鋼の錬金術師
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眼鏡の男 -初来-
真っ白な世界にエドワードは立っていた。
彼は以前もこんな場所に出くわしたことがあった。
それはつい最近のこと。好んで思い出したくもない記憶ではあるが。
「……なんなんだ此処は。オレは扉を開いたつもりはねーぞ」
周りには何も無い。
空、地面、物体。本当に何も存在していない。
今自分が立っている場所ですら危うい感覚に陥る。
気を抜けば底なしへ堕ちていくのではないかと。
ただ、彼が以前経験した場所と一つ違う。
それが"何も無い"ということ。
威圧感のある扉が此処には無い。
エドワードは記憶の糸を手繰り寄せた。
さっきまで自分は宿屋の一室にいた。
そこで弟は図書館から借りてきた本を読んでいた。
自分も同じように借りてきた本を椅子に座って読んでいたのだ。
今必要な資料を図書館で片っ端から漁っていた時だった。
偶然手を伸ばした本に妙に惹きつけられていた。
B6判の紺色の皮表紙。随分と古びていて表紙があちこち擦れている。
紙は長い年月を物語っているのか全体的に茶色くあせていた。
内容はなんてことない、仮説を現実にあるかのように取り立てたもの。
簡単に言えば「魔法なんて物は絶対に使えないが、魔法の使い方はこうだ」という説明書のようなものだ。
これには異世界の往き方が書かれていた。
馬鹿馬鹿しい。
それが正直な感想だった。
自分の住んでいる世界だけではない、様々な世界がこの世には存在している。
その世界への往き方。
その本をなんともなしにぺらぺらとめくって目を通した。
別の本を読んだ方が良いに決まっている。
だが、何故か本から手が離れない。
部屋に差し込む暖かい日差し。
昼食のあとは腹も満たされていて、次第に眠くなってきた。
欠伸をすることなく、まどろみに意識を委ねてエドワードは目を閉じた。
そして気がついたらこの場所にいたという話の流れ。
これは夢の中かもしれない。だとしたら薄気味悪い夢だ。
「こんな夢を見るなんて、相当疲れてるんだな」
自身を嘲笑う笑みを力なく浮かべる。
エドワードは自分の頬をつねろうと左手を持ち上げた。
その時、何かの気配を感じて後ろを振り向く。
長身の男がエドワードの真後ろに立っていた。
黒い燕尾服に身を包んだ姿はすらっとして見目が良い。
その色とは相反するような銀髪。毛先が癖っ毛のように跳ねている。
髪の色のせいで年齢が特定できず、若くも見えるし老けても見えた。
銀縁眼鏡の奥で緑色の目が優しくエドワードに微笑みかけていた。
「誰だっ!」
「ようこそ。待っていましたよ」
思っていたよりも若い声が返ってくる。
何もなかった空間に突如現れるなど怪しすぎる。
夢と言えど、警戒するに超したことはない。
エドワードが犬のように睨みつけてきても、男は臆することなく優しい笑みを携えている。
それが余計に胡散臭い印象をエドワードに植え付けている事を知らないだろうが。
「もう一度聞く、あんた何者だ」
「私?私は案内人さ。あっちとこっちを繋ぐこの場所での案内をする役目の者だよ」
「……どういうことだ」
「理解出来ないのも無理はない。だって君は信じていないのだからさ」
眼鏡の男は愉しそうに喋る。
その喋り方にも癪に障る。エドワードはこの男が嫌いだと更に目を細めた。
徐に彼は白い手袋をつけたまま指先をぱちんと弾いた。 隔たりのないはずの空間に音が響いていく。
その仕草に自然とエドワードの顔がしかめられる。
今の彼はとても酷い顔をしているが、それを嗜める者がいない。
音の反響が終わると、周りに景色が現れ始めた。
まるでスケッチブックに絵の下書きをするような線が空中に描かれていく。
その線が空間に形を作り始めていく。やがてその線は家を形作った。
しかし、それに一切の色がない。
洋風の一軒家だが、ドア、窓、壁、屋根までしっかりと実現している。
「なんだ、この家は。色がないのに、透明でもない」
「さっきも言ったとおり、此処は世界と世界を繋ぐ場所。君がいるこの空間はもう一つの世界のエントランスということさ」
「ま、待ってくれ!……本当に別の世界ってのは存在しているのか」
馬鹿馬鹿しい。
最初にエドワードはそう思っていたはずだった。
現にさっきまでは疑心暗鬼でしかなかった。
だが、何故か男の言葉が神妙に聞こえてきた。
頑なに信じていなかったことを、信じ始めていたのだ。
男はずり落ちてきた眼鏡を指先で直した。
その手をポケットに入れて、懐中時計を取り出す。
銀色に光るそれは飾り気がなく、縁が少しだけ飾り枠のある程度のものだった。
「そうさ。君が信じようと信じまいと世界は存在している。勿論、時間も流れているよ」
「……」
「その顔、まだ信じてないね」
「にわかに信じられる話じゃねーからな」
「だったら、往ってみるかい?」
「どうせ通行料が要るとか言うんだろ」
「おや、よくわかったね。でも、此処はちょっと違うんだ。通行料っていう言い方はしない」
眼鏡の男が懐中時計の蓋を開けた。
時計の秒針は一秒の狂いもなくカチカチと時を刻み続けている。
それを確認したかったかのように、小さく頷いて蓋を閉じた。
懐中時計をポケットにしまい、改めてエドワードと向き合う。
「ここを通す代わりに、身代金を置いていってもらう」
「身代金!?」
「ああ、言い方がちょっと悪かったかな。前の人は大層な資産家でね、ここを通る為に財産を置いていったんだ」
それはもう大量の金塊と宝石を置いていったと男は言う。
しかし、悠長な喋り方のせいで凄さが半減している。
「やっぱ代価が必要なんじゃねーか」
「代価、なるほどそういう言い方もあるか。ああ、でもちょっと考え方は違うのさ。ここは一方通行の場所じゃない。世界と世界を繋いでいるからね」
「……つまり、行って、帰ってくることができる?」
「その通り。向こうに行く為に何かをここへ預けて、帰ってきた時に預かったものを返す。そういうシステムなのさ」
「なるほど、ね。身軽にして行け、ってことか」
「そうさ。でも、君からは何も預からないよ」
男の発した言葉は意外すぎて、エドワードの目を点にしていた。
今まで散々その話をしていたというのに、自分からは何も取らないと言うのだ。
「なんで」
「だって、世界のつながりを信じてない君から預かっても意味がないからね」
「……まだオレは行くって言ってない。それに、」
「僕のことも信じてない。これは単なる夢だ」
自分の言葉を代弁した男をエドワードは気まずそうに見ていた。
まるで心情を読み取られているようで気分は良くない。
それでも”向こうの世界”というものに興味が沸いてきたのも嘘じゃない。
それも察したのか、眼鏡の男は妙案を思いついたのか手の平をポンと打った。
「そうだ。期限付きという条件でここを通るといいよ」
「期限付き?なんだそりゃ」
「お試し期間大サービス。そうだなあ、期間は一ヶ月ってことで」
「随分長いお試し期間だな」
「だって三日や一週間じゃ世界のほんの一部すらわからないよ。世界は広いからね」
「よーしそれで決まり」とエドワードの有無も聞かずに一人で男は決めてしまった。
まったく自分勝手な男だ。もはやエドワードは諦めていた。
どうこう言っても自分は向こうの世界とやらに行かなければいけないようだ。
「おや、乗り気じゃないね。半ばタダでお見送りしてあげるっていうのに」
「タダより高いものはないからな」
「それいい言葉だね。今度使わせてもらうよ。じゃあ、僕からは胸躍るような見送りの言葉をかけよう」
「あんた何者なんだ、ホントに。変だけど悪いヤツにも見えねーし、いいヤツにも見えねえ」
「最高の誉め言葉だよ。僕はタダの世界の案内人さ。よし、準備完了だ。それじゃあ、行ってらっしゃい!」
若い男が右腕を高く振り上げた。
すると一軒家のドアがひとりでに音を立てて開いた。
外開きのドアが完全に開くと、家の中に色のついたもやが留まっていた。
もやはまるでスクリーンのように色々な物を映し出していた。
空、町並み、食べ物、工場など。恐らくその世界の映像だろうとエドワードは考えていた。
そのスクリーンへ恐る恐る足を踏み出す。
ドアの縁に手をかけて、男を振り返った。
男はその場でにこやかに手を振っている。
どうやら踏み出した場所は既にその世界のものらしく、男が口を動かしていたが声は聞こえなかった。
見送りの言葉とやらが聞こえなくては意味がないではないか。
エドワードは手を軽く振り返し、家の中へと進んでいった。
エドワードが家の中に消えていく。
するとドアはまた勝手に動き出し、静かに閉めた。
男はまたずり落ちてきた眼鏡を直し、にこりと微笑んだ。
「君の求めているものが見つかるといいね」
真っ白な世界にエドワードは立っていた。
彼は以前もこんな場所に出くわしたことがあった。
それはつい最近のこと。好んで思い出したくもない記憶ではあるが。
「……なんなんだ此処は。オレは扉を開いたつもりはねーぞ」
周りには何も無い。
空、地面、物体。本当に何も存在していない。
今自分が立っている場所ですら危うい感覚に陥る。
気を抜けば底なしへ堕ちていくのではないかと。
ただ、彼が以前経験した場所と一つ違う。
それが"何も無い"ということ。
威圧感のある扉が此処には無い。
エドワードは記憶の糸を手繰り寄せた。
さっきまで自分は宿屋の一室にいた。
そこで弟は図書館から借りてきた本を読んでいた。
自分も同じように借りてきた本を椅子に座って読んでいたのだ。
今必要な資料を図書館で片っ端から漁っていた時だった。
偶然手を伸ばした本に妙に惹きつけられていた。
B6判の紺色の皮表紙。随分と古びていて表紙があちこち擦れている。
紙は長い年月を物語っているのか全体的に茶色くあせていた。
内容はなんてことない、仮説を現実にあるかのように取り立てたもの。
簡単に言えば「魔法なんて物は絶対に使えないが、魔法の使い方はこうだ」という説明書のようなものだ。
これには異世界の往き方が書かれていた。
馬鹿馬鹿しい。
それが正直な感想だった。
自分の住んでいる世界だけではない、様々な世界がこの世には存在している。
その世界への往き方。
その本をなんともなしにぺらぺらとめくって目を通した。
別の本を読んだ方が良いに決まっている。
だが、何故か本から手が離れない。
部屋に差し込む暖かい日差し。
昼食のあとは腹も満たされていて、次第に眠くなってきた。
欠伸をすることなく、まどろみに意識を委ねてエドワードは目を閉じた。
そして気がついたらこの場所にいたという話の流れ。
これは夢の中かもしれない。だとしたら薄気味悪い夢だ。
「こんな夢を見るなんて、相当疲れてるんだな」
自身を嘲笑う笑みを力なく浮かべる。
エドワードは自分の頬をつねろうと左手を持ち上げた。
その時、何かの気配を感じて後ろを振り向く。
長身の男がエドワードの真後ろに立っていた。
黒い燕尾服に身を包んだ姿はすらっとして見目が良い。
その色とは相反するような銀髪。毛先が癖っ毛のように跳ねている。
髪の色のせいで年齢が特定できず、若くも見えるし老けても見えた。
銀縁眼鏡の奥で緑色の目が優しくエドワードに微笑みかけていた。
「誰だっ!」
「ようこそ。待っていましたよ」
思っていたよりも若い声が返ってくる。
何もなかった空間に突如現れるなど怪しすぎる。
夢と言えど、警戒するに超したことはない。
エドワードが犬のように睨みつけてきても、男は臆することなく優しい笑みを携えている。
それが余計に胡散臭い印象をエドワードに植え付けている事を知らないだろうが。
「もう一度聞く、あんた何者だ」
「私?私は案内人さ。あっちとこっちを繋ぐこの場所での案内をする役目の者だよ」
「……どういうことだ」
「理解出来ないのも無理はない。だって君は信じていないのだからさ」
眼鏡の男は愉しそうに喋る。
その喋り方にも癪に障る。エドワードはこの男が嫌いだと更に目を細めた。
徐に彼は白い手袋をつけたまま指先をぱちんと弾いた。 隔たりのないはずの空間に音が響いていく。
その仕草に自然とエドワードの顔がしかめられる。
今の彼はとても酷い顔をしているが、それを嗜める者がいない。
音の反響が終わると、周りに景色が現れ始めた。
まるでスケッチブックに絵の下書きをするような線が空中に描かれていく。
その線が空間に形を作り始めていく。やがてその線は家を形作った。
しかし、それに一切の色がない。
洋風の一軒家だが、ドア、窓、壁、屋根までしっかりと実現している。
「なんだ、この家は。色がないのに、透明でもない」
「さっきも言ったとおり、此処は世界と世界を繋ぐ場所。君がいるこの空間はもう一つの世界のエントランスということさ」
「ま、待ってくれ!……本当に別の世界ってのは存在しているのか」
馬鹿馬鹿しい。
最初にエドワードはそう思っていたはずだった。
現にさっきまでは疑心暗鬼でしかなかった。
だが、何故か男の言葉が神妙に聞こえてきた。
頑なに信じていなかったことを、信じ始めていたのだ。
男はずり落ちてきた眼鏡を指先で直した。
その手をポケットに入れて、懐中時計を取り出す。
銀色に光るそれは飾り気がなく、縁が少しだけ飾り枠のある程度のものだった。
「そうさ。君が信じようと信じまいと世界は存在している。勿論、時間も流れているよ」
「……」
「その顔、まだ信じてないね」
「にわかに信じられる話じゃねーからな」
「だったら、往ってみるかい?」
「どうせ通行料が要るとか言うんだろ」
「おや、よくわかったね。でも、此処はちょっと違うんだ。通行料っていう言い方はしない」
眼鏡の男が懐中時計の蓋を開けた。
時計の秒針は一秒の狂いもなくカチカチと時を刻み続けている。
それを確認したかったかのように、小さく頷いて蓋を閉じた。
懐中時計をポケットにしまい、改めてエドワードと向き合う。
「ここを通す代わりに、身代金を置いていってもらう」
「身代金!?」
「ああ、言い方がちょっと悪かったかな。前の人は大層な資産家でね、ここを通る為に財産を置いていったんだ」
それはもう大量の金塊と宝石を置いていったと男は言う。
しかし、悠長な喋り方のせいで凄さが半減している。
「やっぱ代価が必要なんじゃねーか」
「代価、なるほどそういう言い方もあるか。ああ、でもちょっと考え方は違うのさ。ここは一方通行の場所じゃない。世界と世界を繋いでいるからね」
「……つまり、行って、帰ってくることができる?」
「その通り。向こうに行く為に何かをここへ預けて、帰ってきた時に預かったものを返す。そういうシステムなのさ」
「なるほど、ね。身軽にして行け、ってことか」
「そうさ。でも、君からは何も預からないよ」
男の発した言葉は意外すぎて、エドワードの目を点にしていた。
今まで散々その話をしていたというのに、自分からは何も取らないと言うのだ。
「なんで」
「だって、世界のつながりを信じてない君から預かっても意味がないからね」
「……まだオレは行くって言ってない。それに、」
「僕のことも信じてない。これは単なる夢だ」
自分の言葉を代弁した男をエドワードは気まずそうに見ていた。
まるで心情を読み取られているようで気分は良くない。
それでも”向こうの世界”というものに興味が沸いてきたのも嘘じゃない。
それも察したのか、眼鏡の男は妙案を思いついたのか手の平をポンと打った。
「そうだ。期限付きという条件でここを通るといいよ」
「期限付き?なんだそりゃ」
「お試し期間大サービス。そうだなあ、期間は一ヶ月ってことで」
「随分長いお試し期間だな」
「だって三日や一週間じゃ世界のほんの一部すらわからないよ。世界は広いからね」
「よーしそれで決まり」とエドワードの有無も聞かずに一人で男は決めてしまった。
まったく自分勝手な男だ。もはやエドワードは諦めていた。
どうこう言っても自分は向こうの世界とやらに行かなければいけないようだ。
「おや、乗り気じゃないね。半ばタダでお見送りしてあげるっていうのに」
「タダより高いものはないからな」
「それいい言葉だね。今度使わせてもらうよ。じゃあ、僕からは胸躍るような見送りの言葉をかけよう」
「あんた何者なんだ、ホントに。変だけど悪いヤツにも見えねーし、いいヤツにも見えねえ」
「最高の誉め言葉だよ。僕はタダの世界の案内人さ。よし、準備完了だ。それじゃあ、行ってらっしゃい!」
若い男が右腕を高く振り上げた。
すると一軒家のドアがひとりでに音を立てて開いた。
外開きのドアが完全に開くと、家の中に色のついたもやが留まっていた。
もやはまるでスクリーンのように色々な物を映し出していた。
空、町並み、食べ物、工場など。恐らくその世界の映像だろうとエドワードは考えていた。
そのスクリーンへ恐る恐る足を踏み出す。
ドアの縁に手をかけて、男を振り返った。
男はその場でにこやかに手を振っている。
どうやら踏み出した場所は既にその世界のものらしく、男が口を動かしていたが声は聞こえなかった。
見送りの言葉とやらが聞こえなくては意味がないではないか。
エドワードは手を軽く振り返し、家の中へと進んでいった。
エドワードが家の中に消えていく。
するとドアはまた勝手に動き出し、静かに閉めた。
男はまたずり落ちてきた眼鏡を直し、にこりと微笑んだ。
「君の求めているものが見つかるといいね」