S・H人形劇
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here or hair?
キリカ・ハヅキさんはよく中庭を一人で眺めている。
備え付けられたベンチに座って、膝に分厚い本を抱えてぼーっとしていることが多い。
今日もそうだった。最近めっきり寒くなってきているというのに、彼女は寒くないんだろうか。
「やあ、ハヅキさん。隣、いいかな?」
「ワトソンくん。こんにちは。ええ、どうぞ」
ぼくが話しかけると快くハヅキさんは答えてくれた。吐く息がお互い真っ白だ。
それだけじゃない、彼女の鼻の頭も真っ赤になっていた。
「寒くないの?」
「寒いわ。ここの景色が好きで、ついつい長居しちゃうの」
「ああーなるほど」
「春になったら色んな花が咲くんでしょうね。どんな花が咲くのか、緑いっぱいになった景色を想像してたらいつの間にか時間が経っちゃう」
「それでいつもここに居たんだね」
彼女がこのベンチに座って何を見て、何を考えていたのかようやくわかった。
ぼくもつい最近転校してきたばかりだから、冬の中庭の姿しか知らない。
春になるとどんな花が咲くんだろう。ぼくも彼女の隣で寒々とした中庭の姿を色鮮やかに膨らませた。
一際冷たい風がぼくたちの間を通り抜けていった。やっぱり寒い。そう思ったのと同時に、ふと彼女の長い黒髪が眼に映った。
お世辞なしに彼女の髪はきれいだと思う。艶もあるし、さらさらとしている。そういえば彼女のことをカワイイって話してる生徒がいたっけな。
何年生でどこのクラスだったかな、と考えていたらハヅキさんが「どうしたの」と尋ねてきた。まさかここで「君のことをウワサしてる人がいるんだ」なんて話せるわけもない。
「あ、えーっと。ハヅキさん髪がきれいだなーって」
「うん。この場所きれいよね」
「……ええと、そうだね」
「………ああっ!ごめんなさい、私ったらまた聞き間違えたみたい」
ぼくの台詞が無視されたのかと初めは思った。
でもそれは違っていて、彼女は言葉を聞き違えていたみたいだ。
hairは髪。hereは今居る場所を示す。そういえば、前に彼女とホームズの話でも言っていた。
リスニングが苦手だと。
「”ヘアー”と”ヒア”を間違うなんて。ごめんなさい」
「気にしないで。ぼくの方こそ早口だったかもしれないし。今度からなるべくゆっくり喋るようにするよ」
「ありがとう。ワトソンくんは優しいね」
「優しいだなんて、そんなことないよ」
「……ほんと、ゆっくりなら聞き取れるんだけど。早口だと私の頭が追いつかないの。留学してきたっていうのに、駄目ねこれじゃあ」
そう言ってハヅキさんは溜息をついた。
最初は誰だって見知らぬ土地で不安になる。言葉だって母国語が通じない。
そんな彼女の不安を少しでも取り除けないだろうか。ぼくにできることはないだろうか。
あるじゃないか。ぼくにだってできることが。
「ハヅキさん。良かったら英語を教えようか?君がよければだけど」
「えっ、いいの?」
「もちろん。あ、でも人に教えたことってないから手際が悪いかもしれないけど……」
「ううん。ありがとう、とても嬉しいわ。ねえ、それなら会話を聞かせてくれない?」
「会話?」
「そう。リスニングの練習。私、英語の文章を作るのはまあまあできるから、聞き取りさえできれば会話に困ることがないし」
「なるほどね。……じゃあ、ぼくの友達にも手伝ってもらっていいかな。君も話したことあると思うんだけど、シャーロック・ホームズっていう男子生徒」
「ホームズくんとワトソンくん、お友達なの?」
彼女は目を丸くしていた。ぼくの提案に驚いたというよりも、ぼくとホームズが知り合いだということに驚いているみたいだ。
英語を教える、なんてカッコイイことを言ってはみたものの人に教えたことなんてなかった。
ハヅキさんが誰かとの会話を参考にしたいと言うなら、お喋りの相手が一人必要だ。ぼくにはその相手の顔がすぐに浮かんだ。
ホームズはお喋りな方ではないけれど、彼女も面識があるしやりやすいと思ったからだ。
「ホームズとは部屋も一緒なんだよ。顔見知りの方が気兼ねないと思ったんだけど」
「ええ、私は構わないわ」
「良かった。急だけど、今なら彼も部屋にいると思う」
「それじゃあお願いします、先生」
先生、なんて呼ばれて少しくすぐったかった。
ぼくたちは冷えた体をさすりながら校内へ戻っていった。きっとぼくの鼻の頭も真っ赤になっているに違いない。
言いだしっぺはぼくで、ホームズも巻き込んでしまった。協力してくれるといいんだけど。
キリカ・ハヅキさんはよく中庭を一人で眺めている。
備え付けられたベンチに座って、膝に分厚い本を抱えてぼーっとしていることが多い。
今日もそうだった。最近めっきり寒くなってきているというのに、彼女は寒くないんだろうか。
「やあ、ハヅキさん。隣、いいかな?」
「ワトソンくん。こんにちは。ええ、どうぞ」
ぼくが話しかけると快くハヅキさんは答えてくれた。吐く息がお互い真っ白だ。
それだけじゃない、彼女の鼻の頭も真っ赤になっていた。
「寒くないの?」
「寒いわ。ここの景色が好きで、ついつい長居しちゃうの」
「ああーなるほど」
「春になったら色んな花が咲くんでしょうね。どんな花が咲くのか、緑いっぱいになった景色を想像してたらいつの間にか時間が経っちゃう」
「それでいつもここに居たんだね」
彼女がこのベンチに座って何を見て、何を考えていたのかようやくわかった。
ぼくもつい最近転校してきたばかりだから、冬の中庭の姿しか知らない。
春になるとどんな花が咲くんだろう。ぼくも彼女の隣で寒々とした中庭の姿を色鮮やかに膨らませた。
一際冷たい風がぼくたちの間を通り抜けていった。やっぱり寒い。そう思ったのと同時に、ふと彼女の長い黒髪が眼に映った。
お世辞なしに彼女の髪はきれいだと思う。艶もあるし、さらさらとしている。そういえば彼女のことをカワイイって話してる生徒がいたっけな。
何年生でどこのクラスだったかな、と考えていたらハヅキさんが「どうしたの」と尋ねてきた。まさかここで「君のことをウワサしてる人がいるんだ」なんて話せるわけもない。
「あ、えーっと。ハヅキさん髪がきれいだなーって」
「うん。この場所きれいよね」
「……ええと、そうだね」
「………ああっ!ごめんなさい、私ったらまた聞き間違えたみたい」
ぼくの台詞が無視されたのかと初めは思った。
でもそれは違っていて、彼女は言葉を聞き違えていたみたいだ。
hairは髪。hereは今居る場所を示す。そういえば、前に彼女とホームズの話でも言っていた。
リスニングが苦手だと。
「”ヘアー”と”ヒア”を間違うなんて。ごめんなさい」
「気にしないで。ぼくの方こそ早口だったかもしれないし。今度からなるべくゆっくり喋るようにするよ」
「ありがとう。ワトソンくんは優しいね」
「優しいだなんて、そんなことないよ」
「……ほんと、ゆっくりなら聞き取れるんだけど。早口だと私の頭が追いつかないの。留学してきたっていうのに、駄目ねこれじゃあ」
そう言ってハヅキさんは溜息をついた。
最初は誰だって見知らぬ土地で不安になる。言葉だって母国語が通じない。
そんな彼女の不安を少しでも取り除けないだろうか。ぼくにできることはないだろうか。
あるじゃないか。ぼくにだってできることが。
「ハヅキさん。良かったら英語を教えようか?君がよければだけど」
「えっ、いいの?」
「もちろん。あ、でも人に教えたことってないから手際が悪いかもしれないけど……」
「ううん。ありがとう、とても嬉しいわ。ねえ、それなら会話を聞かせてくれない?」
「会話?」
「そう。リスニングの練習。私、英語の文章を作るのはまあまあできるから、聞き取りさえできれば会話に困ることがないし」
「なるほどね。……じゃあ、ぼくの友達にも手伝ってもらっていいかな。君も話したことあると思うんだけど、シャーロック・ホームズっていう男子生徒」
「ホームズくんとワトソンくん、お友達なの?」
彼女は目を丸くしていた。ぼくの提案に驚いたというよりも、ぼくとホームズが知り合いだということに驚いているみたいだ。
英語を教える、なんてカッコイイことを言ってはみたものの人に教えたことなんてなかった。
ハヅキさんが誰かとの会話を参考にしたいと言うなら、お喋りの相手が一人必要だ。ぼくにはその相手の顔がすぐに浮かんだ。
ホームズはお喋りな方ではないけれど、彼女も面識があるしやりやすいと思ったからだ。
「ホームズとは部屋も一緒なんだよ。顔見知りの方が気兼ねないと思ったんだけど」
「ええ、私は構わないわ」
「良かった。急だけど、今なら彼も部屋にいると思う」
「それじゃあお願いします、先生」
先生、なんて呼ばれて少しくすぐったかった。
ぼくたちは冷えた体をさすりながら校内へ戻っていった。きっとぼくの鼻の頭も真っ赤になっているに違いない。
言いだしっぺはぼくで、ホームズも巻き込んでしまった。協力してくれるといいんだけど。