私が訪ねていった時は話し相手になってくれる。そういえば、友人のシャーマンが「彼はいつも人の話を聞かない。でも、キリカの話は聞いているんだね」と言っていた。
「部屋で弾くと隣人がうるさいんだ。音楽の素晴らしさがわからない人には騒音にしか聞こえないようだよ」
「私にはヴァイオリンが歌っているような、綺麗な音色だったわ」
お世辞なんかじゃなくて、素直にそう思った言葉が自然と出ていた。
すると、普段は見せない笑みがシャーロックの表情に浮かんだ。
「君の心には響いて何よりだ。少し計算が狂ってしまったけど。……しばらくぶりだから、練習していたんだ。それから君に聞かせようと思っていた」
「私に?」
「もう一曲弾いても?」
私が「どうぞ」と答えるとシャーロックがヴァイオリンを構える。
弦が静かに、ゆっくりと震え始めた。その曲は私にも聞き覚えのあるメロディだった。
懐かしい気持ちで胸が満たされていた。どうして彼が日本の曲を知っているのだろう。
あの曲は海外でも有名なほど売れていたのか。ああ、それとも私が口ずさんでいたのを聞いていたのかしら。
私が一番好きな曲。思い出がいっぱい詰まっている。
やがてヴァイオリンの音色が止み、私は小さな拍手を送った。
いつの間にか私は少しだけ涙ぐんでいた。彼に気づかれないように目尻を指ではらう。
彼には、シャーロックには全部、見透かされていたのかもしれない。
彼があの日と同じ質問をしてきた。
「キリカ。君はどうしてイギリスに?」
あの日、シャーロックと初めて話をした日。私は嘘をついていた。
日本からイギリスに来たのは留学の為じゃない。けれど、それ以外の理由が思いつかなかった。
留学という名目ならばそう敬遠もされないだろうから、と。
でも、もう嘘をつき続けるのも限界みたい。
「私、日本にはもう帰る場所がないの。帰る場所がない私をイギリスの叔母が引き取ってくれた」
「君は生粋の日本人に見えるけれど?」
「私は日本人よ。親族がちょっとフクザツなの。……でも世話になるのも申し訳なくて、イギリスの叔母の家には居られなかったわ。だから、全寮制である此処に行きたいって言ったの」
「なるほど。……失礼だけど、ご両親は」
その質問に私は目を閉じて、静かに首を横に振った。
瞼には両親の姿がぼんやりと浮かぶ。目を開けるとその幻影はすぐに消えてしまった。
「交通事故で二人とも亡くなったの。秋が深まった頃だった」
「……辛いことを思い出させてしまったようだね」
「気にしないで。一人でも頑張ろうって決めたから。でも、こうして心細くなっていたらどうしようもないわね」
にっこりと私は笑いかけたつもりだった。心配をかけないようにと。でも、それはどこか違和感があったのかもしれない。
だって、自分でも声が震えていたのはわかっていたし、何よりも目の前の友人が居た堪れない顔をしていたから。
「……ぼくたちには君の親代わりになることはできないけど、友人として側にいることはできる。ぼくだけじゃない、ワトソンだってそうさ」
「ありがとう」
「そろそろ入ってきたらどうだい、ワトソンくん」
ふと、シャーロックが視線を入り口に向けてそう言った。
振り向くと、栗色の頭がさっと隠れるのが見えた。間もなく、ひょっこりと顔を出す。
ジョンの青い目と合った私は慌てて溢れてきそうな涙を拭った。
「ホームズ、なんでわかったんだい。ぼくがいるってこと」
彼の腕には花束が抱えられていた。群青色の花。アヤメのようにも見えた。
白い紙で包まれていて、その色をきれいに際立たせている。
「アイリス。これは立ち入り禁止区域に咲いている花だ」
「場所までわかるなんて、さすがホームズ。花束にするのに時間がかかっちゃって」
「日本にもよく似た花があるわ。きれいね」
「喜んでもらえたようで良かった。キリカが元気になるようにと思って摘んできたんだよ」
「え?」
「君はひとりぼっちなんかじゃない。ホームズも言ってたように、ぼくたち友達じゃないか」
ふわりと漂った花の香りがとても優しく感じられました。
同時に故郷の風景、あの場所が浮かんできました。
母様、父様。私はとても優しい友人に恵まれています。
放課後。私が校内を散策していた時だった。
ちょうど音楽室の前を通りかかった時、中から弦楽器の音色が聞こえてきた。
静かに、優しい子守唄のような音の調べ。
一体誰がヴァイオリンを弾いているんだろう。
私は音楽室の前に立ち止まって、ドアをそっと開けた。ヴァイオリンの音色が一際響いてくる。
ドアの隙間から窺うと、彼が、シャーロックがヴァイオリンを奏でていた。
室内の埃が西日に照らされてきらきらとしている。
まるで一枚の絵画のよう。厳かな雰囲気が漂う中、彼は優雅に弾いていた。
それを見た私は中に入るのに踏みとどまっていた。邪魔をしちゃいけない。
そう思ったのもあるけれど、この優しい音色をまだ聞いていたかった。
彼は独特の才能を持っていて、度々私を驚かせてくれる。
成績は悪い、なんて自負していたけど化学はずば抜けて良い。
考え方も理論的で筋が通っているし、周りが見落としがちな小さなことも見逃さない。
とても同い年には見えないもの。それとも、私が幼すぎるのかしら。
シャーロックだけじゃなく、ジョンだって日本人の同年代と比べたら大人びている。
ヴァイオリンが奏でていた響きがおさまった。ゆっくりと彼が弓を持つ手を下ろす。
そのタイミングを見計らって私はドアの隙間から体を滑り込ませた。
両手をぱちぱちと打ち鳴らす。振り向いた彼はすごく驚いていた。
「すごい。なんて素晴らしいの。……あっ、こっそり聞いててごめんなさい」
「いや、構わない。来ていたのに気がつかなかったよ」
「ついさっき来たの。シャーロック、ヴァイオリンが弾けるのね」
彼はあまり自分のことを話したがらない。時々思い立ったように好きなものを語ったりする。
部屋ではいつも化学の実験をしている。それ以外は事件の謎解きをしているのをよく見かけた。
私が訪ねていった時は話し相手になってくれる。そういえば、友人のシャーマンが「彼はいつも人の話を聞かない。でも、キリカの話は聞いているんだね」と言っていた。
「部屋で弾くと隣人がうるさいんだ。音楽の素晴らしさがわからない人には騒音にしか聞こえないようだよ」
「私にはヴァイオリンが歌っているような、綺麗な音色だったわ」
お世辞なんかじゃなくて、素直にそう思った言葉が自然と出ていた。
すると、普段は見せない笑みがシャーロックの表情に浮かんだ。
「君の心には響いて何よりだ。少し計算が狂ってしまったけど。……しばらくぶりだから、練習していたんだ。それから君に聞かせようと思っていた」
「私に?」
「もう一曲弾いても?」
私が「どうぞ」と答えるとシャーロックがヴァイオリンを構える。
弦が静かに、ゆっくりと震え始めた。その曲は私にも聞き覚えのあるメロディだった。
懐かしい気持ちで胸が満たされていた。どうして彼が日本の曲を知っているのだろう。
あの曲は海外でも有名なほど売れていたのか。ああ、それとも私が口ずさんでいたのを聞いていたのかしら。
私が一番好きな曲。思い出がいっぱい詰まっている。
やがてヴァイオリンの音色が止み、私は小さな拍手を送った。
いつの間にか私は少しだけ涙ぐんでいた。彼に気づかれないように目尻を指ではらう。
彼には、シャーロックには全部、見透かされていたのかもしれない。
彼があの日と同じ質問をしてきた。
「キリカ。君はどうしてイギリスに?」
あの日、シャーロックと初めて話をした日。私は嘘をついていた。
日本からイギリスに来たのは留学の為じゃない。けれど、それ以外の理由が思いつかなかった。
留学という名目ならばそう敬遠もされないだろうから、と。
でも、もう嘘をつき続けるのも限界みたい。
「私、日本にはもう帰る場所がないの。帰る場所がない私をイギリスの叔母が引き取ってくれた」
「君は生粋の日本人に見えるけれど?」
「私は日本人よ。親族がちょっとフクザツなの。……でも世話になるのも申し訳なくて、イギリスの叔母の家には居られなかったわ。だから、全寮制である此処に行きたいって言ったの」
「なるほど。……失礼だけど、ご両親は」
その質問に私は目を閉じて、静かに首を横に振った。
瞼には両親の姿がぼんやりと浮かぶ。目を開けるとその幻影はすぐに消えてしまった。
「交通事故で二人とも亡くなったの。秋が深まった頃だった」
「……辛いことを思い出させてしまったようだね」
「気にしないで。一人でも頑張ろうって決めたから。でも、こうして心細くなっていたらどうしようもないわね」
にっこりと私は笑いかけたつもりだった。心配をかけないようにと。でも、それはどこか違和感があったのかもしれない。
だって、自分でも声が震えていたのはわかっていたし、何よりも目の前の友人が居た堪れない顔をしていたから。
「……ぼくたちには君の親代わりになることはできないけど、友人として側にいることはできる。ぼくだけじゃない、ワトソンだってそうさ」
「ありがとう」
「そろそろ入ってきたらどうだい、ワトソンくん」
ふと、シャーロックが視線を入り口に向けてそう言った。
振り向くと、栗色の頭がさっと隠れるのが見えた。間もなく、ひょっこりと顔を出す。
ジョンの青い目と合った私は慌てて溢れてきそうな涙を拭った。
「ホームズ、なんでわかったんだい。ぼくがいるってこと」
彼の腕には花束が抱えられていた。群青色の花。アヤメのようにも見えた。
白い紙で包まれていて、その色をきれいに際立たせている。
「アイリス。これは立ち入り禁止区域に咲いている花だ」
「場所までわかるなんて、さすがホームズ。花束にするのに時間がかかっちゃって」
「日本にもよく似た花があるわ。きれいね」
「喜んでもらえたようで良かった。キリカが元気になるようにと思って摘んできたんだよ」
「え?」
「君はひとりぼっちなんかじゃない。ホームズも言ってたように、ぼくたち友達じゃないか」
ふわりと漂った花の香りがとても優しく感じられました。
同時に故郷の風景、あの場所が浮かんできました。
母様、父様。私はとても優しい友人に恵まれています。