鋼の錬金術師
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まだ、もう少しだけこのまま
不意に眩しさを感じたオレは目を開けた。
白い天井が焦点の合わない目に映る。
オレの腹の上に開いたままの本が伏せられていた。
左手がだらんとソファからぶら下がってる。
そのせいで血流が悪くなったのか、左手だけ冷たい。
本読みながらうたた寝しちまったようだ。
この暖かい部屋の中じゃムリもない。
極寒地方の冬は室内をかなり暖かくして過ごしてるからな。
窓から夕日が差し込んでいた。
もうこんな時間か。二時間ぐらい眠っていたかもしれない。
オレは寝そべったまま本を左手で持ち上げた。
開いている頁には世界の繋がりを表す図式が描かれている。
その図式に目を通して、本を閉じた。
古い紙の匂いが空気に混ざって消えていった。
表紙はご立派な皮。タイトルは金のインクで書かれている。
飾り気はないが、はたから見たら何か重要そうな資料っぽい。
釣られたヤツは結構いるんじゃないだろうか。
オレもその一人だけど。
「あと一週間、いや……五日、か」
あの出来事が夢でなければ、ヤツの言っていたことが本当ならば。
オレはこっちの世界に一ヶ月だけ居られることになる。
まあ、今さらこれが夢だなんて思っていないけど。
お試し期間とやらのおかげで、この世界での調べ物も終わりそうだ。
賢者の石はこちらでも伝説上の物質だった。
錬金術が発達しなかったこの世界。オレの世界より幻と言っても過言じゃない。
錬金術の代わりに科学が発達して、人間の生活を豊かにしていったらしい。
そんな世界で賢者の石を探すのは無謀だという考えに辿りついた。
それからは元の世界でも役に立ちそうな情報を集めていた。
まあ、ここで得たモノが向こうに帰っても覚えているかどうかはわかんないけど。
帰る時も通行料がいるとか言い出しそうな雰囲気だしな。
「……あ、やべっ!もうこんな時間か」
オレはソファから飛び起きた。
持っていた本をその辺に放り、コートを引っつかんで玄関へ。
片足をブーツに突っ込んだところで、鍵を忘れたことに気がついた。
カラーボックスの上に置いてあるキーホルダーごと鍵を掴んで玄関を出た。
*
帰宅ラッシュのせいで駅は人ごみでごった返していた。
駅に入る少し前からオレはコートのフードを被った。
この地域に住む人間は黄色肌、黒髪が大半だ。染めてるやつもいるけど、ド派手なのは滅多にいない。
そこに金髪が飛び込んだら目立ちすぎる。前にキリカを迎えに行った時もそうだった。
改札付近で壁に寄りかかっていたら視線がこれでもかってぐらい刺さった。
フードを深めに被って、電光掲示板を見上げる。
電車は通常運行だ。ということは、残業とかなければいつも通りの電車に乗ってくるはずだ。
その電車の到着時刻は、あと五分といったところか。
誰かを待つ五分ってのは意外と長く感じる。
本を読んでいる五分はあっという間なのに、不思議だよな。
それでも暇を持て余す。何もすることがないからな。
適当に人間観察でもと、忙しなく通り過ぎる人たちに目を向けた。
ビジネススーツを着た男が電話をしながら足早に去っていく。嬉しそうな顔をしていた。
反対側からぐったりと疲れた顔をしている女性がやってきた。疲れていそうなのにも関わらず、足取りは速い。
早く家に帰りたいのはみんな同じだな。
オレは手袋をつけたままコートのポケットに手を突っ込んだ。
左手にかさりと紙袋の感触があたる。
紙袋の上から手探りで中身を探った。確かにそこに三つ存在していた。
無くさないようにそれをポケットの奥へ押しやった。
『間もなく、一番線に電車が参ります』
待っていた電車の到着アナウンスが聞こえた。
こういう時、都合いいことに雑音から必要な音だけ拾う人間の耳ってスゴイよな。
もうすぐキリカが改札を抜けてくるはずだ。
来なかったら、まあ、来るまで待つ。
それまでかなり暇だけど仕方ない。ずっと待ってるさ。
でも、オレの心配を他所にキリカはこの電車に乗っていた。
改札を抜けた彼女を見つけ、人の合間を縫いながら駆けつける。
「キリカ!」
「……エド?今日も迎えに来てくれたんだ。あ、すいません……ここ、人が通るから退けようか」
確かに人の通り道のど真ん中に突っ立ってたら邪魔だよな。
オレはキリカの腕を引いて人の道から横に逸れた。
物凄い数の帰宅者が通っていく。この光景には相変わらず圧倒されちまう。
「すれ違いにならなくて良かったぜ」
「でも、帰りが遅くなったらどうするつもりだったの。毎日定時で帰れるわけじゃないんだし」
「待ってるよ。キリカが来るまでずっと待ってる」
そう、当たり前の答えを返したつもりだった。
なのにキリカの表情が一瞬、揺らいだような気がした。
すぐにそれは消えて、いつもの微笑むような笑顔を見せてくれる。
「ありがとう」
「別に礼言われるようなことじゃねーよ。これから毎日迎えに来てやる」
「いいの?」
「ああ。オレもちょっと外に出る用事とかあるし、そのついでだって思ってくれりゃいーよ」
「うん。じゃあ、なるべく早く帰ってくるようにするから」
「だからってムリすんなよ?」
「ふふ、エドは優しいね。私は幸せ者だなー」
「あ、当たり前だろ!好きなヤツが倒れたりしたら心配するっつーの。その幸せをよく噛み締めるよーに!」
「はーい」
素直に返すのが照れくさくて、ついいつもの調子で返した。
それでもキリカは怒ることなくただ可笑しそうに笑っている。
その姿が愛おしくて、無意識に手を伸ばしていた。
オレの左手をキリカの両手が包み込むんだ。
こみ上げてくる感情。それに押しつぶされてしまいそうだった。
オレは今どんな表情をしている。
頼むから、まだ、気づかないでくれ。
惨めなその願いが届いたのか、キリカは変わらない笑みを浮かべていた。
「お腹空いたし、帰ろう」
「そう、だな。腹ペコでもう目が回りそうだし」
「私も」
腹の虫が鳴いた気がした。
雑踏のせいでどっちのかすらわからない。
けど、今はそんなことどうでもよかった。
そのまま自然に繋がれた手。
キリカの手は少し冷たかった。
時の流れが止まればいいのに。
そんな愚かな考えが初めて浮かんだ。
愚かでもいい。まだ、もう少しこのまま。
不意に眩しさを感じたオレは目を開けた。
白い天井が焦点の合わない目に映る。
オレの腹の上に開いたままの本が伏せられていた。
左手がだらんとソファからぶら下がってる。
そのせいで血流が悪くなったのか、左手だけ冷たい。
本読みながらうたた寝しちまったようだ。
この暖かい部屋の中じゃムリもない。
極寒地方の冬は室内をかなり暖かくして過ごしてるからな。
窓から夕日が差し込んでいた。
もうこんな時間か。二時間ぐらい眠っていたかもしれない。
オレは寝そべったまま本を左手で持ち上げた。
開いている頁には世界の繋がりを表す図式が描かれている。
その図式に目を通して、本を閉じた。
古い紙の匂いが空気に混ざって消えていった。
表紙はご立派な皮。タイトルは金のインクで書かれている。
飾り気はないが、はたから見たら何か重要そうな資料っぽい。
釣られたヤツは結構いるんじゃないだろうか。
オレもその一人だけど。
「あと一週間、いや……五日、か」
あの出来事が夢でなければ、ヤツの言っていたことが本当ならば。
オレはこっちの世界に一ヶ月だけ居られることになる。
まあ、今さらこれが夢だなんて思っていないけど。
お試し期間とやらのおかげで、この世界での調べ物も終わりそうだ。
賢者の石はこちらでも伝説上の物質だった。
錬金術が発達しなかったこの世界。オレの世界より幻と言っても過言じゃない。
錬金術の代わりに科学が発達して、人間の生活を豊かにしていったらしい。
そんな世界で賢者の石を探すのは無謀だという考えに辿りついた。
それからは元の世界でも役に立ちそうな情報を集めていた。
まあ、ここで得たモノが向こうに帰っても覚えているかどうかはわかんないけど。
帰る時も通行料がいるとか言い出しそうな雰囲気だしな。
「……あ、やべっ!もうこんな時間か」
オレはソファから飛び起きた。
持っていた本をその辺に放り、コートを引っつかんで玄関へ。
片足をブーツに突っ込んだところで、鍵を忘れたことに気がついた。
カラーボックスの上に置いてあるキーホルダーごと鍵を掴んで玄関を出た。
*
帰宅ラッシュのせいで駅は人ごみでごった返していた。
駅に入る少し前からオレはコートのフードを被った。
この地域に住む人間は黄色肌、黒髪が大半だ。染めてるやつもいるけど、ド派手なのは滅多にいない。
そこに金髪が飛び込んだら目立ちすぎる。前にキリカを迎えに行った時もそうだった。
改札付近で壁に寄りかかっていたら視線がこれでもかってぐらい刺さった。
フードを深めに被って、電光掲示板を見上げる。
電車は通常運行だ。ということは、残業とかなければいつも通りの電車に乗ってくるはずだ。
その電車の到着時刻は、あと五分といったところか。
誰かを待つ五分ってのは意外と長く感じる。
本を読んでいる五分はあっという間なのに、不思議だよな。
それでも暇を持て余す。何もすることがないからな。
適当に人間観察でもと、忙しなく通り過ぎる人たちに目を向けた。
ビジネススーツを着た男が電話をしながら足早に去っていく。嬉しそうな顔をしていた。
反対側からぐったりと疲れた顔をしている女性がやってきた。疲れていそうなのにも関わらず、足取りは速い。
早く家に帰りたいのはみんな同じだな。
オレは手袋をつけたままコートのポケットに手を突っ込んだ。
左手にかさりと紙袋の感触があたる。
紙袋の上から手探りで中身を探った。確かにそこに三つ存在していた。
無くさないようにそれをポケットの奥へ押しやった。
『間もなく、一番線に電車が参ります』
待っていた電車の到着アナウンスが聞こえた。
こういう時、都合いいことに雑音から必要な音だけ拾う人間の耳ってスゴイよな。
もうすぐキリカが改札を抜けてくるはずだ。
来なかったら、まあ、来るまで待つ。
それまでかなり暇だけど仕方ない。ずっと待ってるさ。
でも、オレの心配を他所にキリカはこの電車に乗っていた。
改札を抜けた彼女を見つけ、人の合間を縫いながら駆けつける。
「キリカ!」
「……エド?今日も迎えに来てくれたんだ。あ、すいません……ここ、人が通るから退けようか」
確かに人の通り道のど真ん中に突っ立ってたら邪魔だよな。
オレはキリカの腕を引いて人の道から横に逸れた。
物凄い数の帰宅者が通っていく。この光景には相変わらず圧倒されちまう。
「すれ違いにならなくて良かったぜ」
「でも、帰りが遅くなったらどうするつもりだったの。毎日定時で帰れるわけじゃないんだし」
「待ってるよ。キリカが来るまでずっと待ってる」
そう、当たり前の答えを返したつもりだった。
なのにキリカの表情が一瞬、揺らいだような気がした。
すぐにそれは消えて、いつもの微笑むような笑顔を見せてくれる。
「ありがとう」
「別に礼言われるようなことじゃねーよ。これから毎日迎えに来てやる」
「いいの?」
「ああ。オレもちょっと外に出る用事とかあるし、そのついでだって思ってくれりゃいーよ」
「うん。じゃあ、なるべく早く帰ってくるようにするから」
「だからってムリすんなよ?」
「ふふ、エドは優しいね。私は幸せ者だなー」
「あ、当たり前だろ!好きなヤツが倒れたりしたら心配するっつーの。その幸せをよく噛み締めるよーに!」
「はーい」
素直に返すのが照れくさくて、ついいつもの調子で返した。
それでもキリカは怒ることなくただ可笑しそうに笑っている。
その姿が愛おしくて、無意識に手を伸ばしていた。
オレの左手をキリカの両手が包み込むんだ。
こみ上げてくる感情。それに押しつぶされてしまいそうだった。
オレは今どんな表情をしている。
頼むから、まだ、気づかないでくれ。
惨めなその願いが届いたのか、キリカは変わらない笑みを浮かべていた。
「お腹空いたし、帰ろう」
「そう、だな。腹ペコでもう目が回りそうだし」
「私も」
腹の虫が鳴いた気がした。
雑踏のせいでどっちのかすらわからない。
けど、今はそんなことどうでもよかった。
そのまま自然に繋がれた手。
キリカの手は少し冷たかった。
時の流れが止まればいいのに。
そんな愚かな考えが初めて浮かんだ。
愚かでもいい。まだ、もう少しこのまま。