S・H人形劇
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紙飛行機の謎
221Bのドアを開けると奇妙な光景がぼくたちの目に飛び込んできた。
部屋中に紙飛行機が散らばっていた。元々いつも散らかっているけど、今日はそれに加えてだ。
散らかってる物の持ち主は殆どがホームズ。勝手に片付けると怒るから、大体そのままにしている。
ホームズはこの部屋で紙飛行機を飛ばすことに夢中になっているようだった。
ぼくらが入ってきてもお構いなしだ。窓際で手に持っている紙飛行機をあらゆる角度から観察している。
ぼくは「彼は研究熱心なんだ」とハヅキさんにこっそり耳打ちをした。
小さく頷いたハヅキさんはぼくらの部屋をぐるりと見渡す。彼女の目に好奇心がきらりと芽生えていたような、そんな気もした。
それからホームズの方に目をやる。ちょうど彼が紙飛行機を手放した時だった。
一機の紙飛行機はすいっと直線状に飛んで、緩いカーブを描きながらソファの上に落ちた。
「お帰り、ワトソン。君が来客を連れてくるなんて珍しいな」
「キリカ・ハヅキさんだよ。君の方こそ、何してたの?」
ぼくが足元に落ちている紙飛行機を拾い上げようとしたらホームズに「触らないで!飛行距離、着地地点を測定しているんだ」と注意された。
そう言われても足の踏み場がない。うまく隙間を歩こうにも、うっかり紙飛行機を踏んでしまいそうだ。
「紙飛行機の飛ばしたときの速度、飛行距離、落下角度を調べているんだ。ハヅキさん、君に一つ尋ねても?」
「は、はいっ。なんですか?」
「君があの時、ぼくに向かって飛ばした紙飛行機。まるで操ったようにぼくの手元に落ちた。一体どんな折り方をしたらあんな風に飛ぶのか」
ホームズがゆっくりと彼女に尋ねた。発音も丁寧で、聞き取りやすい。
尋ねられた英語の文章を頭の中で日本語に作り変えているのか、ハヅキさんは少しの間黙っていた。
でもすぐに答えが見つかったみたいで、ぱっと顔を明るくして、くすりと笑みをこぼした。
「別に特別な折り方はしていないわ。紙飛行機の先端を少し折り曲げて、そっと飛ばしたぐらいよ」
そう言ってハヅキさんは紙を折る真似をして、見えない紙飛行機を飛ばした。
あの日飛ばしていた紙飛行機がぼくの目の前を飛んでいったような気さえした。
「なるほど。飛ばした者の手癖によって飛び方、距離が変わる。ワトソン、謎は解けたからもう触っても構わない」
ホームズの中で今回の謎が解けたようだ。ぼくは遠慮なく足元の飛行機を拾い上げた。
羊皮紙を千切ったもので折ったせいでいびつな羽をしている。その羽に番号が書かれていた。”3”と書かれている。
別の紙飛行機にも同じ場所に”14”とナンバリングされていた。
ぼくが紙飛行機を片付けている間、ホームズは手帳に今回の実験結果を書き込んでいた。
相変わらず無表情だけど、時々口元に笑みを浮かべていた。きっと満足がいく結果だったんだろう。
ちょうどぼくがハヅキさんをソファに案内した時だ。羽ペンを静かに置いて、手帳をぱたんと閉じる音がした。
「君たち、随分長い間外で話していたみたいだね」
「どうしてぼくらが外で話していたことがわかったんだ」
「二人とも鼻の頭が真っ赤だ。それだけじゃない、中庭のベンチに座ってたね。中庭全体が見渡せる場所、あそこのベンチはペンキが剥がれかけている」
「……あ、本当ね」
ハヅキさんの制服の裾に剥がれた白いペンキが着いていた。ぼくの袖にも同じものが着いている。
相変わらず着眼点も鋭い。ぼくもホームズを真似て相手の様子をよく観察してみることもあるけど、着眼点がいつも少しずれてしまう。
自分たちが居た場所をぴたりと言い当てたホームズに彼女は羨望の眼差しを向けていた。
「ホームズくん、まるで探偵みたいね。すごい」
「本当にすごいんだ。今までも学園内で起きた事件を次々と解決していってね。その事をぼくが壁新聞にして貼り出しているんだ!」
「あの大きな壁新聞、ワトソンくんが書いてるの?」
「うん。もう読んでくれた?あれは先週書いた記事なんだけど」
「あ……ごめんなさい。まだ少ししか読んでなくて。今度の休みに必ず全部読むようにするわ」
ぼくはその時少し早口になっていたかもしれない。
自分が書いた壁新聞の感想を聞きたいっていう気持ちがちょっとあったんだ。
ハヅキさんは言いにくそうに、目を逸らしてそう答えた。
「ワトソン。君は日本語で事細やかに書かれた新聞を、しかも手書きのものを五分で読めと言われたらできるかい」
「あ、そうだよね。ごめん」
「ううん、気にしないで。私が読むの遅いだけだから」
「休み時間も色々やることがあって、どうしても後回しになっちゃうの」とハヅキさんが言った。
ぼくらは自分の言語で書かれた物なら五分もあればすらすらと読める。でも、それがまた違う言語だったら酷く困難な話だ。
彼女にとって英語で書かれた文章を短時間で読むのは大変なんだ。
「ああ、肝心なことを忘れてた。ホームズ、君に頼みたいことがあるんだ」
「それと彼女がここに来たのと関係が?」
「大ありさ。ぼくと一緒に彼女に英語を教えてほしいんだ」
ぼくがそう言うと、ホームズは全く予想していなかったのか、呆気にとられた表情を見せた。
彼がこんな顔をするなんて珍しい。表情自体あまり崩すことがないから、結構貴重なものが見れたかもしれない。
すぐにホームズはいつもの表情に戻って、椅子に腰を下ろした。
「ぼくは人にものを教えたことがない」
「ぼくだってそうさ」
「それに成績も悪い」
むすっとした顔で頬杖をつくホームズ。この前ロイロット先生に言われたことを気にしてるんだろう。
どう見ても協力的な態度じゃなかった。ホームズに頼むのは間違いだったかな。でも他に頼める人がいない。
「あの、ね。教えてくれなくてもいいの。二人の会話をただ聞かせてくれれば、大丈夫」
「会話?……ああ、なるほど。リスニングか。ぼくには君が充分聞き取れているように感じるけど」
「それはホームズくんとワトソンくんがゆっくり話してくれてるおかげだから」
そういえば前にも彼女と話している時、ホームズは普段よりゆっくり喋っていた。
今だってそうだ。きっと彼女を気遣ってなんだと思う。
「二人の会話を聞いて、聞く力を身に着けたいの。……ダメかしら?」
「いや、問題ない。ぼくとワトソンでよければ力になるよ。君の話も聞かせてくれないかな。そうすれば話す力も身に付く」
「それいいね。ぼくもハヅキさんが住んでた日本の話、聞きたいなあ」
「わかったわ。途中でわからなくなったら聞き直してもいいかしら?」
もちろん。と、ぼくとホームズが同時に言った。
何から話そうか。ぼくはなんだか胸がわくわくしていた。
ホームズと初めてこの部屋で会った時の感じによく似ている。
「何の話をしようか」
「うーん。そうね……あ、壁新聞に書いた事件のことを聞かせてくれない?」
「いいよ。じゃあ、まずは……あれはぼくがここに転校してきたばかりの話なんだけどね」
221Bのドアを開けると奇妙な光景がぼくたちの目に飛び込んできた。
部屋中に紙飛行機が散らばっていた。元々いつも散らかっているけど、今日はそれに加えてだ。
散らかってる物の持ち主は殆どがホームズ。勝手に片付けると怒るから、大体そのままにしている。
ホームズはこの部屋で紙飛行機を飛ばすことに夢中になっているようだった。
ぼくらが入ってきてもお構いなしだ。窓際で手に持っている紙飛行機をあらゆる角度から観察している。
ぼくは「彼は研究熱心なんだ」とハヅキさんにこっそり耳打ちをした。
小さく頷いたハヅキさんはぼくらの部屋をぐるりと見渡す。彼女の目に好奇心がきらりと芽生えていたような、そんな気もした。
それからホームズの方に目をやる。ちょうど彼が紙飛行機を手放した時だった。
一機の紙飛行機はすいっと直線状に飛んで、緩いカーブを描きながらソファの上に落ちた。
「お帰り、ワトソン。君が来客を連れてくるなんて珍しいな」
「キリカ・ハヅキさんだよ。君の方こそ、何してたの?」
ぼくが足元に落ちている紙飛行機を拾い上げようとしたらホームズに「触らないで!飛行距離、着地地点を測定しているんだ」と注意された。
そう言われても足の踏み場がない。うまく隙間を歩こうにも、うっかり紙飛行機を踏んでしまいそうだ。
「紙飛行機の飛ばしたときの速度、飛行距離、落下角度を調べているんだ。ハヅキさん、君に一つ尋ねても?」
「は、はいっ。なんですか?」
「君があの時、ぼくに向かって飛ばした紙飛行機。まるで操ったようにぼくの手元に落ちた。一体どんな折り方をしたらあんな風に飛ぶのか」
ホームズがゆっくりと彼女に尋ねた。発音も丁寧で、聞き取りやすい。
尋ねられた英語の文章を頭の中で日本語に作り変えているのか、ハヅキさんは少しの間黙っていた。
でもすぐに答えが見つかったみたいで、ぱっと顔を明るくして、くすりと笑みをこぼした。
「別に特別な折り方はしていないわ。紙飛行機の先端を少し折り曲げて、そっと飛ばしたぐらいよ」
そう言ってハヅキさんは紙を折る真似をして、見えない紙飛行機を飛ばした。
あの日飛ばしていた紙飛行機がぼくの目の前を飛んでいったような気さえした。
「なるほど。飛ばした者の手癖によって飛び方、距離が変わる。ワトソン、謎は解けたからもう触っても構わない」
ホームズの中で今回の謎が解けたようだ。ぼくは遠慮なく足元の飛行機を拾い上げた。
羊皮紙を千切ったもので折ったせいでいびつな羽をしている。その羽に番号が書かれていた。”3”と書かれている。
別の紙飛行機にも同じ場所に”14”とナンバリングされていた。
ぼくが紙飛行機を片付けている間、ホームズは手帳に今回の実験結果を書き込んでいた。
相変わらず無表情だけど、時々口元に笑みを浮かべていた。きっと満足がいく結果だったんだろう。
ちょうどぼくがハヅキさんをソファに案内した時だ。羽ペンを静かに置いて、手帳をぱたんと閉じる音がした。
「君たち、随分長い間外で話していたみたいだね」
「どうしてぼくらが外で話していたことがわかったんだ」
「二人とも鼻の頭が真っ赤だ。それだけじゃない、中庭のベンチに座ってたね。中庭全体が見渡せる場所、あそこのベンチはペンキが剥がれかけている」
「……あ、本当ね」
ハヅキさんの制服の裾に剥がれた白いペンキが着いていた。ぼくの袖にも同じものが着いている。
相変わらず着眼点も鋭い。ぼくもホームズを真似て相手の様子をよく観察してみることもあるけど、着眼点がいつも少しずれてしまう。
自分たちが居た場所をぴたりと言い当てたホームズに彼女は羨望の眼差しを向けていた。
「ホームズくん、まるで探偵みたいね。すごい」
「本当にすごいんだ。今までも学園内で起きた事件を次々と解決していってね。その事をぼくが壁新聞にして貼り出しているんだ!」
「あの大きな壁新聞、ワトソンくんが書いてるの?」
「うん。もう読んでくれた?あれは先週書いた記事なんだけど」
「あ……ごめんなさい。まだ少ししか読んでなくて。今度の休みに必ず全部読むようにするわ」
ぼくはその時少し早口になっていたかもしれない。
自分が書いた壁新聞の感想を聞きたいっていう気持ちがちょっとあったんだ。
ハヅキさんは言いにくそうに、目を逸らしてそう答えた。
「ワトソン。君は日本語で事細やかに書かれた新聞を、しかも手書きのものを五分で読めと言われたらできるかい」
「あ、そうだよね。ごめん」
「ううん、気にしないで。私が読むの遅いだけだから」
「休み時間も色々やることがあって、どうしても後回しになっちゃうの」とハヅキさんが言った。
ぼくらは自分の言語で書かれた物なら五分もあればすらすらと読める。でも、それがまた違う言語だったら酷く困難な話だ。
彼女にとって英語で書かれた文章を短時間で読むのは大変なんだ。
「ああ、肝心なことを忘れてた。ホームズ、君に頼みたいことがあるんだ」
「それと彼女がここに来たのと関係が?」
「大ありさ。ぼくと一緒に彼女に英語を教えてほしいんだ」
ぼくがそう言うと、ホームズは全く予想していなかったのか、呆気にとられた表情を見せた。
彼がこんな顔をするなんて珍しい。表情自体あまり崩すことがないから、結構貴重なものが見れたかもしれない。
すぐにホームズはいつもの表情に戻って、椅子に腰を下ろした。
「ぼくは人にものを教えたことがない」
「ぼくだってそうさ」
「それに成績も悪い」
むすっとした顔で頬杖をつくホームズ。この前ロイロット先生に言われたことを気にしてるんだろう。
どう見ても協力的な態度じゃなかった。ホームズに頼むのは間違いだったかな。でも他に頼める人がいない。
「あの、ね。教えてくれなくてもいいの。二人の会話をただ聞かせてくれれば、大丈夫」
「会話?……ああ、なるほど。リスニングか。ぼくには君が充分聞き取れているように感じるけど」
「それはホームズくんとワトソンくんがゆっくり話してくれてるおかげだから」
そういえば前にも彼女と話している時、ホームズは普段よりゆっくり喋っていた。
今だってそうだ。きっと彼女を気遣ってなんだと思う。
「二人の会話を聞いて、聞く力を身に着けたいの。……ダメかしら?」
「いや、問題ない。ぼくとワトソンでよければ力になるよ。君の話も聞かせてくれないかな。そうすれば話す力も身に付く」
「それいいね。ぼくもハヅキさんが住んでた日本の話、聞きたいなあ」
「わかったわ。途中でわからなくなったら聞き直してもいいかしら?」
もちろん。と、ぼくとホームズが同時に言った。
何から話そうか。ぼくはなんだか胸がわくわくしていた。
ホームズと初めてこの部屋で会った時の感じによく似ている。
「何の話をしようか」
「うーん。そうね……あ、壁新聞に書いた事件のことを聞かせてくれない?」
「いいよ。じゃあ、まずは……あれはぼくがここに転校してきたばかりの話なんだけどね」