S・H人形劇
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紙飛行機の謎2 前編
それはぼくがベイカー寮に帰ろうとしている時のことだった。
図書室から借りた本を大事に抱えて、鼻歌を歌いながら歩いていた。
ふと、どこからか歌声が聞こえてきたんだ。けれど周りを見ても誰も居ない。
歩いてきた廊下、中庭をぐるりと見渡した後、ぼくは校舎を見上げた。
歌声の主は校舎の四階、音楽室に居た。開けた窓から遠くを眺めている。
風に黒い髪がなびいた。遠くからでもわかる。キリカだ。あんな所で何をしているんだろう。
掃除当番だったのかもしれない。それで、終わった後に歌を歌っていたとか。
ぼくの存在にはどうやら気づいていないようだ。また思い出したように歌を口ずさみ始めた。
きれいな歌声だ。日本語で歌っているから歌詞はわからない。でも、透き通ったきれいな歌声だった。
だけど、どこか物悲しいそんな印象がある。哀しい内容の歌なのかな。
できればずっと聞いていたかったけど、風も冷たくなってきた。
ぼくはキリカの歌声を背にして足早にベイカー寮へ向かうことにした。
*
221B室に戻ってくると、ホームズが「おかえり」と声をかけてくれた。
彼は紙飛行機を手に持って窓際に座っていた。
また紙飛行機を飛ばしているのか。新たな謎でも生まれたのかなと、最初ぼくは思った。
でも、どうやら違うようだ。彼は手に一つしか紙飛行機を持っていない。
それをじっと眺めて、高く持ち上げてみたり投げる真似をしていたりした。
「ワトソン、君は紙飛行機を上手く飛ばせるかい」
「たぶん。それなりには」
「飛ばしてみてくれないか」
ホームズは急にそう問いを投げかけてきて、ぼくに紙飛行機を渡した。
一体なんだっていうんだろう。ぼくは首を傾げながらその紙飛行機を飛ばした。
それはすいっとは飛ばずに、すぐに落下してしまった。
うまく飛ばなかったな。ぼくは紙飛行機を拾い上げた。
「その紙飛行機、彼女があの時飛ばしたやつなんだ」
「……あ、本当だ。内側に教科書の頁数が書いてあるね」
「ぼくもその紙飛行機は上手く飛ばせないんだ。彼女だけが上手く飛ばせる」
「不思議だね。あ、そういえばさっき音楽室に居たよ。歌を歌ってた。日本の歌だと思うんだけど、なんだか寂しげな気がしたよ」
ぼくは紙飛行機をホームズに返した。彼はそれを受け取ると、またじっと見つめだした。
理由はどうあれ、彼女のことを気にしているんだとぼくは思う。
「キリカ、だいぶ英語が上達したと思うんだ」
「ぼくもそう思うよ。彼女は優秀だ。だけど、まだ問題を抱えている」
「え?」
「ワトソン、おかしいと思わないか。彼女が"留学生として"ここに来たというのが。あんな中途半端な時期に来るのはおかしい」
「うーん。転校してくるのとはまた違うかもしれないね」
「何か別の事情があったからに違いない」
「別の事情?」
ぼくはオウムのように聞き返した。ホームズのことだから、もう何もかもわかっていると思っていた。
でも、どうやらまだこの謎については推理中のようだ。彼は部屋の中をぐるぐると歩き回り始めた。手に紙飛行機を持ったまま。
「それはまだわからない。彼女、人付き合いが悪いみたいだから他の人から情報が得られていない」
「君に人付き合いが悪いだなんて言われるのもなあ」
「ただ、一つだけわかることがある」
「また聞いてないね。…で、それはなに?」
「彼女はホームシックに陥っている」
まさかそんなこと。ぼくは信じられなかった。
だって、そんな様子ぼくたちの前では見たことがなかった。
「日本に帰りたいってこと?」
「恐らくは。ハドソン夫人に環境に慣れてきたと言われていたけど、ぼくはそう思わない。彼女はまだこの学校に馴染めていないよ。彼女は他の女子生徒に比べておとなしい性格だ。お国柄のせいもあるかもしれない。普通、女子は女子同士でグループを作って過ごす。でも、彼女はグループに入れなかった。言葉の壁もあったから尚更だ。人という生き物は拠り所がないと生きていけないものだよ。家族、恋人、友達、家。彼女はどこにも属すことができなかった」
早口で推理を話すホームズにぼくは唖然としていた。
彼女は一言もそんなこと話さなかった。でも、思い返せばぼくが話しかけたときも一人だったし、たまに女子生徒と話しているのを見かけたけど、いつもじゃない。
日本のことは色々と聞いたけど、家族のことは話してくれなかった。クリスマス休みの話も、家に帰るとかそういう話を聞いていない。
彼女は本当にひとりぼっちなんだろうか。そう思うと、ぼくは胸の奥がずきりと痛んだ。
「でも、キリカはぼくたちと仲がいいじゃないか」
「そう、ぼくらとは割と話す方だと思う。それはなぜか?これだよ」
「紙飛行機?」
「文学の授業で寝ていたぼくに、次指名されることをこれで教えてくれた。本当に些細なきっかけだよ。これのおかげでぼくらは話すようになったんだから」
「もしかして君は、キリカが友達欲しさに君を起こしたっていうのかい」
「人は追い込まれたらどんな小さなチャンスも見逃さないものさ」
立ち止まったホームズとぼくは向かい合った。彼は冷静な表情をしている。
ぼくだってこの学校で友達は少ない方だ。でも友達になるきっかけなんて関係ない。
今が仲良しならそれでいいじゃないか。
「じゃあ、聞くけど。どうしてあの時、君はキリカに話しかけたんだい。君だって人付き合いが悪い方だ。いつもなら何もなかったように振舞ったと思う」
「それは」
ホームズが目を逸らした。バツが悪そうな顔。
自信満々に推理を立てたけど、きっと自分の中で小さな矛盾が見つかったんだ。
「ねえ、ホームズ。友達になるきっかけなんて関係ないじゃないか。それよりも今はキリカを励まさなきゃ。彼女、哀しい気持ちで一杯で落ち込んでいるんだ」
「励ますって、どうやって」
「それは、例えば……花を贈るとか」
「誕生日でもないのにそれはおかしい」
「誰かを励ます時だって贈るものだよ。……あとは、彼女が喜びそうなことをしてあげるとか」
ぼくなら好きな物や食べ物を貰ったら笑顔になる。
彼女もきっと好きなものをプレゼントされれば笑ってくれるはずだ。
ホームズは顎に手を当てて考えていた。そして何か閃いたのか、ぽつりと呟いた。
「喜ぶこと、か。……それならぼくにも一つできそうなことがある」
その場でホームズがロフトスペースの方を振り向いた。
向かって右側がぼくのベッドスペースで、左がホームズのスペースだ。 ここからじゃ階段を上らないとホームズが見つめている物の正体がわからない。 でも、視線の高さからしてそこにある棚を見ているようだった。
それはぼくがベイカー寮に帰ろうとしている時のことだった。
図書室から借りた本を大事に抱えて、鼻歌を歌いながら歩いていた。
ふと、どこからか歌声が聞こえてきたんだ。けれど周りを見ても誰も居ない。
歩いてきた廊下、中庭をぐるりと見渡した後、ぼくは校舎を見上げた。
歌声の主は校舎の四階、音楽室に居た。開けた窓から遠くを眺めている。
風に黒い髪がなびいた。遠くからでもわかる。キリカだ。あんな所で何をしているんだろう。
掃除当番だったのかもしれない。それで、終わった後に歌を歌っていたとか。
ぼくの存在にはどうやら気づいていないようだ。また思い出したように歌を口ずさみ始めた。
きれいな歌声だ。日本語で歌っているから歌詞はわからない。でも、透き通ったきれいな歌声だった。
だけど、どこか物悲しいそんな印象がある。哀しい内容の歌なのかな。
できればずっと聞いていたかったけど、風も冷たくなってきた。
ぼくはキリカの歌声を背にして足早にベイカー寮へ向かうことにした。
*
221B室に戻ってくると、ホームズが「おかえり」と声をかけてくれた。
彼は紙飛行機を手に持って窓際に座っていた。
また紙飛行機を飛ばしているのか。新たな謎でも生まれたのかなと、最初ぼくは思った。
でも、どうやら違うようだ。彼は手に一つしか紙飛行機を持っていない。
それをじっと眺めて、高く持ち上げてみたり投げる真似をしていたりした。
「ワトソン、君は紙飛行機を上手く飛ばせるかい」
「たぶん。それなりには」
「飛ばしてみてくれないか」
ホームズは急にそう問いを投げかけてきて、ぼくに紙飛行機を渡した。
一体なんだっていうんだろう。ぼくは首を傾げながらその紙飛行機を飛ばした。
それはすいっとは飛ばずに、すぐに落下してしまった。
うまく飛ばなかったな。ぼくは紙飛行機を拾い上げた。
「その紙飛行機、彼女があの時飛ばしたやつなんだ」
「……あ、本当だ。内側に教科書の頁数が書いてあるね」
「ぼくもその紙飛行機は上手く飛ばせないんだ。彼女だけが上手く飛ばせる」
「不思議だね。あ、そういえばさっき音楽室に居たよ。歌を歌ってた。日本の歌だと思うんだけど、なんだか寂しげな気がしたよ」
ぼくは紙飛行機をホームズに返した。彼はそれを受け取ると、またじっと見つめだした。
理由はどうあれ、彼女のことを気にしているんだとぼくは思う。
「キリカ、だいぶ英語が上達したと思うんだ」
「ぼくもそう思うよ。彼女は優秀だ。だけど、まだ問題を抱えている」
「え?」
「ワトソン、おかしいと思わないか。彼女が"留学生として"ここに来たというのが。あんな中途半端な時期に来るのはおかしい」
「うーん。転校してくるのとはまた違うかもしれないね」
「何か別の事情があったからに違いない」
「別の事情?」
ぼくはオウムのように聞き返した。ホームズのことだから、もう何もかもわかっていると思っていた。
でも、どうやらまだこの謎については推理中のようだ。彼は部屋の中をぐるぐると歩き回り始めた。手に紙飛行機を持ったまま。
「それはまだわからない。彼女、人付き合いが悪いみたいだから他の人から情報が得られていない」
「君に人付き合いが悪いだなんて言われるのもなあ」
「ただ、一つだけわかることがある」
「また聞いてないね。…で、それはなに?」
「彼女はホームシックに陥っている」
まさかそんなこと。ぼくは信じられなかった。
だって、そんな様子ぼくたちの前では見たことがなかった。
「日本に帰りたいってこと?」
「恐らくは。ハドソン夫人に環境に慣れてきたと言われていたけど、ぼくはそう思わない。彼女はまだこの学校に馴染めていないよ。彼女は他の女子生徒に比べておとなしい性格だ。お国柄のせいもあるかもしれない。普通、女子は女子同士でグループを作って過ごす。でも、彼女はグループに入れなかった。言葉の壁もあったから尚更だ。人という生き物は拠り所がないと生きていけないものだよ。家族、恋人、友達、家。彼女はどこにも属すことができなかった」
早口で推理を話すホームズにぼくは唖然としていた。
彼女は一言もそんなこと話さなかった。でも、思い返せばぼくが話しかけたときも一人だったし、たまに女子生徒と話しているのを見かけたけど、いつもじゃない。
日本のことは色々と聞いたけど、家族のことは話してくれなかった。クリスマス休みの話も、家に帰るとかそういう話を聞いていない。
彼女は本当にひとりぼっちなんだろうか。そう思うと、ぼくは胸の奥がずきりと痛んだ。
「でも、キリカはぼくたちと仲がいいじゃないか」
「そう、ぼくらとは割と話す方だと思う。それはなぜか?これだよ」
「紙飛行機?」
「文学の授業で寝ていたぼくに、次指名されることをこれで教えてくれた。本当に些細なきっかけだよ。これのおかげでぼくらは話すようになったんだから」
「もしかして君は、キリカが友達欲しさに君を起こしたっていうのかい」
「人は追い込まれたらどんな小さなチャンスも見逃さないものさ」
立ち止まったホームズとぼくは向かい合った。彼は冷静な表情をしている。
ぼくだってこの学校で友達は少ない方だ。でも友達になるきっかけなんて関係ない。
今が仲良しならそれでいいじゃないか。
「じゃあ、聞くけど。どうしてあの時、君はキリカに話しかけたんだい。君だって人付き合いが悪い方だ。いつもなら何もなかったように振舞ったと思う」
「それは」
ホームズが目を逸らした。バツが悪そうな顔。
自信満々に推理を立てたけど、きっと自分の中で小さな矛盾が見つかったんだ。
「ねえ、ホームズ。友達になるきっかけなんて関係ないじゃないか。それよりも今はキリカを励まさなきゃ。彼女、哀しい気持ちで一杯で落ち込んでいるんだ」
「励ますって、どうやって」
「それは、例えば……花を贈るとか」
「誕生日でもないのにそれはおかしい」
「誰かを励ます時だって贈るものだよ。……あとは、彼女が喜びそうなことをしてあげるとか」
ぼくなら好きな物や食べ物を貰ったら笑顔になる。
彼女もきっと好きなものをプレゼントされれば笑ってくれるはずだ。
ホームズは顎に手を当てて考えていた。そして何か閃いたのか、ぽつりと呟いた。
「喜ぶこと、か。……それならぼくにも一つできそうなことがある」
その場でホームズがロフトスペースの方を振り向いた。
向かって右側がぼくのベッドスペースで、左がホームズのスペースだ。 ここからじゃ階段を上らないとホームズが見つめている物の正体がわからない。 でも、視線の高さからしてそこにある棚を見ているようだった。